255 素敵なもの
「おお、さすが潤ってるな。片田舎とは思えん」
「わあ~きれいなお宿だねー!」
ゼローニャの町は観光地として人気があるため、様々な宿が林立して、普通の民家よりも商業施設や宿の方が多いんじゃないかと思えるくらいだ。今回はお高めの宿をとっただけあって、とても小洒落た雰囲気の素敵な宿だ。ロビーの正面は広々とした開放的なテラスになっていて、あの滝が目の前に見える。
「「すごーい!!」」
セデス兄さんとテラスの手すりぎりぎりまで身を乗り出して滝を眺めれば、もうもうとした水煙で一気に全身がしっとりした気がする。
「すごいね!落ちたらどうしよう!」
「どうしようか~!滝壺見えないもんね、あはは、おしりがむずむずするよね!」
わくわく、ぞくぞくしながら下を覗き込んでは笑う。セデス兄さん、ちょっと落っこちてみたいって思ってるでしょ!きらきらした瞳が雄弁に語っている。
「ほら、ユータ危ないよ!もう~落っこちちゃってもいいやって思ってるでしょ!楽しそうだって!」
「違うもん!それはセデス兄さんだよ!」
「いーや、ユータの顔にもそう書いてあるよ!」
バレてる!オレたちは顔を見合わせて大笑いした。
「この怖い物知らずのバカどもは、危なくて仕方ねえな…。ここに落っこちたらお前なんてバラバラだぞ。マリーぐらいでないと無事にはすまんぞ?」
「ええ…そうなの…お水の滑り台みたいで楽しそうだと思ったのに…」
「むしろ平気なマリーさんが怖いよ…」
「あいつなら水浴び感覚で行水できるかもな!」
わはは!と笑うカロルス様。オレとセデス兄さんはにこにこしながらそっと後ろへ下がる。
ぶん!
「おわぁっ!?」
煙る水のカーテンを切り裂いて、メイド服をまとった綺麗な脚がカロルス様を掠めた。
「カロルス様、お暑いでしょう?さ、お水はたっぷりご用意できますよ、どうぞどうぞ!」
「ちょっ!待てっ!何も悪いこと言ってないだろ!?」
「ええ、ですから、怒ってませんよ?行水を、お勧めしている、だけです!」
「怒ってねえなら!蹴りをっやめろっ!!当たったらっマジで危ねえ!」
人がいないのをいいことに、元Aランク冒険者の攻防が繰り広げられていた…。がんばれカロルス様…滝壺にたたき落とされたら、ぜひ感想を聞かせてほしい。
「まったく、マリーまであんなにはしゃいじゃって…。あの人はデリカシーがないのよねぇ…乙女心ってものが分かってないわ」
「乙女心…ですか…」
ゴッ!バキッ!
剣の鞘で受け流された華奢な脚が、ときおり地面を割っているのを眺めつつ、執事さんは遠い目で呟いた。
『ゆーた、とってもキレイだよ!起きて起きて!』
『素敵な眺めね…』
―きれいなの!ラピスあそこまで行ってくるの!
