第三十九話 真の勇者
イトウ・グレートの一撃必殺……名前はダサいが、以前よりもパワーアップした剣技。
魔王対策を整えている間にも、毎日鍛錬していた結果だ。
「行っけええええええイトウ!!!」
「うおおおおおおおお!!!」
タスケとイトウの叫びが、マドブルクの上空に響いた。
魔王ヴリトラの心臓部にヒットし、ついにこの長い長い戦いが終わる……!
はずだった。
「……ククク……フハハハハハ!!残念だったな勇者よ!!」
ヴリトラはその大きな手で、イトウの剣を軽々と掴んで、一撃必殺の威力を殺した。
嘘だろ……!? どうして……!?
「くっ、何故だ!?今、確かに当たったはずだろ!!」
「あぁ!確かに当たりはした!大したものだ!だが、甘い!」
魔王はそう言って、イトウを薙ぎ払う。地面に打ち付けられるも、イトウも装備は万全。そこまでダメージはないようだ。
だけど、イトウはもうスキルを使えない……。どうしたらいいんだ!?
考えろ! 僕は考えることしかできないのだから!
「大丈夫だタスケ……!俺を誰だと思ってる!」
立ち尽くすゴースケに話しかけるかのように、イトウが叫んだ。
「俺の名は『イトウ・グレート』!この世界を救う勇者だ!」
ゴースケの姿なんて見えていないはずなのに、イトウはこちらに向かって笑いかけた。
《……イトウ!!》
タスケはマドブルクの街から、夢中になって駆け出した。
スキルなんて関係ない! 近くにいた方が、何か糸口を掴めるはず!
息があがることも気にせずに、無我夢中で走る。異世界転生したての頃に狼に追いかけられた……あの日以上に必死だった。
「はぁ!!スーパー・ロイヤル・ソード!!」
「その程度のヘボ攻撃など、当たらぬわ!!」
その間も、ゴースケを通してイトウと魔王ヴリトラが戦っている声が届いてくる。
イトウはどうにか魔王の間合いに入り込もうと、攻撃を仕掛け続けているようだ。
「くっそおおおおぉぉぉっ!!」
涙声……僕の前では涙なんて見せなかった彼が。
「リラも……カゲツも……マオも……全身全霊でお前に立ち向かったんだ!俺だって、全力でお前を倒してみせる!!」
「ハッハッハ!以前、魔王城に乗り込んできたときよりも、良い面構えじゃないか!面白い!」
白熱する勇者イトウ・グレートと魔王ヴリトラの戦い。くそ! 早く動いてくれ僕の足!!
というか、グリダは一体何処に行って……!?
「やはりあなたでしたか。勇者パーティの頭脳……本名は、道枝太輔でしたね」
「っ!!?グリダ!!?」
魔王とイトウが接戦を繰り広げている様子が見える位置まで来たところで、グリダが目の前に現れる。
というか、何故、僕の本名まで知っているんだ……!?
「戦闘向きではないスキルを使って、よくここまで辿り着いたものです。特に夢も希望も無かったあなたが、そこまでして魔王を倒そうとする理由、実に興味があります」
グリダは目深にかぶっていたフードを脱いでおり、蜂蜜色の透明感溢れる瞳に、若草色の長い髪。ザキルに負けないくらいの美人だ……。
「で?どうなんですか?この世界に来て、あなたは何か夢を見つけたんですか?私が聞きたいのはそれだけです」
「……憶測だけど、君が僕たちをこの世界に連れて来たんだね」
「ふふふ。ご名答です」
「なら……先にありがとうって言うべきかもしれない」
「……え?」
「この世界に来てすぐの時は、狼に追いかけられたり、信用してもらえなかったりと散々だったよ。でも、イトウ、リラ、カゲツ、マオ……ゴメスやテイラーさん、アンリさん……そして、マーリアにベルベットさん、タータンさん、トワインさん……たくさんの人に出会って、助けてもらった。僕にとっては、みんな大事な人たちだよ。出会わせてくれてありがとう」
「……その大事な人たちの一部を、私は殺しましたが?」
「それは許さないよ。だけど、ここは異世界。それに君、言ったじゃないか。『自由に生きて見せろ』って」
僕はグリダに、毒を塗ったナイフを突きつけた。
タスケは溢れ出す涙を拭うことなく、グリダを睨みつける。
「自由に生きるよ。君のことも、魔王のことも倒して……この世界を我、漆黒の悪魔・タスケイロの思うがままにしてやる!!」
「……フフフ。やはりあなたを選んで正解でしたね!」
グリダはふわりと笑って、目の前から消えて行った。確かにあの綺麗な声……真っ白い世界の中で聴いた声に間違いない。
だけど、僕を選んで正解って……どういうことだ?
