212 通路に響く咆吼
恐がりの男と、ゴツイ男が何かやり取りすると、オレはそのまま扉の中へ引っ張り込まれた。どうやらゴツイ男はここまでの役目らしい。
扉の中には、武装した男達が数人たむろしていて、その奥にさらに扉が見える。
「ついて来い。逃げたり泣いたりしたら酷い目に合うぞ」
泣いて欲しくないなら優しい顔で言えばいいと思う。理不尽だと思いつつ、奥の扉を抜け、さらに中へ。
『…地下施設ってところかしら?』
『すごくたくさんの人の匂いがするよ!』
思ったより随分大きな組織だ。地下のアジトは、整然としていて、どこか未来的にさえ思った。
しばらく男について歩くと、ふいに目の前が拓けた。5階建てくらいのビルならすっぽり入りそうな、天井の高い空間には、魔道具らしきものがたくさん並び、大勢の人が作業をしていた。中央には小さな塔のような…以前のアリ塚みたいなものが見える。機械も金属もひとつもないだろうに、なんとなく、映画で見た宇宙船の開発施設みたい…なんて思う。
「あっ……」
アリ塚もどきの近くに、ちらりと子どもたちの姿を見つけた!思わず立ち止まったら、ぐずぐずするなと引っ張られてしまう。
「(ラピス、あの子たち、何してるんだろう?)」
―分からないの。でも、ユータが魔力を貯めてるのと同じようなことをしてるの。
ああ、魔力保管庫のことかな…じゃあ、こどもたちは魔力を貯めるために集められてるの…?
『でも、それなら子どもより大人を捕まえた方が効率が良いのに。そりゃあ、リスクは上がるでしょうけど』
そうだよね…単に脱走や反抗させないために子どもを使ってるんだろうか…。
「ここにいろ。騒ぐな」
薄暗い通路を通って、小部屋が並ぶ場所でロープを解かれたら、そのまま中に放り込まれた。後ろでガチャリ、と鍵のかかる音がする。
「ふう、ひとまず潜入は成功、っと。」
小部屋は土を掘っただけの穴に、小さなのぞき窓のついたドアをはめ込んだ、どシンプルな造りだ。土魔法が使えるならあっという間に出られてしまいそう…随分と狭い部屋ではあるけど、子どもなら数人は入るだろうに、オレ一人にあてがうなんて贅沢な気もする…他の子はどこにいるんだろう?
ラピスに調べてきてって頼んでみたけど、こんな危ないところでオレ一人にはできないらしい。時刻はそろそろ夜、ベッドもないけど、ここで寝るしかないね。
グオオウ!!!…グル…グルル…
その時、遠くで大きな獣の咆吼が聞こえた。かすかに悲鳴も聞こえる。
「ラピス!おねがい、見てきて!」
シールド張るしシロもスタンバイしてるから!と説得して、なんとか無理矢理送り出したものの、ラピスは、1分もしないうちに戻ってきた。
「大丈夫だったの?!」
―大丈夫なの。ここみたいな所が他にもあったの。それで…
グオオオオ!!
さらに近くで咆吼が聞こえ、どうやら大きめの魔物らしい姿が、レーダーでも捉えられるようになった。
―魔物が通路の所をこうやってうるさくしながら歩いてるの。部屋に子どもはいるけど、ドアが閉まってるから危なくないの。
そうなんだ…ホッとすると同時に、なんでこんな所に魔物が?と不思議に思う。番犬みたいなものだろうか?
どんどん近づく咆吼は、本当にうるさい。オレの部屋のすぐそばまで来たので、興味津々で小窓から覗くと、暗闇の中、大きめの黒い魔物が周囲に体当たりしたり、ガリガリひっかいたり、すごく苛ついた様子で通路を走り回っていた。頭が二つある、短毛のでっかい犬っぽい…えーっとケルベロスじゃなくって…そう、オルトロスって言う魔物だ!頭が二つあるってすごく不思議だよね…意思はひとつなんだろうか?
チッチッチ…
もっと近くで見てみたくて、つい舌を鳴らして呼んでみる。
『猫じゃないんだから…』
モモは呆れたけど、オルトロスはピクッと耳を立ててこちらを見た。うわあ…大きい!シロは大きくてもかわいいのに、オルトロスはなんだか凶暴です!!って感じのオーラを放っている。
グアア!グオオオオ!!
