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 ふー。

 ただ荷物を置いてソファーに座っただけなんだけどね、ため息が出た。

 なんだかひどく、解放感を感じるよ。

 閉鎖された空間に入って解放されるって、我ながら変な気分だけど。


「お、ソファーにテレビまであるのか」

「うん。あんまり長い時間は見れないと思うんだけど……折角だし、つけようか」


 テレビのチャンネルボタンは元の世界よりも4つ多くて、16あるみたいだ。

 1から順に見ていく。


 んー、1,2,3,4,6,7,8,10は地元のテレビと同じかな。

 5,9は砂嵐だったはずのものが調整中になっているだけで、まあ似たような感じ?

 けど、11以降は全然違う。


 砂嵐だったはずの11チャンネルでは王様っぽい人が屋外で式典っぽいことをやっていた。

 衆人が詰めかけている感じで、大きな歓声が上がっている。

 素晴らしい……王様……めでたい?

 テレビから聞こえてくるのは聞いたことがない言葉。

 なのにところどころ理解できるってことはこれ、人族語が流れているんだろうね。

 ってか、人族語のレベル1ってこの程度?


 同じく砂嵐だったはずの12チャンネルでは、猫っぽい耳と尻尾のあるおじさんが水着姿もしくは筋肉を披露していた。

 亜人族用のチャンネルかな?


 13チャンネルではエルフ耳のお姉さんが涙目でたぶん食レポとかいうやつをやっている。

 茶色っぽいぷるんとした何かをスプーンで突いているんだけど、どんだけ不味いんだって感じ。

 妖精族用のチャンネルかな?


