第九話 ミサイル誤射
**医師からしばらく飛行禁止を言い渡されたため――**
その日、コートは一人で格納庫に残り、スーパーホーネットの整備と各種システムの調整を行っていた。
アカシが淡々と告げる。
**『本日は兵装システムのキャリブレーションを実施します。』**
**『モードが「TEST」であることを確認してください。』**
「了解。」
コートは点検チェックリストを手に取り、一項目ずつ確認していく。
「ウェポン・コントロール・システム……正常。」
「AIM-9X回路……正常。」
「発射回路……正常。」
そう呟くと、彼女はスイッチを次の位置へ切り替えた。
**カチッ。**
開いたチェックリストへ目を落としながら、スイッチをちらりと確認する。
「よし、TEST。」
しかし――
指先がわずかにずれていた。
スイッチは実際には**TESTではなく、『ARM』**の位置で止まっていた。
それに、コートはまったく気づいていない。
彼女はそのままチェックリストを読み進める。
**Weapon Release:Press**
「次は……発射ボタンを押す。」
何の疑いもなく、彼女はボタンを押した。
**ピ――――ッ。**
コートは小さく首をかしげる。
「……ん?」
「おかしいな。TESTなら――」
**ドォォォォォンッ!!**
「……え?」
次の瞬間。
一発のサイドワインダー・ミサイルが発射された。
轟音とともに格納庫の大扉を突き破り、大穴を開ける。
――そして。
**ゴゴゴゴゴッ!!**
炎が一気に燃え広がった。
同時に警報が鳴り響く。
**『火災発生! 火災発生!』**
「きゃあああああっ!! やっちゃったぁぁぁ!!」
コートは真っ青な顔で辺りを見回す。
「消火器! 消火器! 消火器ぃ!!」
慌てて走り回りながら必死に探す。
「わあああっ!! 見つからないよぉ――!!」
その時、彼女は何かを思い出したように目を輝かせた。
「そうだ!」
「具現化能力で消火器を出せば――!」
一瞬、動きが止まる。
「…………」
「違うっ!!」
「その能力、上尉のだったぁぁぁ――!!」
コートは頭を抱えて絶叫した。
「もうっ! こんな時に限って、あの人いないんだからぁ!!」
その場で慌ててくるりと一回転する。
「水! 水! 水!」
彼女は部屋の隅へ駆け寄り、バケツをひったくった。
「お願いだから効いてぇ!!」
**バシャァッ!!**
勢いよく水を浴びせる。
炎は一瞬だけ白い煙を上げた。
だが次の瞬間には、さらに勢いを増して燃え上がる。
「この程度じゃ全然足りないよぉぉぉ――!!」
「アカシ! 助けてぇ!!」
アカシはいつも通り感情のない声で答えた。
**『その場で五分間待機してください。』**
「どういう意味なの、それぇ!?」
爆発音は格納庫周辺にも響き渡っていた。
「今の爆発は何だ!? 敵襲か!?」
「格納庫が燃えてるぞ!」
近くにいた整備員たちはすぐさま消火器を手に駆け出す。
「火事だ!!」
「消防班を呼べ!!」
――五分後。
消防班が格納庫へ突入する。
隊長が声を張り上げた。
「中にまだ人がいるぞ!」
そして――
隊長は一瞬だけ状況を確認すると、迷うことなく叫んだ。
「放水砲、起動!」
次の瞬間――
**ドォォォォォッ!!**
格納庫天井の消防放水システムが作動。
凄まじい勢いの大量の消火水が格納庫内へ一斉に降り注いだ。
スーパーホーネットの上に立っていたコートは、必死に手を振る。
「ま、待ってーーっ! まだ私が中にいるんですけどーー!!」
**ザバァァァァァァッ!!**
返事よりも早く、激流が彼女を飲み込んだ。
「きゃああああぁぁぁーーっ!!」
コートはそのまま勢いよく機体から流され、豪快にひっくり返る。
数分後――
火は完全に消し止められていた。
消防隊員が敬礼する。
「報告! 火勢は完全に鎮圧しました!」
別の隊員も続けて報告する。
