第四十話 終戦
マドブルクに戻ってきたタスケは、未だ戦っている冒険者たちに声を掛けた。
「皆さーん!戦いは終わりです!!」
「お!!タスケ!!」
「勇者が魔王を倒したんだな!!」
「やったああああ!!」
ひとまず、戦いが終わったことを告げる。まぁ、本当は終わっていないのだけど……。
「ま、魔王様が……」
「バカな……」
タスケの大声はモンスターにも届き、彼らは分かりやすく肩を落とした。そして、ぞろぞろと傷ついた身体を労わり合いながら、マドブルクを去って行く。
モンスターの大群がマドブルクからいなくなったことを確認し、シェルターを解放した。タスケはシェルターの外からだけでなく、中にゴースケを飛ばして声を掛ける。
「皆さん……出てきてください!」
「終わったのか?」
「静かだ……あっ!人が倒れてる!」
「みんなで手分けして手当しなきゃ!」
勇者をはじめとした冒険者たちは、何人も命を落としたが……とりあえず街の人々だけでも無事で何よりだ。タスケはほっと胸をなでおろす。
手当やら介抱やらに人々が追われている中、突っ立っているタスケの方へと『彼女』が駆け出した。
「タスケっ!」
「マーリア!」
愛しのマーリアとようやく再会を果たせた。実際、そこまで時間が経っているわけでもないが、タスケにとっては長い長い時間だったのだ。
良かった……無事だ……。それに、約束通り生きて帰って来れた……。
その感動を噛み締めて涙する僕を、一切笑うことなく抱き寄せてくれるマーリア。
抱き締め合う僕らを見て、ベルベットさんも涙ぐんでいる。
いや、そんな場合ではないんだ。タスケはマーリアを真剣に見つめる。
「マーリア。実は、魔王と交渉することになって……マーリアを連れてくるように言われたんだ」
「えっ……?」
「なんですと!?」
「ごめん!でも、言う通りにするならマドブルクにも、他の国にも侵攻しないって言っているんだ!」
僕は必死に頭を下げる。これも、魔王を倒し切れなかった僕の責任だ。
「マーリアを危険な目には絶対に遭わせない。もし魔王が攻撃してきたとしても、僕が身代わりになる。だから……お願い。僕についてきて……マーリア……」
イトウやリラ、カゲツ、マオの身代わりにすらなれなかった癖に、何を言っているんだ。
そんな自嘲的な考えが、僕の中をぐるぐると回る。でも、今は魔王の言う通りにするしか……!
「顔を上げて、タスケ」
「マーリア……?」
「私、あなたのためなら何処にだってついていくわ。だから、そんなに責任を感じないで」
「マーリアお嬢様!」
「爺や。ここでお別れかもしれないわね……今まで本当にありがとう」
「……っ、タスケ殿!話が違いますぞ!」
「ベルベットさん。何があっても、僕がマーリアを守ります。信じてもらえますか?」
ベルベットさんは、気難しい表情のままだ。そりゃあそうだろう。ベルベットさんは、マーリアの親代わりでもあったのだから。
すると、マーリアが僕の手を取り、ベルベットさんに向かって頭を下げた。
「お願い、爺や。私は、タスケに添い遂げると決めたの……!」
「あ、頭を上げてくださいお嬢様!」
本来、立場が上であるはずのマーリアが頭を下げたことに、ベルベットさんは焦っている。
そして、僕を一瞥して溜息をひとつ吐いた。納得のいっていない表情だが……こういう時にベルベットさんは、マーリアの意見を優先する。
「……はぁ。こう言い始めたマーリアお嬢様は、いくら止めても聞きませんからね……。分かりました。頼みますよ、タスケ殿」
「っ……ベルベットさん……!はい!!」
「爺や……最後まで我儘でごめんなさい……」
「マーリアお嬢様の人生です。それに、わたくしもタスケ殿のことは信用しておりますゆえ」
マーリアとベルベットさんの熱い抱擁に、僕は涙が止まらなかった。僕がふたりを離れ離れにさせてしまうことになるなんて……。
三人の会話を聞いていた街の人々は、あっという間に驚きと悲しみに包まれる。
「そんな……タスケとマーリア様が……」
「代わってあげられたら、どんなに良いか……」
本当に、この街の人は優しいな……。この人たちを守れるなら、僕の命ひとつくらい、犠牲にしてみせる。
マーリアと手を強く繋いで、魔王の元へと向かおうとした時、またひとり女性が歩み寄ってきた。
「タスケさん!」
「アンリさん?」
「……あの……せめてもの提案ですが、マーリア様の代わりに私が行きます。それなら、マーリア様に危険が及びません」
確かに、アンリさんを身代わりとして連れて行けば、マーリアは無事だろう。だけど……。
