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黑鴉  作者: 大鳳
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第一章 燃え上がる真珠湾

時は二〇二六年十二月六日。


場所――ハワイ沖。


現地時間、午前〇時。


一機のアメリカ海軍 F/A-18F スーパーホーネット が、通常の洋上訓練任務に就いていた。


任務内容は以下のとおりである。


・洋上航法訓練

・夜間飛行訓練

・複座連携戦闘訓練

・AIM-120模擬射撃訓練

・対空戦闘演習


操縦席に座るのは、アメリカ海軍大尉 カイル・マイスター。コールサインは**「スリーピング・デビル」**。


後席には兵装システム士官(WSO)のコート・ウィルソン少尉が搭乗していた。


二人が操る機体は、最新鋭艦上戦闘攻撃機――


F/A-18F スーパーホーネット。


訓練飛行は順調に進んでいた。


しかし、それまで快晴だった空に、突如として巨大な暗雲が渦を巻くように広がり始める。


レーダーにノイズ。


GPS測位不能。


通信途絶。


カイルは眉をひそめた。


「おかしい……」


「今日のハワイに嵐の予報は出ていなかったはずだ。」


コートは直ちにシステムを確認する。


「大尉。」


「すべての航法信号を喪失しました。」


「AWACSとも通信できません。」


カイルは冗談交じりに笑った。


「お前が壊したんじゃないのか?」


コートは呆れたように返す。


「こんな状況で冗談を言ってる場合ですか!」


その時だった。


前方に、誰も見たことのない巨大な積乱雲が形成される。


稲妻は白ではない。


妖しく輝く青白い閃光だった。


カイルは即座に操縦桿を引く。


アフターバーナー全開。


機首を上げ、一気に雲を突き抜けようとする。


だが――


機体は何かに掴まれたかのように動かない。


まったく離脱できなかった。


次の瞬間。


F/A-18Fは巨大な雷光に飲み込まれた。


その刹那、カイルの脳内へ無機質な声が響く。


【祝福完了】


【能力『幻想具現化』を獲得しました】


「……何だ?」


「今の声は……。」


「少尉、お前も何か聞こえたか?」


同じ頃、コートの脳内にも別の声が響く。


【祝福完了】


【能力『全域感知』を獲得しました】


「報告します、大尉!」


「私にも聞こえました!」


「『祝福』とか『全域感知』とか言ってましたけど、何のことかまったく分かりません!」


数十秒後。


戦闘機は暴風雲を突き抜けた。


コックピットに残るのは、エンジンの重低音だけだった。


やがて視界が開ける。


カイルは顔を上げ、思わず息を呑んだ。


背後では、自分たちを飲み込んだ雷雲がなお激しく渦を巻き、青白い稲妻を放っている。


しかし前方には、まるで別世界が広がっていた。


暴風の外は、雲一つない快晴。


夜の海は静寂に包まれ、その先――東の水平線だけが、ゆっくりと白み始めていた。


それは、つい先ほどまで真昼だった空ではあり得ない景色だった。


カイルは暴風へ突入する直前を思い返す。


確か、まだ正午だった。


それなのに雲を抜けた瞬間、世界は夜明けへと変わっていた。


「……俺たち、地球の裏側まで飛んできたのか?」


二人は反射的に計器を確認する。


カイルはHUDを走査した。


油圧正常。


エンジン正常。


フライトコントロール正常。


コートも各システムを高速でチェックする。


電子音が鳴り響く。


IFF――応答なし。


GPS――測位不能。


Link 16――通信断。


AWACS――交信不能。


戦場情報ディスプレイには、機載レーダーだけが残されていた。


コートは静かに息を吸う。


「大尉。」


「艦隊との通信が完全に途絶しました。」


その瞬間。


再び彼女の脳内へ、冷たい電子音が響く。


【『全域感知』起動】


【警告】


【機体直下二〇〇〇フィート】


【多数の目標を探知】


【推定数:約一八〇】


【目標解析中……】


【判定――航空機】

コートは驚愕すると同時に、強い戸惑いを覚えた。


「待って……。」


「今の声は何? 一体、誰が話してるの?」


カイルは慌てて振り返る。


「どうした、少尉!」


「何か聞こえたのか?」


コートは、脳内で響いた電子音の内容を一字一句そのまま伝えた。


カイルは首をかしげる。


「機体の真下二〇〇〇フィート?」


「神様でも教えてくれたのか?」


「分かりません!」


「誰かが頭の中で直接話しかけてくるみたいなんです!」


カイルはためらうことなくF/A-18Fを右へロールさせ、そのまま機首を下げる。


