2 世界平和エージェントPEACE
まずいまずい。これは如何せんまずい光景なんじゃないのか。俺も22歳とはいえ、女子高生と二人きりで飲食をするのは気が引けるのだが。
「えっと、このイチゴパフェとチョコレートパフェくださいっ!」
そんな俺の心配をよそに彼女は何の遠慮もなくいいお値段のパフェを二つも頼む。ちなみに一応言っておくがうち一つは俺のものではない。どちらも彼女のものだ。
この経緯にいたるまで2時間前に遡る。
俺が無事だったとはいえ交通事故には変わりない。警察も介入し、俺たちは事情聴取を受けた。俺は正直に道路に飛び込んだことを謝った。限界が来ていたとはいえ、人様に迷惑をかけるのはやはり許されないことだ。警察側も事情を察してくれ、ありがたいことに精神科も紹介してくれた。
問題は彼女の方である。魔法少女もとい穂村明里というこの少女は、俺を助けてくれたとはいえ、トラックという被害を出した。その件でかなり厄介なことに巻き込まれてしまったのだ。そしてもっと厄介なのが、穂村が現役女子高生だったことである。
「穂村さん、学生だったんだ。ごめんね、俺のせいでこんなことに巻き込んで。大丈夫?何か罪に問われたり…」
「気にしないで。慣れてるから大丈夫。あと、私は罪には問われないし。」
一瞬穂村が悪い顔になったのを俺は見逃さなかった。それに、「慣れてる」ってなんだよ。しかし、その時の俺は気にしないことにした。
すると、穂村の腹が鳴った。
「…高岡さん。私、高岡さんを助けたので朝ご飯食べる時間なかったんだよね。」
「え、それ俺のせいなの…?」
「命を助けてもらったお礼と思って、何かおごってくれない?」
というほぼ脅迫のような物乞いで、現在に至る。でも朝ご飯にパフェって…。
「お客様はご注文何になさいますか?」
「ああ、じゃああとドリンクバー二人分で。」
「かしこまりました。」
あのウェイトレスのお姉さんは、パフェを配膳するときにきっと俺の方にチョコレートパフェを置くに違いない。
「え!私の分のドリンクバーもおごってくれるの?」
「今更パフェ二つも頼まれたらドリンクバー代なんてなんとも思わないよ。」
「うっひょ~。さすが大人。」
嬉しそうに、穂村は俺を煽てる。それが発する相手にとって凶器になるとも知らずに。
「俺は穂村さんの思ってるような『大人』じゃないよ。このお金だって、バイトの給料と母親の仕送りが混じったものだし。このスーツも就職活動してるからで…。」
「…ご、ごめん。こっちこそおごられようとして…。」
やっぱりおごられる気満々だったのか。しかしただの学生にこんな形で愚痴ってしまう俺自身も情けないものだ。こちらに気を遣っている穂村を察し、俺は話題を変えた。
「あのさ、穂村さんは本当に、その…魔法少女なの?」
成人男性が「魔法少女」と言葉にするのは本当に背筋がぞわぞわするが、俺はまだそれよりさっきの現象が本当に起こったことなのか信じられずにいた。
「…そうだよ。」
やはり、穂村明里は魔法少女だった。これが何も見ていない者なら女子高生の痛い発言と切り捨てることもできるが、俺は実際にこの目で魔法少女の姿をした穂村を見てしまった以上、肯定するしかない。本当に魔法少女は存在したんだ。
しかし、引っ掛かることはまだある。あの事故現場を見た者は俺だけじゃないはずだ。それに、この穂村の様子からするに別にダークヒーローのように正体を隠しているそぶりもない。なのに、世界がこの事実を共有していないのはあまりにも不可思議である。
「ちなみに、警察にはなんて話したの?ほら、トラックのこととか。」
「ああ、それは…」
「ファイアああああああっ!!ここに居やがったか!」
突然、穏やかな平日の朝のファミレスに怒号が飛ぶ。長身でサングラスをかけたスーツ姿の強面の男性がこちらに向かってくる。てか「ファイア」ってなに?!