シロの冷たい鼻でぐいぐいほっぺを押されて、うーんと重いまぶたを持ち上げる。宿のお部屋もとっても素敵で、オレたちの部屋に設置されたテラスからは、ロビーと同じように大パノラマの滝が見えるんだ。
昨日ははしゃぎ疲れてすぐに寝てしまったけど、うつらうつらしながら食べたお料理も、珍しくて美味しかった。変わったお肉に、果物のソースがかけられていて、オシャレな見た目と味わいで…もうちょっとしっかりと材料なんかを考察したかったのに、睡魔に負けてしまったのが悔しいところだ。
「ピピッ!」
ティアが優しくオレの髪をついばんで、早く起きろと促してくる。
「んーなあに?オレ眠たいなあ…」
『あとで寝たらいいよ!とってもきれいだから見て!』
「きれい…?」
ぼんやりと身体を起こせば、ぐいっとシロの背に乗せられて、とことこテラスまで運ばれた。
「…わあぁ…」
『ね?きれいでしょう?』
空を登りはじめた朝日が、ごうごうと流れる滝を照らして、その水煙を黄金に染め上げていた。見渡す限りに金色の光が満ちて、黄金の雲の合間には見事な虹が橋をかけていた。
天国ってこんな感じだろうか…こんな世界なら、きっと幸せに違いない。
『主、おはよ!主もキンキラだ!』
『それ素敵ねえ…とてもキレイよ』
『ゆーたキレイ!見て見て!僕のからだもきらきら!』
ムゥちゃんをおんぶして、滝を見せてあげていたらしいチュー助が、振り返って眩しそうにオレを見た。キンキラ…?ふと見れば、滝の水蒸気を受けてオレたちの身体にはびっしりと細かな水滴がついていた。そしてシロの白銀の毛並みは細かな水滴をまとい、朝日を受けてきらきらときらめいている。オレの黒い髪も、光を受けてさぞかしキラキラしているのだろう。
「ピッ!」
ティアがぷるるっと身体を振ると、細かな水滴がパッと散って輝いた。
『俺様も俺様も!主、見て見て!』
「ムムムィッ?!」
ぶるるっと身体を震わせたチュー助に、しがみついていたムゥちゃんが慌てて抗議の声をあげる。一気にぼさっ!と爆発したチュー助の毛並みに、思わず笑った。
天国ってきっと素敵なところだけど、今いるここも、きっと負けないくらい素敵な場所だと思うよ。
「ユータ、独り占めはずるいよ~僕も起こしてよ」
みんなで美しい景色を堪能していたら、同じ部屋で寝ていたセデス兄さんが、のっそりと起きてきた。相変わらずどうやったらそうなるのかって髪をしている。その爆発頭にもびっしりと水滴がついて、朝日を浴びるセデス兄さんは、無駄に美しくきらめいていた。
ぼんやりとした緑の瞳が、黄金の光を受けて眩しげに細められる。水蒸気の重みでへなへなしていく髪をぐいっと両手でかきあげ、ざっくりとオールバックになったセデス兄さん。そうするととてもクールで賢そうに見える…見た目だけは…。
「きれいだねえ…」
「うん、オレこんなに綺麗なの、はじめて見た」
「ふふ、ユータにとってはどこもきっと初めて見る景色だよ。たくさん綺麗なものを見るといいよ、いっぱい素敵なものを詰めて大きくなろうね!」
それって、いいなあ。
うん、オレそうすることにする!素敵なものをいっぱい詰めて、大きくなっていこう。大人になったとき、素敵なものでいっぱいだったら、きっとオレ自身も素敵な人になってると思うんだ。
ふわっと優しく微笑んだセデス兄さんに、オレも満面の笑みを浮かべた。
「ユータ、よく眠れたか?」
「うん、とっても!」
別室だったカロルス様たちと合流して、朝食の席につく。フロア貸し切り状態の宿なので、一番大きなお部屋に全員集合して、朝食を運んでもらっている。ちなみに寝室の部屋割りは大分もめたらしいけど、執事さんがビシッと決めてくれたみたい。オレとセデス兄さん、執事さんとカロルス様、マリーさんとエリーシャ様になっている。
朝食はシンプルなパンとサラダだったけれど、さすがフルーツの名産地!色とりどりのジャムが添えられていて、どのジャムをつけようかとさっきから目移りして仕方ない。
「そうか!やはり先に言わんで正解だったな」
半分上の空でカロルス様の声を聞いていたら、なんだかとても引っかかる物言いだ。
「…?なんのこと??」
ちらりとカロルス様の楽しそうな顔に目をやりつつ、一口目は黄色いジャムに決めた!次は紫のにしよう。
「ゼローニャはな、滝が有名なんだが…もう一つ名物があるんだ」
「もうひとつ?果物も有名だって言ってたね!」
「まあな…でも、それ以上に人を集めるものだ!」
「そうなの?」
これだけでも十分に人は集まると思うけど…。ジャムはどれも美味しかった。新鮮な果物が手に入るからだろう、甘すぎず、ジャムと言うよりコンポートに近いだろうか、しっかりとそれぞれの風味や食感が残っていて、頬ばると自然と口元がほころぶ。
「お前が行きたいって言ってたろ?…ダンジョンがあるぞ…行ってみるか?」
「?!」
オレはぽかんと口を開けて、スプーンを落とした。
ロクサレン家:ドッキリ☆成功ー!!いい顔いただきました!
アリス:「きゅ!(ドッキリ成功!のプラカードを掲げる)」
…っていう図が浮かんでしまいました(笑)






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