第三十八話 その意志を継いで
高台に立つ冒険者のひとりが、大声を出した。
「!見えてきた!魔物の軍隊だー!」
空中のモンスターの群れが見える位置にまで近づいて来ているようだ。
「えっと……マドブルクからあそこまでざっと……」
僕は上空へと意識を飛ばし、魔物の速度、マドブルクまでの距離を計算する。
意外と僕、数学は得意なんだよね! フッフッフ……成績は三だったかなぁ……。いや普通だな!
「皆さん!僕の合図で、一斉攻撃してください!」
「分かった!頼むぞタスケ!」
「弓矢の射程圏まで……五、四、三、二、一!発射!!」
タスケの合図で、魔物たちに向かって飛ぶ火の弓矢。
「ウギャッ!!」
「矢だとォ!?」
数体に矢は見事命中! さすが、弓矢を武器にしている冒険者だ!
「次!ブーメランの射程圏まで……三、二、一!お願いします!」
続いてブーメラン部隊に指示を飛ばす。ブーメランは複数まとめての攻撃が可能だ。
「ギャアッ!!こんなの聞いてない!!」
ブーメランが直撃してバランスを崩した魔物数体は、地上へと落ちて行く。さらにそこにも仕掛けがあるんだよなぁ……。
「ギャーーーーーッ!!!」
地につけば魔石地雷が待っている。昨日、マドブルク周辺にたくさん仕掛けておいて正解だった!
「ボウガン部隊!発射まで……五、四、三、二、一!発射!」
火の弓矢に続いて、火を纏ったボウガンが、空中に弧を描く。遠距離攻撃はこれで出尽くしただろうか。
「くそっ!空からは落とされたが、地上戦だって出来るんだぞ!」
「行くぞお前らァ!」
「通さないわよ!食らいなさいっ!」
地雷に当たらずに済んだ魔物たちを待ち構えているのは、ムチ使いの女性冒険者たち。
「痛いいいいっ!!」
「ギャアアアア!!」
「もっとお願いしますぅぅぅ!!」
確実にこっちが優勢な現状! みんな得意な武器の扱い凄い!
というか今、ドMが混じっていたぞ!?
「グォォォォ……!」
「ウワァァァ……!」
まあ、何はともあれ、遠距離部隊の活躍によって、空中の魔物はほとんどいなくなった。
「……ここからは地上戦がメインだ……。できるだけ建物に被害が及ばないことと、地下シェルターが見つからないことを祈ろう……」
しかし、遠距離攻撃とはいえ百発百中ではないため、空中部隊の人は戦闘不能に陥る人も続出。
そして、地下通路から出てきた魔物も、マドブルクに向かってきている。ここでの地上戦は避けられないな……。
「タスケ。モンスターたちが来ている」
「あぁ……」
「少し加勢する!お前は安全なところに隠れていろよ!」
「分かった!」
マドブルクの外壁を壊し、モンスターたちが大勢攻め込んでくる。
外壁の方にゴースケを飛ばすと、ムチ使いたちは既に倒されていた。くそ……!みんな、守れなくてごめん……!
「おらぁぁぁぁぁ!」
「キェェェェェェ!」
冒険者たちの雄叫びと、モンスターたちの奇声、技による轟音が、マドブルクの街に響く。夜だから、冒険者たちの攻撃は、時たま外れてしまう。
テイラーさんをはじめとした魔法使いが、街の上から光の魔法で照らしてくれているが……それでも攻撃はしにくい様子。
《あまり頑丈な設備にはできなかったから、外の音や声でみんな不安がっているかも……》
僕は一度、地下シェルターに避難した人々やマーリアの様子を見ることにした。
なんて、理由を作ってはいるが、戦いに参加できない歯痒さからの行動だったのかもしれない。
地下シェルターの中の人々は、地上から聞こえる声や音に肩を震わせていた。
「魔物の声がする……」
「ここに来たらどうしよう……」
みんな不安でいっぱいなんだ。地上がどうなっているか分からないから尚更だろう。
「さすがにショットのカメラ眼球でも、外の状況は見れませんからね……」
「ク~ン」
もちろんギルドスタッフの人たちも、全員ここに避難している。アンリさんはどうにか外の状況を確認したいらしいが……。
《どうしよう……混戦状態である外の状況を……ゴースケを通して伝えるべきなのか……?だけど、それでさらにみんなの不安を煽ってしまったら……》
ゴースケが思い悩んでいる中、暗い雰囲気を断ち切るように、一人の少女が立ち上がる。
「み、皆さん!大丈夫です!」
「マ、マーリアお嬢様!?」
《マーリア!?》
「タスケたちが絶対に、魔王を倒してくれますわ!私は信じています!」
「でも、タスケって確か、戦えないんだろ?司令塔ってだけで……」
まぁ、そう思われても仕方ないよな……実際そうだし……。
「タスケをバカにするということは、私のことも敵に回すことになりますからね」
「マ、マーリアさん……!?」
「マーリアお嬢様……お気持ちは分かりますが落ち着いて……」
「落ち着いていられますか!タスケのことをバカにするなんて、許せません!」
マーリア……。そこまで僕のことを信じてくれているんだ……。
「確かに死亡フラグを立てていきましたが、それでも帰ってくるはずですわ!」
うっ……痛い所を突く……。マーリアは天然なところもあるからなぁ……。
「……そうですね。戦えなくても諦めない、タスケさんですもの」
次に口を開いたのは、アンリさんだった。
だけど、マーリアのお陰で勇気が出た。ここで逃げてる場合じゃない!