 14チャンネルでは推定魔王様が高笑いしていた。

 肌の色が紺色と紫を足したような色で、捻じれた鋭い角が頭から生えてるから、多分魔王様だと思う。

 偉そうだし筋肉だから、多分魔王様だと思う。

 ドヤ顔でこっちを指差して何か言ってるけど、何言ってるか解んない。

 魔族用のチャンネルかな。


 15チャンネルでは岩場で卵を慈愛の目で見つめているっぽい龍。

 う、動かない。

 まるで静止画のようだ……。

 龍族用のチャンネルかな。


 16チャンネルでは……何だろう、これ。

 どこかの市場の映像をただ流している感じ。



 もう1度チャンネルを1から確認していると、元の世界のニュースでちらりと、私たちの乗っていたバスが事故ったことが流されていた。

 臨時バスの事故ってものすごく珍しいと思うし、事故に遭った場所と時間から判断して私たちが乗っていたバスだと思う。

 ……そうか、事故ったのか。


 意識不明の重体が30人近くいるって話だけど、それはこっちにいる25人のことだと思う。

「良かった……のかな、まあ」

 元の世界に体はあるってことは戻れる可能性もあるってことだろうから、希望はまだあるっていうか。

 ……重体って部分はとりあえず忘れようと思う。


 事故に巻き込まれた人たちには追試験が行われることに決まりそうって話だけど、重体の人間には関係がない話だよね。

 浪人決定か……。

 来年度にもっと偏差値の高い大学に合格すればそれは取り戻せないこともないから、そこはもう忘れることにして……。


 とりあえず、一旦テレビの電源は落とすかな。

 今はこれ以上の刺激はちょっと受け入れたくないというか……。

 MPを温存しておきたい。



「あ、人形師の子が動いてる?」

 ふと気づいたら、土色の顔をした人形師の子がふらふらと、危うい動きで起きあがろうとしては失敗……を繰り返していた。

 ひどく酔っぱらっているみたいだ。


「もしかして、生き返った?」

「いや、違うだろ」

 私の希望的観測はリーダーに即座に否定された。

 てことは……本格的にお亡くなりになっちゃったのか。


「中身は元の世界に戻れたとかならいいけど」

「どうだろう。完全に死んだならまだ可能性はあったかもしれないが、あれじゃあな」

 ああ、まだ本格的にはお亡くなりになっていないのか。

 ……動いてるもんね。自分の意思ではないにせよ。


 まあ戻れたかどうかは夕方のニュースで判るよね。



 飢えと渇きが感覚的に相当ヤバくなってきた。

 もう食べ物と飲み物のことしか考えられない状態だよ。

 気づいたら自販機のスキルを取っていた。


 取ったなら使うしかないよねって感じで、早速使う。

「【自動販売機】」


 目の前に自販機が2台出現した。

 また何かがごっそり削れた気配がする。

 けど、確認は後だ。


 肝心の自販機の支払い方法は……。

「おお、日本円? しかも、安いよ!」

 どこから仕入れているんだろう、このパン。

 パン屋さんで売られているような具だくさんなピザパンが60円とか、半額どころじゃない値段なんだけど。


「良かったな。で、何が買えるんだ?」

「本とパン」

 って、リーダーには見えないのか、この自販機。

「へー、本の自販機って珍しいな。タイトルは?」

「『買い物代行人について』と『只人について』」


 本も気になるが、飢えている私はとりあえず焼きそばパンを買ってみようと思う。

 関西人の割に炭水化物の上に炭水化物って私はそんなに好きじゃないんだけど……。

 今はそこにいるあいつが──紅ショウガとパセリの下からちらっと見えているしなっとしたキャベツが──私を誘惑しているようにしか思えないから、ここは買ってやろうと思う。


「ん?」

 なぜだ、なぜボタンが押せない?

 うううううう。

 ボタンが赤く光ってんのに、なぜだ?

 お金は──お札と硬貨は──財布からすべて消えてステータスに組み込まれちゃったっぽくて、入れるに入れられないんだよ。

 こういう場合って、ボタンを押したら自動でステータスから減る仕組みになるんじゃないの?


「何遊んでんの?」

 いや、遊んでいる訳ではなく……。

 故障?

 まさか……職業の名前的に、誰かの依頼がないと買えない、とか?


「リーダー。ちょっと私に、パンを買うように頼んでみてくれないかな?」

「なんで?」

「買い物代行人って職業だから多分、自分が欲しいってだけじゃ物が買えないんだと思う」

「なるほどね。じゃあカレーパンを頼む」


 リーダーのその一言が耳に届いた途端、押せなかったはずのボタンが急に押せるようになり……。

 自販機からカレーパンが出てきた。

 しかも何故か2個連続で。

 え、なんで?

 押しているのはどう見ても焼きそばパンのボタンなんだけど?

 うーん?


 あ、でも……。

「これはまさか、焼き立て?」

 においも見た目も、焼き立てっていうか揚げたてのカレーパンだ。


「食べていい?」

「どうぞ。ただ、代金が俺から引かれたっぽいんだけど?」

 そうなんだ。

「返す方法が分かったら返すね。いただきます」


 ナイロン袋を開けると、においが一層濃くなった。

「ふわー」

 かりかりさくさくふわふわだよ。

 パン屋さんで焼き立ての札が付いてるやつを買ってすぐに食べたときと同じ味だよ。

 まさか自販機からこの味が出てくるとは。

 というか、異世界でカレーパンが食べられるとは思わなかったよ。


 カレーパンを一口かじり、お茶を一口飲んでひとまず落ち着いた私は、リーダーに言われるままに辞書みたいに分厚い本と大学ノートよりも薄い冊子を購入した。

 ちなみに、分厚い方がリーダーの職業の本だ。

 ……同じ値段なのにこの差は何だろう?


 読む速度の違いかな?

 私がまったりとカレーパンを味わっている間に、リーダーが凡人……じゃなかった、只人の本のページをすごい勢いでめくっていく。


 いや、基本の職業と派生の職業の違いだよね?

 村人の本だってきっと凡人の本と同じくらい分厚かったんだよね?



 本を読み終えたのか、リーダーは本をばたんと閉じると突然こう言った。

「俺に民宿経営ってできるかな?」

 転職の話かな?

