第5話 18時に爆破予告
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ビッグストリートパークは閉鎖され、すぐさま通りにパトカーや救急車、消防車などでごった返した。何事かと規制線越しに集まる野次馬もかなり増え始め、公園内には爆弾処理班が大掛かりな装備で他にも爆弾がないか捜査を始めている。この公園で起きた事件の中では最大の騒ぎかもしれない。少なくともスカイにとってはそうだった。
「……あの爆破予告、ガチのマジだったのか……。とりあえずお前たちに怪我がなくてよかったけど、とんでもないことになったな……」
すぐに駆けつけてくれたジョナサンが、頭を掻きながら思考を整理するように呟く。スカイたちは彼と一緒に公園外の通りで待機していた。この前の強盗犯の件といい、ひどく既視感のある状況だった。
五つ来た爆破予告で、まさか最後の五つ目だけが本物だったとは誰も思わなかっただろうしスカイもそうだ。しかも場所はともかく時間も爆弾のありかも嘘だったから対応も後手に回されてしまった。不幸中の幸いなのは軽い転倒くらいで怪我人がいなかったことか。そこまで威力の強い爆弾ではなかったのかもしれない。
「……ジョナサン。あたしたちも捜査班に加えてよ。元々第一人者はあたしたちなんだらさ。この前の強盗犯だって居場所を突き止めたし、役には立てるはずだろ?」
スカイは一歩踏み出して彼の顔を見上げながら言い放つ。自信はあった。それにこっちにはエイレーネもいる。犯人を挙げられるかもしれない。
だがジョナサンは、あくまで渋った表情を浮かべて顎髭を撫でていた。
「……だが爆破予告は本当だったし、お前には危険すぎるんじゃないか。仕掛けたのが一つとは限らないし、また予告があるかもしれない。それにこの辺りはライオス署の管轄じゃないからな。お前にこれ以上首を突っ込ませるのは……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。まだ他に爆弾があるなら、尚更人手がいるんじゃないの? 縄張り意識なんかにかまけて、また爆発したら誰が責任取るわけ?」
「少なくとも、お前に取らせるわけにはいかないだろ。お前に何かあったら、ヴィオにも顔向けできない」
「そこでヴィオのこと出すの反則だろ……っ。とにかくっ、そっちが許可しなくてもこっちは独自で捜査するからな!」
「ちょっとエヴァンス捜査官、落ち着きなさい。子供が駄々を捏ねてるんじゃないんだから」
窘めるように、エイレーネが口を挟んでくる。それも子ども扱いされているようでスカイの気に障る。
「……何だよ。あたしだって刑事だ。あんたにだって、事件解決する素質はあるってこの前のでわかってるでしょ?」
「ある程度は認めてあげるけど、あなたは危なっかしいってことよ。この前ので犯人たちに捕まりかけたの、忘れた訳じゃないでしょう」
「あれはただ間が悪かっただけだろっ。今度はあんなヘマしねぇよ!」
スカイとエイレーネが言い合っていると、ジョナサンの腕輪型デバイスに入電があった。
「俺だ。どうした? ……何だって? くそ、マジか。わかった、伝えておく……」
通信を受けたジョナサンが明らかに苦みを噛み潰していた。デバイスから投影した画面を操作しつつ、「……スカイ」とこちらを呼ぶ。
「お前をご指名みたいだ。……あまり前のめりになるなよ。無茶は厳禁だ」
どうやらスカイのデバイスに何かを送ってきたようだ。こちらも映像を投影して送信されたものを確認する。
メールの文章だった。あて先はライオス署。考えるまでもなく、次の爆破予告だった。
『予告が本物だと信じてもらえたかな、スカイラー刑事。次の謎掛けも楽しんでもらえるといいのだけれどね。
そこはこの街でもっとも大きな教室である。一万人以上の専門的な知識を持った教師が所属している。彼らは言葉を持つが、口は持たない。だが饒舌で、受けられる授業は何日にも及ぶことがある。