高度は一気に低下した。


「見れば分かる!」


機体が雲を突き抜けた、その瞬間――


眼下に広がる光景を目にし、二人は同時に息を呑んだ。


日の丸を描いた無数の航空機が、大編隊を組んで飛行している。


ジェットエンジンの排気炎も、吸気口も存在しない。


機首では巨大なプロペラが轟音を響かせながら高速回転し、分厚い主翼とリベットだらけの金属製胴体が朝日に照らされていた。


その姿は、歴史の教科書でしか見たことのない旧時代の航空機そのものだった。


「……あれって、プロペラ戦闘機?」


コートは目を見開き、信じられないものを見るようにつぶやく。


博物館の展示機ではない。


航空ショーの再現飛行でもない。


そこにいたのは、実戦へ向かう本物の航空隊だった。


カイルは思わず声を上げる。


「真珠湾の記念飛行イベントか?」


「軍もずいぶん本気だな!」


しかしコートはすぐに否定する。


「そんな歴史再現イベント、今年開催されるなんて聞いてません!」


カイルは操縦桿をわずかに前へ倒した。


「近づいて確認する。」


F/A-18Fは速度を時速七〇〇キロまで落とし、日本機編隊へ約五〇〇メートルまで接近する。


その直後だった。


数機の零式艦上戦闘機が編隊を離脱し、一直線にこちらへ向かってくる。


二人が状況を理解するより早く――


敵が先に発砲した。


「本気かよ!?」


カイルは機首を引き起こし、一気に二〇〇〇フィート上空まで急上昇した。


その間にも、コートは必死に無線を開く。


「こちらアメリカ海軍F/A-18。不明機、応答願います。所属および飛行目的を明らかにしてください。」


……応答なし。


「母艦、こちらスリーピング・デビル。応答願います。」


……応答なし。


「AWACS、こちらスリーピング・デビル。応答願います。」


……応答なし。


「管制センター、こちらスリーピング・デビル。応答願います。」


……応答なし。


コートは静かに報告した。


「大尉、不明機から応答はありません。」


「それに、味方部隊とも一切通信できません。」


カイルは思わず目を見開く。


「……一体、何が起きてる?」


GPSが使えない今、彼は眼下を飛ぶ大編隊を見つめながら嫌な予感を覚えていた。


その進路は、ハワイ。


そして、その先には真珠湾がある。


「大尉!」


コートが叫ぶ。


「真珠湾とも通信できません!」


カイルはアフターバーナーを点火し、一気に機首をハワイへ向けた。


「周波数が違うだけかもしれない。」


「あるいは無線機の故障だ。」


「とにかく真珠湾上空まで行って、状況を確認する。」


高度九八〇〇フィート。


真珠湾上空へ進入したコートは、偵察ポッドの映像を確認する。


「大尉。」


「偵察システムでは港内に多数の活動目標を確認しています。」


「ですが……様子がおかしいんです。」


「何が?」


「停泊している艦艇のほとんどが旧式戦艦です。それに……」


彼女は言葉を切る。


「飛行場に並んでいる航空機も、すべてプロペラ機です。」


カイルは眉をひそめた。


「旧式だと?」


「博物館の展示機じゃないのか?」


コートは首を横に振る。


「違います。」


「数が多すぎます。それに、どれも実戦配備状態に見えます。」


「展示機には、とても見えません。」


カイルは遠くを見据えた。


その表情から、次第に余裕が消えていく。


「映像を拡大してくれ。」


「了解。」


コートは素早く光学・赤外線偵察システムの映像を拡大した。


モニターに映し出されたのは、港内へ整然と停泊する戦艦群。


巨大な三連装主砲。


高くそびえるマスト。


特徴的な籠マスト。


そして甲板に所狭しと並ぶ無数のプロペラ機。


そのどれもが、現代の海軍基地では決して見ることのない光景だった。


カイルは息を呑む。


「この戦艦……。」


「少なくとも七十年から八十年前の設計だ。」


二人が答えを見つけられずにいる、その時だった。


再びコートの脳内へ、あの無機質な電子音が響く。


同時に、視界の右側へ半透明の青いHUDが展開された。


【警告】


【大規模航空編隊を探知】


【方位:北】


【距離:12キロ】


【機数:183】


【到達予測時間:5分】


コートは思わずその内容を読み上げる。


すると、ほぼ同時に機載レーダーが反応した。


レーダースクリーンには百を超える光点が一斉に表示される。


すべて低高度を高速で接近中だった。


カイルは複雑な表情を浮かべる。


「……もし俺の予想が正しければ。」


「俺たちは一九四一年へ飛ばされたのかもしれない。」


コートは目を見開いた。


「時空を超えたっていうんですか!?」