「魔王は全世界を見ていたんだ。もしかしたらマドブルクの人全員、把握されているかもしれない。アンリさんが一番初めに教えてくれたじゃないですか」
「……そうですが……っ」
「……貴女が、アンリさんなのね」
「は、はい……」
複雑な表情のアンリさんに首を傾げていると、マーリアが話に入ってくれた。
「……お気持ちは有難いです。でも、私はタスケとともに生きていきます。たとえそれが蛇の道であっても、いばらの道であっても」
「っ……」
「アンリさんも、今まで本当にありがとう」
「……こちらこそ、ありがとうございます!せめてもの無事を祈っています!」
アンリさんは泣きじゃくっていた。それを誤魔化そうと大声で僕らを鼓舞してくれる。
彼女につられてすすり泣く街の人々の声を背に、タスケはマーリアの手を引いた。
「マーリア……怖くない?」
「怖くないかと言われれば嘘になりますが……さっきも言ったでしょう?貴方と一緒なら大丈夫ですわ」
「マーリア……」
荒野を二人、手を強く繋いで歩く。魔王の待ち構える焼け野原となっている森に辿り着いた。
道中、モンスターは全く出現しなかった……。逆に不気味だなぁ……。
「ようやく来たかタスケ……待ちくたびれたぞ」
「っ……!」
「大丈夫。大丈夫だよ。マーリア」
怯えるマーリアを、出来るだけ自分の身で隠す。
かくしてタスケはマーリアを、魔王の元に連れてくることが出来た。しかし、本当の勝負はここからだ。
「ほう、お主の愛する人というのは、その娘か」
「あ、愛っ……!?」
愛する人という言葉に、マーリアは顔を真っ赤にする。その様子が愛おしい……僕はマーリアを強く抱き締めた。
「ハハハ。その愛は本物のようだな。では、早速行くとするか」
「えっと……どちらまで?」
「決まっているだろう。グリダ!何処に行った!」
「呼ばれて飛び出て、グリダでございます」
魔王に呼ばれ、グリダが出てきた。神出鬼没とは、まさに彼女のことを言うのだろう。
「まず、ヒュドラを回復させろ」
「承知いたしました。回復魔法・グリドヒール」
グリダがそう唱えた瞬間、いつの間にやら僕たちの傍に倒れていたヒュドラが目を覚ます。
「ガルルルルルル」
「いやめっちゃ威嚇するね!?」
「あら、ドラゴンさんなんて初めて見たわ。初めまして。私はマーリアよ。よろしくね、ヒュドラさん」
「……キュルルルルル」
マーリアは誰にでも好かれる人畜無害な性格だが、まさかドラゴン相手にも効くとは……さっきまでは凶暴さ丸出しだったのに、マーリアと戯れている。
「それでは行くぞ。乗れ」
「あ、はい!」
「失礼します……」
魔王と僕、マーリア、グリダはヒュドラの背中に飛び乗った。
「フッフッフ!我はこの世の覇者・タスケイロ!」
「空を飛ぶなんて新鮮ですね!!」
「あれ!?スルー!?」
魔王に連れ去られていることなんてあっという間に忘れて、僕とマーリアは空の旅を楽しんでいた。まるでアラジンの気分だ。
「ハハハ。狼もゴミのようだろう」
「何処かで聴いたことあるなぁ。もう一生見れないだろうから、焼きつけとこう」
「ふふふ。そうね!」
「安心しろ。これからは思う存分、この景色を見れるようになるさ」
「……え?」
「着いたぞ。ここが魔王城だ」
ヒュドラに乗ってから、たった数分だっただろうか。あっという間に魔王城に辿り着いた。
改めて紹介されなくても、中の構造は全部把握しちゃってたりするんだよな……僕のスキルで。
「なんだ。反応が薄いな」
「タスケ様のことですから、そのスキルで魔王城の探索でもしていたのでしょう」
「なるほどな。納得だ」
魔王と四天王のひとりが目の前にいる……。普通なら隙を突いて、二人を倒すのがセオリーだろう。
だけど……。
「さぁ、こちらにお座りください」
「あ……どうも」
「紅茶とコーヒーはどちらの方が好きだ?」
「あ、私たち二人とも紅茶で……」
紫や黒を基調とした広い部屋の、座り心地の悪くないソファに座らせられる。さらに、紅茶かコーヒーか聞かれる……。
魔王城なのに、サービス精神の塊だな……。
「タスケ」
「どうしたの、マーリア」
「なんだか……思っていたような待遇と違いませんか?」
マーリアの言う通りだ。僕たちは魔王城の客間へと通されたらしい。
「紅茶をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます……」
「大丈夫でしょうか……?」
「……」
出された紅茶を怪しむ僕たちを見て、紅茶を持って来たモンスターは一杯の紅茶を頭からかぶって見せた。
な、何してんの!?
