1078 郷愁の味
「みんな、お疲れ様っ! 先生、なんだかわからないけど、ギルドからすっごく褒められたよっ!」
午後の授業が始まる前、メリーメリー先生が弾みながらやって来てそう言った。
たまたま学校に来ていたオレは、つい視線を泳がせる。
「異常事態に早期対処してくれたおかげで、被害がほとんどなかったんだって! みんなが何か活躍したんだよねっ! なぜか先生のおかげって言われたけど、とりあえずありがとうって言っておいたから!」
さすが、メリーメリー先生だ。そうこなくては。そして、本当によく分からないまま労ってくれたんだな。
全てをメリーメリー先生に押し付けた手前、とりあえずいい方向に転がったようで良かった良かった。
だって、クラスメイトだけなら誤魔化せたけど、他の冒険者さんたちが何人もいたから。
だから、メリーメリー先生の指示で、有志による自主特訓を兼ねた対処をしたということにしておいた……ラキが。
まだ疲れの抜けきっていないクラスメイトが、気だるげに机に突っ伏している。
「ユータ懲役、伊達じゃなかったぜ……ホント、お前ら『鋼の花』のせいだからな!」
「まさかそんなことだって知らないし! まさか、あの場にいる花をほぼ殲滅とか……採取しておいてよかった」
変な名称を広めないでいただきたい。いい自主訓練になったし、ギルドからも褒められたし、メリーメリー先生だってご機嫌だ。ほら、三方ヨシだよ。
クラスを騒がせた『鋼の花』は、さすが植物フェチたち。『這い寄る花』から作った即席の魔物避けというか、同族と認識されるような液体を自分たちに塗って、二重底の方へ下りていたらしい。
けれど、さすがに数が多すぎて危険だと身を潜めていたところに、タクト重機が走り抜けたおかげで合流できたのだとか。
「それにしても、お前らの強さデタラメじゃね? 懲役食らったのは辛かったけど、確実に力にはなった実感があるから……まあ、自主訓練と思えば……」
「違うからね?! 元々自主訓練の方だから!」
むっと頬を膨らませるオレに、クラスメイトが『こんななのになあ……』なんて苦笑して頬を引っ張って行った。どう考えても褒められてない。
ちなみに、這い寄る花は魔物というより魔法植物。でも魔石こそないものの、素材として悪くないらしく、結構な収益になった。誰がどれだけ倒したかなんてわからないし、山分けという形を取ったので、クラスメイトはほくほくだ。
「みんな、いい臨時収入になったんじゃない? 何を買うの? 収納袋?」
収納袋は、冒険者がそれなりになったという証拠のような品。クラスでは持っているパーティも多いけれど、この年で持っているのは異例中の異例だ。
だけど、ふと真剣な顔をして顔を見合わせたクラスメイトが、頷き合って各々小袋を取り出した。
「私らも考えたんだけどさ、やっぱり、これはもらいすぎだし……一応、分かってるのよ。ユータたちのサポートのおかげって。討伐数だって、2倍や3倍できかないでしょう?」
「だから……これ、ユータたちに。あと、ユータが名を売らなくていいなら、メリーメリー先生だけじゃなくて、ロクサレンの名前も出したらどうかってみんなで――」
真摯な表情を見回して、手に手に小袋を持って集合してくるみんな。
まさか、そんな風に考えてくれたなんて。
でも。
「い、いらな、じゃなくて! あのあの、気持ちだけ! 気持ちだけ受け取っておくから!! だってロクサレンは関係ないわけだし?!」
「関係あるだろ。ユータとカロルス様がロクサレンのメインだろ? 形式だけでもロクサレンってことにしておけば、ギルドからの報償の受け取りとか――」
「ノオオォ! 大丈夫! ラキとタクトに渡して! ロクサレンは全然、全然もらわなくていいよ! ノータッチ!!」
頭を抱えるオレに、クラスメイトが訝しげな顔をする。
「僕も、加工したわけでもなく、みんなからもらうのはちょっとね~」
