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第8話 獣宴<月下開幕>

 † † †




 3月20日 夕方

 ゲイルニッジ警察署




 スチュワート・パターソン教授が、行方を眩ました。

 その事実が認められるまで、1日を要した。


 捜索により、教授の自宅と大学から、証拠となる品や痕跡を大量に発見。

 ただちに押収し、調査が進められ、被疑者という呼び名が犯人と変わったが、しかし。

 事態はにわかに新たな局面へと推移していた。


「急な出張とやらから帰宅した様子もなし。車もそのまま。

 やっこさん、いったいどこへ雲隠れしやがった……」


「最後に目撃されたのは国立魔導院。

 首都圏一帯は、各地に警察官と武装神官が出動して目を光らせていますが……」


 スチュワート教授の捜索に徹夜で奔走していたデビッド警部補が、一度市警に戻ってきた。

 休憩所のベンチに背をもたれ、ぐったりとした不良刑事は、はぁー、と大きなため息をつく。

 疲労困憊のデビッドに、アルバートは自販機で買ったコーヒーを振舞うと、自分も彼の左へ腰を下ろした。

 サンキュ、と一声かけたデビッドは、一口飲んでから、天井の蛍光灯に目線を移す。


 2本の蛍光灯のうち、1本は壊れて明かりが消えている。




「デビッド、僕はずっと気になっていたことがあるんです」


「……あん?」


「なぜ彼は、孤児院の人たちを『皆殺し』にする必要があったんでしょう?」


 唐突に切り出したアルバートに、デビッドは怪訝そうな顔を向ける。

 アルバートは無表情。遠くを見るような視線の源に、氷の瞳が鈍い光を放っていた。




「使役実験の失敗。生体魔力の吸収。または邪教の生贄。様々な理由が推測されました。

 ですが、どれも違う気がする……嫌な予感がぬぐえません」


 そう。今回の家宅捜索で、スチュワート・パターソン教授の犯行であることは判明したが、殺人にまで至った動機については、まだわかっていない。

 これは捜査当初から延々と話し合われてきたが、どれも推測の域を出ず、これが判明する前に事態が動いてしまったため、後は犯人を確保した後、取調べではっきりさせれば良いとの結論が出ている。


「デビッド、魔術師が使い魔を使役する直接の方法は、知っていますか?」


「……魔法だろ? なんだっけか……確か、魔法によって術者の思念を使い魔となる媒体に直結して、あらかじめ決められた命令コマンドを送り込む、だよな?」


 デビッドは急に話の流れが変わったことに訝りながらも答えた。

 そこでアルバートはデビッドに向き直り、左手の人差し指で、自分の頭をトントンと叩く。


「そうです。基本的に、まず『術者の思念を直結する』んです。

 押収した彼の研究資料によって、今回使われた新術式も、その方法を取っていることが確認できた。

 しかし、今回の術式による使役対象は、重い病気で正常な思考力を失った、高次生物ウェアウルフなんです」


「……どういうこった。セス、お前、何が言いたい?」




「彼は使役中、野性を剥き出しの狂った人狼と、しかも一度に4人もの数と精神を繋げるんです。

 ──つまり、です。果たしてそれで、正常な思考を保てるんでしょうか?」




 魔術師であれば、もともと意思のない無機物に、近代魔法をもって思念を繋げるのも難はない。

 だが、これが人と同じく心と意思を持った人狼であればどうか。

 人の精神のキャパシティがどれほどあるのかは、現代でも解明できておらず、まさしく神のみぞ知るところ。


 脆弱な人の心が、複数の意思を受け入れられるものだろうか?

 ましてや、意思を繋げた先に、理性を失った凶暴な獣が住んでいたとしたら?


