表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王賊 Crown & Crime  作者: ふん
悪と正義の視線

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/24

第一部「格子越しの推理」

 石造りの階段は、踏み込むたびに低く鳴った。

 松明の火が壁を舐め、影が揺れる。


 王子パットンは足音を殺そうとしなかった。いや、殺す気もなかった。

 むしろ、一段ずつ苛立ちを踵に込めて降りていった。


 地下牢の空気はひんやりと湿っており、鉄とカビの匂いが混ざっている。

 王城の地下にあるとは思えない臭気だったが、もっとも、王城の地下に牢屋があること自体、表向きには存在しない事実なのだから、文句を言える筋合いでもなかった。


 突き当たりの檻の前で、パットンは足を止めた。


 格子の向こうで、男が壁に背を預けて座っていた。足を投げ出し、腕を組み、まるで昼寝でもしていたかのような格好で。

 松明の光に照らされた顔は、困ったことに、少しも焦っていなかった。捕らわれているというのに、まるで我が家で客人を迎え入れる、そういう顔をしていた。


「グライム……どうやった。……言え」


 パットンの声は低く、短く、問いというより命令に近かった。男――グライムは、薄く目を開けた。


「なんのことだ?」


 飄々とした声だった。眠そうでもあり、少し退屈そうでもある。パットンはこの声が嫌いだった。正確には、この声に自分が苛立つことが嫌いだった。


「なんのことだ、ではない! なぜ王子妃がオマエのことを知っている。グライム!」


 グライムは格子を一瞥した。さして興味もなさそうに言葉を紡いだ。


「オレは見ての通り牢屋だろ? 冒険者のオレをアンタが捕まえて、アンタが放り込んだ。そうだろう? パットン」

「山賊だろう」

「海にも出たぞ。なら、オレは海賊か?」

「賊で十分だ」

「そりゃないぜ、パットン」グライムは壁から背を離し、のんびりと伸びをした。関節が鳴る音がした。「俗物ってのは、アンタのことだ。犯罪者を牢に閉じ込め、利用しようとしてるんだからな」

「なんのことだ?」と一度とぼけようとしたパットンだが、彼の前では無意味だと言葉を変えた。「まだしてないだろう」

「でも、するんだろう? マリアが言ってたぞ」


 パットンの顎が、わずかに動いた。


「王子妃の……名前まで」

「パットンって名前にあやかって、アンタが肉球ちゃんって呼ばれてることまで知ってる。少しは猫の肉球にでも顔面マッサージしてもらえ、そうすりゃその眉間のシワも伸びる。 そうだ! 獣人の良いマッサージの店があるんだ。今から一緒に行くか?」


 沈黙。

 松明が風も言葉もないのに揺れた。壁の影がゆらりと伸び、縮んだ。

 グライムもまた、パットンが茶化し合いに乗らないのを悟ると、言葉を変えた。


「……言っとくけど、向こうからだ。向こうから、この牢屋まで会いに来たんぞ」


 パットンは低く息を吐いた。苛立ちを押さえつけるように、歯の隙間から、薄く。


「それを聞いているんだ。どうやった」

「簡単だ」


 グライムは立ち上がり、格子に近づいてきた。

 変わらず飄々とした顔をしている。追い詰められた人間の顔ではない。


「ここの見張りは、アンタの精鋭だろ? パットン王子が命令すればすぐに従う。死ねって言えば死ぬだろうな。そうやって人を押し付けると、娯楽は消えていく。そしてな、娯楽に飢えてるやつほど、冒険者の夢物語に食いつくんだ。そして、この地下牢での見張りの立場でいうと、娯楽は犯罪だ。職務全うが遠ざかる。だが、一度手を汚せば、同じく手を汚したものでコミュニティが出来る。言っとくけど、本当に犯罪者呼ばわりしてるわけじゃないぞ」

