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健二の勘違い

 

 翌日、田所と木村のチビデブコンビが死んだ。学校からの帰り道、自転車に二人乗りしていたところを居眠り運転の四トントラックにはねられたのだ。

 田所と木村の机には花が飾られ、全校朝会で黙祷が捧げられた。それなりに悲しい雰囲気には包まれたが、涙を流す者は誰一人としていなかった。もちろん健二も泣いてなどいない。むしろ喜んでいた。

 自分を馬鹿にした天罰だ。

 だが感謝してもいた。あの二人のおかげで健二は自分が会得した超能力に気がついたのだ。

 山田のおじいさんの死と田所・木村の死には共通項が一つあった。例の悪臭である。あの臭いがしてまもなく三人とも死亡した。まだはっきりとは言えないが、あの臭いが三人の死と関連している可能性は高い。そしてあの臭いは、他の人間には感知できない。出来たら同じ教室で机を並べるなんて不可能だろう。つまり自分だけに備わった超能力。素晴らしい。

 しかし、なぜそんな能力が自分に備わったのだろうかと考えた末に、一つの出来事が思い当たった。

アフリカで罹った原因不明の熱病だ。能力開発の契機となったのは熱病そのものではなく、サバンナの真ん中で息も絶え絶えになった健二になんとか族のなんとかという医者に該当する職業の人間が飲ませてくれたなんとかという植物をすり潰して液状にしたものではないかと推測した。それを飲んだ翌日に健二は嘘のように全快したのだ。

 まあ、あくまでも現段階での推定でしかないし、別にきっかけなんてどうでもいいことだ。大事なのは、素晴らしい能力が自分に備わったという事実だ。

ひゃっほーーーーい。健二は自分の能力に舞い上がった。もう今までの真面目しか取り柄がない陰の存在ではないのだ。

妄想はオペラ歌手が膨らました風船のようにあっという間に膨らんだ。

超能力者としてマスコミに取り上げられ、テレビに出演し、本を出版。家でちやほや。学校でもちやほや。どこに行ってもVIPとして扱われ、女の子だって選り取り見取りの取り放題。

 自尊心も妄想同様あっという間に膨らんでいった。

 他の奴等とは次元が違う。他の奴等とは生物としてのスキルが違う。他の奴等が何人束になったって自分の方がずっと価値がある。

溢れ出した自尊心は横柄な態度になって表れた。胸は常に前へ張り出し、歩幅は1,5倍に。」股も自然と開き、座った時には必ず脚を組むようになった。

「あいつ最近おかしくない?」

「うん。キモいくせに調子乗ってるよな」

 そんな陰口は健二にとって雑音でしかない。工事現場で電動ドリルが発する騒音みたいなもので、心地よいものではないが気にするほどではないのだ。

 スペシャルな人間を他人が妬むのは当たり前のこと。

もともと持っていた独り善がりな気質も手伝い、健二の意識は完全に別の階層へ飛んでいた。

 回りのクラスメートがなんの能力もないくそ餓鬼に見えた。

 受験勉強に精を出すなんてアホくさい。凡人のやることだ。喧嘩に明け暮れるなんて愚の骨頂。健二はひたすら妄想の世界で時を過ごした。

リムジンに白髪の執事。小柄だけど出るところはしっかりと出ているかわいらしいメイド。ジャグジー付きの風呂に特大ウォーターベッド。そこでかわいいメイドにあんなことやこんなことをするんだ。ぺちょぐりぺちょぐり。ひっひっひっひっひ。

「新井、なにを笑ってるんだ。授業中だぞ」

 教師に怒られ、健二は正気の世界に戻った。

「ああ、すいません」

反射的に謝ってしまった。でもちょっと待てよ。こいつはたかが中学校の一教師。本当に謝る必要があったのか。そもそもこいつにそんな権限があるのか。

「なぜ笑ってはいけないのですか?」

 健二は毅然と問いただした。

「はっ。おまえはなにを言っているんだ」

「なんの権限があって、おまえは僕の笑いを禁じるのかと訊いてるんだ」

「なんの権限て。おまえそりゃ、教師の権限に決まってるだろうが」

「中学校の教師に僕の表現を一方的に禁じる権限があるんですねえ。へ~、すごいなあ。それはもちろん六法全書に記載されているんですよねえ。何条ですか。帰って調べるので教えてください」

「へ、屁理屈を言うな。授業中に笑っていいわけないだろう」

「だ、か、ら。僕の笑いがもし授業の妨げになるのであれば、注意されても仕方ないですよ。でも、僕の笑い声は授業を中断させるほど大きなものだったでしょうか」

「いい加減にしろ。勉強する気がないなら出て行け」

「いいえ。出て行きません。なぜなら僕は授業を受ける権利があるからです」

「なっ!?もう、勝手にしろ」

 教師は怒りで顔を赤らめ、健二をいないものとして授業を進めた。

 勝った。まあ、当たり前の結果だけどそれなりにうれしい。

 ハッハッハ。思わず声に出して笑ってしまう。しかし、教師は何も言ってこない。健二は更に大きな声で笑った。

ハッハッハ。ハッハッハ。アハアハアハアハアハアハアハアハ。ヒャッヒャヒャヒャヒャヒャ。

 これが選ばれし者の特権か。健二は変声期が終わったばかりの不安定な声で笑い続けた。


 変人、狂人、変態、基地外。さまざまな侮蔑のレッテルが健二に貼られた。学校内で健二に話しかける人間はいない。授業中、休み時間、給食時、登下校、健二はいないものとして扱われている。不良グループも健二には一切からんでこなかった。本当にやばい奴だと思われているんだろう。

 こんな状況にさすがの健二も嫌気が差してきた。

 おかしい。こんなはずじゃない。

 健二の構想、というか妄想では、とっくのとうに死の予言を的中させて学校中の人気者になっているはずなのだ。それなのに、くそぅ。なぜあの臭いが一切しないんだ。  

苛立り極まって、拳で廊下の壁を思い切り叩いた。周囲にいた生徒が驚いて健二を見たが、すぐになにごとも無かったかのように歩き始めた。

 裏で自分を黙殺する取り決めでもしてるんじゃないか。そう勘ぐらずにはいられないほどに足並みが揃っていた。

 実際のところ、健二を黙殺すべしという取り決めは存在した。

「健二君は調子が悪いのでそっとしておいてあげましょう」という建前の上だったが、実際に健二は孤独に苛なまれていた。

 どうにかしなくては。健二は焦った。このままではただの嫌われ者、変人として中学生活を終えてしまう。それは困る。将来ビックになったとき、「中学時代は手のつけられない変人で、恋人はもちろん、友人一人すらいない、教師すら関わりあいになるのを避けるような正真正銘の爪弾き者でした」なんて暴露されたら最悪だ。

 悶々とした日々を送る健二だったが、ある日眠りにつこうと入ったベッドの中で決心した。

このままではおかしくなってしまう。なんとかしなくてはいけない。待っているだけでは駄目だ。

ベッドから跳ね上がり、よそ行きの服に着替えると外に飛び出した。

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