「そんな映画みたいな話、本当に……?」


だが口では否定しながらも、彼女は冷静に状況を整理し始めていた。


暴風を抜けた直後から、誰とも通信できない。


GPSは機能停止。


日の丸を掲げた航空隊。


港内に並ぶ旧式戦艦。


そのすべてが、一つの結論を指し示していた。


――一九四一年十二月七日。


――真珠湾攻撃当日。


カイルは静かに言う。


「もし本当に過去へ来たのなら……。」


「この後、何が起こるかは分かっているはずだ。」


コートは力強くうなずいた。


「もちろんです。」


真珠湾は炎に包まれる。


数千人もの命が失われる。


アメリカは参戦し、


第二次世界大戦は世界の運命を大きく変えていく。


カイルはHUDを見つめたまま続ける。


「俺たちのF/A-18Fには、現代の技術がある。」


「超音速飛行。」


「長距離探知レーダー。」


「空対空ミサイル。」


「電子戦システム……。」


そこまで言ったところで、コートが彼の言葉を遮った。


「大尉……。」


「まさか、歴史に介入するつもりなんですか?」


カイルは答えない。


彼自身も理解していた。


搭載弾薬には限りがある。


燃料も無限ではない。


そして何より――


真珠湾攻撃の歴史を変えた先に、どんな未来が待つのか。


誰にも分からない。


短い沈黙のあと、カイルは静かに命じた。


「少尉。」


「先頭機を優先ロック。」


その瞬間。


レーダーが目標を捕捉した。


HUDには緑色のターゲットボックスが表示され、日本海軍の九七式艦上攻撃機を正確に捉える。


あとは発射ボタンを押すだけ。


一発のAIM-120 AMRAAMが、数秒後には目標を撃墜する。


コートの親指は発射ボタンの上で止まった。


「……本当に、歴史へ介入するんですか?」


カイルの脳裏では、二つの思考が激しくぶつかり合う。


撃て。


今なら真珠湾攻撃を阻止できる。


自分はこの時代より八十年以上先の兵器を持っている。


最初の一機を落とせば、戦争そのものを変えられるかもしれない。


しかし、もう一つの声が囁く。


撃つな。


歴史には歴史の流れがある。


今日を書き換えた先に、どんな未来が待つのか誰にも分からない。


真珠湾を救えたとしても、


もっと恐ろしい未来を招くかもしれない。


コックピットには、レーダーのロックオン警報だけが響いていた。


ピッ……ピッ……ピッ……。


コートは急かさない。


右手を兵装コントロールスティックへ添え、


親指を発射ボタンに置いたまま、


ただ命令を待つ。


数秒後。


彼女はついに口を開いた。


「大尉。」


「……本当に撃つんですか?」


カイルは答えなかった。


視線はHUDの中央から一度も離れない。


その耳元で、まるで誰かが囁く。


お前はアメリカ海軍士官だ。


仲間を守ることこそ、お前の使命だ。


しかし、別の声も響く。


だが、お前は未来から来た人間でもある。


引き金を引けば、変わるのは今日だけではない。世界そのものだ。


カイルはゆっくりと目を閉じる。


そして再び目を開いた時、


そこに迷いはなかった。


残っていたのは、一人のアメリカ海軍士官としての覚悟だけだった。


彼は深く息を吸い込む。


「歴史なんて、知ったことか。」


「俺は仲間が目の前で死ぬのを黙って見ていられる人間じゃない。」


「この時代を生きる人たちにとって、昨日こそが歴史なんだ。」


カイルは歯を食いしばり、スロットルを一気に押し込む。


アフターバーナーが轟音を上げ、


スーパーホーネットは一瞬で加速した。


「少尉。」


その声は驚くほど静かだった。


「撃て。」


コートは一瞬たりとも迷わない。


「Roger.」


カイルは眼前に広がる日本海軍第一波攻撃隊を見据え、静かに、しかし力強く告げた。


「今日――」


「俺たちは、真珠湾を救う。」


コートは口元に笑みを浮かべた。


「FOX THREE!」


機体下面から放たれたAIM-120 AMRAAMは、眩い噴炎を引きながら一直線に飛翔する。


狙うは、日本海軍第一波攻撃隊の先頭を飛ぶ九七式艦上攻撃機。


その瞬間――


歴史は動き始めた。


遠方。


夜明けの水平線から、日本海軍第一波攻撃隊が黒い波のように姿を現す。


先頭を飛ぶのは護衛の零式艦上戦闘機。


その後方では九七式艦上攻撃機が海面すれすれを飛行し、魚雷投下の機会をうかがっている。


さらに上空では九九式艦上爆撃機が高度を上げ、急降下爆撃の態勢へ入っていた。


カイルは眼前に広がる光景を静かに見つめる。


歴史として何度も学んだ光景。


しかし、実際にその場へ立つと胸の奥は激しく波打っていた。


その時――


ドォォンッ!!


