まさかのネーミング DeathSmell シャンプー☆ラバーズとカム・アクロース
焦燥に背中を押されて向かった先は繁華街、秋葉原だ。
これだけの人間がいれば一人ぐらいは臭うはずだと、健二は当てもなく秋葉原をさまよった。しかし、そうそう死ぬ直前の人間には出くわさない。
うーくそぅ。うーくそぅ。
目を血走らせ獣のようにうなる健二に、泥酔したサラリーマンでさえも道を譲った。それほどに危ないオーラを全身から発していたのだ。
誰か死ぬやつはいねーか。誰か死にたい奴はいねえのか。
なまはげのように徘徊する健二の暗い目線の中に、一人の女とそれを写すテレビカメラが入った。タスキを肩にかけ、豊かな髪の毛を後ろにひっつめた堅そうな女。タスキには 女性にもっと力を 豊田幸子 と書かれている。
「女性の仕事や権利を守り、子育て環境の更なる向上を目指します。豊田、豊田幸子をよろしくお願いします」
政治家か。テレビで参院選がどうたらと言っていたことを思い出した。こいつが死ねばいいんだ。自分で予言して自分で殺せばいいんだ。なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。
健二はよろよろと豊田に近づいた。揃いの白ジャンパーを着た豊田の選挙スタッフが健二に気づき、でかい尻を振るわせて慌てて近づいてきた。
「豊田幸子をよろしくお願いします」
そう言って、選挙公約と胡散臭い豊田の笑顔が貼りついたチラシを渡してきたが、その顔には不審者に対する警戒が滲み出ていた。カメラも反応して健二を撮っている。
今がチャンスだ。腹の底から声を張り上げた。
「この女、豊田幸子は死ぬぞ。近い将来に必ず死ぬ。100%死ぬぞ」
周囲の聴衆がざわめいた。駅に向かう人の流れが一瞬止まる。
「なにを馬鹿なことを。そんなことなんであんたに分かるのよ」
デカケツ選挙スタッフババアが目をひん剥いて言った。
「僕には分かるんだ。僕は超能力者なんだ」
「ふざけんじゃないわよ。なにが超能力者よ。ちゃんちゃらおかしい。ただのいたずらじゃ済まないわよ。これから日本を担っていく幸子さんが、死ねるわけないじゃない」
垂れ尻肉選挙スタッフババアがそう言うなり健二につかみかかってきた。他のスタッフがババアの暴走を止めに入る。
羽交い絞めにされてもなお、ババアは喚き散らした。
「なんで幸子さんが死ぬのよ。あんたが代わりに死ねばいいんだ。私が殺してやる。邪魔する奴はみんな殺してやる」
ババアに注目が集まっているすきに健二は逃げ出した。すでにカメラには十分映ったので、ここに長居する理由はない。駆け足で現場を離れた。
ざまあみやがれ。これで俺も有名人だ。ビッグだ。著名人だ。はっはっは、と笑いながら重大な欠陥に気がついた。
豊田幸子は放っておいても死なない……。自分が殺さなくてはいけないのだ。今から殺しにいくか。そんなの無理だ。もし、豊田幸子が死んだ場合、自分は間違いなく第一容疑者じゃないか。
アーーー、なんて馬鹿な真似をしてしまったんだ。正気じゃない。病気だ。
学校の連中が頭に浮かんだ。
{ついにやらかしたか}{これで当分あいつの面みないですむわ。チョーうれしいんだけど}{ちゃんとした施設に入れなくちゃだめだ}{あいつがいなくなったら繰上げで学校一の嫌われ者になっちゃうよ。うわーん}
両親の悲しむ顔も浮かんできた。
{なぜあんなことをしたのかまったく分かりません。昔は良い子だったんです。成績も良くて、みんなの人気者で、学級委員だってやっていたんですよ}{恥ずかしい限りです。これからしっかりと教育して、もう二度とこんなことがないように、精一杯がんばっていきたいと思います}
家庭が崩壊する。お父さんはお母さんを殴り、お母さんはパチンコで現実逃避するんだ。そして原因となった僕は精神病院に強制収容。最悪だ。
大粒の涙が健二の頬をつたった。
う、うわああああああん。うわあああああん。
すれ違う人が振り向くほどに健二は号泣した。
人生おわた。人生おわた。うわあああああん。
その時、遠くから軽快な音楽が聞こえてきた。目をこらして見てみると、通りに特設されたステージで女の子三人が歌っており、それを取り囲むようにかなりの人だかりが出来ている。健二は吸い寄せられるように近づいていった。なにやら聞いたことのあるメロディ。こ、これは、
シャンプー☆ラバーズの「シャンプーハットはもう卒業」じゃないか。
健二はステージに向かって全力で走った。人にぶつかろうと、罵声を浴びせられようと一切気にしない。生でシャンプー☆ラバーズが見られるなら、マザーテレサに嫌われたっていい。
人ごみを押しのけかきわけ、なんとかステージの前までやってきた。
目の前で夢にまで見たシャンプー☆ラバーズの三人が歌っている。
百八十近い長身が魅力のウーちゃん。日本人形を想わせるカリタカ。ひどい斜視がチャームポイントのドッチ。ひいいいいいいいい。たまんねえええええ。
曲が終わり三人が水分を補給している。あのペットボトルがうらやましい。あのペットボトルになりた~い。