「おい、セス……だとすると、まさか……」


「僕はこう考えます。おそらく彼は、最初に実験した段階で、自らの精神も影響を受け──」


 アルバートは再び視線を虚空に彷徨わせる。

 続いた言葉は、その瞳と同じく、凍土の冷気に満ちていた。




「──結果、自分も狂ってしまったのではないか、と」




 デビッドは背筋に薄ら寒いものを感じ、ごくりと喉を鳴らす。

 もし、もしそうだとするなら、事件発生から2週間も経った今、犯人の精神は普通の状態ではないだろう。


「月は今夜、真なる円を描く。すなわち──満月」


 夕闇迫る黄昏の空に、うっすらと浮かぶ白い輝き。

 魔に属するすべての命が、みな例外なく、猛り昂ぶる狂乱の夜。


「動くとすれば、もう、間もなくです」


 アルバートの確信めいた言葉が、休憩室の薄暗がりに零れて溶けた。




 † † †




 3月20日 夜




 天に煌々と輝くは満月。

 雲は少なく、風はやや強め。


 広くはないが狭くもないその部屋は、質素な作りの木目の壁に、年季の入ったテーブルと、シングルのベッドが一つだけ。

 もはや自分の部屋と言ってもさしつかえないほどに慣れきった一室で、メアリは窓のそばに据えた椅子に座り、月光を浴びていた。


 時刻はもうすぐ0時。

 部屋の隅にあるテーブルの上には、国立魔導院が配布する『魔獣の眠り酒』が置かれている。

 ウェアウルフは誇り高く、秩序ある人外だが、満月の夜に限り、その理性を薄れさせ、獣の本能がどうしようもなく高まって理性を保てなくなるため、人外用の睡眠薬として有名なこの酒を飲み、心の高揚を無理矢理抑えて強引に眠るのだそうだ。


