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最終話・ある日、あるゴミの山で

 

 これが私が青年から聞いた話をまとめたものである。

 その青年の話の裏付けについてはこれから調査するが、私には彼が嘘をついているようには思えない。

 猫と話した、猫に教えてもらった、という部分については青年の精神状態を専門家に診てもらわなければわからないが、特殊な環境の中で幻覚、幻聴を見たのではないだろうか。

 人に絶望し、人から離れ、それでも寂しさから猫と会話をしたつもりになっているのではないかと私は考えている。

 だが、青年が猫の真似をしてネズミを捕まえて食べていたのならば、真似をした猫が彼にとって先生であり父親だったのだろう。


 私はジャーナリストとして、ゴミの違法投棄とゴミ袋税について調べていた。

 東北の山の中、違法に投棄されたゴミの山で青年に出会った。

 青年は汚れた黒いハーフコートに軍手を手につけ、ゴミの山をひっくり返して何かを探しているようだった。

 私は近づいて彼に聞いてみた。彼はこの近くに住んでいるという。

 地元の住民の意見を聞くために青年に質問した。

 近所にゴミが違法に投棄されて、簡単には撤去できないほどの量になっていることをどう思いますか?

「ありがたいですね。このゴミ山から使えそうなものを拾って、なおしたり改造したりして使ってますから」

 予想外の答えが返ってきた。

 ではこのゴミ山が無くなったら、どう思いますか?

「んー、ちょっと困りますね。このゴミ山のおかげで助かってますから」

 恥ずかしそうに微笑む彼の顔は純朴で、てきとうなことを言っているようには聞こえない。

 彼の話を聞き、その内容に驚きその話をまとめるために私は彼と四回会った。

 コンビニで買ったおむすびや缶詰を渡して取材をお願いした。

 彼は最初は嫌がったが私がしつこく頼むと折れてくれた。

「そのかわり、家には来ないでほしいんです」

 私は彼の連れである女の子にも話を聞きたかったが、彼は許してはくれなかった。

 どこに住んでいるかは聞かない、家にまで追いかけて行かないことを条件に彼の話を聞くことができた。


 一度は彼についてきた黒猫、彼いわくお父さん、に会うことができたが全身真っ黒の普通の猫だった。普通の猫よりは尻尾が太く見えたが、それだけだった。

 よく見てみようと近づくと逃げられてしまった。


 お金を使わない生活を目指し、ネズミとカラスを捕まえて食べて暮らしていたという青年。

 今、何歳なんですか?

「さぁ、数えてないから忘れました」

 今もお金を使わない生活を?

「はい。ここは山鳥もいますから、雉と鴨はカラスよりも美味しいですね。カラスも美味しいですけど」

 明かりや火はどうしてます?

「蝋燭を作れるようになりました。あとはドラム缶を改造して炭が焼けるようになりました。お風呂も手作りで作りました」


 彼のような事例は珍しいのだろう。

 だが、この日本で貧困が問題視されている。


 私はかつて売春婦の取材をしたことがある。新宿、池袋では立ちんぼと呼ばれる外国人の女性達が酔客を相手に身体を売って稼いでいた。

 だがそれは過去の話で今はもういない。

 これは治安が良くなったということではなく、単に日本人が貧乏になってしまっただけだ。

 日本人客を相手に商売しても金にならない稼げないとわかった彼女達に見限られた。彼女達は日本より稼げそうな別の国に行ってしまっただけなのだ。

 このときに日本がこれから貧しくなっていく時代を感じた。

 政治家が景気回復を口にするようになっていった。


 明かりのあるところに虫が集まってくるように、栄えているところにはいろいろなものが集まってくる。

 日本はその明かりが消えてしまったから、好景気という明かりが消えて、先が見えなくなったから今度は離れていく。

 もともと資源の無い国がもとの姿に、本来の形にもどるだけなのかもしれないが。


 この青年のことを珍しいケース、極端な事例として見ることができる、今は。

 だが、十年後、二十年後、この青年を特別とは言えない時代が来るかもしれない。


 2011年には小中学生の行方不明、遺棄児童の数が千人を越えた。

 この中には貧困で子供を捨てた数が多い。親が子供を捨て、子供がいることにして育児手当てを受けとるケースもある。


 餓死者も増えた。

 1995年には約千人

 2001年には約千五百人

 2011年には二千人を越えた。

 この数は今後も増えることはあっても減少していかない。

 日で割ればこの国では今も一日に五人、食べ物が無くて餓えて死んでいる。


 四回目に彼と会ったとき、彼は引っ越しするのでもう会えないと言った。

 どこに引っ越すんですか?

「それは秘密です」

 どうして引っ越すんですか?

「この辺りも騒がしくなってきました。このゴミ山が揉め事の原因なんでしょう? だからここから離れます。それに……」

 それに?

「あの子に子供が出来ました。騒がしくないところで出産してもらおうかな、と」

 あの子、連れの女の子ですね?

「まさか、僕がお父さんになるなんて考えてなかったですね」

 病院には行きましたか?

「そんなお金はありませんよ?」

 それで無事に産まれると思いますか?

「それはわかりません」

 出産を甘く考えていませんか? 流産の危険、母子共に死ぬことだってありえますよ?

「そうですね。あの子と子供が死んだら、僕も後を追って死にます」

 保護を受けて病院に行ってはどうですか?

 なんだったら私がお金を貸してもいい。

「やめてください。僕もあの子もようやくお金と縁のない生活ができるようになったんです。やっとお金中毒から脱出できたんです。もうお金には関わりたくないし、振り回されたくないです。お金を触った人の手であの子とあの子の子供に触って欲しくないんです」

 死んでしまうかもしれないんですよ?

「そうですね。でも誰だっていつかは死にます。だったら死ぬそのときまでは、心を軽くして生きていたい。重く辛く苦しい思いで生きていたくはないんです」

 彼は穏やかにそう語った。


 この日以降、ゴミ山に来ても彼には会えなかった。

 彼と彼の連れの女の子はどこへ行ったのだろうか。子供は無事に産まれるのだろうか。

 また別のゴミの山を探せば、彼に会うことができるのだろうか。


 貧しいことは悪いことではない。貧しいならば貧しいなりの暮らし方があり生き方がある。

 一度の好景気で豊かな暮らしを体験した人々は過去の時代の暮らし方を忘れてしまった。

 だが地方に買い物弱者という新しい言葉が産まれ、これまでの社会の破綻が見え始めている。

 買い物に困る個人がいる、ということはすでに経済が上手く回っていないことの兆候ではないのだろうか?


 新しい産業が起こることもなく、商店街はシャッターを下ろし、地方のデパートは無くなり、工場は潰れ、跡継ぎのいない農地は空き地として売られる。

 解決策はまだ見つかってはいない。


 生活保護の受給者も増えている。これも貧困国の証明だろう。

 生活保護はもちろん無いよりはあったほうがましな制度だ。

 だがこの国では国民の生活保護に対するイメージが悪く他の先進国に比べて審査が厳しい。

 生活保護の申請が通らないまま餓死するケース、生活保護が打ち切られたのち餓死するケースが後を絶たない。

 

 日本は貧しい国だ。

 年々餓えて死ぬ人が少しずつ増えていく。

 そしてこれから更に貧しくなっていく。


 あの青年のように生きる人が増えるかもしれない。

 それは餓えて死ぬよりはましな生き方だから。

 




読了感謝

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