地上戦……戦えないなりに活躍して見せるぞ!
僕は街中にゴースケを放った。至近距離でモンスターを素早く観察して、弱点を暴く作戦だ!
「ゴメス!そいつの弱点は首の飾り玉だ!首にパンチを当てろ!」
「分かった!」
「テイラーさん!そいつには氷魔法が有効です!」
「ヒック……任せなぁ!」
スキルを使って、モンスターたちに近づき、脆い部分を見極める。魔王城を探索していた時から、モンスターたちの弱点も探っていたからな……! これくらい、お茶の子サイサイだぜ!
これが今、僕が出来る最善!
そして、魔王とグリダだが、地下通路のあった森に待機しており、水晶越しに街の様子を伺っている。
「勇者以外の人間も総動員……!?勇者はともかく、他の人間たちまで……あんなに強くなかっただろう!?」
「……魔王様。そろそろ出陣の準備をしましょう。思った以上に強敵で……私も久しぶりに楽しくなってきましたよ……」
そう言って、グリダは口角を吊り上げた。あいつは一体……何を考えているんだ?
「きっと『賢者』は、今も我々の会話を聞いているかと」
「何!それはまことか!」
「えぇ……。とりあえず、私も回復しましょうかね。回復魔法……グリドヒール」
グリダは回復魔法を唱え、マオによって負傷させられた足を治した。
回復魔法を持っているなら、すぐに使えばよかったんじゃ……? どうして今になって……?
そして、はためく風によって、彼女の目深に被っていたフードが脱げた。何処か見覚えのある黄緑色の長い髪を揺らし、綺麗な蜂蜜色の瞳が昇り始めた朝日に反射する。
「そういうスキルかも、しれませんからね」
グリダはそう呟き……心なしか魔王の影に入り来んでいるゴースケと目が合わせてきた……?
魔王城で何度も感じた、言いようのない寒気。やっぱりこいつ……僕のスキルに気付いて……?
「……イトウ。そろそろ準備しよう」
「いよいよか……タスケ。今までいろいろとありがとう」
「やめろよバカ。最期の会話みたいじゃんか」
「ははっ、確かに。なら……」
イトウは僕の肩をガシッと掴んできた。な、なんだなんだ!?
「魔王を倒したら、今度こそ普通の『友達』らしく遊ぼうぜ。この世界にはあいにく、ゲーセンもスマホも無いけどな」
「イトウ……うん!約束な!」
指切りなんて、僕たちのガラじゃない。そう思って、僕たちは固い握手を交わした。
転生前に出会っていたなら、僕たちはきっと友達同士になっていただろう。
この戦いが終わった後も、イトウとはそんな関係でいたいと、心から思うよ。
覚悟を決めた表情で、投石器へと乗り込む勇者イトウ・グレート。君は僕に助けられたと言っていたけれど……僕こそ助けられている。君の勇気に。
「大丈夫だよ!イトウ・グレート!お前は勇者だ!」
「……おう!!」
だから今度は、僕が君を鼓舞する番だ!
マドブルクの街は荒れて行くが、魔物たちがどんどん倒れている。現状はこちらが優勢。
だが……油断は出来ない。グリダは完全に回復しているし、魔王だって万全の状態だ。一番未知数の力を持つ二人が残っている。
だから、イトウのスキルである『一撃必殺』を、魔王に確実に当てなければいけない。
みんなが作業に追われて、やっと訪れた休憩時間。その合間を縫って、何度も剣技を鍛えるイトウを見てきた。
影であんなに努力しているんだ……イトウなら絶対に、魔王を斬れる!