爆弾の案内人を探すといい。会えばきっとわかる。
今から天と地が二つの剣で貫かれる時、この予告は意味を成さなくなる。
招待したのはあなただけだ、スカイラー刑事。無駄な参加者を募れば、その時もまたこの予告は無に帰する』
……また謎かけだ。先程の予告とは明らかに文体が違うのは、ここからが本番だという示しのつもりなのか。
また爆発が起これば、今度こそ犠牲者が出るかもしれない。どれほどの威力の爆弾が用意されているかわからないのだ。建物一つ木っ端微塵にするものなら、確実に危険だ。何としても見つけなければならない。
「……心配してくれてありがと、ジョナサン。でもこいつはあたしがお気に入りらしい。絶対に捕まえるから、任せといて」
この予告犯は、スカイ以外が謎かけに関わるのを禁じている。あたしが謎を解かない限り、誰かが犠牲になる。それだけはあってはならない。
ジョナサンは深くため息をついた。彼の心情も察するが、こちらだって立派な刑事だ。何とかしてみせる。
「……わかった。いいか、くれぐれも無茶するなよ。こっちも色々調べてみる。エイレーネ、スカイを頼んだぞ」
「……了解」
ジョナサンは最後まで名残惜しそうにスカイを見つつ、車でライオス署の方に去っていった。それを見送った後、エイレーネが言う。
「私たちは犯人に監視されていた、ということかしら」
「多分ね。公園の中で見張ってたんだ。そんであたしたちに目を付けた。爆弾を仕掛けたのも、あたしらが公園の中を調べた後だ」
爆弾犯は現場にいた。予告の時間は指定していたから張りこむは容易だっただろう。ライオス署のエンブレムを掲げたジャケットを着ているスカイの特定も容易だ。言いたくはないが、自分のような警官は物珍しいからネット記事などで特定もすぐできたのではないか。
それでスカイに目をつけた犯人は、こちらが公園内を調べた後に爆弾を仕掛けた。そして起爆したのだ。元から置いてあったのなら、さすがに公園全体を回ってきた自分たちの目についたはずだ。予め爆弾を持ち歩いていた犯人は、最初からそういう算段だったのではないか。……完全にこちらを手玉にとって楽しんでやがる。下手をしたら死傷者が出ていたかもしれない事実に、胸糞の悪さを覚える。こいつは絶対上げてやる。犠牲者を出さないためにも。
「この予告時間の、天と地が二つの剣で貫かれる時って……」
「十八時でしょうね。時計の針を剣に見立てて、二つの針が丁度真上と真下を指す時刻。これからなら十八時ってことよ」
スカイは投射した時計を確認する。今は十六時を少し過ぎた頃。あと二時間を切っている。しかも、先程のように予告通りに爆発するとは限らない。向こうからすれば予定を早めることさえ容易なのだ。急ぐに越したことはない。
「ちょっとエヴァンス捜査官。どこへ行くつもりなの」
走り出したスカイに、エイレーネが呼びかけてくる。
「爆弾はこの街で一番でかい教室にあるんだろ? アテナ大学ってところのキャンパスが、この街で一番な広さのはずだ。そこで爆弾に詳しそうな講師を探せばいい」
「待ちなさい。他の記述を無視しないで。どんな学校にも一万人も教員が所属しているわけないでしょう。別の場所だわ」
「ならどこを調べればいいんだ!」
つい語彙を荒げてしまい、はっと立ち止まる。頭に血が昇っていた。スカイは自分の両頬を両手で思い切り叩く。
「……ごめん。そうだな、焦って行動するのが一番時間の無駄だ。冷静になる」
「それでいいわ、エヴァンス捜査官。忘れないで。爆発を食い止められるのは私たちだけ。失敗すれば、誰かが犠牲になるかもしれない。それだけは避けなくちゃ。でしょ?」
「うん、わかってる。ちゃんと考えるよ」
スカイは歩道の途中で、大きく息を吸って吐く。彼女の冷静さに救われた。まだ時間はある。しっかり調べに行く場所を絞らなければ。この街は広いのだ。
「この思わせぶりな予告が示してる場所、あんたはもうわかってるってことだよね?」
「……見当はついてる」
……けど、とエイレーネは珍しく言葉に詰まったようになる。
