340 お礼に
「ムッムッムゥ~」
『んっんんっん~』
かわいいなぁ……馬車の窓にはりついて、ムゥちゃんとアゲハが左右に揺れながらご機嫌に歌っている。アゲハはちょっとリズムがおかしいけど、それもまたかわいらしい。現に、エリーシャ様とマリーさんが大変なことになっている。
「火の精霊がこんな姿になってるのは初めて見たよ。なんだかおもちゃみたいだね」
セデス兄さんがつんつんとアゲハをつつくと、きゃあ、とはしゃいだアゲハがころりと窓枠から落っこちた。
『あぶなーい!!』
ズザーっと滑りこんだチュー助が、小さな体をもふっとキャッチする。
『おやぶ!』
『アゲハ!危ないからそんな所ではしゃいだらダメ!俺様の側にいること!』
『あいあい!』
チュー助のお兄さんっぷりに、吹き出しそうなのを必死に堪えた。変われば変わるもんだなぁ、チュー助もお兄さんになって、少し頼もしくなるだろうか。
もうすぐロクサレンが見えてくる。
ひしひしと感じる旅行の終わりに、なんだか気怠い寂しさが募ってくる。でも、やっとお家だという、わくわくするような安堵感もあるのが不思議だね。
アゲハが加わった当初は、パワフルな幼さに振り回されっぱなしだったけど、やっとオレたちも慣れてきた。
『育児って大変なのね……どうしてこんなに元気なのかしら……大した魔力も持ってないのにね』
――弱っちくて危なくてしょうがないの!早く鍛えるの!
本当に、どうしてそう向こう見ずなことをするのかとヒヤヒヤしっぱなしだ。アゲハは管狐と同じように生み出されたけれど、ラピスが使った魔力はほとんどあの時オレが吸収した魔素だけ。このぬいぐるみのような生き物は、今は生きているだけで精一杯だ。管狐のようにふわふわと飛ぶことも出来ず、そのくせ身軽であちこち駆け回るので目が離せない。一生懸命追いかけ回すチュー助の方が先にダウンしてしまいそうだ。
「チュー助おつかれさま。アゲハ、おいで~」
『あうじー!』
『主ぃ-!』
一応、オレのことを主だと思ってくれているようで、呼べばすぐに来てくれる……じっとはできないけれど。ぐったりしたチュー助を撫でながら、アゲハを手のひらに乗せて外を見せてあげる。
「ほら、もうすぐロクサレンだよ。オレは今学校に行ってるけど、お家はここなんだよ」
『あえは、おうち?』
「そうだね、アゲハのおうちもオレたちと一緒だよ」
じっとオレを見つめていたアゲハは、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ただいまー!」
ばーんと正面扉を開けて駆け込んだら、執事さんが柔らかく微笑んでオレを抱きとめた。
「おかえりなさいませ。ご無事で何よりです」
「楽しかったよ!あのね、新しい仲間も増えたの。お土産も買ってきたよ!」
執事さんの言っていたおだんごは、あの地域特産のお芋を使ったスイートポテトみたいなものだった。上品なおいもの甘さとバター、ほんの少し入った果実酒の香りがほんのり香る、なかなかの逸品だ。
「ありがとうございます。さっそく紅茶をいれましょう」
紅茶の香りを吸い込みながら、ゆったりとソファーに身を沈めると、居心地の良さにひとりでに口角が上がる。ああ、おうちっていいな。
「そんなことが……噴火は予定外でしたね」
「おう、でもあの程度の噴火は度々あるだろ?こいつがやらかさない限り、どうってことなかったんだけどな」
やらかしたのはオレじゃないよ!チュー助とアゲハだよ!