「なあ、俺に民宿経営ってできると思うか?」

 いや、2回も言わんでも……。

「んー、この世界限定の話なら、その職業に転職できるならできるんじゃないかな」

 元の世界では知らんけど。


「君も協力してくれるか?」

「んー、その前に、他に選択肢は無かったの?」

「あと目ぼしいのは、贋作者と引きこもりだったかな」

 うわ、微妙。


「贋作者は、極めればあらゆる分野で第一人者の一歩手前まで行けるらしい。引きこもりは、拠点と決めた場所の中にいる限りはほぼ最強。しかも極めると、ごくごく狭い分野だけだが細工師や裁縫師顔負けの仕事ができるようになるらしい」

 あ、思っていたのとちょっと違うかも。

「同じ系統でペンション経営者ってのもあるが……」



「なんでパーティーに誘われなかったと思う?」

 転職を終えたらしいリーダーが、焼きそばパンに手を伸ばしながら問うてきた。

 そしてついでのようにフレンド登録の申請をしてきた。


  名前:久野介 現在地:カトル大森林 職業:民宿経営者 職業レベル:1 HP:12

 ふむ、無事転職できたようだね。

 お洒落なペンション経営者も良かったと思うんだけど、私、週に3日は刺身や卵かけご飯を食べたい人なんだよね。

 リーダーは毎朝味噌汁を飲みたい人らしい。


 あー、焼きそばパンも美味しいよ。

 こっちもなぜか2個連続で出てきた。

 あいつかその仲間をしゃりしゃりと咀嚼しながら思う。

 ここの自販機の仕組みが未だによく判らない、と。


「なあ、なんでパーティーに……」

 うわ、なんでまた2回も同じ質問をしてくるかな。

「私が誘われなかったのは、足手まといはいらないと思われたからだと思ってるよ」

「そうか? 俺なら転職前の人間を足手まといだと切り捨てはしないがな。君だってそうだろ?」

 ああ、私が転職したのバレてんのかな、これ。

 いやまあバレるか。

 パーティーメンバーにはHPとMPとSPの割合が見られるわけだし。

 ……リーダーもごっそり減っちゃってるよ。


「そういえば、外の人たちは転職について誰も話してなかったね」

「他のやつらはできないんだろうな」

「なんでできる人とできない人がいるんだろう? もしかして記憶がない間に、他の人たちは転職済みとか?」

「俺もそう考えた。あの勇者のスキルポイントも、残りは0なんじゃないか?」

「ああ、ありそうだね」

 1人だけスキルが2つあるのは勇者だからと思ってたけど、既にポイントを使ってただけって可能性もあるのか。


「じゃあ勇者って、私が思っているほどには強くない可能性もあるんだ」

「いや、強いだろ。戦闘に関しては強いだろうが、問題はそれ以外だよな」

「あー、言語にさえスキルがあるもんね。掃除も洗濯もスキルが無いとできなく……え、私もできなくなってるの?」


「異世界人の称号があるから、ある程度はできるかもしれないが、どうだろうな。けどまあこの空間の中でなら、スキルポイントを使わなくてもスキルレベルが上がる……」

「え、スキルポイントを使わないと普通は上がらないものなの?!」

「……君の本には書いてなかったのか?」

 リーダーの眉間にしわがよる。

「2回読んだけど、見なかったよ」

 ほとんどがスキルの系統樹で埋められていたよ、薄いしね。


「じゃあこの本を読むといい。代わりにそっちの職業の本を読んでもいいか?」

「うん」

 交換だね。


 受け取った本にはこの世の凡人にとって必要な知識と常識がぎっしりと詰まっていた。

 転職先も色々と書いてある。

 私も村人の頃に、村人についての本が欲しかったよ。

 いや、今の職業が気に入って無い訳じゃないんだけどね?