「報告! 人員もあわせて制圧しました!」
「制圧って何それぇぇぇ……」
コートは全身びしょ濡れのまま床にへたり込んでいた。
制服からは水が滴り落ち、髪の先からもぽたぽたと雫が垂れている。
その姿は、まさに水を浴びた子犬そのものだった。
そこへ騒ぎを聞きつけたカイルがゆっくりと姿を現す。
びしょ濡れになったコートを見下ろし、しばらく無言。
そして、ため息をひとつついてから、静かに口を開いた。
「……お前、一体何をやったんだ?」
コートは肩をすくめ、うつむいたまま人差し指同士をつんつんと突き合わせる。
「その……ボタンを一つ……押し間違えただけです……」
「コート……また兵装システムを適当にいじったんじゃないだろうな?」
そう言われた瞬間、コートはぶんぶんと首を横に振る。
「ち、違います!」
カイルは冷ややかな視線を向ける。
「じゃあ、ミサイルに足が生えて勝手に飛んでいったのか?」
「そ、それは……」
コートは慌てて言い訳を探し、ぱっと顔を上げた。
「そ、そうです! 急に勝手に発射されたんです!」
「きっとアカシが安全装置をちゃんと掛けてなかったんですよ!」
その瞬間。
格納庫に、聞き慣れた無機質なシステム音声が響く。
**『否定。』**
**『本システムの兵装安全装置は正常に動作しています。』**
**『記録を確認。』**
**『操作者、コート・ウィルソン。』**
**『モードをTESTからARMへ手動で切り替えました。』**
**『その後、Weapon Releaseを押下。』**
**『判定――人的操作ミスです。』**
「…………」
コートはその場で完全に固まった。
まるで石像になったかのように動かない。
数秒後。
ギギギ……という効果音が聞こえてきそうなほどぎこちなく、ゆっくりと顔を横へ逸らす。
「…………」
カイルは腕を組んだまま問いかける。
「……まだ何か弁解はあるか?」
「…………」
沈黙。
三秒。
コートは真顔のまま、すっと人差し指を一本立てた。
「ボタンが壊れてないか確認したかっただけです。」
カイルの額に青筋が浮かぶ。
「実弾で確認する奴があるか!」
コートは肩をすくめ、小さく身を縮める。
「だ、だって……本当に飛ぶなんて思わなかったんですもん……」
アカシが静かな電子音声で補足する。
**『補足。』**
**『発射三秒前より、警告画面を四回連続で表示。』**
**『"LIVE WEAPON"』**
**『"LIVE WEAPON"』**
**『"LIVE WEAPON"』**
**『"LIVE WEAPON"』**
「…………」
コートの顔がみるみる真っ赤になる。
小さな声でぼそりと呟いた。
「……見てませんでした。」
カイルは眉をひそめる。
「お前、いったいどこ見てたんだ?」
コートは気まずそうに目を逸らしながら答える。
「……ボタンです。」
その返事に、カイルは二秒ほど完全に無言になった。
そして――
無言のまま手を伸ばし、
コートの耳をぐいっとつまみ上げる。
「いだだだだだだっ!!」
「痛い痛い痛いっ!! やめてください、上尉ぃぃぃ!!」
カイルは容赦なく耳を引っ張る。
「ちゃんと反省しろ。」
「た、たったサイドワインダー一発を誤射しただけじゃないですかぁ! いたたたたっ!!」
「『だけ』で済む問題じゃない。」
「ご、ごめんなさい! 本当にごめんなさいっ!! もう二度としませんからぁぁぁ!!」
コートは涙目になりながら必死に謝るのだった。
カイルはため息をつくと、腕を組んだまま静かに告げた。
「処罰を言い渡す。」
コートはびくりと肩を震わせる。
「これから三日間――」
わずかな間を置いて、カイルは宣告した。
「ゲーム禁止だ。」
その一言は、サイドワインダーの爆発よりもはるかに大きな衝撃となってコートに突き刺さった。
「……え?」
一瞬、時が止まる。
次の瞬間。
「な、なんですってぇぇぇぇぇぇっ!?」