 しかしメアリは飲もうとしない。

 そもそも彼女は、ウェアウルフの血が流れているとはいえ、ハーフなのだ。

 たしかに夜の女神の誘いに、心の奥で何かが息づく感じはするが、我を忘れて狂うほどでもなく、己の理性で充分に制御できる。


 付け加えるなら、山で暮らした3年間、満月の夜は例外なく一日中隠れたまま過ごしていた。

 満月に高揚するのは、なにもウェアウルフだけではなく、獣、特に魔獣の類も凶暴化することを知ったからである。

 山奥で暮らしなれた頃、最初に迎えた満月の夜、動物園から脱走して野生化した三頭魔犬レッサーガルムと出くわし、うっかり殺し合いを演じる羽目になったことがあるのだ。


 当然メアリは『変身』して、辛くも三頭魔犬レッサーガルムを撃退した。

 普段は中途半端な半獣人にしか『変身』できないハーフのメアリでも、満月の恩恵を授かれば、完全なウェアウルフに変身できる。


 だが、その時に見た、魔獣のぎらついた目と、涎を垂らし、だらしなく開いたままの大きな口を忘れられない。

 もしかしたら満月の夜は、自分もああなってしまうのかも知れないと考えたメアリは、とても外をうろつく気にはならなかった。

 それに、酒の匂いというものが少々苦手であったし、特類医薬品扱いとはいえ、酒を飲める歳でもない。




 そうしてつらつらと、先日ヘルメス神官長から聞いた話を改めて思い出す。


 アルバートの体に流れるという、驚くべき母方の血族。

 アルバートの人生を宿命付けた、忌まわしき闇の血盟。


 今まで気にもしなかった、しかし、よくよく考えれば不自然なことの数々。

 それらすべてが、彼に流れる血の『4分の1』が原因だったのだということ。


 加えて……あの話。




 † † †




『あの……昔、アルバート様が恋人を……唯一神教に、殺されたっていうのは……本当ですか……?』


『──リャナンシーのことなら、事実だよ』


 二人の神官──ヘルメスとイーリスの帰り際、庭先の駐車場で、ただそれだけをメアリは聞いた。

 それを聞いたイーリスは目を見開いて驚きながらヘルメスを見つめ、彼が答えたその言葉に、無言でもう一度驚いていた。


『セス君は私が引き取って神教の教徒として育てたが、その事件で教団と一悶着起こしてね。

 それが魔導師にも知れて騒ぎになり……いや、長くなる。またの機会にしよう』


『そう……ですか。わかりました……』


 そう言って車へ向かう老神官。

 つくづく悩まされる間の悪さを恨みつつ、メアリがうつむいた時、ヘルメスは車へ向かう足を止めた。


『種を見る目で、個を、そして、個を見る目で、種を見るべからず』


『……え?』


 開けっ放しの後部スライドドアの前で、振り向いて語るヘルメス。

 ぽつりと呟かれたその言葉は、メアリの顔を上げさせた。

 イーリスはすでにワンボックスの運転席に乗っており、急かすでもなく老神官を待っている。

 二人の様子を肩越しに見つめる瞳は、メアリと同じように、続く言葉を求めていた。


『私が昔、幼い彼に語って聞かせた言葉だ。

 私はなんとなく言っただけの言葉だったのだが……彼はこの言葉に何か感銘を受け、ずっとこれを守っているのだそうだ』


 メアリが聞くことができたのは、それだけ。

 二人の神官は、そのままオークウッド邸を後にした。




 † † †




(どういう意味なんだろう。そして、なぜ私にそれを聞かせたんだろう)


 その言葉になにかしらの答えがあるのはわかる。

 だが、どういう意味なのかがわからない。


 こんな時、自分の知識や常識が停滞しているのが恨めしい。

 体ばかりが15歳に成長しても、頭の中身はまだまだ子供なのだ。

 もっとも、15でもまだ子供だと言われるかもしれないが。


 見上げれば、月は変わらずそこにあり、しかし何も語らない。

 一向に睡魔は訪れず、抱えた悩みで堂々巡り。


 もういっそ、この眠り酒を、鼻をつまんで飲み干して、強引に眠ってやろうか。

 メアリがそう考えた、その時。




 唐突に、ピアノの音色が聞こえた。




(ピアノ……?)


 メアリは思わず部屋を出ていた。

 その音色は1階のサロンから聞こえてくる。

 大階段を下りてサロンへ向かう。入り口のドアは閉まっていたが、音はそこから漏れていた。


「おや、メアリ様」


 ドアを開け、サロンに入ったメアリを迎えたのは、安楽椅子に座って音色に耳を傾ける、ホブゴブリンのグレゴリーだった。

 演奏を聴いている彼に気を遣い、小さく頭を下げるだけの挨拶をしたメアリは、奥にいる奏者に視線を向けた。

 中に明かりは点いておらず、大きな窓から注ぐ月光だけを身に浴びて、演奏を続けるのは、緑の長髪が美しい、この家の女性使用人。


 ピアノの奏者は、妖精シルキーのオリビアだった。


 グレゴリーに促され、傍にあるソファに座り、メアリも演奏に聞き入った。

 その音色は密やかにしめやかに。幻想的で夢見るような分散和音。

 メロディの三連符が儚くも美しい。


 およそ5分間の短い演奏ののち、椅子を引いて立ち上がったオリビアが、スカートの裾をつまんで優雅に一礼した。

 同じように聞き入っていたグレゴリーとともに、メアリが控えめな拍手を送ると、窓から注ぐ満月の光を背中に受けながら、妖精は幽玄の微笑を浮かべるのだった。


「オリビアさん、ピアノ弾けたんですね。すっごくよかったです」


「……──」


 喋ることができない彼女は、唇の動きで「Thank you so much」と答えたようだ。

 しかし、答えた後、やや複雑そうな笑顔でグレゴリーを見た。

 その声なき要求を受け取ったグレゴリーは、同じような苦笑を浮かべ、メアリに向かって彼女の答えを代弁した。


「彼女は若様にピアノを習ったのですよ」


「……え!? アルバート様に!? ていうか、アルバート様もピアノを弾くんですか!?」


「ええ。なんでも、リアノーン様のお力で、音楽の方にも趣味を広げることができたとか。

 ですが、オリビアはまだ、これしか弾けないそうです」


「そうなんだ…… 今の、なんて曲ですか?」


 リアノーンというのは、先日聞いた、アルバートの恋人だったという、妖精リャナンシーのことだ。

 芸術の才能と引き換えに、精気を吸い取るという死の妖精のことは気になるが、ここで再び沈んでも、せっかくの演奏を聞かせてくれたオリビアに申し訳ないと考えたメアリは、努めて明るく振舞い、曲名を尋ねたのだった。