「どうしてユータちゃんは普通に旅行を楽しめないのかしら……」
「今度旅行行くなら街中にしたらどう?とりあえず魔物は出てこないしさ」
オレはトラブルばっかり起こすけれど、旅行に連れて行かない、なんて台詞が出てこないのが嬉しい。
一通りの報告を終えて、カロルス様がテーブルに手を伸ばした。
「へえ、これ美味いな」
「ちょっと、グレイさんが先に食べなきゃダメだと思うんだけど!」
紅茶と共に置かれたおだんごをひょいっと口に入れて、さらに手を伸ばそうとするのをセデス兄さんに止められている。執事さんに買ってきたお土産だけど、きっとこうなるだろうなという気はしていた。
だからたくさん買ってあるのだけど、執事さんにはぜひこれ以外にお礼をしたい。
「ねえ執事さん、あとでこれ以外のお土産があるの!」
「私に?それは楽しみですね」
少し驚いた顔で、執事さんはそっと微笑んでくれた。
「あ、あの……ユータ様?何をなさるのです?」
「温泉だよ!着替えて!」
日暮れ時になって、執事さんにあの温泉用の腰巻きを押しつけると、ぐいぐいと引っ張っていく。オレの方は浴衣もどきを羽織って既に準備完了だ。
「こ、これは……?!」
「大丈夫、カロルス様がいいって言ったよ!」
今日だけって約束で、広いお庭の一部を土魔法で改造したんだ。執事さんが嫌がるかなと思って、きちんと周囲も囲ってある。ものすごく魔力を使うけど、まず大雑把にラピスがやって、オレが修正することで節約しているんだ。
「なんと……」
もうもうと湯気をあげる露天風呂を見て、珍しく執事さんが言葉を失っている。
「あのね、オレの故郷ではいろんな温泉があったんだよ!旅行のお礼に、執事さんに味わって貰いたいなって思ったの」
旅行っていうのは、道中も含めての体験だ。オレの転移で執事さんを火山に連れて行くことはできるけれど、それではなんだか違う。だから、お手軽な銭湯形式だけれど、執事さんにも普段と違う体験をプレゼントできたらなって思ったんだ。
「執事さんも一緒に温泉入ろう!」
「ふふ、ありがとうございます。まさか、これほどとは……」
少々面食らいながらも、執事さんはちゃんと着替えてくれた。
「見て!これが気持ちよかったんだよ!」
「おや、さすがユータ様の収納ですね。萎れずに持ち帰られるとは」
得意げに取り出したのは、あのフロートマフ。
さっそく洗い場で執事さんの背中をごしごしやると、その体にはあちこちに傷があるのが見て取れた。なかなかの年齢だと思うけど、普段のピシッとした服を脱いだ姿は、剣士みたいにしっかりと鍛えられていた。魔法使いなのに、肉弾戦で十分活躍できそうだ。
「やっぱり執事さんも冒険者さんなんだね。ガッチリしてるし、いっぱい傷があるよ」
「そうでしょう、私はマリーたちほど体が丈夫ではありませんからね。傷は多いですよ」
歴戦の勇者って感じでカッコイイと思ったけど、執事さんは実力不足です、と笑った。そういえばマリーさんやエリーシャ様は主に体を武器として戦うけれど、傷がないんだろうか。
「彼女らは身体強化のエキスパートです。あのレベルになるとそうそう傷はつきませんし、治りが早いのでまず残りません」
「そうなの!すごい……!」
そっか、だからエリーシャ様は厨房を爆破しても傷ひとつないんだ。
「さあ、ユータ様が冷えてしまいますよ。あちらで浸かればよろしいですか?」
「うん!じゃあまずはゆっくり浸かろっか」
石で造られた露天風呂に肩まで浸かって、ふうっと仰のくと、夕暮れから夜に変わっていく空が、見事なグラデーションを見せていた。
「……素晴らしい」
執事さんは石の縁に両腕をかけ、同じように空を見上げて呟いた。髪も服も、いつものようにビシリとしていないせいだろうか、少し口角を上げたその姿は、随分とリラックスしているように見えた。
「あのね、お宿の温泉からは火山が見えてね、すごくきれいだった!それでね、つい長湯しちゃって……」
打たせ湯や、のぼせ対策に足湯なんかも造ったから、それぞれ案内しつつ、楽しかった旅行の話がとめどなく溢れてくる。もっと日本の温泉文化のお話をしようと思っていたのに。
「ふふ、楽しかったのであれば、それが何よりです」
オレの頭に手を置いて、無防備に笑う執事さんはとても珍しい。
「オレもね、執事さんが楽しかったら嬉しい」
「……なるほど。それは降参するしかない」
満面の笑みを浮かべると、執事さんが参ったと額に手を当てて苦笑した。
チュー助:アゲハー!!お前はだめー!火の精霊なんだから!温泉入ったら消えちゃうかも!
アゲハ:やー!はいゆー!!
ラピス:今は精霊より管狐寄りなの。消えはしないの。
モモ:でもなんだかお湯が煮立ちそうね…






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/