第12話 先輩、プロポーズがしたいです
春の卒業式。
また会えたら結婚しよう、と約束した。
そして、一週間後の入学式。
俺たちは再会した。
彼女は留学を辞め、日本に残った。
跡取りという自分の将来まで賭けて、俺のそばにいることを選んでくれた。
もう曖昧な関係ではいられない。
俺だって彼女の気持ちに応えるべきだ。
全身全霊の全力で。
「――彼女にプロポーズしたいんです!」
俺は拳を握り締め、生徒会室で二人の先輩にそう告げた。
決行の日取りは決まっている。
ちょうど10日後。
その日が優愛の誕生日なのだ。
伝えたいことがあるから時間を作ってほしい、と彼女に頼み、すでに了承ももらっている。しかし、だからこそ俺は悩んでいた。
相手はあの藤崎グループのお嬢様。
並大抵のプロポーズでいいはずがない。
しかも優愛は跡取りの権利を剥奪されるかもしれない条件を飲んでまで、俺の隣にきてくれた。
ちゃんとしたかった。
君に負けないくらいの覚悟がある、と見せたかった。
でも資金も時間も圧倒的に足りない。
その解決策を俺は探している。
生徒会長の三上先輩。
同じく生徒会の如月先輩。
最初は相談なんてしようとは思っていなかったけれど、もしたしたら先輩二人が何か名案をくれるかもしれない。
そう思い、優愛の名前は伏せたまま事情を説明しようとしたら、
「「プ、プロポーズぅ!?」」
思いのほか、驚愕された。
「ま、待て待て、森下っ。お前まだ高1だろ!?」
「そうそう! さすがにプロっ、プロポーズは早いんじゃないかな!?」
分かってる。
俺だって他人からこんな話をされたら同じこと言う。
だけど、出逢ったんだ。
俺は藤崎優愛に出逢ったんだ。
「年齢なんて関係ありません」
ぐっとさらに拳を握り、声を張り上げる。
「俺はあの子と一生を添い遂げたい……っ。この先のどんな道のりも一緒に歩み続けていきたい! その誓いを、その想いを、全力で伝えたいんだ! 誰かを本気で愛することに早過ぎることなんてありませんッ!」
俺の声が生徒会室に木霊した。
自分でも恥ずかしいことを言っていると思う。
でも一度、口に出したら止まらなかった。
如月先輩は『すごいの見ちゃった』という顔で「はわわわっ」と動揺している。
一方、三上会長はなぜか凪が訪れたように押し黙っていた。
沈黙が続く。
前髪に隠れて表情は見えない。
しかしふいにその唇がつり上がった。
会長は勢いよく自分の膝をパンッと叩く。
「――気に入ったッ!」
呵々大笑し、身を乗り出してくる。
「お前は正しい! 惚れた女を一生懸けて幸せにする! それが男だ! 森下真広、俺はお前を気に入った。任せとけ、俺の持ち得る力のすべてを駆使して、お前のプロポーズを応援してやる!」
三上会長の言葉に俺は目を見開く。
心底驚いた。
笑われたって仕方ないことだと思ってた。
なのに、この人は俺の言葉を正面から受け止めて、しかも全力で応援すると言ってくれた。
こんな人がいるなんて思わなかった。
「ちょ、ちょっとちょっと奏太っ、落ち着いてってば!」
如月先輩が会長の袖をぶんぶん引っ張る。
「いっつもそうだけど、頑張る男の子を応援する時、なんでそうやって常識のラインを軽々越えちゃうの!? 森下くんはまだ一年生だよ? プ、プロポーズはいくらなんでも早過ぎるでしょっ」
「早くなんてない。真広の覚悟は本物だ」
「もう名前呼びになってるし! 一気に身内認定になってるし!」
「むしろ高校生でプロポーズなんて普通だろ?」
「早くも常識書き換え始めちゃったし! 頑張る身内に甘過ぎだし!」
「そもそもな、俺だってタイミング次第でいつでもお前にプロポーズする気だぞ?」
「さらっとものすごいこと言っちゃってるしーっ!? ええっ、ちょ、ちょ――っ!」
如月先輩が一瞬で真っ赤になった。
動揺がゲージが振り切っていて、とてつもなくオロオロしている。
至近距離で向かい合っている、三上会長と如月先輩。
そんな二人を見ていて、ふいに脳裏をよぎるものがあった。
なぜか思い出したのは、俺がこの彩峰高校を選んだ理由。
きっかけは流行りの動画を観たことだった。
ある時、この学校の屋上で男子生徒が公開告白をした。
結果は大成功。相手の女子生徒は告白を受け入れ、二人は全校生徒の前で公開キスまでやってのけた。
その動画を観て、優愛と付き合う前の俺は思ったのだ。
ああ、俺も高校で彼女を作れたらいいなぁ、と。
どうして今、そんなことを思い出しのだろう。
自問すると同時、目の前の光景を凝視して、俺は眉を寄せた。
……ん?