「たしか、ピアノソナタ『月光』でしたかな」


「月光……ぴったりですね」


「ちなみに今のは第一楽章で、第二楽章、第三楽章までありますが、こちらはガラリと雰囲気を変えた感じですよ。

 なんでも『月光』と名づけられたのは、作曲者の死後にそう評されたのが広まったためだとか」


「へえええ……」


「月光と評されたのは第一楽章のみで、第二楽章はもっと軽快で明るく、第三楽章は、雷雨のように激しい曲です。

 曲自体は、作曲者が30歳の時、14歳年下の、弟子で恋人の伯爵令嬢に捧げた曲だそうで。

 その身分違いの恋に苦しめられたと言われていますが、真実はわからないのだそうです」


 14歳も年下の娘に恋をするような男性もいるのか。

 そう考えたメアリは、唐突に顔を赤くした。


「……? どうしました?」


「い、いえ、なんでもありません!」


 先日聞いたアルバートの年齢は39歳。

 メアリは15歳である。


 年齢差は24歳。さすがにこれはアウトだよね。

 そう考えたとき、メアリは何の疑問も持たず、自分とアルバートを当て嵌めてしまっていた。

 散々怪しいだのなんだのと考えていながら、そのわりに彼を男性として意識し始めている自分に気づき、メアリは羞恥で白い頬を桃色に染めたのだった。


 もちろんオリビアとグレゴリーはわけがわからない。

 急に赤くなってあたふたするメアリの様子を不思議そうな目で見つめていた。




 † † †




 ちょうど夜の小演奏会が終わりを迎えた直後。

 妖精犬クー・シーのホリンは、オークウッド家の敷地をぐるりと囲む外壁沿いを巡回していた。


 オークウッド家の敷地面積は、フットボール(サッカー)のコートが丸々二つ入るほどの広大なものである。

 番犬であるホリンの役割は、昼夜を問わず、この広い敷地を巡回し、警備することに尽きる。

 牛より大きな巨体にもかかわらず、足音はささやかで、暗緑色の毛並みは自然に溶け込む。

 本来クー・シーは妖精の丘を守護する番犬だが、周囲を森に囲まれたオークウッド家の衛兵としても優秀であった。




 そして、ホリンは気づく。

 異質な臭いと、獰猛で、凶暴な気配に。




 数は5体。

 人間が一人混じっているが、それはいい。


 問題は他の4体。

 気配を隠そうともしない『ソレ』は、満月によって力と凶暴さを増している。

 そして、明らかにオークウッド邸に向かって進んでいる。


 人間の子供並の知能と、野生の獣を凌駕する超感覚を誇る妖精犬ホリンは、瞬時に彼我戦力差を推し量る。

 勝てるか? いや、無理だ。

 せめて1体くらいならどうにかできそうだが、流石に5対1では荷が勝ちすぎる。


 距離はまだ充分にある。

 口惜しいが、退却し、迎撃の準備を整える必要を認める。




 ホリンは、大きく息を吸った。




 † † †




 オリビアがピアノの鍵盤を軽く拭き取り、カバーを被せて後片付けを終えたその時。


 その咆哮が、響き渡った。




「「 !? 」」


「あれ? ホリンの遠吠えですか? ……え!? ちょ、どうしたんですか!?」


 ホリンの遠吠えを聞くや否や、オリビアはふわりと浮かび、文字通り廊下へと飛び出していった。

 グレゴリーも、窓際に駆け寄ると、すぐさまカーテンを閉める。

 わけがわからず狼狽するメアリの手をひっ掴み、サロンを出ると、早口でまくしたてた。


「ホリンの警戒音です!! オリビアは2階へ行きました。

 申し訳ありませんが、詳しくは後で! メアリ様、1階の部屋を回り、窓のカーテンを全て閉めて下さい!」