「って、そんなことより!イトウは!?魔王は!?」
タスケは再度駆け出す。イトウ……無事でいてくれ!!
「ぐああああぁぁっ!!」
「くっ!!ウオオオオォォ!!」
双方の叫びが聞こえたかと思えば、肩で息をしながら様子を伺っている魔王。
そして、剣を地面に落とし、今にも倒れそうなイトウ・グレートの姿があった。
「イトウッ!!」
地面にイトウが倒れ込む寸前に、僕はイトウを受け止める。傷が深いらしく、息をするのも辛そうだ。
「はは……悪いな、タスケ……」
「喋るなっ!マオから預かった薬草があるから!今使う!」
「そんなもんじゃ、無理だ……見ろよ、俺の……腹……」
イトウの言う通り、彼の腹部を見て鳥肌が立った。ドクドクと流れる血が痛々しい。タスケは魔王の前であることも忘れて、自分のマントをイトウの傷に押し当てる。
「くそっ!止まれっ!止まれよぉ!!」
「いいんだ……もう……。それに……俺は、勇者じゃない……」
「なに、言ってんだよ!お前以外に誰が勇者だっていうんだ!僕はイトウ以外の勇者なんて認めないよ!!」
ゆっくりと動くイトウの手が、タスケの肩に置かれた。
「この世界の……真の、勇者は……ゲホッ」
「頼むからっ!無理しないでくれっ!」
「お前だ……タスケ……」
「え……!?」
イトウの言葉に驚いていると、肩からズルリと彼の手が滑り落ちた。
「っ……イトウ……」
僕の目から零れ落ちる涙が、ひび割れたイトウの鎧に当たる。なんでこんな状態で笑ってんだよ……。
イトウをそっと地面に横たわらせ、タスケはイトウの持っていた剣を持ち上げた。
「っ、おっも……!」
でも、そんなこと気にしていられない。タスケは気合で剣を構えた。
「うおおおおおおおっ!!!」
ふらふらとした足取りで剣を振るタスケの攻撃を、魔王はいとも軽く躱す。
こんなんじゃ、魔王の心臓なんて突けるはずがない。それでも、僕は泣きながら剣を振るった。いろんな人から言われてきたけれど、僕は諦めが悪いんだ。
「うあああああっ!!!許さないっ!!!」
「……」
「許さないっ……!返せっ……返せよ!!!僕の仲間たちを返せ!!!」
何度も転んで、立ち上がって、一心不乱に魔王の心臓を狙い続ける。魔王には止まって見えるのだろうか。
敵わない相手だってことは分かっているんだ。
「はぁ……はぁ……」
「……小僧。もうやめないか」
「はぁ、はぁ……!やめないっ……!僕がみんなの代わりに……お前を倒すんだ!!」
「さっきから攻撃が、一度も当たっていないだろう」
「っ……!」
分かっている。自分が一番。
僕に魔王を倒せるはずが無い。
「でも……!諦めない!僕はみんなの気持ちを預かってここに来たんだ!」
「……」
「もう誰も死なせないッ!イトウも、リラも、カゲツも、マオも……この戦いで死んだ人たちも……!」
魔王を倒して、僕の力で生き返らせてみせる!
