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5 希望のキャンバス

 PEACEに入社して一か月。困ったことがある。それは、

「聡志、おまえ仕事の方はどうだ?」

父さんだ。母さんは特に何もないのだが、この父親が心配ゆえか根掘り葉掘り俺の就業状況を尋ねる。二人には、人材派遣会社と言っているのだが、PEACEはもちろん秘密結社のため、表向きに何も情報はなく、そろそろこの嘘をつくのも限界である。とはいえ、実家暮らしをしている身である以上、このことはいずれ伝えなければならない。しかし、今日も二人に話すタイミングを逃したのだった。

 今日は桝田さんの事務作業だ。あの人は遅刻に厳しいから早めに行かなければ。玄関を出ようとした瞬間、俺はあることを思い出して、母さんに声をかけた。

「あ、母さん。車借りてもいい?」

「いいけど、どうしたの?いつも徒歩じゃない?」

「今日は出回りがあってさ、車で来ますって言っちゃったんだよ。」

 駐車場から軽自動車を出す。自動車免許は大学生の頃に取得した。就職活動も営業を狙っていたため、どちらにしろ必要になるだろうと思ったからだ。実際、自動車免許を必要とする求人は多いので持っておいて損はない。しかし、桝田さんは免許を持っていないらしい。彼は何の仕事をしていたというのだろう。謎は深まるばかりだ。

「…危ない!!」

 住宅地を進んでいると、いきなり交差点で人が飛び出してきた。危ない、徐行しておいてよかった。教習所の言っていることをまだ実行している年齢なのが幸いした。しかし、朝から急いでいたかは知らないが、本当に危ないやつだ。

「あれ、高岡さんじゃーん!!」

 フロントガラスに見慣れた顔が映った。彼女は確かピンク色の魔法少女で、コードネームHOPEの…

「桃枝さん?!ここで何してんの?」

「ち、遅刻なの!寝坊しちゃって!」

 これまでコテコテな女子高校生って存在したのか。もしくはピンク担当は絶対遅刻しなければならない宿命でもあるのだろうか。

「あ、じゃあ学校頑張ってね。」

「ちょい待ち!!ねえ、高岡さん出勤ついでにさ、私を学校まで送ってくれない?道案内はするからさ!ね!お願い!」


「いやー、クーラーの効いた車内は快適ですな~。あ、高岡さんもこのバンド好きなの?私もたまに聞いてる!」

前言撤回だ。いくら女子高生だろうと、魔法少女のピンク担当だろうと、遅刻して車で送迎してもらうやつは見たことがない。

「あの、俺、この後桝田さんと出回り入ってるから本当に校門の手前までだからね?」

「全然!むしろ校門まで送ってくれてありがとね!あ、ここ右。」

 スクールゾーンに入ると、歩道は学生で溢れかえる。テストだったり進路だったり人間関係だったり悩むことは多いかもしれないが、俺には彼らが輝いて見える。これが大人になったということなのか。

「あ、ここでいいよ!出勤前なのにありがとう!お仕事頑張ってね!」

桃枝は車から出ると、颯爽と駆け出して行った。しかし、せっかく早く家を出たのに思わぬハプニングで結局ぎりぎりに会社に着くことになりそうだ。俺は急いでUターンして、事務所へと向かった。


 桝田さんは喫茶店の玄関で待っていた。ちなみに2分遅刻した。

「遅い。」

「すみません桝田さん。ちょっとハプニングがありまして…」

「それを見越して動くのが社会人というものだ!」

無理だ。まさか車に当たって来た女子高生が、うちの魔法少女で、学校まで送迎してくれと頼んでくるなんて、定年まで働いても読める状況じゃない。

「その、今日はどこに向かう予定ですか?」

「警察署に向かってくれ。」

「警察?もしかして…」

「無論、『交渉』だ。」

警察署に着くと、桝田さんは門番の方に向かっていった。

「桝田です。署長につないでくれます?」

「えっ、桝田さん、もしかして署長と交しょ…?!」

「だだだだ黙ってようね?高岡くん?すみませんねえ、この子新人で。」

俺が余計なツッコミをかます前に桝田さんは俺の口を塞いで警察署の中に連れ込んだ。しかし、警察署のトップと交渉するとは、この人本当に何者なんだ?

