第三部「パットンの推理」
翌日。パットンを隠れ家へと呼び出すと、グライムは正直に解決できないことを伝えた。
「証拠がない以上、これ以上は動きようがない。本人には、それとなく釘を刺しておいた。もう繰り返すことはないはずだ」
グライムの簡易的な報告に、パットンは不満げな顔をした。
「それだけか。もう少し、根本的な解決を期待していたんだが」
「期待に応えられないのは、申し訳ないと思ってる。だけど、無理をすればパットンどころか、ヴァルガス王が大変なことになるぞ。それはつまり、この国の危機だ」
「……そうか」
パットンは力なく肩を落とした。すっきりしない結末に、納得しきれない様子だった。
「そんな顔をするな。代わりに、いい話がある」
「いい話?」
「街で起こってる。面白い事件がある」
グライムは卓の上に広げていた資料の一部を、パットンの前に差し出した。
「解決できないモヤモヤは、こっちで晴らせ。好きだろう? 街の事件を解決するの」
パットンは怪訝な顔をしながらも、その資料に目を通した。
「これは……未解決の窃盗事件、か」
パットンは資料を読み進めながら眉をひそめた。
「そうだ。街の複数箇所で、似たような手口の窃盗が続いてる。だが、犯人の特定には至ってない。目撃証言が毎回バラバラなんだ」
「もっとわかりやすく言え。ここは他種族国家だぞ」
「まさにそれだ。ある時は若い男。ある時は老いた女。ある時は獣人。ある時はエルフ」
パットンは資料の記述をじっと見つめたまま、グライムの話を聞いている。
「まさか、複数犯に見せかけた犯罪か? まるで犯人が、毎回違う人物であるかのように思わせるためのトリック」
「普通はそう思う。でも、捕まってないってことは、そうじゃない可能性が高い。一人の人物が、毎回違う姿に変装してるんじゃないかと踏んでる」
「変装……か」
「気分転換に一緒に調べてみるか? 城の中で燻ってるより、よっぽど頭がすっきりするはずだ」
パットンはしばし考え込んだ。
城にいては、ヴァレンにファラオと考え事ばかりが増えてしまう。鬱憤をこういう形で晴らすというのも悪くない提案に思えた。
だが、それこそがグライムの誘導だった。
そんな裏の思惑など知る由もなく、パットンは資料を手に取って立ち上がった。
「よし、乗った! 久しぶりに、私自身の足で調べるのも悪くない」
グライムはその言葉に、内心で小さく笑みを浮かべていた。これで、動き出せると。
この事件こそが、グライムがボンドのために選び抜いた、都合のいい駒のひとつなのだ。
「まず、これまでの被害を整理しよう」
グライムは卓の上に集めた資料を並べていった。
「三件の窃盗。いずれも商家からの換金しやすい品の盗難」
「目撃証言は、バラバラだったな」
「バラバラなのが、逆に手がかりだ。一件目は若い行商人風の男。二件目は腰の曲がった老婆。三件目は旅の獣人」
「共通点が見えないが……」
「共通点は姿じゃない。犯行の時間帯、押し入り方、盗まれた品の傾向――そこをよく見るんだ」
パットンはグライムの言葉に耳を傾け、資料を見比べながら、少しずつ眉間の皺を深めていった。
「……確かに、手口は似ている……。いずれも深夜だ。鍵をこじ開けるのではなく、解錠され侵入されている。盗まれた品も、小さく高く売れるものばかりだ」
「一人が毎回違う姿を作って、同じ手口で盗みを働いてるとしたら?」
「変装が得意な一人の窃盗犯……か」
パットンはその可能性に、確かな手応えを感じ始めているようだった。
すっかりファラオの従者の心配も忘れ、街に隠れる悪の姿を想像し始めていた。
グライムはそれを見て静かに満足した。
そして、満足から結果に繋がるよう、さらに畳み掛けて言った。
「盗まれた品にも、共通点がある。どれも値がつく品ばかりだ。宝飾品、稀少な巻物、魔石の欠片。かさばるものには、一切手を出していない」
「持ち運びやすさを優先している。そういうことか?」
「盗人ってのは、大抵欲張って尻尾を出す。だが、この犯人は、常に身の丈に合った量しか盗まない。そこに自制心を感じる」
「自制心のある盗人……か。経験を積んだ、腕のいい人物ということか。実行は一人かもしれないが、手を貸す同業者がいるかも知れない」
推理を始めるパットンを横目に、グライムはこの事件を選んだ甲斐があるとほくそ笑んでいた。
実のところ、この三件の窃盗のうちの二件は、ボンドがかつて実際に手掛けた仕事だった。
ボンドは偽名で城に捕まっているため、城側は『ボンド』という名前を誰も知らない。
つまり、今、牢にいるボンドという人物は、偽名を使っているということもあり、記録上はまったくの別人として扱われている。
だからこそ、グライムはこの事件を利用して、都合よく、新しい『犯人像』を作り上げることができると思ったのだ。
ボンドが実際にやった仕事の一部を、これから作る架空の犯人に、そのまま組み込んでしまえばいい。
真実の中に嘘を少量混ぜる。詐欺師の常套手段だ。
そして、驚くほど効果的でもある。