「げ」
「ちょっと待って穂村さん。あの人誰?学校の先生?お父さん?…もしかして彼氏?」
穂村はうんともすんとも言わずに固まっている。どう見てもカタギではない方は穂村の襟首を掴んだ。
「てめえ、なんでこんなとこにいるんだ。警察から連絡あったんだぞ!ん、誰だお前。まさか、うちのファイアになんかしたのか!」
「えっ、いや、俺はそんなんじゃないです!」
店内が凍り付く。明らかにうちの卓のパフェを持ったウエイトレスが厨房から一向に出てこない。傍から見れば、修羅場そのものだ。もしかして、この「ファイア」というのは穂村の源氏名で、この男は黒服のボスなのではないか。さっきの魔法少女の姿だってコンセプトカフェの店員としてしまえば合点がいく。そうだとすると、俺は穂村によって救われ、穂村によって命を落とすことになる。
「俺がさっき死にそうになったところを穂村さんが助けてくれて…そのお礼にお茶に誘ったんです。すみません、すみません…。」
「穂村って…おまえファイアの本名も知ってるのか!」
最悪だ。もう喋れば喋るほどこの男の神経を逆なでてしまう。肝心の穂村本人はだんまりを決め込んでいる。この期に及んで俺にすべて擦り付けるというのか、このクソ女!
「穂村、どういうことだ。あれほど言っただろう、俺たち職場の人間以外に、ましてや一般人に素性を明かすなと。」
「だって~」
「だってじゃない!いいか、俺たちが」
どういうことかは知らないが、なんとか男に俺の不憫な事情は伝わったようだ。その空気を察したのか、俺たちの卓に少し溶けたパフェが来た。
「俺は、津山宗次郎と申します。こいつの上司というか、保護者というか。なんと申したらよいか…」
津山さんは先ほどの剣幕とは違い、俺に非がないことが分かった瞬間とても丁寧な対応で話し始めた。これが大人の社会人というものか。
「ファイア…穂村は高岡さんがご覧になった通り弊社に所属している魔法少女です。しかし、このことはどうか内密にしていただきたい。」
「そ、それは大丈夫ですけど…。あの、『弊社』ってどういうことですか?」
津山さんの態度は落ち着いたものの、やはりその容貌を目にすると、先ほどの「穂村明里キャスト説」が信ぴょう性を増す。
「弊社は『世界平和エージェントPEACE』と申しまして、我々の部署では、主に魔法少女の活動をサポートする事業を行っております。魔法少女たちは時に大規模な業務も担いますし、敵からは恨みを買うこともあります。それにこの通り、彼女のような未成年が多数ですのであらゆる危機管理のためにも魔法少女の正体は弊社職員以外には知られないようにしているんです。なのに、こいつは…」
「ごめんって~。」
津山さんの話し方が真っ当なせいで変に納得してしまったが、言っていることは変哲極まりない。魔法少女をサポートする事業?一体どういうことだ。大学在学中の就活中に突飛なことをしているベンチャー企業は何度か見たが、ここまでファンタジーな業務をする企業は見たことがない。しかし、津山さんが言っている通り、魔法少女という存在を俺を含めた社会がこれまで知らなかったのはこの「世界平和エージェントPEACE」のおかげなのかもしれない。それに俺は実際にこの魔法少女に救われた人の一人なのだから、今更この理屈を否定する権利はない。
「じゃあさ、高岡さんうちの事務所に入りなよ。」
「…え?」
イチゴパフェを平らげ、チョコレートパフェを食べ始めた穂村が喋り出す。
「だって、高岡さん今就活中なんでしょ?じゃあ、うちでいいじゃん。」
「ファイア、おまえ急になんて…」
「いい機会じゃん。求人も出せないし、いつも人手不足なんだから。それに高岡さん、もう私たちの存在知っちゃったし。しかも求職中。ほら、これまでにない逸材だよ?津山さん逃していいの?」
俺をよそに議論はどんどん進んでいく。でも、確かにあらゆる企業から祈られまくった俺の就活の現状では有難い話だ。もはやここまで来て食いつかないのは失礼にあたる。でも、こんなふわふわした業務内容を信じてもいいのか。給料はいくらなのか。福利厚生はしっかりしているのか。実はやっぱり闇商売の企業だったりしないか。
しかし、限界ニートの思考回路というものは恐ろしいもので、俺は言葉を発した。
「は、働かせてください。」




