020 「久しぶり、剣哉」
おお、気づけば二十話ですね。
これも読者の皆様のおかげ。ありがとうございます!
もうそろそろ物語は終了へと近づいていますが、最後までお付き合いくださるとうれしいです!
さぁ、やっと今回物語が動きました(安堵
脱出方法を考え出してから数分。結局状況は変わらなくて、地面に座り込んでしまっていた。
あの後、もう一度檻を壊してみようと試みたり、地面を割って掘り進めようとかしてみたのだけれど、私の拳が更に痛んだだけで終わってしまった。今もジンジンと響いてくる。
「……このまま、キファルガスが倒されるのを待つしかないのかな~」
後頭部で手を組みながらナイツが言う。彼はもう半分諦めてしまっている。無理もない状況ではあるけれど。
「……もう、あの方法を使うしかないかしら」
出来ればこの方法は避けたかった。理由は簡単で、リスクが高いからだ。
でもリスク以前の問題であるのも事実。リスクを負わなければ出られないのなら、リスクを負うしかない。
「何だよ、あの方法って?」
「……監視員をボコボコにするのよ」
彼は何も声を出さなかった。目が卵くらいのサイズになっているけれど。
「リスク高すぎるだろ!」
「そんなこと言っていられないの。出る方法がそれしかないならやるまでよ」
「どうしてそこまでして出ようとするんだ? 城崎に任せればいいじゃないか」
「…………」
彼の言う通りではある。別に今、無理して牢屋を抜け出さなくても、剣哉が助けてくれるのをジッと待つのもいい。剣哉が勝つ保証があるわけじゃないけれど。
監視員は複数いるため、出た瞬間袋叩きの可能性も無いわけじゃない。
でも、出なければいけない。そう自分に義務付けている。
「漆黒剣が答えてるからよ」
もともと自分が彼をこの世界に巻き込んだ。もちろん戸惑っていたけれど、すぐに受け入れてくれて、文句ひとつ言わずについて来てくれた。そして、漆黒剣もそれに答えている。
「なーんか……変わったな、ルメナ」
「どこがよ? いつも変わらず美少女よ?」
「いや、さ。そんな必死になる人じゃなかった――って自分で美少女名乗るな!」
「あんたこそ変わったじゃない。今までさん付けだったのにいつの間にか呼び捨てだし」
「そ、そんなことどうだっていいだろ!」
「ま、そうね」
必死になる人じゃなかった――か。言われてもあまりしっくり来ないけれど、他の人から見たらそうなのかもしれないな。
「さ、やるわよ!」
「本気でやる気なのかよ……」
「もちろんよ。それにどの監視官が歩いても鍵が鳴っているってことは――全員鍵を持っているってことでしょ? 好都合だわ」
「キファルガスよりお前の方が怖いぞ?」
そんなことはないと思うのだけど。
「作戦としては、私が腹痛を起こすの」
「ふむふむ」
「監視員が私に近づいたところで私が思い切りお腹にパンチするの」
「何、その腹へのこだわり」
「たまたまよ」
魔界人や暗黒人にとっても腹部、特に鳩尾は殴られたらとっても痛い。仮に監視員が魔法でガードしてきたとしても鍵を奪うのには十分だ。監視員なんかに負けるほど私も弱くない。演技力も申し分ない……はず。
「行くわよ」
「はいはい」
半ば適当なナイツは無視して作戦を実行した。
☆
「わー! おい大丈夫かルメナー!」
若干棒読みのナイツの演技。いきなり不安要素が増えてしまった。
「どうかしたのか?」
それに気づかない監視員はあっさりと私たちの檻のところまでやってきた。演技だということがバレていたとしても、来ないと監視員リストラだもんね。
「彼女がちょっと腹痛が起きてしまって……」
「いててててて……」
お腹をさすりながら唸る。別にお腹が弱いわけじゃないけど、大体こんな感じだろうか。
普通はトイレに行けと言えば良い話なのだけど、ここの牢屋にトイレは設置されていない。あるのは机くらい。座る場所は地面なのでイスなどない。そんな殺風景な牢屋のおかげでこの作戦も実行できるのだ。
「そうか。ならこっちに来い。トイレまで連れていく」
言われるがままに私は入り口付近へ、なるべく苦しそうに歩いて行く。
そして私が入口の前に立ったところで、監視員の男は鍵穴に鍵を差し込み、軽く右に一回捻った。カチャリ、という幸せの音が鳴り、鈍い音を立てながら開いた。
――今だ!