よだれを垂らしたオルトロスが、オレの部屋の壁をガリガリとひっかいて暴れる。
「お腹空いたの?」
『主ぃ、この場合こいつのごはんは主だと思う!』
なるほど。エサは目の前にあるのにフタが閉まってて取り出せないって怒ってるのか。でも開けてあげるわけにもいかないし…そうこうしているうちに、オルトロスはまた走ってどこかへ行ってしまった。ラピスが言うには、こういう小部屋が通路で繋がっていて、それぞれ離れた場所に子どもが収容されているみたいだ。
オルトロスも行っちゃったし、お布団がないけどもう寝ようかな…明日は何をするんだろう…。監視されているかもしれないので、魔法を使うわけにもいかず、ごろりと土の上に横たわる。大森林でも眠れるんだ、こんなしっかりした部屋なら快適なものだ。
うとうとした時、どこからか話し声が聞こえた。
「じゃあ…読み…しょうね…」
「はーい」「はあい!」
途切れ途切れに聞こえるのは、どこか遠くの部屋の話し声だろうか?優しそうな女性の声と、たくさんのこどもの声。
どうやら天井付近から聞こえる会話を、聞くともなしに聞いていると、その違和感に思わず起き上がった。
「これって…」
『そうね…こどもを攫ってきたのはこのためね…』
この話し声はフェイクだろう。あらかじめ作られた台本のもとに進められている。女性が読んでいるのは、何らかの神を讃え、攫われた子達の使命を語る物語。時々入る、茶々を入れる子どもの声には、周囲のこどもからの否定と、優しげな声の誘導が入る。
「―あなたたち…救うため…ここに集め…のです。」
「でも、ママは…って言って…」
「そうじゃないよ!」「間違ってるよ!」
「そうね、それは違うわ。あなたのママが間違えたのね。」
否定の言葉だけはやけにクリアに聞こえる。子ども向けなのだろう、大人にするにはチープなお話だが、子どもには効果があるに違いない。これ…洗脳…ってやつじゃないかな。
親から引き離し、怯えさせて、優しい声で洗脳する。従順な組織の構成員を作り上げるために…?小さな子に、なんてことを…。沸々と湧く怒りに、今すぐここを飛び出してやりたかった。
「今も、洗脳されている子達がいる…悠長に組織を探ってる時間はなくなっちゃった。ラピス、チュー助、お願い、行ってきて!」
オレ一人がここで飛び出しても無駄骨に終わるだろう、ラピスやシロと全力で暴れたら、この施設を潰すことはできるかもしれないけど、下手すれば組織ごと逃げられるかも知れない。包囲が完成するまでは、堪えなければ。
「みんなーーー!がんばってーー!天使様が助けてくれるからねー!!その声にだまされないでーー!!」
あらん限りの大声で怒鳴ったら、地面に手を着いて、地図魔法にレーダーとラピス情報をフル稼働して土魔法を使う。オレは小部屋にいる子どもたちの、ごく側に…小さな小さな天使像を生み出して、一瞬、かすかに光らせた。真っ暗な部屋で、きっとその光は目にとまるだろう。縋るものがなければとても子どもたちは持たないだろう…組織の言う神様とやらとは別の何かを…と思ったらコレしか出てこなかった。
グルルルッ!ガアッ!
オレの大声に反応したオルトロスが、また戻ってきて大騒ぎし出した。
『うるさい…子どもたちを怖がらせたら、ぼく許さない!』
一瞬漂った、怒れるフェンリルの気配。
ギャンッ!!キャイン…キャイン…
オルトロスは、尻尾を巻き込んで震えながら逃げていく…オルトロスよりフェンリルの方が強いんだね。
「シロ、ありがとう」
『ううん、ぼく、すごく腹が立ったの』
ややあって、慌てた様子で走ってきた組織の人間たち…やっぱり監視されていたかな?まあ、あんな大声出したら監視してなくても気付くだろうけど。
「ここだ!このやっ…」
ガツン!!勢いよく小部屋のドアを開けた男は、どうやら顔面を強打したらしい。無言でうずくまって悶絶している…ドアの内側は岩で埋めておいたから。
「なんだ…これ?!どうなってる!」
「この岩…天井の崩落かもしれん!オルトロスがやけに暴れていたからな!」
「なんだと…Aの部屋だぞ?!早く掘り出せ!!」
土魔法ぐらい、もうバレてもいいやと思ったけど、都合良く勘違いしてくれたようだ。オレは部屋の奥で横になると、ドア付近にしっかりと岩を追加しておいた。天井からの声も止んだし、これでゆっくり眠れるだろう。
オルトロス:あれはエサじゃないいぃ!エサじゃなかったあぁぁ!!
書籍の表紙が公開されました!
予約してくださった皆様、本当にありがとうございます!!書籍版は外伝という形で新たなお話を追加している他、電子版SS付き!みたいですよ!!私の中で、イラストで見たいSSだと話題です(笑)SSにもイラストがあればいいのにね…贅沢な悩みです。
【書籍情報はこちらから!】
https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/
 






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