突如、日本軍編隊の最前列で巨大な火球が炸裂した。


先頭を飛んでいた九七式艦上攻撃機が空中で爆散する。


機体は一瞬で四散し、燃え盛る残骸が黒煙を引きながら海面へ墜落していった。


「敵襲だ!」


「敵機だ!」


日本軍編隊は一瞬で混乱に陥る。


誰も状況を理解できない。


対空砲火は存在しない。


アメリカ軍戦闘機の姿もない。


それなのに、先頭機だけが何もない空中で爆発したのだ。


理解が追いつかない。


その直後――


一筋の灰色の機影が流星のように空を切り裂いた。


ゴォォォォォン!!


零戦を遥かに上回る速度で、一機の見たこともない大型戦闘機が編隊正面を横切る。


衝撃波が周囲の空気を揺らし、発生したソニックブームによって何機もの日本機が機体を大きく乱した。


操縦士たちは機体を立て直すので精一杯だった。


「あれは何だ!?」


正体を見極める暇すらない。


その機首から猛烈な火線が噴き出した。


二十ミリ機関砲弾が豪雨のように空を薙ぎ払う。


数機の九九式艦上爆撃機が次々と被弾した。


主翼は粉々に引き裂かれ、


エンジンは火を噴き、


黒煙を引きながら海へ落ちていく。


「何だ、あの飛行機は!?」


「アメリカ軍の新型機か!?」


「あり得ん! そんな機体は情報にない!」


無線は悲鳴と怒号で埋め尽くされた。


誰一人として見たことがない。


あれほどの速度も。


あれほどの火力も。


「護衛隊!」


「あの敵機を迎撃しろ!」


数機の零式艦上戦闘機が急上昇し、全速力で謎の戦闘機を追う。


一方、残る九七式艦攻と九九式艦爆は隊形を維持したまま、真珠湾へ向けて進撃を続けた。


その頃――


真珠湾。


けたたましい警報が、静かな早朝を切り裂いた。


ウーーーーーーッ!!


艦内で休息していたアメリカ海軍将兵たちは一斉に飛び起きる。


先ほど上空で発生した戦闘が基地を騒然とさせていた。


軍服を着る暇もなく甲板へ飛び出す者もいる。


見上げた空には、無数の航空機。


誰も知らなかった。


数分後、この港が地獄へ変わることを。


日本軍第一波攻撃隊は予定どおり攻撃コースへ進入する。


九七式艦攻は高度を下げ、


魚雷の安全装置を解除。


九九式艦爆は高度を取り、


急降下爆撃の準備へ入る。


零戦は飛行場制圧のため基地へ向かっていった。


淵田美津雄は深く息を吸い込む。


無線機の送信スイッチを押し、


何度も訓練で繰り返した暗号を力強く叫んだ。


「ト――!」


眼下には無防備な真珠湾。


彼は小さく笑みを浮かべる。


「ト――!」


全機が武装を解除。


機銃装填。


爆弾投下準備。


魚雷発射準備。


そして最後の一文字が艦隊全体へ響き渡る。


「トラ! トラ! トラ!」


奇襲成功。


その合図だった。


次の瞬間。


零戦が真っ先に急降下を開始する。


九七式艦攻は海面すれすれを飛び、


港内へ侵入。


九九式艦爆は機首を真下へ向け、戦艦へ向かって降下を始めた。


ほぼ同時刻。


オアフ島各地から悲鳴が上がる。


「飛行機だ!」


「ものすごい数だ!」


兵士たちが空を見上げた、その瞬間。


数機の零戦が低空で頭上をかすめた。


ダダダダダダダッ!!


機銃掃射。


兵舎で眠っていた兵士たちは飛び起きる。


弾丸は駐機場を薙ぎ払い、


窓ガラスが砕け散る。


並んでいたP-40戦闘機には火花が飛び散った。


兵士たちは地面へ伏せる。


「敵襲!」


「日本軍だ!」


「急いで退避しろ!」


基地全体へ警報が鳴り響く。


ウーーーーーーッ!!


