少し昔ばなしをしようかな[それは違うだろ]
やほー。
みんなげんきー?
りせた。だよー。
お世話になってる社長さんに、「最近、自分の仕事減ってきたんで、就活してんすよねー」って言ったらさ。
「あー。あんなのは、学歴と経歴しか見ないですよ。私もずっと面接してましたけどね。その場で本当の能力なんて判りませんからねー。今こうしてりせた。さんにお仕事頼めるのは、ちゃんと能力を解ってるからですけど。そんなの、一緒に働いてみないと解りませんからねー。りせた。さんは、経歴的に大変でしょー」
と、言われたのだ。
さらに。
「とりあえず、このひとかなーって入れてみても、これは違ったなぁってなることも多いですから。難しいものですよ。お互いに。酷いときは、持ち逃げとかされましたからねー。はっはっは」
……まぁ、そうなんだろうなって感じだった。だが、持ち逃げは笑い事じゃない。それは違うだろ。
しかしまぁ、求職者側が労働者となっても、『思ってたんと違った!』ってなることは、往々にしてあるもんな。コンプライアンスナニソレオイシイノハラスメント会社とか、定時は都市伝説ブラック会社とかさ。
てか。
仕事でも、友人関係でも、恋愛関係でも、誤解が生じることって結構あるし。
『それは違うだろ』とか、『なんか違う』とか、思っちゃうこと、割とあるよね。
あなたはどう?
筆者は、幼少期にも思春期にも、大人になってからも、結構あったんよなー。
なんせ、ズレてるからな。
そんなわけで、少し昔ばなしをしようかな。
——あれは、筆者が厨二病を発症してほどない、中学二年生の頃だった。
季節は、冬。
新年明けて、冬休みも終わり。通常モードに移行して、少し経った一月も中旬に差し掛かった頃。世間も、学校も、一部の者たちがソワソワし始める時期——だった。
「あ! りせた。!」
中学一年生の頃、同じクラスだった女子に、廊下で話しかけられた。
「ん?」
足を止めて、向き直った。
「ちょっとさー、相談したいことあって……」
この女。仮に、Kとしよう。
Kは、初対面に近い頃、『りせた。って、顔はいいけど背がなー』とか、女子たちの中心で叫んでいた奴である。
うっせぇわ。と、思ったし、言ったが。それは、事実でもあった。当時の身長は、139㎝しかなかったのだ。そこらの女子よりも、小さかったからな。
しかし。この頃は、この女の背丈も抜いていたのだ。ざまぁ。
「相談?」
——オレにか? Kが? なんのだ……?
おそらく、眉間を寄せて、小首を傾げていたことだろう。
漫画を借りたりとかしたことはあったが。コイツから真面目な話などされた覚えがない。
「だからぁ、今日さぁ、一緒に帰れんかな?」
上目遣いで覗き込んでくるKは、確か隣の町内だ。
「……別にいいけど?」
帰り道は同じ方向。特に問題はない。
「ほんと? よかった! じゃ、放課後!」
Kは、パタパタと足音を響かせながら、自身の教室の方へ走り去っていった。
——なんだアイツ。まぁ、真っ直ぐ帰っても暇だしな。
そう思いながら、体育の授業へ向かう為に、気怠く階段を下ったのだった。
放課後。
「あ、きたきた。じゃ、帰ろー」
宣言通り、Kは昇降口で待ち構えていた。
りせた。少年は勝手に部活を辞めた帰宅部員である。しかし、Kは何部なのだろうか?
「おお。で、話って?」
まぁ、誰が何部とか、あまり興味はない。相談とやらをこなすのみだ。
「いや、それはもうちょっと後で」
「ふーん」
何やらはぐらかされたのか。いや、相談なのだ。誰かに聞かれたくないのだろう。そう思って、そこではそれ以上訊かなかった。
しばらく歩くと。
ぎちっと立ち並ぶ民家が少し減り、小さな田んぼがチラホラと姿を見せてくる。
風除けが無くなり、少々寒さが増した気がした。
隣を歩いていたKは、ここまでの道中、何やら楽しそうに色々と質問をしてきていた。
りせた。少年は、逐一それに答えていた。
びゅうと、風が吹き抜けた。つい、目を細める。通り抜けた冷気に、頬が斬り付けられたようだった。
「……あのさ」
Kが、一瞬足を止めた。
「ん?」
「Yさんいるじゃん」
Yさんは、中学に上がった時に転校してきていた女子だった。昨年は、同じクラスだった。Kとは、今年も同じクラスになったらしかった。
「おお。おるな」
りせた。少年の中学は、小学校から一切面子が変わらない、持ち上がり校だった。
だから、つい珍しい侵入者に『ねーねー。キミ転校生?』と、話しかけたのだ。それ以来、Yとはそこそこ話す仲として、一年を過ごした。
しかし、クラスが変わってからは、とんと話していなかった。
「なんかさ、りせた。のこと、好きなんだってさ」
「ふーん。……で?」
「でさ、もうすぐバレンタインやんね?」
「あー。まぁそうね」
一年で二番目に嫌いな日だ。ちなみに一番は誕生日。
「チョコ渡そうかなーって言っててさ」
「そうなんや」
「で、どんなのが好きなのか訊いて欲しいって」
「ふーん。オレ、チョコ嫌いだからさ。要らんって言っといて」
「え? そうなの?」
「うん。嫌い。チョコ。だから要らん」
「そっかー。わかったー。言っとくね。でもさー、チョコ嫌いって、珍しいねー」
「そうかー? 無駄に甘いし、口に残るし、喉に絡むし、最悪やん」
りせた。少年は、危うく嫌いなものを渡されるところだったようだ。