あくまでお腹をさすりながら、フリーの右手で思い切り監視員の腹部を殴りこんだ。
「ぐふぅっ!」
情けない声をあげながら監視員はその場でうずくまってしまう。
「貴様……!」
「想定外だったよ~? まさか親切に鍵を開けてくれるなんて」
瞬間、サイレンが部屋に鳴り響いた。ドタドタとたくさんの人が来る音がする。
そんなのに形振り構っていられず、キファルガスのいる王の部屋へと走り出した。もうここまでやれば、あと少しだ。
「今行くよ、剣哉!」
私は着実に、王の部屋へ近づいて行った。
◆
◆
◆
耳障りなサイレンが王の部屋に響く。キファルガスにもうすぐ殺されるというところでサイレンが鳴ったおかげで、死には少し遠のいた。
「何だ!? 何が起こった!?」
キファルガスは俺を放置してサイレンの方へと意識を持って行く。
そのまま彼は大きな椅子の後ろ側にあるディスプレイに目を向け、監視員と連絡を取り始めた。
「おい、何が起きている! 状況を説明しろ!」
『は、はい! たった今、魔界の牢人が抜け出して、王の部屋へと向かっています!』
「まさか……セキマ・ルメナか!? だとしたら今すぐ止めろ!」
『し、しかしっ! 魔法制限結界をもう一人いた男が破壊してしまって、手に負えません!』
「くっ……!」
――何が起こっているんだ。キファルガスの顔にはもう余裕の表情が浮かんでいない。
しかし、確実に分かることが一つある。彼が通話をスピーカー型にしていたのが最大のミスだ。ルメナが、すぐそこにいる。止まらないスピードで、ここに向かってきている。
おそらく、その魔法……何ちゃらを破壊したのはナイツだろう。暗黒界の牢人がルメナに手を出すとは考えにくい。また、会話を聞く限り、ナイツが優勢に立っている。
いまいち、キファルガスに余裕がなくなる理由が分からないが。
しばらくすると、スピーカーから『うわぁあああ!』という声が流れた。キファルガスがいくら声をかけても返事はない。ザー――というノイズが流れ出てくるだけだった。
「くそったれが……っ!」
刹那、キファルガスが殺意に満ちた表情で振り返った。今までのものとは違う、本当の殺気。そのオーラだけで尻もちをついてしまいそうなほどの圧力だった。
そして、軽くトンッ、と地面を蹴ったかと思うと、猛スピードでこちらに向かって進んできていた。
「殺してやる! 城崎剣哉ぁああああ!」
冷静さを失った彼の猛攻撃。理由は分からないが、とりあえずピンチなのには間違いない。
――どうする!? こんな死にかけの人間では躱すことなどまず不可能。だからといって斬られてしまっては意味がない。
そして、俺の中で色んな思いが過る。
どんな風になるか分からない。でも、そんなリスクを負ってまでルメナがこっちに向かっている。なら、そのリスクで答えてやろうじゃないか。
とても賢い方法だとは思えない。だけど、この方法がルメナの気持ちに答えることじゃないのか。
俺は漆黒剣を横向きに前に出し、上から降りおろされるキファルガスの剣を受け止めた。ギャイン――! と鈍い音が響き、火花が顔を焼く。
――絶対、勝つ!
その決心とシンクロするかのように、剣はどんどん前へと進んでいった。
「ぐ……!」
しかし、それで終わる相手ではなかった。再び押し返され、漆黒剣が眼鏡くらいの距離になる。
――まだ、終わらない!
今までなら諦めていただろう。もうダメか、と逃げていただろう。いつからこんなに熱血になったのだろう。まだ、終わっていないから、耐え続ける。
そして、またあの現象が発生した。
漆黒剣から放たれる黒い妖気。それが剣哉の目の前で両開きの扉のように閉ざされる。キファルガスの剣は外側に弾かれ、キファルガス自身も大きく後退した。
「これだから……漆黒剣は……っ!」
キファルガスがそう唸ったと同時。側面に取り付けられていた扉が大きな音を立てて開かれた。
そこから現れた姿は、薄紅色の腰までスラリと伸びた髪の毛。少し垂れた青い瞳。どこまでも白い肌。その見慣れた、懐かしい姿。
「ルメナっ!」
「剣哉!」
俺は無意識に手を伸ばした。それにルメナも手を伸ばして返してくる。攻撃の反動を受けたキファルガスはすぐに立ち直ることは出来なかった。
そして、俺の手と、彼女の白い手が数日ぶりに結ばれた。
『久しぶり、剣哉』