館内放送が繰り返す。


「空襲!」


「全員、戦闘配置につけ!」


「これは演習ではない!」


「繰り返す!」


「演習ではない!」


その頃。


一機の九九式艦上爆撃機が急降下に入る。


投下された爆弾は戦艦アリゾナの弾薬庫へ命中。


凄まじい誘爆が発生し、


巨大な火柱とともに戦艦アリゾナは轟沈した。


コートは攻撃コースへ突入した日本軍機を見つめ、拳を強く握り締める。


「……間に合わなかった。」


カイルは低く言った。


「第一波は止められない。」


「港内へ突入する。」


「せめて被害を少しでも減らすぞ。」


そう言うと、F/A-18Fは真珠湾へ急降下した。


「FOX TWO!」


コートは迷いなくAIM-9Xサイドワインダーを発射する。


ミサイルは白煙を引きながら飛翔し、魚雷投下寸前の九七式艦攻へ命中。


爆炎とともに敵機は空中分解した。


海へ投げ出されたアメリカ兵たちは、その光景を呆然と見上げる。


「味方の飛行機か!?」


「やれ! やっちまえ!」


だが、真珠湾への攻撃はなお続いていた。


F/A-18Fは急降下する。


二本のアフターバーナーが橙色の炎を噴き上げる。


ゴォォォォン!!


一瞬で音速を突破。


HUDが次々と敵機を捕捉する。


【目標ロック】


【九九式艦上爆撃機】


【距離 九〇〇メートル】


カイルは操縦桿をわずかに左へ倒した。


スーパーホーネットは獲物へ襲いかかる猛禽のように、日本軍編隊の後方へ滑り込む。


前方には三機の九九式艦爆。


眼下にはアメリカ海軍の戦艦群。


カイルは静かに呟いた。


「もう遅い。」


「お前たちは、そこへは行かせない。」


コートはトリガーを引く。


「BRRRRRRT!!」


M61A2二〇ミリ六砲身バルカン砲が咆哮した。


毎分六〇〇〇発もの砲弾が鋼鉄の奔流となって空を切り裂く。


一筋の火線が朝焼けを貫いた。


最後尾の九九式艦爆へ直撃。


尾部は一瞬で吹き飛び、


方向舵は粉々に砕け散る。


操縦士が悲鳴を上げる間もなく、


第二波の砲弾が右翼を切り裂いた。


ドォォン!!


エンジンが爆発。


九九式艦爆は空中で四散し、燃えながら海へ墜落していった。


燃え盛る残骸は黒煙を引きながら海面へ墜落していく。


前方を飛んでいた二機の九九式艦爆は、慌てて機首を引き起こした。


だが――


F/A-18Fはすでに敵機の六時方向を完全に捉えていた。


カイルは操縦桿をわずかに操作する。


照準が静かに重なる。


コートは再びトリガーを引いた。


「BRRRRRT!!」


二十ミリ機関砲が咆哮し、無数の砲弾が一直線に空を切り裂く。


一機目。


左主翼が根元から吹き飛ぶ。


機体は大きく横転し、そのまま空中分解した。


二機目。


二十ミリ砲弾が胴体を貫通。


燃料タンクへ引火し、一瞬で炎に包まれる。


二機は黒煙を引きながら、前後して海面へ墜落した。


カイルは思わず叫ぶ。


「ナイスショットだ、コート!」


その光景を後方から見ていた九七式艦攻の後部機銃手は、あまりの出来事に言葉を失う。


「敵機だ!」


「後ろだ!」


「速すぎる!」


無線は恐怖の叫びで埋め尽くされる。


護衛の零戦隊は必死に旋回し、追撃を試みる。


しかし、灰色の戦闘機は圧倒的な速度で頭上を駆け抜けていく。


ゴォォォォン!!