タスケの目だけは、魔王を真っ直ぐと見据え、ギラギラと光っていた。
「お前の仲間を思う気持ちは、十分伝わってきた。しかし、力の差がありすぎる」
魔王がそう言った瞬間、僕の視界が反転した。僕の身体は地面に打ち付けられる。
「恐らくお前が、グリダの言っていた勇者パーティの『頭脳』なのだろう?地下通路の罠も、爆発も、長距離攻撃や的確な近距離攻撃、さらにそこの勇者の不意打ち……全てお前が考えたのか?」
「……ほぼ、だよ。みんなと協力し合ってこそ、練り上げられた作戦だったんだ。でも……もう策なんてないさ」
タスケはにっこりと笑って、ナイフを魔王の心臓部へと刺した。
「グオオオオッ!!?」
「さっきの毒団子とは違って、致死量の何倍も濃くしてある毒を塗ってある。イチかバチかだったけど、引っかかってくれてありがとう」
「……面白い……面白いぞお主!!」
魔王は自分の胸に刺さるナイフを引き抜いて何処かへ投げ捨て、タスケの肩を掴んだ。
毒、あんまり効かなかったか……。
だけど、心なしか瞳が輝いている気がするな……一体どうしたっていうんだ。
「お主、名前は?」
「……タスケだよ」
「タスケ!タスケか!実にパッとしないが良い名だ!」
「褒めてねえだろ」
「そんな弱さで、よく我と戦おうとした!その勇気は認めてやろう!」
「毒が回ってさっさと死ねば良かったのに」
「今すぐにでも、お前の全身の骨くらい砕けるんだぞ我は」
「すみませんでした」
いやいや待って? どうして僕、普通に魔王と雑談してるんだ!?
「それにしても、何故あそこまで精巧な作戦を立てられた?まるで我々の動きが先読みされているかのようだったが」
「漆黒の悪魔・タスケイロにかかればそれくらい……造作もないこと……」
「真面目に堪えないと、マドブルクを更地にするぞ」
「……スキルを持っているんだ。影や暗闇の中に意識を飛ばすことができる。今は意識を五方向にまで飛ばせるよ」
「ほう……全く戦闘に向かないスキルだが……自分の力量を良く判断している。これは人望が集まるわけだ」
これは一体、何の時間なのだろうか……下手なことを言うとすぐにでも殺されそうだから、僕の足はまるで生まれたての小鹿に震える。
でも、褒められてはいるよね? 魔王相手とはいえ、ちょっと嬉しい。
「しかし、我の討伐など大それたことをしなくても良かったのではないか?勇者一行もいたのだから。戦えないお主がわざわざここに立つ理由はなんだ」
「……僕の仲間と……愛する人のためです」
愛する人とは、もちろんマーリアのことだ。今もきっと、地下で僕の心配をしているであろう彼女。
告白はちゃんと出来ていないけれど、この戦いが終わったら改めて伝えなくちゃ。
《マドブルクのためにも……マーリアのためにも、想定外なことではあるが、魔王との話し合い……慎重に交渉しなくちゃ》
しかし、そんな心配をするタスケを他所に、魔王は大笑いした。
「フハハハハハ!!タスケ!!我はお主を気に入ったぞ!!我にひとつ提案がある!!」
「な、なんでしょう?」
「その愛する人とやらを連れて来い。そうすれば、マドブルクへの侵攻も他の国への侵攻もやめてやる」
「っ……!?どうして!?」
「出来ぬのか?」
「……分かりました。連れて来ます」
出来れば、彼女を巻き込みたくはなかった。
だけど、世界のためだ。
世界平和が、僕の判断に掛かっている。
タスケはその足でマドブルクの街へと駆け出した。
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