 あ、お金を渡す方法も書いてある。

 忘れない内にパン代と本代を返しておこう。



「ああ、2人目の死者か」

 とリーダーが呟いた。

「え、また誰か死んだの?」

 この世の凡人の常識を仕入れるのに必死過ぎて見てなかったよ。

 凡人の常識ってことは、この世の中の常識中の常識ってことだろうしね。


「うん。蛮族が()った」

 私が見ていなかった場面を、リーダーがわざわざ動画で見せてくれた。

 ……撮っていたのか。


 液晶画面で見せられたそれは、自分とは最早完全に無関係の出来事としてしか受け止められなかった。


 殺人者に胸倉をつかまれた勇者はただそれを煩わしそうに見ている。

 そしてそんな表情を見せる割に、いつまでもしつこく会話を続けようと頑張っている。


 殺人者が作ったのであろう自動人形が、駄々っ子のように暴れている。

 そしてその自動人形が、2人に死角を作っている。


 その死角から人形師の死体がふらふらと近寄っていくところへ、いきなり走り寄ってきた男子が一瞬で横取りした。

 今回も凶器は右腕だった。



 リーダーが突然、大学ノートを1冊押し付けてきた。

「すぐに返せよ」

 え、私まだ借りた本を読み終わって……って、何これすごい。

 全員の名前と年齢と種族と職業とレベル、似顔絵と服装と身体的特徴まで書いてある。

 これって絶対持っているよね、鑑定スキル。


「リーダーの鑑定のレベル、()いていい?」

「今は3。名前、年齢、種族、職業、職業レベルが見える」


 3?

 いつ覚えたか知らないけど、上がるの早くない?

 もしかしてスキルポイントを使いまくったのかな?

 そういえば、スマホとタブレットを両手で操作しまくっているような?

 それにさっき、この空間の中ならスキルポイントを使わなくてもレベルが上がるとかなんとか言ってたような。


「まさか、ここってインターネットが使える?」

「ああ、閲覧だけな」

 おおおおお!

 私も本を読み終わったら見てみよう。

 鑑定スキルがなくったって、得たい知識はあるしね。

 ……大分先になりそうだけど。



「あー、奴隷商人が殺されたか」

「うん、突然だったね」

 今回は見てたよ、事前にリーダーが空気がおかしいって声をかけてきたから。


 奴隷商人っていうか推定54歳のおじさんが突然現れて、そして殺された。

 追い出されちゃったんだろうね、ここみたいな空間から。


 凶器はまたしても殺人者の右腕だった。

 マジで強すぎるよ、右腕。

 武器とかいらないじゃん。


「あのおじさん、人生をやり直すための再受験だったんだろうに」

「最初に嘘を吐いたのが悪かったんだろうな。……いや、嘘を吐いたかどうかは知らんが」

 まあ、あそこのリーダーは盗賊だしね。

 屍術師をパーティーに入れるパーティーだしね。

 殺人者となった蛮族をパーティーから追放しないパーティーだしね。


 ……あれ、なんでおじさん殺されちゃったんだろう?

 後ろ暗い職業の人間がたくさんいるパーティーなのに。


「ユニオンチャットで会話をやられると、こっちは何も拾えないな」

「だね」

 でもあそこにいる全員がユニオンメンバーになったんだから、オープンチャットを使う意味はないよね。

 22人から2人減ったから、今は20人ユニオンかな?



 屍術師は3体目の死体には見向きもしない。

 もしかして、同時に操作できるのは2体まで?

 それとも、おじさんは趣味じゃない?

 それとも……まさか、普通に死んだ人が戻れるかどうかの実験の為に殺された?


 てか、あのおじさん、殺人者の傍にいきなり現れたんだよね。

「もしかしてあっちの空間は移動可能?」

「おっさんが出てきた場所から判断して、動けるのは間違いないだろうな」

 う、羨ましい。


「けど、代わりに水とか電気とかネットが使えない、とか?」

 でないと、バランス的におかしいし。

「それは知らんが、たぶん相当狭いぞ」

 ああ、私たちを入れなかった決定的な理由はそれかもしれないね。


 でも、代わりに動けるのか。

 敵なしの状態で動けるのか。

 ……一長一短だな。

 移動にはSPが相当削られそうな気がするし。



 しかしこれであっちのユニオンは空きが4か。

 周りをキョロキョロしている人もいるし、今出て行くなら入れてくれたりするんじゃないかなあ、とか思うんだけど……うーん。

 最早入れてほしいと全然思っていない私がいる。


「リーダーはあっちのユニオンに参加する予定ある?」

「俺は無い」

「そか、良かった。……あ、開店までに接客マニュアルとか考えておいた方がいいのかな?」

「俺もここで、民宿の間取りでも考えるかな」


 ここのお店の扉は、営業時間内は必要な人の前に扉が出るらしい。

 さすが魔法の店(マジックショップ)だよね。

 もうすぐ開店時間になる訳だけど、はてさてどんなお客さんが来てくれるのかな?

 できれば記念すべき第一号のお客様は、勇者様御一行以外でお願いしたいと思っているんだけど。

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