そのピンチを、Kは伝えにきてくれたらしい。だから、少しだけ感謝したのだった。
その翌日から。
「りせた。今日もさ、一緒に帰ろー。話したいことあるしー」
Kは、毎日やってきた。
「……まぁ、いいけど」
何を話したいのかは知らないが。用があるらしかった。
ある、雪が降った日。
「さっぶ~。今日やばいねー。ってか、りせた。さぁ、その恰好寒くないの?」
「……寒いわ。普通に雪チラついてんだろ」
学生服の下に、ちゃんとトレーナーは着ている。だが、それだけともいえる。手袋もない。ポケットに手を突っ込んで、握り締めるのみである。何故なら、男だからだ。
「ちょ、もっとこっちこやぁよ。マフラー、半分貸そうか? 一緒に巻く?」
「……いらねぇ」
「でもさ、震えてんじゃん。……あ、手出して」
「は? なんで?」
「いいからさー。早くー」
カタカタと勝手に震えていた左手を——差し出した。
「ほら、こうしたら、ちょっと温かくない?」
Kが、その左手を——キュッと、握った。
「……いや、もうあんまわからん」
既に氷のようになっていた手は、感覚を失っていたのだった。
「じゃ、このまま温めてあげるねー」
Kの指が、左手の指に——絡まっていく。
「こういうの、恋人繋ぎっていうんだってさー」
「……そー」
風にさらされている分、余計に体温を奪われている気がした。
その日は、家に帰ってすぐ、手足をお湯に浸けた。
二月に入って、少しした頃。
学年集会が終わって、教室に戻っていた時。
「なー、りせた。ってさー、Kと付き合ってんの?」
Kと同じクラスの男子、Tがそう言ってきたのだった。
「……はぁ? んなわけねーだろ」
「だってよ、一緒に帰ってんだろ? よく見るぜ?」
「それは違うだろ。一緒に帰ってるだけだわ。なんか、アイツ相談がって……」
と、言いかけたところで、口を閉じた。Yの話は秘密にしといてくれと、Kに言われていたのだった。危なかった。
「相談~? ほんとにそれだけかぁ?」
Tが茶化し始めたところで——
「お? どしたん?」
他の奴らも集まってきた。
「なんでもねぇよ。うぜぇな」
「あ、待てよー」
もやっとしながら、そいつらを置き去りにして、教室へ向かった。
——学校は、疲れる。とりあえず、寝よう。
教室に戻ると、すぐさま机に突っ伏したのだった。
「りせた。~。帰ろ~」
その日の放課後も、案の定Kはやってきた。
「……ってかさ。もう結構色々答えただろ。いいかげん、もうよくね?」
「……えっ?」
「だって、Yさんの訊きたいこと、もうなさそうじゃね? 最近、Kもその話あんませんやんな。いつもKの話ばっかじゃね?」
「……」
「ってことで。じゃーな」
その日から、りせた。少年は——また独りで帰路につくのだった。
こうして、りせた。少年の平和は護られたのである。
……と、思ったら。
「あれー? りせた。今日独りじゃん」
「ん? Oさん」
隣のクラスの女子、Oさんと遭遇した。Kと同じ町内に住んでいる女子である。
「一緒に帰るー? ちょっと話そうよー」
「……まぁ、いいけど」
断ったところで、どうせ帰る方向は同じなのだ。
微妙に距離を開けて歩くのも、なんだか変な話だしな……。
その日以来、たまに帰り道でOさんと遭遇することがあったのだった。
——2月14日。
どこの製菓メーカーが決めたのだか知らないが。
何故か女子がチョコを配るという、クソほど迷惑な日が遂にやってきた。やってきてしまった。滅びろ。
りせた。少年は、『ちゃんと断ったから大丈夫だろう』と思ってはいたが。
いまいちKを信じ切れていなかった。
少しソワソワしながら、その日を過ごしていた。
そして、放課後。
(ふぅ……。よかった。今年は誰も来なかったぜ……。さて、帰るか……)
安堵の溜息を漏らしながら、いつもの帰り道をポケットに手を突っ込みながら歩いていた。
小さな田んぼが見えた時。
「りせた。~」
タカタカと、走る音。そして聞き覚えのありすぎる声が聴こえた。
振り返った。
「……これ! どうせ誰からももらってないだろうし! あげる!」
Kだった。
「……はぁ?」
何かを突っ込まれた鞄と、Kを交互に何度か見た。Kはそのままの速度で走り去っていく。
「ははっ! 絶対食えよー! 返事もしろよー」
そして、そのツレもいた。ソイツは、揶揄うように笑い声を上げながら、Kを追って行った。
「……はぁ? いや待てお前ら!」
だが、寒空の下。ふたりは寒風切り裂き走り去っていった。
……追い剥ぎ? ひったくり?
いや、違う。なんか、渡されたのか。
りせた。少年は、しばしの間、呆然と立ち尽くしたのだった。
帰宅して、自室に戻ると。
「……一体、なんだったんだよ」
鞄を開けた。
ちょっと小洒落たビニール袋。その中からは、結構大きな箱が出てきた。
——なんだこれ?
ラッピングを剥がすと、手紙らしきものがあった。
とりあえず、読む。
『チョコが嫌いって言ってたから、チョコレートケーキにしました。手作りだよ。私の気持ちです。りせた。が好きです♡ 付き合ってください』と、書かれていた。
数秒——時間が停まったようだった。
「……? いや、なんでこれでいいと思った……? それは違うだろ……」
——それから。
二度と、Kと話すことはなかった。