F/A-18Fは再びアフターバーナーを点火。


爆発的な加速で一瞬にして零戦隊を引き離した。


一人の日本軍操縦士は、遠ざかっていく双発エンジンの尾炎を呆然と見つめる。


震える声で呟いた。


「……あれは飛行機じゃない。」


「怪物だ……。」


一九四一年十二月七日 午前九時四十五分。


真珠湾上空。


硝煙はいまだ空を覆い、


海面には燃え続ける艦艇や航空機の残骸が漂っていた。


日本軍第一波攻撃隊は撤退を開始する。


しかし――


歴史は、すでに変わっていた。


本来なら撃沈・大破していたはずの多くのアメリカ艦艇が致命的な損害を免れ、


逆に日本軍攻撃隊は、およそ六十機もの航空機を失っていた。


カイルはゆっくりと高度を下げる。


兵装システムをスタンバイへ切り替え、


戦闘態勢を解除した。


F/A-18Fは真珠湾上空を大きく旋回する。


地上ではアメリカ兵たちが騒然となっていた。


高射砲は一斉にこちらへ照準を合わせる。


歓声を上げる者。


小銃を構える者。


誰も、この灰色の戦闘機の正体を知らない。


プロペラのない機体。


想像を絶する速度。


彼らにとって、それは――


救世主なのか。


それとも、新たな脅威なのか。


誰にも判断できなかった。


その時。


無線機から突然、声が飛び込んでくる。


「不明機!」


「こちらの呼びかけに応答せよ!」


「貴機はアメリカ軍管理空域へ侵入している!」


「直ちに所属と身元を明らかにせよ!」


カイルは送信スイッチを押した。


一秒ほど沈黙したあと、静かに口を開く。


「……こちらはアメリカ海軍。」


無線の向こうが一瞬静まり返る。


「アメリカ海軍?」


「所属部隊を報告せよ!」


カイルは迷うことなく答えた。


「アメリカ海軍。」


「航空母艦カール・ヴィンソン所属。」


「VFA-2 ストライクファイター飛行隊。」


通信の向こう側は再び沈黙した。


管制塔では当直士官が慌てて部隊名簿をめくる。


「……ありません。」


「そのような部隊は存在しません。」


「『カール・ヴィンソン』という航空母艦も、海軍の保有艦艇一覧にはありません。」


当直士官は眉をひそめ、受話器を握り直す。


「VFA-2ストライクファイター飛行隊……だと?」


「所属部隊名を再確認せよ。」


「繰り返す。所属部隊名を再確認せよ。」


カイルは一切言い直さなかった。


「アメリカ海軍。」


「航空母艦カール・ヴィンソン。」


「VFA-2 ストライクファイター飛行隊。」


再び、無線には重苦しい沈黙だけが流れた。


その時もなお――


真珠湾軍港では黒煙が立ち上り、あちこちで炎が燃え続けていた。


滑走路には損傷した航空機の残骸が散乱し、負傷兵が次々と運び出されている。


港全体が混乱の渦中にあった。


今、この場で正体不明の部隊を追及する余裕など誰にもない。


相手が次の質問をする前に、カイルは自ら送信ボタンを押した。


「タワー、こちらアメリカ海軍F/A-18F。」


「着陸許可を要請する。」


管制塔は二秒ほど沈黙する。


「……。」


「貴機の所属は現時点では確認できない。」


「しかし、先ほど敵機迎撃に協力したことは確認している。」


「着陸を許可する。」


「ただし現在、滑走路は被害車両と残骸の撤去作業中だ。」


「着陸準備が整うまで待機されたし。」


少し間を置いて、再び管制官の声が響く。


「こちらから各部隊へ通達する。」


「貴機に対して発砲するな。」


直後、基地全域へ放送が流れた。


「全作業員へ告ぐ。」


「滑走路復旧を最優先とせよ。」


「繰り返す。」


「滑走路復旧を最優先。」


「また、不明機一機が着陸する。」


「すべての部隊は当該機への発砲を禁止する。」


カイルは静かに操縦桿を押し込む。


F/A-18Fはゆっくりと高度を下げ、傷だらけとなった真珠湾飛行場へ向かって降下を開始した。


コートは燃え続ける軍港を見つめながら、ゆっくりと視線を自分の両手へ落とす。


あの嵐を越えた瞬間から、


自分自身も変わってしまったのだと、ようやく実感していた。


時空だけではない。


自分の中にも、未知の何かが目覚めている。


