表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

SSS――スペシャル・シークレット・サービス

 その狭い空間には、ツンとしたガソリンの匂いが漂っている。

 チチチ……鍵を回すと、グォン! とエンジンが唸り震える。

 鉄の獣の咆哮のような重低音が、胸の奥の『何か』と共鳴しーー心地がいい。

 空気が震え、轟音が全身を駆け抜ける。

 全身を流れるように、マフラーの奥から吹き出す熱と音。

 体が車と同化した瞬間、『それ』は目覚める。


 ……それが車ってもんじゃねぇのかよ!


 音のしないEV車。

 いつも明るい世界。

 空は高くて青い……。


 こんなのッ!!


 養成校内のサーキット場で行われる、カリキュラムの運転講習。

 校内とはいえ本格的な作りで、毎年カードライバーたちの競技やコンテストなどが行われている。

 車が衰退しAIカーが主流だが、車は人が操るという理念は創設時より変わらない。


 助手席の教官は、悟ったように目の前に高速で迫ってくる壁を眺めている。


 ああ、なんだか懐かしい感覚。

 そうだ! 花やしきのジェットコースターだ!

 ガンガンに体が振り回されるスピード感、スリル! 大好きだったなぁ。

 懐かしい、あの頃が見える……って!

 待て、待て。

 この動き……コレ、車だよ。クラウンEV。

 ごく普通の教習車。

 元首都高の走り屋として、スピード感、スレスレの壁は慣れているが、一般大衆車の動きじゃねぇだろ!


「スピード出し過ぎ!」


 チッ! 運転席で小早川カズマ(コバヤカワカズマ)が返事の代わりに舌打ちを返す。


 教師に向かって舌打ちかよ、この野郎!

 齢三十後半にして、昔はヤンチャだった雰囲気が抜けない運転教習教官、簗瀬信二(ヤナセシンジ)は露骨にムカついた顔。


「お前さ、無能力なんだろ?」


 全てを変えた巨大地震は、人の能力も変えてしまった。

 地震直後から、『超能力』が目覚める人間が現れた。

 ほとんどは子供に多く、専門家は『地震による精神的苦痛からの突然変異』と位置づけた。


「能力ないヤツがSSS(ココ)で生きてくのに車の運転は重要よ?」


 SSS――スペシャル・シークレット・サービス


 元々は政府が国民の信用回復のために作られた施策だった。

 巨大地震以降、警察や自衛隊よりも早く現場に入り、国民からの信頼で名を上げた。

 今では国から警察と同等の法的権利が与えられている治安維持企業だ。


「能力者じゃないんだから、関係ねぇだろ? 国の管理」

 大きな声では言えない事も、ここは車の中。

 つまり密室! 生徒を知るにはこれ以上のチャンスはない。


「ココに入ればリミッター外れるからなぁ」

 流行病のように増えていく能力者に脅威を感じた国は、その能力を制御する特殊な『リミッター』で存在と能力を管理している。

 超能力が計測された者は、義務教育卒業時に国からの管理の象徴である『リミッター』について選択させられる。


「まぁ、超能力をより強くしたい! なんて奇特な奴もたまにはいるが……」

 SSSは、能力を活用するための『ブースター』を独自開発し、任務に活用することで国をもしのぐ力を手にしている。


「あ、アレだ? 正義のヒーローに憧れちゃってる、のかー?」

 警察+自衛隊+探偵業=正義のヒーロー企業。

 子供たちの憧れで、テレビ、ネット、街頭広告、どこを見てもSSSの名が躍る。

 日本中に支店を持ち、新人育成のための養成校はエリート校として人気が高く、能力を持たない者でも受け入れている。


 ニタニタと笑う簗瀬にいら立ちを隠せないカズマは声を荒げる。


「来たくて来たんじゃねぇよ! こんなトコッッ」


 大人の上手……からかいにまんまと引っかかったと大人は笑う。


「だよなぁ、その反応!」


 それ以上は聞かない簗瀬に見透かされてるようで面白くない。


「好きなんだろ、車?」


 見透かされてるようで……気に入らない!


 ぐぉんと簗瀬の体が重力を感じると、高速で目の前に壁が迫ってくる。

「カベ、壁、壁だよ!」


 カズマがハンドルを動かすと、白い車体はデタラメな動きで壁に向かっていく。


「いや、だからさ、余計に近づいてどうすんだよ? スピード落とせ、スピード!」

「スピード、ねぇ…」

 加速しやがった!!

 スレスレの壁が流れていく感覚が速くなり、体により重力を感じる。

 まぁまぁ、思春期の反応っでヤツだな。

 うん、わかるよ? 俺、大人だし……。


「だからブレーキだって! アクセル踏んでどうすんだよっ。ブレーキだよ! ブレーキ」

「ブレーキ、ねぇ? あ! ブレーキってどこ?」

「左だよ。左を踏めっ」

「ひだりってどっちだっけー?」


 車はますます滅茶苦茶な動きを繰り返す。

 ……他に教習中の車がいないのが不幸中の幸い。


「左? えっと、箸持つのは右だろ? 左ってどう言えばいいんだ?」

 簗瀬はスピードが加速し、壁が迫ったり離れたりを繰り返す中でふと考えに夢中になる。

 AT車において、足で操作するのはアクセルとブレーキしかない。

 右か左。

 アクセルとブレーキ。

 ………

 愛車シルビアはMT車だ!

 運転は体で覚えるモノ! AT車なんて乗ったことねぇんだよ!


「あーもー面倒くせぇ」


 シートベルトを外すと、簗瀬は身を乗り出し運転席を後ろまで下げる。

 それと同時にカズマの体が、ハンドルからもブレーキからも遠ざかる。


「だからAT車は嫌いなんだよぉぉぉ」

 教習車特有の助手席のブレーキを踏み込みながら、片手でハンドルを操作する。

 クラウンEVの車体はギリギリのところでやっと停まった。


「つまんねぇ……」


 心底つまらなそうな仏頂面で車から降りたカズマに、露骨に笑い声と皮肉がかけられる。

 クラスでも超能力が高い優等生グループだ。


「だっせぇなぁ」

「無能力、だからねぇ?」

 カズマがイジメの対象になっているわけではない。

 分かっているからこそ、カズマは無視を貫くが本能的に舌打ちしてしまった。


「次の教習、よろしいかしら?」


お読みいただきありがとうございました。

車の教習所……行きました? 覚えています?

あの教官との密室ときたら!!

なかなか人生の中でもない緊張感だと思います。

次回更新→明日(8/10) 21:00台に予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