「早く話せ。聞いてから首を落とす」


 寄り道の多い会話に、なにか誘導されている気がして、パットンは苛立ちを押さえずにいいた。


「いいか?」グライムは格子に片手を添えた。「ここでオレが犯罪者ってまとめたのは、パットン。アンタと密な関係を持っているやつらのことだ。直属の数人の部下。話せないことは、外に出ず、そこに収まる。同じく娯楽に乏しい第三王子の王子妃が食いつくのも早かった。どうやら、誰かさんの態度で、秘密があるのはまるわかりだったらしいぞ。先に言っとくぞ、アンタ嘘つくの下手なんだよ。まぁ……。だからオレもアンタに捕まえられたんだけどな……。皮肉なもんだよな。それで入れられたのが、この内側からは絶対に開けることのできない魔法錠の地下牢だ」


 パットンはしばらく黙っていた。

 グライムの言葉を、頭の中で並べ替えながら。

 見張りを取り込み、見張りを通じてマリアに話を届けた。

 この地下牢は、彼の言う通り内側から開けることは絶対にできない。

 好奇心旺盛なマリアの警戒心が薄まることも知っている。


 あの男はそれを牢の中から、しかも音もなくやった。認めたくはなかった。だが、認めざるを得なかった。



「……オマエは」とパットンは心底まいったと言った風に額に手を当てた。「本当に面倒な男だな」

「褒め言葉として受け取っておく」

「褒めていない」


 ため息をひとつついてから、パットンは懐から折りたたまれた紙を取り出した。格子の隙間から無言で押し込む。


「読め」


 グライムは受け取り、すぐに広げ、流し読みした。


「なるほど市場の窃盗か」

「三日で六件。同じ区画の別々の店だ。見張りを立てたが、犯人を取り押さえられていない」

「盗まれたものは?」

「食料が中心だ。乾物、塩漬け肉、干し果物。それと小さな金属細工がいくつか。換金しやすいもの」


 グライムは紙を折り返した。何かを考えているようだった。目の焦点が、紙ではなくどこか別のものを見ている。

 パットンは彼を急かさなかった。急かしても無駄だと知っていたからだ。


 そして、それが正解だとでも言うように、グライムは口の端をにんまり吊り上げた。


「今、この王都に流れ込んでいる連中の話をしてやろうか?」

「聞こうか」

「南の方、ベリア地方で地震があっただろう。二ヶ月前。ゴブリンの集落がいくつか潰れた。ゴブリンってのは家族単位で動くから、集落ごと移動してくる。今の王都にはそういう流民が増えてる。小柄で、腹を空かせていて、知恵がある。あと、身体能力は低いが手先は器用だ」

「それと窃盗に何の関係がある」

「盗まれたものの高さを確認してみろ。棚の上の段ではなく、中段か下段のものばかり盗まれてるだろ。それと、店の出入り口以外の死角になる場所に、大人が通れないような隙間はあるか」


 パットンはしばらく考えた。六件の報告書を頭の中に並べる。盗難品の棚の位置……言われてみれば、いずれも腰より低い段の品だった。天板の上には手が届いていない。


「……隙間については確認していない」

「確認してこい。それとひとつ聞くが、目撃者はいるか」

「複数の店員が、長い外套を着た人物を見ている。背格好は普通の成人ほど、と。顔は見えなかったと言っている」


 グライムの口の端が、核心めいてほんの少し動いた。


「そうか。じゃあ答えは出てるな」と静かに言った。「二人一組だ。下の奴が物を取り、上の奴が外套の中に収める。外から見れば普通の成人に見える。逃げる時は低身長、隙を見て高身長に戻る。兵士はどっちを探す? ゴブリンはデカけりゃ、そこらにいる亜人と変わらねぇほど特徴がねぇだろ?」


 パットンは一瞬止まった。

 頭の中で絵が組み上がる。外套の下で肩車をした二人。下のゴブリンが外套の隙間から棚に手を伸ばして品を盗み、上のゴブリンが終始店員と話をして気を逸らす。店員は「不審な人物が来た」とは思っていない。ごく普通に買い物をしている客だと思って、ずっと顔を見ていた。