脳の奥深くで、


見知らぬ、それでいて不思議と馴染みのある力が静かに鼓動していた。


彼女は試すように、小さく呟く。


「……『全域感知』。」


その瞬間。


青い瞳がわずかに見開かれた。


目の前の景色は変わらない。


しかし、その上へ重なるように、半透明のホログラムHUDが静かに展開される。


無数の光点。


座標。


方位。


高度。


速度。


膨大な情報が星図のように視界いっぱいへ広がった。


「わぁっ!」


コートは思わず声を上げる。


驚きながらも、恐る恐る最初の命令を口にした。


「ハワイを中心に半径五十キロ以内の日本軍航空機を検索。」


一秒も経たないうちに、


冷静な女性の電子音が脳内へ響く。


【検索開始】


膨大な情報が高速で流れ始める。


数秒後――


【検索完了】


【半径五十キロ圏内に飛行中の日本帝国海軍航空機を確認できません】


【判定】


【第一波・第二波攻撃隊はすべてハワイ空域を離脱しました】


コートは思わず目を丸くする。


「ほ、本当に……。」


「できた……!」


驚きはすぐに興奮へ変わった。


「すごい……。」


「これが私の能力なの?」


深呼吸すると、彼女はさらに尋ねる。


「ほかには、どんな機能があるの?」


電子音は即座に返答した。


【回答】


【『全域感知』初期化完了】


【使用可能機能一覧を表示します】


次の瞬間。


視界いっぱいへ膨大なメニューが展開された。


未来兵器の戦術コンソールを思わせる一覧が次々と表示される。


その様子を見ていたカイルが首をかしげる。


「コート。」


「さっきから何を一人でしゃべってるんだ?」


コートは勢いよく振り返り、満面の笑みを浮かべた。


「大尉!」


「私、超能力を手に入れました!」


「すごいでしょう!」


カイルは完全に理解できず、ぽかんとした表情になる。


「……超能力?」


「さっき遠くの敵を探知した、あれみたいな能力か?」


「うらやましいな。」


「衛星もAWACSもないこの時代じゃ、とんでもない戦力になる。」


コートは得意げに胸を張る。


「えへへ~。」


「すごいでしょう!」


「まだまだ機能があるみたいです!」


彼女の視界には能力一覧が表示され続けていた。


【全域感知】


・アクティブサーチ


・敵味方識別


・三次元戦場マップ


・レーダー/赤外線/電磁波統合探知


・航空機性能解析


・兵器データベース


・弾道予測


・ミサイル接近警報


・戦闘記録リプレイ


・通信傍受


・リアルタイム言語翻訳


・生体反応スキャン


・ナビゲーション/最適航路演算


・未来予測演算


読み進めるたびに、コートの目はどんどん大きくなっていく。


そして――


「多すぎるよーーーーっ!!」


思わず大声で叫んだ。


カイルは横目で彼女を見る。


「俺にはその画面は見えない。」


「全部読み上げてくれ。」


「了解!」


コートは能力一覧を一つずつ読み上げていく。


カイルは最後まで黙って聞いていた。


すべて聞き終えると、


二秒ほど考え込み、


真剣な表情でうなずく。


「つまり……。」


「今のお前って、歩く早期警戒機じゃないか?」


コートは嫌な予感がした。


カイルは満足そうに言った。


「決めた。」


「今日からお前のコールサインは――」


「AWACSだ。」


「コート少尉、コールサイン『AWACS』。」


「悪くないだろ?」


コートはその場で飛び上がる。


「大尉っ!!」


「本気で言ってるんですか!?」


「そんなコールサインあるわけないでしょう!」


カイルは真顔だった。


「ぴったりだ。」


「全然ぴったりじゃありません!」


「断固反対です!」


「却下。」


「そんな理不尽あります!?」


コックピットには再び二人の言い合いが響いた。


その直後だった。


二人の視界へ、同時に青いホログラム画面が展開される。


無機質な電子音が静かに告げた。


【歴史修正率更新】


1941年12月7日 08:18


【本来の歴史】


真珠湾攻撃成功


戦艦損害:8隻被害(うち4隻沈没)