「それでは最後の曲になりました」
ウーちゃんが額に汗を滲ませながら言った。
えええええええ。図太い悲しみの声が聞こえた。健二も一緒になって叫ぶ。自分が一番言う権利があるはずだ。まだ一曲もまともに聴いてないんだから。
「みなさん聞いてください」
三人が、せーのと呼吸を合わせる。
「コスメティックリサイクル 界面活性剤はノノンノー」
うおおおおおおおお。地面を揺らすほどの歓声。健二の声もその中に混じっている。
シャンプーリサイクルは健二が初めて買ったCDであり、シャンプー☆ラバーズの曲で一番愛聴している曲だった。
これが最後の曲だとかはもうどうでもいい。この曲を生で聴けたら死んでもいい。
嫌なことがあったら同じだけいいことがある。相田みつお、ありがとう。
豊田幸子のことなど、健二の頭の中に微塵も残っていなかった。
イントロのシンセサイザーが鳴り響き、エフェクトの効いたボーカルが始まる。
かりたか、かりたかぁぁぁ!!健二は我を忘れて叫んだ。
お酢をリンスにお酢をリンスにお酢をリンスにして洗う♪
お酢をリンスにお酢をリンスにお酢をリンスにして洗う♪
粉チーズで{ファンデーション}♪
イカ墨で {白髪染め}♪
きゅうり白菜{顔面パック}♪
お塩で体を{洗います}♪
お酢をリンスにお酢をリンスにお酢をリンスにして洗う♪
お酢をリンスにお酢をリンスにお酢をリンスにして洗う♪
間奏が入り、メンバーがステージぎりぎりまでやってきた。
やばい。手を思い切り伸ばせば届きそうだ。そんなことを考えていたら、ドッチが踊りながら腕を伸ばして観客と握手しだした。
ドッチが近づいてくる。チャンスだ。健二は思い切り腕を伸ばした。ドッチが健二の手に気付いて握ろうとする。ドッチの笑顔が目の前に。何度も妄想したドッチの生肌に触れられる。緊張で心臓が少しせり上がった。
ドッチの手が近づく。あと三十センチ、十センチ、五センチ。きたああああああ。
健二はドッチの手を握り締めた。あたたかい。でもなんか妙な感触、ってうわああああっ。
握手した手を見て仰け反った。
ドッチと健二の手は結ばれていた。ただその上から得体の知れない毛むくじゃらの手が二人の手を包み込んでいたのだ。
ジメっとした感触に吐き気を催す。ドッチも同じように感じたらしく、すぐに手を引っ込めてしまった。その瞬間、
くせえええええええ。
例の刺激臭が健二を襲った。犯人はおそらくこいつしかいない。毛むくじゃらの手をたどっていくと、黄色いバンダナをした、いかにもなピザオタク口を半開きにして立っていた。
間違いない。こいつが臭いの源だ。髪の毛がぼさぼさで顔がよく見えないが、おそらく二十代だろう。自分の能力に気付いてから初めての臭い。どうしよう。彼を使って有名になるのは無理だけど、知らない顔をして通り過ぎていいものなのか。
ピザオタクが健二の視線に気付いて振り向いた。ねずみのような目に警戒心をたたえて健二を見やる。
「あ、あの、なんというか。その、なんかやりたい事とかありますか?もしあるんだったら、すぐにやった方がいいです。本当に」
ピザオタクの目が一層鋭くなった。
「あやしい者じゃないんです。ただ、その、人生っていつなにが起こるか分からないじゃないですか。だからやっぱり、やり切るというか、毎日を必死で生きることが僕は大事だと思うんですよね」
これではまるで新興宗教の勧誘者のようだ。自分だったらこんな奴の言うことは絶対に信じない。
ピザオタクは健二をにらみつけながら後退した。そのとき健二の横で大きな歓声が起こった。なんと、今度はウーちゃんが手を伸ばして客と握手しているのだ。
うおおおおおお。健二はさっきよりも激しい雄叫びをあげた。ピザオタクの寿命などどうでもいい。 健二はシャンプー☆ラバーズの中でウーちゃんが断トツで好きだった。恋していると言っても過言ではない。
ウーちゃんウーちゃんウーちゃんウーちゃん。
母親を見失った幼児のように健二はわめいた。ウーちゃんが健二に気付く。健二は更に大声を出し、 全身全霊でウーちゃんにアピッた。ウーちゃんが健二の方に手を伸ばす。
やばい。まじでやばい。ウーちゃんと触れ合える。
手と手が触れ合おうとしたそのとき、ねこじゃらしを当てたようなこそばゆい感触が手のひらに走った。
ひゃああ。思わず手を引っ込める。手に触れたものはねこじゃらしなどではなく、手の甲から毛ほうきのように生えたバンダナピザオタクの体毛だった。
ひゃあああ。気持ちわるい。
その気持ち悪い手が、半ば無理矢理にウーちゃんの手を握っている。
ふざけやがって。健二は息を止めバンダナピザオタクの前腕に向かって思い切り肘を落とした。
「ううっ」
バンダナピザオタクの手がウーちゃんから離れた。健二はその隙にウーちゃんの手を両手で握り締める。
驚いた様子のウーちゃんだったが、すぐに笑顔に戻り、長身を屈めて健二にささやいた。
「ありがとね」
はあああああ。ウーちゃんの吐息が耳元に……。なんて幸せなんだ。もう死んでもいい。
ウーちゃんの香りを少しでも感じたいと深呼吸した刹那、
くくく、くせええええ!!