「は、はい!」


 その剣幕に半ば圧倒されつつも、尋常ではない雰囲気を感じ取ったメアリは、とにかくグレゴリーの言葉に従った。

 グレゴリーと左右に別れ、中央正面玄関ホールから端の部屋まで、部屋に入ってはカーテンを閉める。

 もう一度ホールに戻ってきた時、ちょうど大階段からオリビアが降りてきて合流した。




「 丘は【砦】に 館は【城】に 風は【矢の雨】【槍衾】 」




 ホールにはグレゴリーがいた。

 玄関の大扉の立ち、何事か呟いてから、一度、ドンと大きく絨毯を踏み鳴らす。




「 代理権限! 【城砦強化】全基、同時起動!! 」




 その声と同時、床という床、壁という壁に、淡く光る文字と図形が現れる。

 ホール全体へ波の様に走る妖しくも神秘的な光は拡張していく。

 階段を、通路を、天井をも包み、それはやがて館全体に行き渡る。


「ぐ、グレゴリーさん、これって……!?」


「若様の、防衛および迎撃用結界魔法でございます」


「結界……!?」


 聞き返しながらメアリは、オークウッド邸全体が、何か変質したような感覚を覚えた。

 もしここに魔術師がいれば、屋敷に土地の魔力が流れ込んでいるのがわかるだろう。


 閉塞感にも似た、締め付けられるような力が建物全体から発せられ、まるで正面玄関以外は入り口が無くなった様な錯覚。

 実は、メアリが感じたそれは錯覚というわけでもなく、実際にそうなっているのだ。


 魔術師アルバート・オークウッドが施したこの大規模な術式は、館の各所に魔法陣を敷いたものだった。

 地脈の魔力を利用して、外壁を城壁並みの強度に強化し、正面玄関以外の入り口を締め切り、決して開かず、壊れぬようにする。

 近代魔法における『発動条件付加術式』により、第三者への効果発動権限譲渡を盛り込んだ、オークウッド邸の防衛システムである。




「──これでよし。さて、遠吠えは1回……いやはや、久々の危機ですな」


「さっきの遠吠えはホリンの声なんですか? いえ、それより、危機ってなんですか!?」


「ホリンは敵襲の危険度によって、警戒音、つまり遠吠えの回数を変えるのです。

 短く3回なら、危険度低。ホリンがそのまま鎮圧します。

 2回なら危険度中。撃退可能なれど、注意。増援を求む。

 そして長く1回なら、危険度高。即刻帰還して集合。屋敷を『城』に移行し、総員による防衛戦の必要あり、となります」


「そ、総員……!? 防衛戦!?」


 その後、グレゴリーが開け放った正面玄関の大扉に向かって、敷地内の巡回に出ていたランタンが、ホリンとともに戻ってきた。


「オ前ラー!! 集マッテルカー!?」


「揃っております。ランタン、襲撃者は確認できましたか?」


「人間ガ一人! ソレカラ……ウェアウルフガ4人ダ!!」


 ようやくメアリにも、敵の臭いが嗅ぎ取れた。

 間違うはずもない。忘れもしないこの臭い。

 2度にわたって襲われた、あの狂ったウェアウルフたちの臭いだ。


 満月の高揚も手伝って、メアリは脳内が噴火したかのような激しい怒りが湧いた。

 扉の向こうの闇を一瞬見据えると、メアリはほとんど反射的に外に向かった。


「メアリ様!? いけません!!」


 大扉を走りぬけ、玄関前の段差を飛び越し、背後に屋敷を背負って身構えるメアリ。

 尻尾が生える。耳が、爪が、牙が、たちまち狼のそれに変わる。


 今宵は満月。ハーフであるメアリでも、今夜だけは完全なウェアウルフに『変身』できる。

