オバケが苦手
皆様ご機嫌麗しゅう。
筆者は、少しセンチメンタルというやつです。センチメートルじゃないよ?
それというのも。
以前お世話になったひとが、少し前に、まだ若くして亡くなったんだけど、ね。
先日、お宅にお邪魔して、奥さんと話してきた……んだけどさ。
色々、思うことがあってさ……。
センチメートル……いや、センチメンタルなのだ。
「来てくれてありがとうね。旦那さんも喜んでると思う」
その日。そう言って、奥さんは喜んでくれたんだ。
そして、色んな話をした。哀しそうに笑う奥さんは、まだ実感が持てないと言っていた。
でも——
「こうして、旦那さんを覚えてくれてるひとがいるのは、いいね……」
と、笑顔でキリンレモンを渡してくれた。また来てね、と。
少しでも気が紛れたんなら、よかった。そう思った。
ちなみに。
遺影と骨壺を前に、長々と手を合わせながら、筆者がちょっと泣きそうになっていたのは、秘密だ。いいか? 秘密だぞ?
以前チラッと書いたけど。
筆者は、周囲で死人が多かった時期がある。
だからまぁ、喪失感なんかは、想像……出来るんだ。
深い哀しみが、ひとを殺すことすらある——ということも、知っている。
おそらく、それを慰めるために、霊という概念が生まれたんだろうな。
しかし。
筆者は、オバケは苦手なんだ。
なんというか、存在を信じていないんだ。信憑性がない、ファンタジーだと思っている。
ホラー……書いてんだけどねぇ……。
霊なんてものは、残された生者が、自らの精神を安定させるための——都合のいい、妄想。そう、思っている。
死んだら、肉の塊だ。そして、灰にされるだけだ。それが、現在確認されている事実だ。
だが。
人間は、そんなに強くない。
都合のいい妄想は、時に必要なんだろう。
生き死にのような、精神的ダメージの深いことは、特に。人間には、想像力があるからな。良くも悪くも。
他者の死を見れば、自身の死も連想する。
自身を守ってくれていた"自分も周囲の人間も無敵で、ずっと生きる"なんていう都合のいい妄想も、一瞬で霧散する。
そして。
それは、突然やってくる。
もちろん、予測可能な範囲の場合もある。
しかし、夢から醒めること自体は、抗えない。
覚悟をしていたとしても、現実を理解しているつもりになっていても、理不尽に感じるだろう。
現実は、残酷なのだ。
優しい世界なんて、妄想の中にしか、ない。
死を、喪失だと——残酷だと、捉えるならば。世界は、現実は、残酷でしかない。生物は、必ず、死ぬのだから。
だから、それを上手く使うことは、きっと大事なことなのだ。
しかしながら、筆者はオバケが苦手なのだ。
好き放題に味付けされて、さも真実のように好き放題語られる、妄想が。それも、とても理不尽に思うからだ。どんだけ無秩序やねんと。好き放題し過ぎやぞ、と。
霊感商法とか、最悪の詐欺だ。人の死を商売にしてる連中も、いい根性してるよな。
そう、思うのだ。
あ。
当然こんな話は、その奥さんにはしてないゾ?
するわけないだろ?
痛みに苦しむひとに対して、そこまで不粋ではない。
てか。本当に極楽浄土なんてもんがあって、みんな幸せになってんなら、むしろそれがいいしな。
それは、本当にそう思う。
まぁ、完全な無になって、この現世の苦しみから救われるだけでもいいんだけどさ。
意識だけが残り続けるなら、オバケなんてもんには、なりたくないねぇ。
どうせくだらない考えが止まないんだからさ。
やはり、オバケは苦手だ。
人間とは、不思議なもんで。
生きる上に、幸福というや希望という概念を持ってしまっている。
幸福を感じるからこそ、不幸がある。
希望があるから、絶望がある。
それ、辛い現実を乗り越えるために、開発した概念なのかなーと思う。
でも、その概念があるからこそ、不幸や絶望がより際立つわけで。
中々に、矛盾を抱えているものだ。人間だもの。りせた。
とはいえ。
筆者も、欲求を満たす行為は好きである。気持ち的に満たされるからだ。
これも、幸福感というやつだな。
でも、それ。生きてるうちにしか感じることが出来ないんじゃないかなーと、思う。
オバケってさ。それ、感じないだろ? 多分。
肉体がなけりゃ、物も食えないし、神経とかもないんだしさ。
想像の範囲でしかないが、人間としての幸福感があるとは思えない。
ひととはなすことも、キリンレモンの味も、生きているから味わえるんだ。
やっぱ、オバケなんてもんには、なりたくないねぇ。
筆者は、オバケが苦手である。