「……馬鹿な」

「ゴブリンは小柄だ。二人合わせて成人一人分くらいにはなるって言っただろ。腹が空いてりゃ、無茶もする」グライムは少し間を置いた。「憎めない連中だよ、正直な話。でも、やり方が悪い。オレならもっとでかいオークやオーガに化ける。そうすりゃ、小さなゴブリンを探そうだなんて思わねぇだろ?」


 グライムの言葉を最後まで聞かず、パットンはすでに踵を返していた。


「今すぐ現場に行く」

「おいおい、首を落とすんじゃなかったのか」

「役に立つなら後でいい」


 振り返らずにパットンは言った。

 足音が遠ざかり、階段を上り、扉が閉まった。

 

 その残響を耳に残しながら、グライムは格子にもたれ天井を仰いだ。


「民のためなら、即行動か……。やっぱり俗物だな」


 誰に言うでもなく、呟いた。






 その日の夕刻、パットンは報告を受けた。

 件の区画の路地裏、荷物の搬入口と建物の隙間から、小柄な人物二名が確保された。

 ゴブリン族の成人と、その連れの子どもだった。

 二人合わせると、確かに外套を着せれば成人一人分ほどの高さになった。

 品物の大半は、路地裏に掘られた小さな穴に隠されていた。手を付けられていたのは、食料品ばかりで、換金品はほぼ全量が回収された。


 パットンは報告書を閉じ、窓の外を眺めてグライムとの会話を思い出していた。

「腹が空いていた、それだけのことだ」とグライムは言った。

 その言葉が、なぜか頭から離れなかった。



 翌朝、パットンが地下牢の階段を降りると、グライムは昨日と同じ姿勢で壁にもたれていた。

 まるで一晩中その姿勢でいたかのような、妙に落ち着いた座り方だった。


「捕まえたな。足音が軽やかだった」

「ああ」

「ゴブリンだったろ」

「……ああ」

 パットンは格子の前に立ち、腕を組んだ。「換金品はまだ使われていなかった。なぜだと思う」

「売り方がわからなかったんだろう。盗んだはいいが、王都で物を換金する手段がなかった。だから後回しだ。腹が減れば、貴金属より飯が宝だからな」

「グライム、オマエの言い方だと、まるであいつらが被害者みたいだな」

「被害者ではないが、腹が減っていた。それだけだ。パットン王子……アンタだって腹は減るだろ? それだけだ」


 グライムの言い方に、弁解も同情も含まれていなかった。ただ事実として、そう言った。


「もうひとつ事件があった」


 グライムが目を細めて「ほう」と呟いた。


「昨日の区画と同じ通りで、昨夜、商家の蔵に侵入があった。こちらは別件だ。盗まれたのは高価な薬草と染料。換金すれば相当な額になる。目撃者はいない」

「同じ区画で、昨日に続けて……」グライムは少し前に体を傾けた。「タイミングが出来すぎているな」

「そう思うか」

「ゴブリンの件が表に出た直後だ。誰かが便乗したか、あるいは最初からゴブリンを囮にするつもりだったか……。余計な情報が多くて、必要な情報が少なすぎる」


 パットンは短く息を吐いた。


「街に出てみないとわからない、と言うつもりか」

「言おうと思ってたところだ」

「……わかった」


 その一言に、グライムの眉が驚きに少し上がった。


「いいのか?」

「条件がある。逃げようとしたら、その場で足を斬る。魔法の拘束具も着けてもらう。あと、私の見える範囲を離れるな」

「ずいぶん過保護だな。オレに惚れたのか? なら拘束具より、恋文の一つでも書けよ」

「犯罪者の扱いだ。書き上げるのは罪状だぞ」

「そうか。じゃあ行くか。ひねくれたラブレターをもらわねぇうちに」グライムは伸びをしながら立ち上がった。「久しぶりの外だ、楽しみだな」

「観光ではない」

「わかってる。でも楽しみは楽しみだ」


 呑気なグライムを一度睨みつけると、パットンはその場を離れた。


「用意をし、後日また……迎えに来る」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