まさか、信じられない。信じたくない。しかしその悪臭は間違いなくウーちゃんから出ていた。
ウーちゃんがなぜ!?まさか、ピザオタクに手を握られたことを苦に自殺とか。いや、ピザオタクがウーちゃんを殺すのかもしれない。
ちょっと待てよ。ウーちゃんの臭いとは微妙に違う悪臭が遠くから臭ってくる。まさか……。最悪のイメージが頭をよぎった。確かめる方法は一つしかない。
健二はステージの右端にいるカリタカに近づこうと群衆をかぎわけて進んだ。つもりだったが実際はほとんど進んでいない。後ろから前へ進むより、横に移動する方が数倍難しかった。というのも、後ろにいる観客が少しでも近くでシャンプー☆ラバーズを見ようと前の観客を押すために、健二がいるステージ前は人と人との間が一切なくなっているのだ。
これ以上前に進めない。曲は既に最後のサビが終わっている。健二は焦った。どうしよう。一刻を争う事態なのに。
ここまで来たらやってやる。健二はステージに手を掛け、ジャンプで飛び乗った。ざわめく観客。ダンスを止めるシャンプー☆ラバーズ。
そんなに騒ぐことはないだろう。ただ向こう端に移動しようってだけなんだから。
端まで駆け足で移動し観客側に降りようと、ステージから片足を降ろしたところで気がついた。
今、ステージの上で確かめればいいんだ。いけない。興奮して頭が回らなくなっているようだ。
降りるのを止め、すっと後ろを振り向く。シャンプー☆ラバーズの三人が体を寄せ合って震えていた。
これは!?ひょっとして超能力に気がついてしまったのか。でもやらなくてはならない。ファンとしての使命だ。
まずはカリタカからだ。
「カリタカさん、僕と握手してください」
「きゃあああ、誰か、誰か来てくださーい」
悲鳴をあげるカリタカ。
「こらー、おまえなにしてる」
警備員が健二に駆け寄ってきた。
くそっ、人が善意で助けようとしてるのになんで邪魔するんだ。こうなったら実力行使だ。
健二はカリタカに抱きつき、そのサラサラな黒髪に顔をうずめた。
くさいくさいくさいくさい。
それは間違いなく例の臭いだった。死の臭い、デススメルだ。とっさに思いついたにしては良いネーミングだ。スが二回続くと言いづらいから一つ取り除こう。デスメル。良いじゃない良いじゃない。
「こらー。その手を離せ」
警備員が二人がかりで健二を羽交い絞めにした。
ネーミングなんて考えてる場合じゃなかった。くっそー。健二は地面に押しつけようとする警備員に抵抗しながら叫んだ。
「シャンプー☆ラバーズの三人は死にます。近い将来必ず死にます。病気が事故か分からないけど必ず死にます。だから、なにか手を打たないといけません。それが出来るのは僕だけなんです。だから、放せこの野郎。おまえらにそれが出来るのか。シャンプー☆ラバーズの三人を救えるのか」
「なにを言っているんだ。ふざけるのもたいがいにしろ。警察に突き出してやる」
警備員が健二の腕をねじった。
「いたあい」
カメラ小僧のフラッシュが健二の目を焼いた。
「ああ。撮るな。撮るんじゃない。撮らないでくれえ」
健二の痛切な懇願は、絶え間ないシャッター音にあっさりとかき消された。