「あくまで見当よ。私は人工知能だから、ネットワーク上に広がっている情報を寄せ集めて、もっとも可能性のある予測を立てるに過ぎない。最終的なジャッジはあなたが下してほしいの。エヴァンス捜査官」
「どうした? 何かいつもと違ってちょっとしおらしくない……? あんたらしくもない」
「慎重と言って欲しいわね。……私は人の振りをしているだけってことよ。だから人の感情とか、悪意とか。そういう人間特有のものは深く察することが出来ない。さっきみたいに裏を掻かれるのには弱いかもしれない」
さっきみたいとは、爆破予告に気を取らせておいてまったく別の場所、別の時間に爆発を起こされたことだろう。確かにあれはこちらの虚を突いた人間特有の悪意に他ならない。
今回は人命が関わっているかもしれない。彼女が言った通り、自分たちが爆弾のある場所の特定に失敗すれば誰かが犠牲になる可能性があるのだ。それを絶対に防ぐために、彼女は最終的な決定はこちらに委ねると言っているのだろう。自分の思考は、あくまでサポートだと。
だがさっきの謎かけだって、彼女無しでは解くのに時間が掛かったかもしれない。一緒に考えた結果、もしかしたら誰も犠牲にならなかった今の結果を生み出したかもしれないのだ。
「……わかった。でもあたしは、あんたのこと一旦信じるよ。あたしだって見当外れ方に走ることあるし、一緒に色々考えてみよう」
そう腕の彼女に目をやりながら言う。少し思考するようにエイレーネは押し黙った後、何だか頷くような姿が見えるような声で話す。
「……了解。とりあえず、私が爆破予告から思い浮かべたのはメーティス図書館よ。あそこの蔵書は一万冊以上ある。知識を学べる場を教室に見立てて、言葉は持つけど口は持たない饒舌な教師は本に見立てているとしたら、かなり有力な線だと思う」
彼女の説明に、スカイも頷く。確かに腑に落ちる推理だった。あそこはデジタル化が進むこの街の中で唯一紙の本を取り扱っている場所だ。スカイも何度か足を運んだことがある。
「爆弾の案内人というのが書物なのか、人のことを表しているかわからないけど……」
「とにかく行ってみよう。会えばきっとわかるような状態ってことでしょ」
言いながら、スカイは既に走り出している。グローブの端末で靴を操作して、ローラーを引き出しそのまま素早く滑り出す。ここからなら急げば徒歩の方が速く着けるはずだ。
「エヴァンス捜査官、気を付けて。向こうはまたこっちの裏を掻いてくるかもしれない」
「任せとけ。あんたも警戒よろしくね」
これは予告を出してきた奴にとってゲームのつもりなのだろう。だが向こうの匙加減次第でいくらでもルールは捻じ曲げられる。フェアプレイを志す奴だといいが、そんな奴はそもそも爆弾で人を弄ばないか。改めて、こちら側にあまりに不利な条件だ。
「上等……っ」
スカイは拳と拳を合わせる。どんな悪意だろうが、根こそぎその目論見潰してやる。俄然やる気が滾った。
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メーティス図書館は、街中にあるにも関わらずまるで映画の魔法学校のようなゴシック気質な外観をしている。紙の本を所蔵しているということからか、明るい色のレンガ造りの建物はやや古めかしく、その様がこの街ではむしろ新しい。異世界から古城が現れたような不釣り合いさはいわゆる映えスポットとしても有名だった。今もその前の広場にいる人たちが、映像端末を起動してポーズを決めている。
「もし爆弾が仕掛けられているのが一万冊以上ある書物の中ならと思うとゾッとしないわね……」
「向こうがそういうことしてくるクソ野郎じゃないことを願おう。行くよ」
入り口をくぐり、中のゲートを抜ける。エントランスから、吹き抜けになった広々とした空間の図書館内が望めた。ドーム以上に広い。三階部分までみっちり棚に収まっているが本だとはとても信じられなかった。この中からノーヒントで一冊を見つけるのは確かに絶望的だ。