航空機損失:約188機


戦死者:約2,400名


負傷者:約1,100名


【現在の時間軸】


あなたの介入により歴史が変化しています。


損害を再計算中……


戦艦損害

▼ 大幅減少


航空戦力損失

▼ 大幅減少


人的被害

▼ 大幅減少


防空対応速度

▲ 数分早期化


日本軍戦果

▼ 継続的低下


緑色の数値が高速で変化する。


歴史偏移率4%7%11%16%


さらに数字が上昇しようとした、その瞬間――


画面全体が突如、鮮やかな赤へ染まった。


警告音がコックピットに鳴り響く。


【警告】


【歴史は重大な変化を開始しました】

--------------------------------------------------

その頃――


太平洋の反対側。


一九四一年十二月七日 十二時十分。


柱島泊地沖。


連合艦隊旗艦――戦艦「長門」。


その作戦会議室では、巨大な太平洋海図が長机いっぱいに広げられていた。


連合艦隊司令長官、山本五十六をはじめ、十数名の海軍将官たちが第一航空艦隊から届く戦果報告を静かに待っている。


室内に響くのは、柱時計の針が時を刻む音だけだった。


その時――


会議室の扉が勢いよく開く。


一人の通信士官が足早に入室した。


手には、暗号解読を終えたばかりの電報が握られている。


姿勢を正し、敬礼する。


「報告します!」


「第一航空艦隊より入電!」


室内の視線が一斉に彼へ集まった。


通信士官は深く息を吸い、電文を読み上げる。


「『我、真珠湾奇襲作戦ニ成功セリ。』」


「『敵港ハ大火災ニ陥リ、大混乱ヲ確認。』」


「『戦艦アリゾナ撃沈ヲ確認。』」


「『第一波、第二波攻撃終了。』」


読み終えた瞬間。


会議室は歓声に包まれた。


「万歳!」


「万歳!」


「万歳!」


誰もが笑みを浮かべる。


「成功だ!」


「アメリカ太平洋艦隊に大打撃を与えた!」


しかし――


通信士官は電報を下ろさなかった。


その表情は、むしろ先ほどよりも重い。


「……報告。」


「まだ続きがあります。」


歓声はぴたりと止み、


作戦室は再び静寂に包まれた。


通信士官はゆっくりと続きを読み上げる。


その声は先ほどよりもはるかに重かった。


「『重大戦況報告。』」


「『我攻撃隊、攻撃途中ニ於イテ正体不明ノ米軍航空兵器ノ迎撃ヲ受ク。』」


一瞬で室内の空気が凍りつく。


一人の中将が眉をひそめた。


「正体不明の兵器?」


「どういう意味だ。」


通信士官は電文へ目を落とす。


「『複数ノ搭乗員証言ニ基ヅキ、敵兵器ノ特徴ヲ以下ニ記ス。』」


「一。」


「『敵機ハ視界外ヨリ攻撃ヲ実施。敵影ヲ確認スル以前ニ我航空機ガ空中爆発。攻撃方向ハ判別不能。』」


「二。」


「『飛行速度ハ零式艦上戦闘機ヲ大幅ニ上回ル。追撃不能。接近不能。』」


「三。」


「『一撃離脱戦法ヲ実施。攻撃後ハ数秒デ視界ヨリ消失。』」


「四。」


「『機首ニ高発射速度二十粍機関砲ヲ装備。短時間ニ多数ノ我航空機ヲ撃墜。火力ハ既存航空機ヲ遥カニ凌駕。』」


「五。」


「『主翼下ニ未知ノ噴進兵器ヲ搭載。発射後、自律的ニ目標ヲ追尾。回避機動ヲ行ッテモ追撃ヲ継続シ命中ス。性能ハ我軍ノ常識ヲ完全ニ超越。』」


通信士官は最後の一文を前に言葉を止めた。


部屋の空気は張り詰め、


誰一人として息をする音すら聞こえない。


数秒後。


彼はゆっくりと最後の報告を読み上げた。


「『総合判断。』」


「『米国ハ秘密裏ニ未知ノ超高性能航空兵器ヲ実戦配備シタ可能性極メテ高シ。』」


「『脅威評価ノ即時引キ上ゲヲ具申ス。』」


「『並ビニ最優先事項トシテ情報収集ヲ開始サレタシ。』」


読み終えた瞬間、


作戦会議室は完全な沈黙に包まれた。


誰も言葉を発しない。


ある者は電文を凝視し、


ある者は信じられないという表情を浮かべていた。


やがて、一人の少将が口を開く。


「……見間違いではないのか?」


「戦場の混乱で錯覚した可能性は?」


航空参謀が静かに首を横へ振る。


「それはありません。」


「一人だけなら錯覚とも考えられます。」


「ですが今回は違います。」


彼は新たに届いた損害報告書を机へ広げた。


「二十名以上の搭乗員が、異なる時間、異なる空域で、同一の航空機を目撃しています。」


「速度。」


「機体形状。」


「兵装。」


「証言はすべて一致しています。」


一人の中将が思わず机を叩いた。


「馬鹿な!」


「そんな飛行機が存在するものか!」


静まり返った室内で、


山本五十六がゆっくりと顔を上げる。


その声は低く、重かった。


「……たった一機で、一個航空隊と互角以上に戦うか。」


誰も返事をしない。


山本は太平洋海図へ視線を落としたまま続ける。


「もし、その航空機が量産されるなら――」


その先の言葉は必要なかった。


誰もが理解していた。


日本海軍が築き上げてきた航空戦力の優位は、一瞬で崩れ去るかもしれない。


壁に掛けられた太平洋戦略図は何も変わっていない。


しかし、そこに描かれた戦争の未来は、誰の目にも別物となっていた。


山本は静かに命令を下す。


「直ちに特別情報調査班を編成せよ。」


室内の全員が姿勢を正す。


山本はわずかに間を置いて告げた。


「作戦名――」


「『黒鴉』。」


「いかなる犠牲を払っても構わん。」


「あの航空機の正体を突き止めろ。」


さらに一言、低く付け加える。


「可能であれば……」


「最優先で鹵獲せよ。」


山本五十六は静かに太平洋の方角へ目を向けた。


その眼差しは、


開戦以来、誰も見たことがないほど険しく、深い緊張に満ちていた。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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