投石器に乗り込み、攻撃の姿勢をとっていたイトウが、ふと上を見上げて目を見開き叫んだ。
「っ、タスケ!上!」
「!?あれは……!」
イトウの声と、上空から咆哮に、上を見上げる。魔王の使いである魔龍・ヒュドラだ。
「あいつもやらなくちゃ……!」
「どうする!目を狙えば倒せるんだったよな!?」
「あぁ!だけど、イトウのスキルをここで使ったら魔王が……!」
こんなところでヒュドラが来るなんて……! どうする……考えろタスケ!
「打て―――――っ!!!」
僕が悩んでいると、ひとりの声を合図に、ヒュドラに遠距離攻撃部隊が仕掛けた。
「ギャオオオオオッ!! 」
そうだ。僕はひとりで戦っているんじゃない。
頼もしい仲間たちが、こんなに沢山いるんだ!
タスケは息を吸い込み、ヒュドラに向かって勢いよく指を差した。
「皆さん!あいつの弱点は目です!目を狙ってください!」
「おうよ!!」
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる!!」
「いっけぇぇぇ!!」
ヒュドラの吐く火の玉が、マドブルクのあちこちに落ちて火事を起こす。怪我人もどんどん増えていく。
それでも、遠距離部隊たちはめげずに打ち続けた。ある者は弓矢を。ある者はブーメランを。ある者はボウガンを。
そして、イトウが投石器から降りて、何やら乗せている。あれは……。
「タスケ!投石器で毒の残りを投げるから手伝え!!あの距離なら当たるだろ!!」
「分かった!」
もう一つの投石器で、マオが隠しておいてくれていた毒団子を飛ばす。イトウにしてはいい案だ!
「位置はどうする!?」
「右斜め四十度まで動かして!」
「細かいな!まあ動かすけども!この辺か!?」
イトウはざっくばらんではあったが、投石器の方向を変えてくれた。一人でこんな大きな投石器を動かせるなんて……やっぱり格が違うな。
投石器によって投げられた毒団子は、順調にヒュドラに命中。しかし、予期せぬヒュドラの襲来による代償も大きかった……。
人がひとり、またひとりと倒れていく。
「くっ……俺はここまでだ……」
「最期に冒険者らしいことができて、本望だったぜ……」
「次に生まれたら、平和な世界で暮らしたいわ……」
遠距離部隊も、近距離部隊も、その命の灯を消していった。
魔王を倒すためとはいえ、こんなにも人が死んでいくなんて……。
僕が死んだ時、父さんや母さんもこんな気持ちだったのだろうか。
いや、感傷に浸っている場合じゃない! 魔王たちは!?
急いで地下通路付近のゴースケに意識を向けると、分かりやすく狼狽える魔王がそこにいた。
「ヒュドラ!?おい!ヒュドラ!くそ!映像が届かん!」
「映像が届かないということは、目が弱点であることも、バレていたようですね。いかがいたしますか?」
「やはりこの我、ヴリトラ様が直々に戦わねばならぬようだな……。勇者もマドブルクの戦闘員どもも、小賢しい賢者も……全て我の手で捻り潰してやる……!」
いよいよ、魔王が動く……! 戦闘に直接参加しているわけではないが、僕の背中を冷や汗が伝う。
ヒュドラを倒し切り、再び投石器に乗り込んだイトウと目を合わせ、再確認をする。
「イトウ。分かっているな? 魔王の弱点は……」
「あぁ。魔王も元は人間。真ん中の『心臓』だろ?俺の一撃必殺を、必ず命中させてみせる」
「頼んだよ!イトウ・グレート!」
イトウは深く息を吸い込み、攻撃準備を整え始める。
対する魔王も、その得体の知れない身体が、なんとなく大きくなった気がする。
でも好都合。的は大きいほど狙いやすい。
「フハハハハハ!!行くぞォ!!!人間どもめ!!!」
「イトウ発射まで……三、二、一……行っけぇーーーーーっ!!!」
魔王の笑い声と、タスケの叫び声はほぼ同時に発せられた。
「食らえ!!勇者奥義……イトウ・グレイト・ソード!!マックス!!!」
リラ、カゲツ、マオ、そしてタスケの思いを乗せて、勇者イトウ・グレードの剣が、魔王へと放たれた。
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