「案内人か……。とりあえず、爆弾の専門書でも片っ端から調べてみる?」
「それだって些細な記述があるのを含めたら何十冊あるかわからないわね……。まあ、行ってみましょう」
図書館内の端末でそれらしいのをピックアップした。さすがに作り方なるものは犯罪に使われる可能性があるので除かれていたが、爆弾の歴史やら爆発の原理なる科学書などはあるらしくそのコーナーに向かってみる。
三階の奥、あまり人が立ち入らなそうな角の区画にそれらの専門書はいくつかあった。爆弾を仕掛けるには良さそうな場所だが、当然監視カメラはある。
案の定、本自体を調べたり、本棚の隙間を覗いてみたりしてもそれらしいのは見当たらなかった。
「何もないな。会えばわかるって話だったのに。また担がれたか?」
「専門書じゃなくて、爆弾がテーマの小説って線もあるわ。それだと絞り込むのも大変なくらいありふれてしまっているけれど」
「くそっ、もう時間がないのに……!」
時計を見れば予告の18時まで、残り一時間を切っている。元から解かせる気のない謎かけだったのか。ルール無用なら、この場所に爆弾を仕掛けているというのもブラフかもしれない。どこかで爆発が起こる様がよぎって焦りが募る。ここを捜索していていいのか。しかしここ以外にヒントなど何もないのだ。
「何かお探しですか?」
ノイズの混じった声を掛けられて振り向く。吹き抜けの方から棚の奥のこちらに向かって、全体的に丸みを帯びたロボットがこちらにやってきていた。筒状の胴体の上に、顔に見立てたモニターがありそこに笑顔が表示されている。カメラが届かないところの監視兼、蔵書検索のロボットだろうか。
「あー、こんにちは。えっと、この辺で怪しい人とか見なかった? 爆弾仕掛けてそうな奴」
「爆弾ですか? 物騒ですね。そういった内容の本をお探しですか?」
「ちょっとエヴァンス捜査官。彼に馬鹿正直に聞いてどうするの。簡易的なAIしか積んでない、ただの蔵書検索用のロボットよ。……ん?」
そこでエイレーネが考えるように言葉を切った。
「……エヴァンス捜査官。彼の体を調べてくれる?」
「へ? 何で?」
「爆弾の案内人は、人でも本でもなくロボットかもしれない。……図書館内はお喋り厳禁でしょ。検索用のロボットが自分から声を掛けてくるわけないわ」
確かにエイレーネの言う通り、ここにはロボットが何体かいるが利用者自身が用がある時に顔のタッチパネルで蔵書検索するシステムだったはずだ。何かおかしい。
「ちょっと失礼」
「あ、メンテナンス業者以外は勝手に僕に触らないで。自動で警備に連絡が行っちゃいますよ?」
「大丈夫、あたし警官だから」
警告するロボットに受け答えながら、顔のモニター下にある胴体部分にある開閉部分を開けてみる。ぎょっとした。
オンオフなどのスイッチがあるはずの場所に、真っ黒な箱のようなものがぎっちりと詰まっていた。その上にはご丁寧にタイマーが表示されているデジタル表示されていた。秒数がすごい速さで減っていく。予告通り十八時にゼロになるようだった。
「ちょ、ちょっと君!? 体の中に爆弾積まれてるけど!?」
「ええ!? そんなぁ!? な、何とかしてください! 警察でしょ!?」
「爆弾は管轄外なんだっつの……! ど、どうしよう……っ」
爆弾搭載のロボットと一緒に慌てるスカイを、エイレーネが一喝した。
「落ち着きなさい。とりあえず館内全員の避難を。ルールに記載がなかったからしてもいいはずよ」
「わ、わかった……! 君はここにいて! 下手に動いたら爆発するかもしれないから!」
「うわああん! 早く戻ってきてくださいよぉ!」
やけに感情豊かなロボットに急かされつつも、スカイは受付の方に向かう。カウンターに入り、係員に止められつつも館内放送用のマイクを掴む。
「みなさん! 館内で爆発物が発見されました! 慌てずにお近くの出口から外に避難してください! これは訓練じゃありません!」
スカイの声に鬼気迫るのを感じ取ったのか、慌てて利用客たちが行動を始める気配があった。「何なんですか、あなたは!?」と迷惑そうに起こる司書に、スカイは警察手帳を見せる。
