第三部「猫が盗んだ」
翌日の早朝、パットンはオルドレン王子と意見交換の場を設けた。
正確にいうと、グライムの助言により、辺境周辺の情報のすり合わせをしようということだ。
表向きは脱獄事件の対応策についての情報共有だ。隣国の警備体制について聞き、パットンからの見解を伝える。それが正式な議題だった。
グライムはその場に同席したが、議題よりも窓から見える中庭を確認することに時間を使っていた。
中庭の配置、植え込みの高さ、外壁との距離。
昨夜アモーレに伝えた逃走経路の確認だ。
意見交換が終わり、パットンが「最後に城の図書館を見せていただけないか」と言った。
グライムに言われたからだ。図書館を見たいと直接言ったわけではなく、パットンが治める辺境の屋敷にはろくな情報が残っていない。
そのせいで山賊騒動や、魔法を使えることを内緒にしている村がある。
国は違えど、土地は同じだ。
リィーイヤ王国のほうが詳しい事件や歴史を保管してる可能性があると助言したのだ。
オルドレン王子は快く許可すると、司書へ案内するように命じた。
図書館は城の北棟にあった。
高い棚が四方を囲み、背表紙の並び立てられている光景は実に壮観だった。
本壁が出来上がっている。
この城の歴史の蓄積が感じられる場所だ。
司書はパットン図書館につくなり、パットンが知りたがっているこの土地の歴史の本がある区画へ案内した。
グライムは別のものを調べると言い、一人棚の奥へ進んだ。
背表紙の順番を確認しながら、本の壁に沿って歩く。
タイトルを読む速度が早い。なぜなら、探すタイトルは決まっているからだ。
六年前、この城に盗みに来た時、潜伏中に覚えた棚の配置は、今も頭の中に記憶されていた。
奥から三番目の棚の、下から二段目にそれはあった。
背表紙に特殊な傷のある本が一冊。
それはグライムがつけたものだ。自分にだけ伝わる暗号。
グライムはそれを引き抜いた。
ページを開くと、内部が空洞になっていた。くり抜かれた紙の中に、小さな布袋がある。
六年前に盗んで、ここに隠した。
中身は盗まれたばかりの小皿だった。
今グライムが盗んだわけではない。ヴィラの花瓶と一緒に盗み、この城が所有していた宝石の一つだ。
その時の目的はヴィラの花瓶であり、他の陶器を一緒に持って逃げるのはリスクがあり、いつか取りに来るチャンスがあればと、細工した本の中に隠しておいたのだ――元の場所に偽物を代わりに飾って。
グライムは布袋を上着の内ポケットに収めると、本を棚に戻した。
その時、ちょうどよくパットンが近づいてきた。
「グライム、見つかったか?」
「必要なものは確認した。当たり前のことだが、機密情報は書かれてない。そっちはどうだった?」
「量が多くてな……後で部屋に届けてもらうことになった。どれだけ管理されていなかったんだ……あの辺境は」
「やりたい放題にさせることに意味があったんだろう。ヴァレンにはな」
「違法なものを密輸させるためにか。一体なにと戦おうとしてるのかわからんな……」
パットンが嘆くように言うと、兵士が駆け込んできた。
「すいません! お二人を呼んでこいと命令を受けました!!」
兵士に半ば強引に連れてこられた場所は、昨日小皿が盗まれた現場だった
パットンはてっきりまた事件が起こり、それで呼びされたと思ったのだが違った。
事件は事件なのだが、その中心にいるのは猫だった。
甘える猫に釘付けになる給仕や兵士が集まり、現場の保存が出来なかったという報告だった。
様々な人物が集まってることにより、それぞれが持っている魔道具や魔草の影響で、残留魔力は上書きされるように増えている。
グライムの計画は順調に遂行されている最中だった。
「まったく……これはどう影響するかわからないぞ……。どうする?」
パットンが心配そうにするが、グライムは自分がやったことなので素知らぬ顔だった。
「さあな。オレたちは協力を仰がれただけだ。指示を待てばいい」
「捜査しろと言われただろ」
「そうだな……じゃあ猫が侵入しそうな経路を探すか」
「猫が犯人だとでも言うつもりか?」
「そうは言ってない。アモーレが盗みに失敗した可能性があるってことだ」
グライムはニヤッと笑うと、先導するように歩き出した。
場所はどこでも良かった、物陰になり猫が入りそうな場所なら。
中庭に向かって歩きながら、グライムは城の使用人を呼び止め、猫を見なかったかと尋ね始めた。
使用人が別の使用人を呼び、その話が広まるのに時間はかからなかった。
城の者たちが中庭や倉庫、厨房周辺を探し始めた。
城が猫一匹を探してにわかに動き出した。
来賓のパットン王子が、オルドレン王子直々の頼み事で捜索しているのはわかっているので、城で働く者たちは率先して協力していく。
城の者が小皿を見つけたのは、それから十分もしないうちだった。
小皿は猫が涼みそうな中庭の木の陰に、佇むように置かれていた。
捜索のふりをして歩き回るグライムが適当に置いたものだ。
使用人はすぐに報告した。
報告を受けた衛兵が確認し、専門家が調べたところ、それは盗まれたはずの小皿だと分かった。
昨日騒がせた犯人は猫だった。それならアモーレの予告状は? 彼女の計画は失敗したのか。
泉のように次々と話題が溢れ出て、城の中がざわついた。
グライムはどよめきを耳にしながら、視線だけを動かした。
外壁に近い廊下の窓から中庭が見える。
中庭の植え込みの向こう、外壁の上端に小さな影があった。
一瞬だけ現れて、消えた。
アモーレだ。
グライムは彼女が逃げ出せたことを確認すると、周囲に悟られないように視線を伏せた。
その直後だった。
すぐに何かが彼の頭に向かって飛んできた。
小さくて硬いそれは、思いの外強い痛みを与えた。
頭を擦りながら、飛んできたものを拾い上げると、昨日の小皿に嵌め込まれていた宝石と同じものだった。
しかし今、その宝石が投げ返されてきた。
グライムは宝石を手の中で一度ギュッと握ってから、上着のポケットに収めた。
アモーレは気づいたのだ。自分が偽物を掴まされたことに。
そしてそれは、自分がグライムに一杯食わされたことへの、彼女なりの返答だった。
『覚えてろ』という。