「ええっ!?」
「何をしているんですか!?」
「誓って毒など入れておりません。安心してお召し上がりください」
「は、はぁ……」
お洒落なティーカップに入っているのは、香りからしてレモンティーだろうか。
コツコツと靴音がしたかと思えば、グリダがお菓子を乗せたトレイを持って出て来る。
「ふふ。紅茶は楽しんでいただけておりますか?こちら、私特製のマカロンにクッキー、カップケーキでございます。どうぞお召し上がりください」
「あ……はい」
さっきのモンスターが証明してくれたものの、毒が入っていたら大変だ。マーリアには「僕が先に食べる」と目配せをする。
「……んんっ!!美味しい!!そして特に変な味もしない!!」
「ふふふ。お菓子作りは私の得意分野ですから。変な味とは失礼な」
「ごめんごめん。マーリアも食べてみて!美味しいし毒も無さそうだ!」
「タスケが言うなら……いただきます。……んん!?美味しい!」
「ね!」
グリダお手製のお菓子たちを、タスケとマーリアは食べ始める。
「本当だわ。特殊な薬品の匂いも全くしませんし、何より美味しい……」
「ね!!まさかこの世界にもこんなに美味しいお菓子があるなんて!」
それにしても、紅茶にお菓子を振る舞うなんて……まるで僕たち、客人じゃないか。
てっきり人質なのだと思っていたが……魔王は一体何を企んでいるんだ?
「寛いでくれているようだな。タスケ、マーリア」
「魔王……!いや、今はヴリトラさんって呼ぶべきかな?」
「あぁ。そう呼んでくれ。我もその方が落ち着く」
「ヴリトラさん。どうして僕たちを魔王城に連れて来たんですか?」
すると、ヴリトラもタスケたちの正面のソファに腰掛けた。
つい先刻まで互いに放っていた殺気など、微塵も感じられない。その場には、至って穏やかな雰囲気が流れていた。
「そのことからだな。我は長いこと、この世界で魔王をしているわけだが……」
「いや、しているとか言うなよ……」
「その……最近『魔王業』にも飽きてきたのだ」
「『魔王業』ってなんですか……」
いろいろと危ない発言をする魔王に、すかさずツッコミを入れる僕たち。
でも、飽きてきたからって僕たちをここに連れてきた理由には……。
「ですが、魔王がいないとこの世界、成り立たないんですよねぇ……」
「だからそういうことは言わない方がいいって……」
これまた危ない発言をしたのはグリダ。僕やイトウたちを異世界転生させた張本人だ。
「タスケさんなら分かるでしょう?魔王がいなくちゃ、異世界の意味が無いんですよ。ヴリトラさんには百年に渡ってこの世界の魔王に君臨してもらっていましたが……」
「退けても退けても、勇者が現れて危機に陥る。その繰り返しだ。それに、我だってマドブルクのような街でパンを買って食べたり、洋服を選んだり……普通の生活が送りたいのだ」
「この通り、ヴリトラさんの精神には限界が来ています。私も悪ではありません。魔王とはいえ、無理はさせたくない……」
「そんな時に、お前が現れたのだ!タスケ!」
そう言って立ち上がるヴリトラさん。
……え?
「私たちはずっと、次の魔王候補を探しておりました。有力なのは勇者であるイトウという男だと思っていましたが……あなたは転生させた誰よりも、魔王の素質がある。私もヴリトラさんも、そう判断いたしました」
「今日よりお主が、この世界の魔王だ!」
「え……えぇーーーーーーーーーっ!!?」
「ええぇ!!?」
僕とマーリアの叫びが、魔王城にこだまする。いつの間にか、沢山の魔物たちが部屋に入って来ていて「新・魔王様バンザイ!」「新・魔王様バンザイ!」とどんちゃん騒ぎ。
「い、いやでも……僕、戦えないんですよ!?」
「それでいいのだ。お主の武器は肉体ではない……そのスキルを生かせる頭脳だ」
「だ、だけど……」
「その上、この魔王城にいれば、お主もマーリアも身の安全が保証されるのだぞ?次代の勇者が攻め込まない限りな」
「わ、私もここに……?」
「マーリア様は『魔王の妃』となるのです」
「ど、どうしよう。マーリア……マドブルクには、マーリアの店だってあるのに……」
不安な面持ちのタスケたちを見て、ヴリトラとグリダはまた笑い出した。
「そんなの、好きにすればいいではないか」
そう言って笑う二人に対して、タスケとマーリアは目を丸くする。ど、どういうこと!?
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