「本当に爆弾が見つかったんです。あなた方も退避を」
怪訝そうな顔をしつつも指示に従ってくれる図書館の人達を見送りつつ、スカイは再び検索用のロボットがいる三階に戻る。彼は奥の本棚の片隅で、心なしか先ほどよりも縮こまって震えながらちゃんとスカイを待ってくれていた。
「お、遅いですよぉー。爆発したらどうするんですかぁー」
「ごめんって。今外してあげるから。それにまだ時間はあるんだから落ち着いて」
「は、早くしてくださーい……っ」
間延びした発声のせいであまり緊迫感がないロボットに言いつつ、スカイは彼の胴体部分の爆弾を改めて覗き込む。そして目を見張った。
「えっ、ちょっと……!? もう十五分切ってる……!? さっきまで四十分以上あったのに……?」
「ほらぁ! やばいじゃないですかぁー! 早く何とかしてくださいぃっ!」
「二人とも落ち着いて。おそらく私たちが見つけたのがわかって、時間を減らしたんだわ。継続して見張られているというわけね」
「くっそ、早期発見ボーナスでポイント減らす奴がどこにいるんだよ……っ」
爆弾の上のタイマーが、あからさまに目減らしされていた。早めに取り掛からないとまずい。見たところ爆弾自体はかなりごつく量が備わっている。ロボットの分厚めな円柱部分いっぱいに詰め込まれているのだ。下手したらこの建物の大半を壊滅させてしまうかもしれない。
『スカイ! 聞こえるか? こっちは偽装した車両で、爆弾処理班を待機させてるぞ。爆弾は見つかったか?』
その時、耳に着けていたイヤホンに通信が入ってきた。ジョナサンの声だ。彼は犯人側にばれないように密かに準備と行動を起こしてくれていたらしい。
「ジョナサン。爆弾は見つかった。でもダメだ。あたしらまだ見張られているみたいで、処理班を入れたら爆発させられるかもしれない。あたしだけが関わるルールだったよね?」
『何!? じゃあお前も早く逃げろ! 図書館から人が避難してくるのが見えたから、そこに人はいないんだろ?』
「エヴァンス捜査官。私もマクレガー署長と同意見よ。早くここから退避した方がいい」
ジョナサンとエイレーネに言われて、スカイはちらりと爆弾が仕掛けられているロボットを見る。「は、早く爆弾を何とかしてぇー……」と彼はモニターに困り顔を表示させていた。彼が無機物であるのは充分理解している。だがちゃんと今自分の置かれている状況を把握できている彼を置いていくのは忍びない気がした。
そんなスカイの心情を後押しするように、彼の表情モニターに突然文字が表示された。『逃げたら即座にゲーム―オーバーだ。エヴァンス捜査官』とご丁寧に読みやすい大文字で。スカイは思わず苦笑う。会話も筒抜けってわけか。
「ジョナサン。逃げたら即起爆するってさ。あたしがこの爆弾何とかする。任せといて」
『は!? おい、お前は爆弾処理班じゃ……』
申し訳ないがジョナサンとの通信を切った。そしてエイレーネを見る。
「……で? 専門家の意見はどう? 出来れば全力で頼らせていただきたいんだけどな?」
「こういう展開だろうと思ってたわ。さっき、ネットワーク上に転がっている爆弾の構造のデータを片っ端からインストールした。この爆弾は自家製っぽいけれど、きっと何かのマニュアルを参考にしたのね。行けると思うわ」
「はぁー……。その言葉を待ってた。あんたがいてくれてよかったよほんと」
エイレーネの答えが期待通りだったことに、とりあえずスカイは額の冷汗を拭った。ピッキングなんかはどうにかなるが、工学の知識はないから爆弾の解体は無理だ。一人だったら確実に詰んでいただろう。
「じゃあまず、上のカバーを外して内部全体を確認するわ。ドライバーとか持ってる?」
「おう、大丈夫。慎重に、だよね?」
「慎重に、かつ急いで」