 が、ただでさえ冷静さを保つのに精一杯のメアリは、自分まで狂うことをまず恐れた。

 ゆえに『変身』を必死で制御、いつものように半獣人の姿に留めていた。


 已む無しと判断したか否か、続いてグレゴリーたちも玄関前に出てきた。

 前列にメアリとホリンが立ちはだかり、左右にオリビアとランタンを控えさせたグレゴリーは、直立不動で『来客』を待つ。


 やがて、オークウッド邸の中庭に入る正門をくぐり、5人の影が姿を現した。

 目前、玄関前広場の手前に並んだ、血走った目のウェアウルフが4体。




 そして、彼らに囲まれる、いや、左右に侍らせる格好で、白衣を来た男が1人。




「お引取り下さい、招かれざるお客人。当家では、そのように殺気むき出しの方々は歓迎致しかねます」


 主人の留守を預かる執事として、グレゴリーの態度は見事と言っていいだろう。

 人間より少し力が強くて器用なだけの種族、ホブゴブリンでも、相手が満月のウェアウルフでは、戦闘能力に歴然たる差がある。

 にもかかわらず、泰然自若とした振る舞いで、中央に立つ白衣の男に、臆することもなく、堂々と言ってのけた。


 しかし、男はそれに答えない。

 いや、むしろ聞こえていないといった風だ。

 半開きの口からは、ひゅうひゅうと乾いた呼気が漏れ、目異様にぎらついている。

 そして短い沈黙の後、白衣の男は、やっと人語を口にした。


「あの男は……どこだ?」


「……問答無用、ですか」


 その言葉に、グレゴリーはため息をついた。

 口調には、意思こそ感じられるが、それ以上に、顔つきや態度から、まともな精神状態ではない様子が見て取れる。


「あの男がコソコソと嗅ぎ回らなければ……余計なことをしなければァ!!

 私は今頃、いと高き御座にッ! 新たな法に手が届いたものヲォ!!

 どこだ !どこにいる! 魔法を求めぬ堕落した魔術師ィ!!」


 あの男。魔術師。嗅ぎ回る。

 それはアルバートのことを指しているのではないか。

 メアリは直感で察した。この男こそが、今回の事件の黒幕なのだと。


 この白衣の男が何を目的にこんな事件を起こしたのかは不明だが、メアリにとってはどうでもいいことである。

 この男が求めた秘法とやらにどんな価値があるのかなど、知ったことではない。

 それよりも、そんなよくわからないあやふやな物のせいで、メアリの家族であった孤児院の保母や子供たちは、巻き込まれて、一人残らず、殺されたのだ。


 満月は今も煌々と輝いている。

 メアリは己の中に抑え難い感情が湧き上がるのを感じた。




 許せない。


 赦せない。


 ゆるせるはずも、ない。




「どこだァァ!! アルバート・オークウッドォォォ!!

 奴を出せェ!! 連れて来いィ!! さもなくば──」



 メアリは黒のソックスごと靴を脱ぎ捨てた。

 抑えていた『変身』をほんの少し開放。

 爪が伸び、足の裏の皮までも、硬く、強く。

 両足はしなやかなれど、人狼の強靭な筋力を得る。




 今だけならば、己が豺狼さいろうとなっても構わない。

 エプロンドレスの狼少女は、奥歯を、ぎり、と噛み締める。




「 ──死ぃ、ねェエエエエエエ !!!! 」



 咆哮にも似たその絶叫。

 それに応えるように、4匹の魔獣も満月に吠える。




 空に在るのは雲と月。

 人里離れた館にて、人外たちによる狂乱の舞踏会が幕を開けた。




 - 続 -





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