わかっちゃいるけどやめられない
はろはろー。
みんなげんきー?
りせた。だよー。
今日もつい、駄文を垂れ流す病気の症状が出てるよぉー。
そんなことしてないで、建設的なことでもしたらいいのに。
わかっちゃいるけどやめられないってこと、結構あるよねー。
あなたはどう?
このさ、わかっちゃいるけどやめられないって言い回し。
よくよく考えてみると……本当は分かってないんじゃない?
ってことも、あるよね。
例えば。
友人Kとの会話で。
「はぁ……。カードローン支払いキツイわー」
「いや、支払いキツイんならさ、普段散財せんように生活せなアカンやろ? とりま、無駄遣いやめーや」
「いやぁ、わかってはいるんだけどさー。やめれんのよなー」
「……それ、本当の意味で分かってないだろ。ローンの意味解ってんなら、さっさと終わらせよーとするだろーに」
「だってさー。それじゃ毎日ツライだけやん? やっぱりたまには贅沢したいやんか」
「利息払ってるだけでは一生終わらんのだぞ? そんなローン地獄の方がツライだろ……。その『贅沢したい』ってのにも、ローン終わってる方がたくさん金遣えるだろーに……」
「てかさー。利息払うだけでも給料じゃ足りんときある。だから違うところで借りてさぁー」
「いやそれ、もう負のループやないか……」
と、まぁ、こういう感じである。
これ、本当の意味でわかってるとは言えないんじゃないか……? と思うわけだね。
全て理解した上で尚……ってわけじゃなく。ただ現実から目を背けてるだけだからなぁ。
見たい部分しか見ていない、って感じなんだろうけど。
認知バイアス的なものなんだろうかね。
とにかく。
自己弁護にもなっていないところをみると、わかっていなさそうなのである。
さて。
それではもう一例。
筆者は、わりと内省的なので、自分の心境やらを頭の中で言語化してみたりすることが、よくある……のだが。
これ、マイナス方向へ行くと、結構精神的な負担になるから、あんまりやらない方がいいのかも知れないけど。
わかっちゃいるけどやめられないのである。
どんな感じかというと。
筆者は、生涯で唯一、とても好きになった人に、盛大に振られたわけなのだが。
これ。
『自分は、誰にも必要とされていない』
と、思ってしまうには、十分過ぎるほどのダメージだった。
そして、就活とかで上手くいかなかったときも、この話を結び付けて……
『どうせ、誰からも必要とされてないし、当然の結果だよな』
とか思ってしまうわけだ。
だが。
実は筆者、告られたことも何度かあるわけで。
別に、特に好きとか思ってなくても、お付き合いした人は、他にもたくさんいたわけだし。
そして、会社員もしてたわけだし、そこには普通に就職してたんだよな。
こうして全ての事実に目を向ければ、別に世界中から拒絶されているわけじゃない……ということがわかる。
でも。
一番欲しかったものが手に入らないダメージは、大きいのだ。
恋愛だろうが、就職だろうが、物だろうが、成績だろうが。
欲しいものが手に入らないのは、ツライのだ。人間が欲望を持つ以上、当然のことなのだ。
そんなことは、わかっちゃいるけど。
負の思考に繋げてしまうことは、中々やめられないのだ。
それが、傷痕ってことなんだろうねぇー。
わかっちゃいるけどやめられない。
そういうことでなかろうかね。
まぁね。
残念ながらこれは、もう治らないだろうから。上手く付き合っていくしかないのだろう。
そうすれば、多少は建設的な感じになる……んじゃないだろうか。
その辺りのことを盛り込んだ小説書いたら、ウケるかなぁ?
……いや、もうちょっと楽し気なことにしないとダメか。
てか、チラッとやったことあるわ。ダメだったわ。
暗い話だとか、救いのない話だとか、嫌な奴しか出てこない話だとか、誰も読みたくなかろうからなぁ。時代はサクッとカタルシス的なヤツだよな。
手痛い失敗って、消化して昇華出来ないと、意味ないどころか……マイナスだぜ。残念。
ふーむ。
骨折り損ッ!
しかし。
ウケないってわかってても、だ。
変な話ばっか書いちゃうんだ!
わかっちゃいるけどやめられないッ!
ふう……。