タイマーが覗いている爆弾の上蓋を、ウエストポーチのドライバーでネジを緩めて外していく。するとシンプルな外観から、細いコードが何重にも絡まるように現れた。それがタイマーやら基盤やらとまるで無秩序に繋がり散らかしている。素人目にもコードを外せば起爆を食い止められると予測がつくが、いかんせんコードの候補が多すぎる。眩暈がしてきそうな光景だった。
「よく中を見せて……なるほど。構造自体はシンプルね。基盤でタイマーを制御して、タイマーが時間切れになればコードから起爆装置に信号が伝わって本体を起爆させる仕組み。正しい順番で正しいコードを切ればその信号を食い止められる。間違えば即座に起爆するわ。それにいくつかブラフのコードも混ざっていて、それも即アウト。かなり意地が悪く改良されているわね」
「改悪ね。それでもちろん、どれをどの順番で切ればわかるよね?」
「少し待って。……ええ、大丈夫。ブラフを仕掛けるのに一生懸命で、コード構造の単純さは隠せていないわね。私の言う順番通りに、言った色のコードを切っていって。ご丁寧にも、コードの色は全部違うので構成してくれているみたいだから」
「了解。……手元が狂わないのだけは祈っておいてよ」
「わ、わかりましたーっ。がんばってくださいよぉーっ」
「はい、どうもありがとう」
検索ロボットの声援を受けつつ、スカイはさっきのドライバーをナイフに変形させて更に爆弾の内部を覗き込む。はんだ付けしたような独特な匂いを感じて、改めてすぐ起爆しかねない危険物を前にした緊張が増す。
「まず、手前側にある濃い赤のコードを切って。……違うそれじゃない。そう、それ。一気にいっちゃって大丈夫よ」
「し、信じるよ……? っ……!」
言われた通りのコードを引っ張り出して、ナイフの刃を掛ける。力を込める時はさすがに掌に汗が滲んだが、一気に引き裂いた。
思わず目を閉じるが、衝撃はこなかった。開いた目に相変わらず無情に時間を削るタイマーが映る。とりあえずすぐに寿命を使い果たさずに済んだようだ。
「エヴァンス捜査官。一つ切るごとにそんなリアクションしていたら時間が足りなくなってしまうわ。出来るだけ迅速に、かつ確実にやってくれるとありがたいのだけれど」
「わかってるよ……! まったく風情のないAIだなっ。次はどれを切る?」
その後もエイレーネの指示に従いながら、一本ずつコードを排除していく。最初はおっかなびっくり作業をしていたが、繰り返すうちにだんだんそれにも慣れてきて迷いなく切れるようになった。
だがもちろん、コード一本でも間違えたり爆弾に衝撃を与えたら吹っ飛ぶ危険と隣り合わせだ。落ち着かない鼓動を抑え込みつつ、額から流れる汗を、検索ロボットが渡したハンカチで拭いてくれつつ何とか進めていけていた。
「……よし。よくやったわ、エヴァンス捜査官。あと一本のコードを切れば爆弾を止められる」
「やっとか……っ。その一本はどれ?」
最初に見た時は気が遠くなるほどだったコードの束も、だいぶ少なくなっていた。教えてもらったブラフのものを除けば、あと二本か。
青と緑。どちらかが解除で、どちらかが起爆だ。だがエイレーネは、急に押し黙ってしまった。
「おい……? もう三分もないぞ。最後は青と緑、どっち切ればいいんだ?」
「……考えてるわ。でもこの二本のコートだけ、元になった爆弾のデータにないのよ。今までのブラフみたいにわかりやすい違和感があるわけでもない。どっちも正しいように見えるし、どちらもブラフにも見えるってことよ。私には判断がつかない」
「は……? じゃあどうすんだよ!? もう時間ないんだってば!」
「わかってるわよ! もう少し情報を集めるから、少し待って……っ」
「わーっ! わーっ! さっきまでいい感じだったじゃないですかぁっ。やっぱり爆発しちゃうんですかぁ!?」
「大丈夫だから君も落ち着いて!」
慌てるロボットと黙り込むエイレーネの様子に、さすがのスカイも焦りを感じずにはいられない。タイマーの数字は二分……いや、もうそれも切った。エイレーネの検索を待っていたら間に合わなくなるのではないか。