……んん?
なんかこの絵面に見覚えがある気がした。
ちょっと目つきの悪い男子生徒。
圧倒されるほど美人な黒髪の女子生徒。
「あ……っ」
思わずソファーから腰を浮かせた。
動画の画質がそこまで鮮明じゃなかったから、今まで気づかなかった。
でも間違いない。
俺がこの高校を受けるきっかけになった、動画のカップル。
学校の屋上を恋愛の聖地にした、伝説の二人。
激しく仰け反り、俺は心のなかで叫んだ。
あれって、この人たちだ――っ!
「ん? どうした、真広?」
俺の様子に気づいて、三上会長が首をかしげる。
その横で如月先輩は真っ赤な顔でぷるぷるし、フリーズしたまま。
確かめたい気持ちを抑えきれず、俺は尋ねる。
「あの、先輩たちって……」
恐る恐る二人を窺いながら。
「キス動画を拡散させたことってあります?」
「「――っ!?」」
瞬間、二人は黒歴史を掘り起こされたかのように頭を抱えた。
あ、どうやらビンゴっぽい。
がっくりと落ち込む三上会長。
「撮られてるのは気づいてたんだ……。でもまさかそれが拡散して、あちこちで流行って、町行く中学生からしょっちゅうサインを求められるほどになるとは思わないだろ……っ、どうしてこうなった」
如月先輩は震えながら悶絶している。
「あ、あれはあたしも若気の至りで~! 今思えばさすがにテンション上がり過ぎっちゃってたって反省してるしーっ」
……ああ、そういえば動画では如月先輩の方からキスしていた。
凄まじい度胸だなと思ってたけど、本人的には反省してるらしい。
如月先輩が涙目でテーブルに身を乗り出してくる。
「森下くんっ、ゆーちゃんには言わないでね! ぜったい言わないでね! 動画のことはないしょだからねっ」
「いや優愛も動画のことは知ってますよ? 如月先輩たちだとはたぶん気づいてないでしょうけど、たぶん時間の問題……って、え?」
なんか今、おかしなやり取りがあった気がする。
一瞬考え、直後に愕然とした。
「なんで俺が優愛と知り合いだって知ってるんですか!?」
「え、知ってるよ? だってゆーちゃん、いつも森下くんの話してるもん」
「名前聞いた瞬間に分かったぞ。ああ、こいつが藤崎の言ってた森下か、って。お前のプロポーズしたい相手って藤崎だろ?」
「いや!? そのっ、えーと……っ」
言葉が出ない。
これはマズい。いや先輩たちの性格を考えると、もうマズくはない気もするけど、とっさになんて言ったらいいか分からない。
「それよりゆーちゃんにはないしょねっ。約束ねっ。ゆーちゃん、すごい真面目だから動画のことに気づいちゃったら、あたしの清楚で可憐で慎ましやかな先輩のイメージがががが!」
「震えるな震えるな。っていうか、藤崎の奴、お前にそんなイメージ抱いてるか……? あ、それより真広、サイン書いてやろうか? もう百枚以上書いてるから、俺だいぶ上手いぞ? ははははは」
「会長、目がっ、目が死んでますよ……!? それより優愛のことなんですけど、事情があって本気で生徒会長を目指してるんです! 俺、プロポーズするってちょっと常識外れのこと言っちゃいましたけど、優愛本人はまともで真面目で仕事もできる人間なんです。だからちゃんと彼女本人の適正を見てあげて下さい。どうかお願いします!」
三者三様にテンパっていた。
如月先輩は涙目でガタガタと震えて。
三上会長は死んだ目でサインを書き始めて。
俺はお代官様に土下座する町民のような勢いで拝み倒す。
そんななか、突然ガチャガチャと鍵の回る音が響き、生徒会室の扉が開いた。
現れたのは書類の束を抱えた、優愛。
「ちょっと、なんで鍵なんて掛けてるんですか?」
明るい色の髪をなびかせ、堂々と生徒会室に入ってくる。
「あ、まさかまた二人でイチャイチャしてるんじゃないでしょうね? 生徒の模範になるべき会長が生徒会室でそんなことしてるの、わたし許しませんよ。唯花さんもです。こんなこと言うのは気が引けますけど、会長に甘えて奔放になるのは程々に……って、真広?」
優愛がぱちくりと目を瞬く。
その瞳に映っているのは。
生まれたての小鹿のように震えている如月先輩。
無心でサイン製造機になっている三上会長。
そんな二人を称えるかのように拝んでいる俺。
「えーと……」
優愛は思いっきり戸惑った顔で首をかしげた。
「なにこのカオス?」
ごもっともな感想だった。