 署長のいる応接間に入ると、深々と頭を下げた。署長が。

「ご無沙汰しております。桝田さん。」

「ああ、こないだのうちの穂村がしでかしたトラックの件はどうなった?」

「それはトラックの運転手に示談が住んでおりますが、PEACE様には示談金の支払いをお願いしたく…」

 さっきから、示談金やら聞いてもいいのか心配になる会話が繰り広げられているが、俺はここにいても良いのだろうか。

「示談金ですが、こっちも手いっぱいでして。一つご提案なのですが、こちらの報告書を見て考えていただきたい。」

「これは?」

「先日発生した、御寺町でのバグダストによる放火未遂です。何とかうちのFIREが止めましたが、これが放置されていれば御寺町は火の海と化し、損害も大きかったでしょう。私の言いたいこと、わかりますよね?」

 つまり、御寺町の大火事を止めて損害を出さずにしてやったのだから、トラックの示談金を警察が代わりに支払ってくれてもいいだろう、ということか。わが上司ながらやり口がゲスすぎる。

「それに、私がついていれば町の治安もあなたのポストも守れる。どうです?」

「桝田さん、あなたは昔から変わりませんね。わかりました、措置を取りましょう。」

 ああ、これがバレてしまったら俺も裁かれるのだろうか。ある意味、今朝両親に真実を言わなかったのは正解だったのかもしれない。これは紛れもない「黒」だ!


「あの、桝田さんってどうして署長を脅し…交渉できる立場にあるんですか?年齢だってあっちの方が高そうなのに…」

「あー、言ってなかったっけ?僕、実は元警視庁のお偉いさんなんだよね。いわゆるキャリア組ってやつ。10年前に辞めたけど、若くして大出世した結構有名な警察官だったんだよ?だからこの界隈では敬語を使う人間の方が少ない。」

さっきの署長に同情する。こんな経歴化け物警察官が命令された上に、自分のポストを保障すると言われれば、かなりのプライドがある人間じゃないと断ることはできない。そして、桝田さん無免許の謎も解けた。この人、おそらく自分で運転する暇もないくらい偉かったのだ。いつも誰かが足を務め、盤上で脳みそを動かすだけで大金の入る生活をしていたに違いない。

「あ、このことは内密にね?じゃないと、君のクビが飛んじゃうから。」

「クビ」が免職の方であればまだいいが、生首のニュアンスにも聞こえる。そしてこの人なら俺のものくらい容易く切れそうだ。まさかあれだけ職のために身を滅ぼそうとした俺に、失職の方がマシと思う日がくるとは、人生なにがあるかわからないものである。

 だが、この桝田さんの巨大な権利のおかげでPEACEは活動ができているのだ。そう考えると、平和や正義というものは、ズルも必要なのかもしれない。

 

 壮絶な交渉が終わり、今日は早めに帰れることになった。車で自宅に帰ろうとすると、桃枝から電話がかかってきた。もしかして、帰りも迎えに来いというのかこの小娘は。しかし仕事上、電話に出るしかない。

「もしもし桃枝さん?帰りくらいは自分の足で…」

「高岡さん!!助手席に私のチェンジペンダントない?!ほら!変身するために使うやつ!」

 ああ、ネックレスの形状をした変身アイテムか。しかし、なぜ身に着けていていたら普通はなくさないものをなくすのか。チェンジペンダントは案の定、助手席側のドアポケットに入っていた。

「桃枝さん、あったよ。校門に届ければいい?」

「違う!小学校の近くの絵空通りの方に向かって!」

小学校?桃枝の通う学校とは反対方向だ。それに電話の向こうが騒がしい。

「今っ、敵に追われてるの!!子どもたちが危ないから早く来て!」

 なんと不遇なことに、桃枝は自分が変身できない時に敵と遭遇してしまったらしい。変身できない魔法少女、いや桃枝望愛などただの主人公属性のある女子高生である。

 

 急いで向かっていると、内線で司さんから連絡があった。

「聡志、HOPEから連絡来た通りだけど、絵空通りの山道の方向に進むんだ。そこならどれだけスピード出しても捕まらない。HOPEも誘導する。そこで合流してくれ。」

実際に現場に出た時の司さんの指示は本当に安心できる。俺は右折して山道の方へ向かう。すると、急に空が暗くなり、濃霧に包まれた。

「な、なんだこれ…!!」

 霧のせいで前が見えない。ここはそんなに標高が高くないのにおかしい。俺は窓を開け、上空を見上げる。そこには、巨大な翼の一部が見えた。全長だけでもおそらく100メートルはある。このデカさだと胴体は何キロ先にあるのだ。

「司さん、空にデカい鳥か飛行機がいて、あと霧が濃くて前に進めません!あれはいったい…」

「…聡志!今すぐ窓を閉じろ!それは霧じゃない!バグダストだ!」

「え!?」

バグダスト?この霧が?確かにバグダストの実物は画面越ししか見たことなかったが、こんなわかりにくいものなのか。

「あの、桃枝…HOPEは無事なんですか?子どもたちと生身でここに逃げてたら、もうバグダストを被ってるんじゃ…ゴホゴホっ」

「しっかりしろ聡志!HOPEはまだ無事だが子どもがいる以上、バグダスト区域に来るのは危険だ。車のお前が走ってくれ!お前の場所から俺が運転指示を出す!」

しかし、もう窓を開けて何分か経ってしまったせいか、俺の意識は朦朧としてきた。司さんに応答することすら難しい。こんな状態で濃霧の山道を走れるわけがない。桃枝や子どもたちがバグダストを食らう前に俺が死んじまう。ああ、こうしている間にもバグダストが精神を蝕んで、体が動かない。