コートは雷に打たれたような表情になり、その場にがくりと膝をついた。
信じられないというように震える声で聞き返す。
「ゲーム禁止……三日間……!?」
その瞳からは、今にも魂が抜けてしまいそうだった。
「……え?」
コートは呆然と目を瞬かせた。
「ま、待ってください!」
「それって……!」
彼女は勢いよく顔を上げる。
「反省文を書くより重い罰じゃないですかぁぁぁ!!」
叫んだ次の瞬間。
コートは涙目のままカイルに飛びつき、そのままぎゅっと抱きついた。
「やだぁぁぁ!!」
「ゲーム禁止だけは嫌ですぅぅぅ!!」
「お願いです! それだけは勘弁してください!!」
突然抱きつかれたカイルは完全に面食らう。
「お、おい!」
「いきなり抱きついて泣くな!」
必死に引き離そうとするが、コートはしがみついて離れない。
「お願いぃぃぃ! 三日なんて長すぎますぅぅぅ!!」
「俺の服がびしょ濡れになるだろ!」
コートは消防放水を全身に浴びたせいで、制服はまだ水をぽたぽたと滴らせていた。
抱きつかれたカイルの制服も、あっという間にぐっしょりと濡れていく。
「そんなのどうでもいいですぅぅぅ!!」
「私のゲーム人生のほうが大事件なんですぅぅぅ!!」
カイルは額に手を当て、大きくため息をついた。
「……まったく、誰のせいだと思ってるんだ。」
カイルはようやくコートを引き離した。
びしょ濡れになった制服を軽く整え、小さく息をつく。
「この程度の処分で済んだだけでも軽いほうだ。」
コートはうつむいたまま、小さな声で答えた。
「……分かってます。」
唇をぎゅっと噛みしめる。
「もし本当に誰かに当たっていたら……」
「私は、一生後悔してたと思います。」
数秒の沈黙。
そして彼女はゆっくりと頭を下げ、深々と一礼した。
「……ごめんなさい。」
しばらく静寂が流れる。
だが――
コートは恐る恐る顔を上げた。
「でも……」
「ゲーム三日禁止は、やっぱり重すぎますぅぅぅ――!!」
カイルは思わず深いため息をつく。
そして焼け焦げた格納庫へ視線を向けると、その表情は先ほどまでの呆れ顔とは違い、軍人としての真剣なものへ変わっていた。
「幸い、今回は誰も怪我をしなかった。」
「だが、もし誤射で誰かが死傷していたら、ゲーム禁止三日どころの話じゃない。」
「俺たちは今の立場が特殊だからこそ、この程度で済んでいる。」
「普通なら軍法会議にかけられてもおかしくない案件だ。」
「だから処分は必要だ。そうでなければ、俺も上官に説明がつかない。」
カイルは少し間を置いて続ける。
「それに、スーパーホーネットの弾薬は極めて貴重だ。」
「二度と無駄撃ちはするな。」
そう言い残し、彼は背を向けて歩き出した。
格納庫にはコートだけが残される。
その場で力が抜けるように、ぺたんと床へ座り込んだ。
瞳から光が消え、まるで魂が抜けてしまったかのようだ。
「私の人生……もう希望がない……」
ぼそぼそと独り言をこぼし始める。
「ふん……たかがミサイル一発じゃん……」
「どうせ上尉が具現化したものなんだから……」
「お金だってかからないのに……」
その呟きは、前を歩いていたカイルの耳にしっかり届いていた。
ピクリ。
額に青筋が浮かぶ。
カイルはゆっくりと振り返った。
「……お前。」
低い声が格納庫に響く。
「本当に反省してるのか?」
コートの肩がびくりと震える。
「問題は金じゃない。」
「具現化にもエネルギーを消費する。」
「それに、ミサイルは格納庫を吹き飛ばすための玩具じゃない。」
カイルはきっぱりと言い放つ。
「これ以上口答えするなら――」
「ゲーム禁止、一週間に延長だ。」
その瞬間。
コートは全身をびくっと震わせた。
首をすくめ、慌てて背筋を伸ばす。
「……はい。」
肩を小さく縮めたその姿は、まるで叱られてしょんぼりしている子猫のようで、もう一言も反論しようとはしなかった。




