The Cage of Dreams 09
「……リコちゃん、ポーチも置いて一体どこに……」
テーブルの上に置かれたこのポーチの中には、喋れない彼女が相手に自分の意思を伝える為の道具であるペンと紙も入っているはずた。アツシはますます不在のリコリスを心配し、深いため息を吐きながら丸テーブルへと近づいた。
そして自然に伸びたアツシの右手は、テーブルの上に転がっていた薬品の瓶を一つ摘み上げる。
「深い、青色の液体……」
一体なんの効果がある薬なのだろうと、ラベルの無い小さな小瓶の中身を眺めながらアツシは考える。
「なんだろ……傷薬かな、キレーだし」
医者とは思えない適当発言をしながら、アツシは小瓶の中の液体を、窓から差し込む日の光に透かして眺める。「やっぱキレーな青だな」と、アツシは感嘆したように呟いた。
そして、彼は気がつく。
ハッとしたように切れ長の瞳を見開き、光に透かしてキラキラと青に光る薬品入りの小瓶を、アツシは驚きの滲んだ双眸で凝視した。
アツシの唇が微かに動いて、呟きを漏らす。
「……これ、魔法薬じゃねぇか」
透明な小瓶の中でユラユラと揺れて、形を変える青の液体。
小さな硝子の中で軽快に踊るそれは、よくよく見ると青一色の中に、微かな紫の発光を見せる。
「リコちゃん、魔法薬なんて作れたのか……?」
小瓶を掴んだ指先から感じる青い癒しのマナ、その波打つ強い波動。
「……」
青い液体を見つめる鳶色の瞳に、鋭い光が宿る。
魔法薬を観察するアツシの瞳、その瞳孔が細く形を変えた。
◆◇◆◇◆◇
「……」
アメジストの瞳が見つめるのは、白い無機質な天井。
同色のシーツが掛かったベッドの上に寝転びながら、ミルフィーユは見つめ続ける天井へと右手を伸ばす。
「どうしてリコリスは、俺を避けたのだろう……」
答える者のいない問いがミルフィーユの唇から漏れ落ち、同時に彼が伸ばした右手は空を掴んだ。
しかしいくら考えども、リコリスが突然態度を変えた原因などミルフィーユにはさっぱり覚えが無い。
「今朝だって、ただ朝の挨拶しただけだし……」
身に覚えの無いリコリスの態度に、自然と不満げな声が出てくる。
ここで寝転んでぼやいても仕方ないのだが、しかしリコリスに謝ろうにも、ミルフィーユ自身が彼女に対して、なにか気分を害するような事をした覚えがないので謝ることも出来ない。
「……うーんー」
頭を抱え、横に寝返りを打つ。その拍子に、三角の山が二つついた形の帽子が、彼の頭からずり落ちた。
「ホントに覚えがないんだよな……」
このまま彼女と仲たがいしたまま、旅などしたくはない。
別にアツシが言っていたような感情からそう思っているわけではないと思うが、やっぱり一緒に旅をする仲間だったら仲がいいほうがいいに決まっている。
だからいち早くリコリスと仲直りしたいのだが、記憶喪失に加えて元々の性格が積極的ではないし口下手なミルフィーユは、一体どうすれば彼女と仲直り出来るのかわからず溜息をついた。
「はぁ……やっぱり謝るしか……いや、でもだから何に対して俺は謝るんだよ……」
今度は反対方向へ、もう一度寝返りを打つ。
先程頭からずり落ちた帽子のフェイクファーが目にあたり、ミルフィーユはそれを欝陶しそうに退かした。
「……」
一つだけ、心当たりがないこともなかった。
それは今朝、自分が見た"夢"。
内容はまったく覚えていなかったが、あの"夢"を見た後自分は何か大切な言葉を口にした気がする。
「でも……俺、なにを……」
なにを呟いたのだろう?
白く清潔な枕にミルフィーユは顔を埋め、いつもあやふやになる自分の記憶を探ろうと考える。
しかし一度消えた記憶を辿っていこうとすると、決まって自分の頭は強い頭痛を生じさせる。まるでミルフィーユ自身に過去を思い出させないようにと、強い頭痛がリミッターのように働いてミルフィーユの思考を邪魔した。
「っ……いった……ぁ」
ガンガンとひどく痛み始めた頭を抱え、ミルフィーユは枕に顔を埋めたまま辛そうに小さく喘ぐ。
「はぁ……だめだ、これ以上考えたら頭割れる……」
細い銀糸の髪を掻きむしるようにして、ミルフィーユは頭を抱えた。
自分には、自分自身が知らないことがたくさんある。
自分の事もまだ完全に理解していないのに、その上で他人の事など理解出来るはずもない。
それがわかっているからこそ、それを理解しているからこそ、ミルフィーユはリコリスの態度についてひどく頭を悩ませていた。
「俺は一体、どうすればいいんだ……?」
アツシの話だと、順調に船が航海すればアサド大陸へは2、3日でたどり着く。
その間にリコリスと仲直りが出来るのだろうか……ミルフィーユは枕に埋めていた顔を上げて、もう一度白の天井を仰ぎ見つめた。