「聡志!頼む!正気を取り戻してくれ。HOPEにペンダントを渡してくれ!」

司さんの声も虚しく、俺は気を失った。



「お姉ちゃん、怖いよ。」

「あの鳥なに?それになんか喉がガサガサする。」

 怯えた子どもたちは何の力もない私に縋る。あー、私が遅刻して高岡さんの車にチェンジペンダントなんて忘れてこなければ、今すぐこの霧追っ払えるのに。それに、司さんから高岡さんがバグダストの被害を受けたって聞いたし。他の皆も今向かってるって言ってるけど、たぶんバグダストが多すぎるせいで、こちらに近づけないんだ。それにあの空に浮かんでいる物体、あれは…。

「大丈夫、私の仲間がすぐ助けに来てくれるよ!だからもう少しの我慢だよ!希望を捨てないで!ね!」

 そう、大丈夫。高岡さんは朝も私のピンチに来てくれた。絶対来てくれる。

 私はどんな状況でも希望を描き続ける。



 俺の失った意識の中で、誰かがいる。あれは、少年…昔の俺か。

 少年が真っ青な空に文字を描いている。その目は青く澄んで、きらめいている。濁りの一切ない曇りなき眼である。彼の描く線はどこまでも伸びていき、その限りを知らない。なぜなら青空に限りがないからだ。無限のキャンバスにはみ出しなどありえない。だから少年は無限に線を走らせる。

 対して俺には、もうあの頃の無限なキャンバスはない。あらゆる知識で形どられた空の隅にちょこまかと遠慮して線を引く。

 でも、あの子どもたちの青空だけは守らなければならない。少年少女の夢を描く権利は、大人が保障しなければいけない。希望を切り捨てるには、今恐怖に震えている子どもたちは幼すぎる。

 だから、今すぐ目を開けるんだ。


「届けないと…。ペンダント。魔法少女、変身させないと…!」

俺は取り戻した微かな意識でペンダントを掴み、エンジンをかける。バグダストで掠れた声を振り絞って内線の向こうの司さんに呼びかける。

「司さん、…運転、指示を…」

「よし、ここはずっと直線だ。途中坂道があるが関係ない。俺がストップと言うまで走れ!」

「…っはい!」

 俺は全力でアクセルを踏んだ。メーターはとんでもない数値までヴォルテージする。もう教習所の言ってることなんて気にしてられなかった。小さな軽自動車は購入以降おそらく出したことのない猛スピードで駆け抜ける。

「聡志!ストップだ!」

 司さんの声で俺は急ブレーキを踏む。タイヤが嫌な音を立てる。そして風を切った霧の中に見慣れたツインテールの少女を確認した。

「望愛!受け取れえええっ!!!」

 俺は最後の力を振り絞ってペンダントを影の方向に投げた。すると、光が霧を吹き飛ばし、魔法少女の姿が現れ、空へ舞い上がる。それはまるで、天に帰る天使のようで、降ることをやめた雨のようだった。

青空の想造(スカイドローイング)!!」

そう叫んで、HOPEは曇天に一撃を入れた。空から一筋の陽光が俺たちを照らす。蒼天をバックに地上に降りてくる彼女は身に着けたピンク色のコスチュームとのコントラストで鮮明に見える。

 俺も先ほどまでのバグダストによる憂鬱さは消え、そばにいた子どもたちも無事だった。戻って来たHOPEがこちらに駆け寄る。

「もう高岡さん遅いよ~!本当に危なかったんだから!」

「ごめんごめん。ていうか、こんな大事なもの忘れていく桃枝さんもどうなの。」

「え?え、ああ、うん、そこはご愛敬だよ。」

 効くか、そんなご愛敬。

「ねえ、お姉ちゃん。魔法使えるの?」

「かっこいい!すごい!助けてくれてありがとう、お姉ちゃん!」

 しまった。子どもたちの前で魔法少女の姿にさせてしまった。魔法少女は正体を明かしてはいけないのに、「桃枝望愛」の姿で変身したところをもろ見られてしまった。しかし、そんなことを気にする素振りもなく、桃枝は子どもたちに話しかける。


「もちろんだよ!魔法少女はいつも希望とともにあるからね!」

 

 空に負けない晴れやかな笑顔で微笑みかける桃枝に、子どもたちの顔が一層明るくなる。どんな状況でも、希望を絶やさない。それが彼女のコードネーム「HOPE」にも込められているのだろう。

「魔法少女は希望とともにある…か。」

 そうつぶやいて俺は蒼天を仰いだ。

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