1090 代替不可
「あ~こんなことなら、ユータを巻き込むんじゃなかったなあ」
大きなスノーボールクッキーを頬張りながら、セデス兄さんがまだそんなことを言ってる。
「オレのセリフですけど! 完全に巻き込まれた側だよね!」
「どっちかというと、巻き込まれたのは僕の方だけど」
そんなわけないでしょう、セデス兄さんの研究なんだから。
そもそも、ジフは元から『金になる』って言ってたし、そのつもりだったと思う。
つまり、オレのせいじゃない。
今回、いくつかの配合レシピと共に公表された研究は、案の定大きなトレンドになっているよう。
幸い、いろんな人たちが色んなスパイス配合を試しては発表しているようだから、ロクサレンだけが目立つことはない……と思いたい。セデス兄さんが何やら賞をもらっていたような気がするけど、たぶん大丈夫。
「もう俺は引退してよくねえか? 十分こいつらでやっていけるだろ」
「そういう問題じゃないんだよね」
「カロルス様が領主じゃなきゃダメ!」
即座に否定されて、カロルス様がソファでぐったり仰のいている。
よいしょと膝に乗り上げて、固い腿をぽんぽん叩いた。
「しょうがないよね、子どもの不始末は親の責任って言うし」
「不始末は責任とってやるわ。けどよ、子の功績は親のもんじゃねえよなぁ?」
た、確かに……?! 親ってなかなか大変だ。
「えっと……そこは遠慮せず……」
じとり、と見下ろすブルーの瞳に曖昧な笑みを向けた。
「素晴らしいことです。今までは英雄の箔しかなかったロクサレンですが、こうして様々な分野で活躍することができています。個人ではなく、領地自体に価値が移っているのですから」
「英雄の『箔』だけってことねえだろ! フツーに戦闘の腕はあるわ!」
「ないよりマシですが、その腕はあまり領地経営に役立ちませんからね」
「じゃあ引退――」
「「却下!」」
理不尽! と呻くカロルス様をおざなりに撫でながら、なるほど、と執事さんを見上げた。
ロクサレンにはこれといった名産も何もなかった。
カロルス様が引退してしまったら、王都からも遠いこの地は、下手をすると徐々に寂れて村さえ消滅しかねない土地。カロルス様たちの武力でなんとかなっていたけれど……。
それだけじゃ、ダメなんだなと頷いた。
今のロクサレンは、人が増え、事業が増え、カロルス様たちがいなくたって十分豊かな地になってる。
しかも、ヴァンパイアから魔族、何なら時々海人さえ来るかもしれない戦闘力増し増しの地になってしまって大変だ。
「将来安泰だね、セデス兄さん」
「どの事業も大体ユータが噛んでいるんだから、それをとりまとめる人が領主になるべきだよね、ユータ」
とりまとめないから。オレ、もう関係ないから。
でも、ふと思った。
セデス兄さんが領主として。引退したオレたち『希望の光』がここに腰を落ち着けるとか、そういう未来。
執事さんの代わりをラキが務めて、マリーさんの代わりはタクトだろうか。
じゃあオレは……ええと、エリーシャ様……? む、無理だな。そこはきちんとセデス兄さんが担当してほしい。
となると、オレ余っちゃうのだけど。
うーんと首をひねって、ぽんと手を打った。
「そうか、オレはセデス兄さんポジションにいればいいわけだ」
「……なんか、僕ポジションが気楽だと言ってるように聞こえるんだけど?」
まさにそう思っていたけれど、口先だけで否定しておいた。この立ち位置、守らねばなるまい。
「ところでユータ様、こうなるとスパイス需要が一気に増えてまいりまして……買い付けが追い付かなくなりそうです」
「そ、そっか! ただでさえカレーやらでスパイス消費が激しいのに!」
スパイスを求めて争いとか……起こっちゃうんだろうか。
さっと顔色を変えたオレに、執事さんはにっこり笑った。
「そうではありません。魔族の地は需要に耐えられる十分なスパイスがあります。ですが、その輸入窓口がロクサレンのみでは支障がありまして」
それはそう。むしろ今までロクサレンしか窓口がなかったの?
「それは、他の人もみんな買い付けに行けばいいんじゃないの?」
「なかなかそうもいきません。船ではるばる魔族の地へ行って、さらに交渉を成立させなくてはいけませんから」
ああ、魔族の人とあまり仲は良くないんだったっけ。
でも双方メリットあることなら、交渉はできるんじゃないかな。
そして魔族のことなら、アッゼさんがいる。アッゼさんと相談する方がいいだろう。マリーさんが呼べばきっと来るだろうし。
うーんと腕組みしながら、ふと、どうしてこの相談をオレに持ちかけられているんだろうと首を傾げた。
じっとオレを見ていた執事さんが、にこりと笑った。
「つきましては、ヴァンパイアの方々と本格的に話を進めるべきかと」
「ヴァンパイア? ああ! そっかそんな話もしてたね」
ヴァンパイア特有の、黒い霧になっての転移。魔族や人間もアッゼさんのように転移できる人はいるけれど、数が少なすぎる。それに比べればヴァンパイアなんてみんな転移できるもんね。
「ガウロ様や、ヴァンパイア側としてナーラ様と話はしておりますが、ユータ様にも話を通しておいてほしいと言われております」
「なんで?! オレに通さないで?!」
ナーラさん?! それ絶対、ついでにエルベル様のところへ遊びに来てくださいね~みたいなノリで言ってるよね?!
愕然とするオレに、少し苦笑した執事さんがもうひとつ、と指を立てた。
「ヴァンパイア族のみに頼るというのも難しいですし、海人と交渉するのもどうかと思っているのですが」
「あ、そっか! 海を渡るなら海人が協力してくれるといいよね!」
手段は確かに一つじゃ心もとない。ヴァンパイアの人たちって少ないし。
「それなら、森人たちとも連絡をとるのはどう? あっちにも結構スパイスとか色々あったよ?」
はい、と挙手したセデス兄さんがそう言って、確かにプレリィさんが使うスパイスもたくさんあるなと頷いた。
「それはいいですね。森人なら他種族より我々の方が交渉しやすいですし、魔族側への輸出品になります」
「あらまあ、それだとまたウチが潤ってしまいそうね」
「勘弁してくれ……」
うふふと笑うエリーシャ様と、頭を抱えるカロルス様。おかしいね、ウチだけが独占しないよう他へ広げようとしていたのに。
「ということで、ユータ頑張って」
「えっ?」
突如振られて、間抜けな声が出た。
「ええ、交渉の前段階と言いますか……渡りをつけるのはユータ様が適任かと……」
「えええ?!」
なんでオレが!? ちょっと転移ができて、ヴァンパイアの王様と友達で、海人のお姫様と知り合いで、森に少しばかり気に入られただけで――。
『そういうことね』
『諦めるんだぜ主ぃ!』
しばし口を開け閉めしたオレは、カロルス様と同じポーズで項垂れたのだった。
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