「お前らが取っとけよ。倒したことに変わりはねえんだしさ」
でも、となお食い下がるクラスメイトに、ここは正直に言った方が身のため、と表情を引き締めたのだった。
秘密基地で寛ぐ二人を前に、取り出した花をざぶざぶ洗いながら、不満を口にした。
「あんな顔しなくてもいいと思うんだけど」
きちんと、功績になってしまうからダメだと伝えたのに。
でも、ちっとも伝わらなかったらしく、欠片も飲み込めていない顔で戸惑われてしまった。
「そりゃ、あんな顔にもなるだろ」
「理解し難い生き物を見た顔をしてたね~」
くすくす笑われ、唇を尖らせる。
つまるところ、ラキに正しく解説してもらったのだけど。結果は先の通りだ。
ちなみに、『言うデメリットもねえと思って、もうギルドには言っちゃったわ』なんて聞いてしまって、オレは全てを忘れようと調理に集中している。
きっちり洗った『這い寄る花』を眺めて、手触りを元に葉っぱをちぎっていく。
「ホントだ、結構分厚いんだね。ちゃんと違いが分かる」
この花、実は『足』になる葉と普通の葉に分かれているらしい。そしてその『足』になる葉っぱが食用なんだとか。滋養があるとかで、ちゃんと素材として買い取ってもらえた。
となれば、食べてみたいよね!
何というのか、柔らかいサボテンのような厚い葉が、一株に2~6枚混じっている。
完全に生気を失った植物からは、ぽろりと簡単に外れた。
「タクト、あーん」
「……マジで食えるんだろうな?」
いつもならすぐ食いつくのに、用心深く寄って来て、じいっとオレを見る。
オレは自信満々に頷いてにっこり笑う。
「サラダにすることもあるって書いてたから! 大丈夫だよ!」
「じゃあどうして自分で食べないんだろうね~」
ぼそりと呟いたラキのセリフは、幸いタクトには聞こえなかったよう。
ほら、と促してみせると、先端の方を恐々ぱくりとやった。
おお、歯切れがいい。歯形を残した葉っぱを見て、咀嚼するタクトの表情をじっと観察した。
よし、大丈夫そう。美味しい、という感じでもなさそうだけど。
「んー……ん? なんか、変わった味すんな。サラダって感じしねえよ。つうか味がねえ」
「味つけてないもんね」
「なんで食わせたんだよ」
それはさあ、やっぱり料理してから食べられないとなったら、ガッカリするわけで。
オレも小さく切って、口へ入れてみる。
「あ……あー、なるほどね。ちょっとだけ」
「何がなるほどなの~?」
オレの表情を確認したラキが、小さな欠片を口へ入れた。
これ、ココナッツの内側みたいな……イカみたいな。確かにサラダという印象じゃない。
他の葉野菜と混ぜたサラダにしようとしていたのを急遽変更し、しょうゆベースのソースを作った。
いかにも刺身らしく、長方形にカットした葉を、ぐるりと螺旋を描くように皿へ並べる。
「うん! 色はちょっとアレだけど、目をつむって食べれば……イケる!!」
「何が?」
何かを確信しているオレに不思議そうにしながら、二人がさっそく手を伸ばす。
「ここにつけて食べるんだよね~?」
「そう! 塩気が強いから、ちょっとだけつけるんだよ」
手本になるよう、箸でひょいと摘まみ上げると、柔らかく垂れた姿がいかにも、だ。
ちょんとソースをつけて――目を閉じて口の中へ。
「……うん!! お刺身だ」
ひやり、と少し冷たい瑞々しさと醤油の塩気。
独特の弾力は、イカ……うーん鯛やフグの方が近いかもしれない。いや、きっと近い!
久しぶりだ、お刺身。
ゆっくり噛みしめるように食感を楽しんでいると、微かに漂うのは磯ではなく青い匂い。
これは、お刺身に添えられたシソなんかの匂いだ。そう自分を納得させて、オレはしばし郷愁の混じる懐かしい味覚を楽しんだのだった。






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