いや、考えろ。スカイはよくない想像を振り払い頭を巡らせる。ここまでやらせておいてどちらのコードを切っても不正解もありえる。だが今回は与えられたヒント通りに事が進んだのだ。正解はあると信じたい。
……ヒント。ぴんとくるものがあった。予告の文章。『今から天と地が二つの剣で貫かれる時、この予告は意味を成さなくなる』。あれはただ単に爆発の時間を表わしていたのではないのではないか。事実、時間は少し早められたのだ。
スカイは意を決すると、青と緑のコードを掴んで二つにナイフの刃を掛けた。
「ちょっとエヴァンス捜査官! 何してるの!?」
「予告文に天と地が二つの剣で貫かれる時とか何とかあっただろ。青は空、緑は大地じゃないか? どっちも切っちゃえば、予告は意味を成さなくなるかもしれない」
「爆発するって意味かもしれないでしょ!?」
「止まる方に賭けるしかないっしょ!? もう一分切ってる! 切るよ!? 違ったらごめん……!」
「心の準備がぁーっ」
間延びするロボットの叫びを合図に、スカイは思い切ってコードを切った。時がゆっくり動いているような気がした。それでもタイマーから目を逸らさない。少しずつ減っている数字。三十秒。二十九秒、二十八、二十七……。
そして時間表記が突然ふと消えた。身を固くしたが、何も起きない。不意な静寂が、うるさいくらい耳に押し寄せてきた。
「や、やった……」
スカイはその場にへたりこむ。思ったよりへなへなした声が出て、自分がかなり緊張していたことを悟る。少し間を空けて、大きくため息をつく音を鳴らしてエイレーネが喋る。
「……まったく無茶なことを。でも、よくやったわ、エヴァンス捜査官。さすがね」
「congratulations……! congratulations……! 助けてくれてありがとうございますぅう……っ」
「はいはい、どうもどうも。……君は検索用ロボットなのに随分語彙多めだね……」
ロボットに差し出された手を握りながら、爆弾に刺激は与えないようにスカイは自力で立ち上がった。
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図書館の中に入っていく爆弾処理班たちの背中を、少しほっとしたような気持ちでスカイは見送った。とりあえずゲームは終わったし、爆弾のコントロールも失われたはずなので、ここで自分以外の第三者が絡んでも大丈夫なはずだった。
「……ったく、お前に通信切られた時はどうなるかと思ったぞ。無事でよかった」
「ごめんって。まあかなりやばかったけど、いつも通り何とかなったよ。あたしの優秀さ故かな?」
「大部分の爆弾解除は私がやったけどね。でもよく切るコードの二択が、三択だと気づいたわね、エヴァンス捜査官」
「データだけじゃなくて、たまには勘が役立つこともあるってことだよ」
待ってくれていたジョナサンが、肩から力を抜いて出迎えてくれる。エイレーネも気が緩んだのか、いつも通り饒舌に振舞っている。スカイも少し休みたい心境だったが、改めて気を引き締めて口を開いた。
「それでジョナサン、予告犯から次の謎かけとか来てる? もう爆弾とご対面はご遠慮願いたいところなんだけど」
「いや、本部に問い合わせたが来てないぞ。さっきので打ち止めかもしれないな。大掛かりな爆弾だったんだろ? そんなもの、いくつも用意できるとは思えないしな」
「それならマクレガー署長。予告を出してきた奴を徹底的に調べ上げて追い詰めましょう。少なくとも爆弾は本物だった。悪ふざけの度を越し過ぎてるわ」
エイレーネが苛立った声を出した時だった。スカイの端末に入電があった。ホログラムに表示されたのは非通知。嫌な予感がして、スカイは耳のイヤホンをタッチする。
「……もしもし」
「おめでとう……エヴァンス、捜査、官。では次のゲームを、始めよう、か……」
耳元で聞こえてきたたどたどしい言葉遣い。そしてまだあどけない声色は微かに震えているように感じる。何かを読まされている、と気づいてスカイはジョナサンを見た。
「……子供の声だ。たぶん、人質にとられてる」




