第二十二話 トルガナンナ~近代の豪州~
「私がニュー=ホランドの原住民についていままで述べたことを読んで、地上でもっともみじめな人々だとお思いになる方もあるかもしれない。しかし、じっさいには、彼らはわれわれヨーロッパ人よりも、はるかに幸福なのである」(クック『太平洋探検』)
紀元後十九世紀初頭、タスマニア島のアボリジナルたるトルガナンナは部族長マンガナの娘として生まれた。
タスマニアはこの少し前よりイギリス王国の流刑地となっており、島の名もイギリス人によって付けられた。
オーストラリアの領有を宣言したイギリスは、犯罪者やそれを管理する役人、兵士らを続々とタスマニア島に送り込んだ。
ヨーロッパ人は自分たちと余りにも異質なアボリジナルの文化を理解できず、彼らの社会に洗練された制度はないと見なした。
しかし、オーストラリアの先住民であるアボリジナルは孤立した大陸で複雑な法および統治慣行を独自に作り上げていた。
彼らは部族に分かれ、それぞれの地域で狩猟採集や遊牧生活をして暮らし、儀式や交易のために会合を開く時しか集まらなかったが、その統治理念などは部族間で共通する部分が多く、植民者たちとも高度な条約の交渉を行った。
部族は規模が小さいので、緊密に共同歩調を取らなければ生活できず、部族長は「夢の時代」と呼ばれる世界創造の神話を物語り、土地への帰属感を若い世代に伝えた。
自然環境と自分たちが相互依存の関係にあると物語る神話は、忠誠心だけではなくて平等主義も育み、個人を生かす集団のために義務を果たすよう人々に促した。
そのおかげでアボリジナルは権力を分散させ、共同体の全体が満足する形で意思決定や紛争解決がなされるよう努めた。
部族長も個人の業績と集団の合意によって民主的に選ばれた。
そうして部族の権力と権威を与えられた者は、神話を物語ることで部族地域の境界線を決めもした。
だが、神話的な物語で定められる部族地域は、成文法で法的な義務と権利を明確にするヨーロッパ人にとっては無住の地だった。
それゆえ、イギリス人はアボリジナルの土地を奪っていった。
彼らは自分たちが人間らしいと見なす暮らしをしていないアボリジナルを人と思わず、別種の生物として扱った。
タスマニアにおけるアボリジナルの扱いは残虐を極め、狩猟部隊の銃撃や罠による捕獲がアボリジナルに対する扱いの中で最も穏当だった。
また、ヨーロッパ人が持ち込んだ性病などの病気で次々に倒れたこともあり、タスマニア島のアボリジナルは急激に人口を減らしていった。
そのような情勢下でトルガナンナは幼少期を過ごし、やがて非犯罪者のイギリス人もタスマニアへと移住するようになった。
イギリス人はアボリジナル狩りをスポーツとして楽しみ、当然ながら抵抗を招いたため、戒厳令が発令されて植民地の付近で見掛けたアボリジナルの殺害が許可された。
流刑者まで含めた全ての植民者がアボリジナルとの戦争に動員され、トルガナンナも身内の殆どを失った。
母は捕鯨船員に殺されて叔父は兵士に射殺され、姉妹は海豹を狩る漁師に拐かされ、奴隷にされた上で殺された。
婚約者パラウェーナもトルガナンナを誘拐から守るため、材木を集めに来た男たちに殺害された。
美しい少女であったトルガナンナも材木集めたちに襲われて暴行された。
トルガナンナの皮膚は生まれながらのチョコレート色で、それが太陽のような輝きを与えられており、柔らかい髪は自然に燃える黄金色だった。
褐色の眼は澄んでおり、背は余り高くはなく、姿態はしなやかであって大きな乳が艶めかしかった。
アボリジナルとイギリス人が闘争する最前線で育ったトルガナンナは、自分を強い人間と思っていたが、暴行されて心が折れた。
イギリス王国がタスマニア島のアボリジナルに対する勝利と優位を確信し、絶滅する前に隣の島へ移住させてやろうと考え、イギリス人の宣教師ロビンソンを送り込んでくると、彼女はその慈悲に縋った。
ロビンソンは自分と共に来れば、避難所で毛布や食料を与えられるばかりかアボリジナルの文化も尊重されると言った。
トルガナンナはマンガナや夫ウォーラディと共にロビンソンの活動を助け、アボリジナルの滅亡を回避すべく同胞を説得し、一緒にフリンダース島へ移住した。
ところが、イギリス人にアボリジナルの文化を尊重する気などなく、居留地に強制収容してヨーロッパの慣習とキリスト教を教え込もうとし、子供は両親から引き離され、食料の提供も乏しかった。
アボリジナルは多くの者が疫病や栄養失調で死に、祖先の土地から引き離され、物語が受け継がれなくなった。
召使いの衣をまとうよう強いられたトルガナンナも、自分たちの文化を放棄させられ、ロビンソンにより名前をラ・ルークと変えられて虜囚のごとく扱われた。
もっとも、そのような偽善がトルガナンナの闘志に再び火を点けた。
ロビンソンの提案がアボリジナルのためになるという考えを捨て、トルガナンナは密かにタスマニアへ渡り、島に潜んでいる同胞を探してそこへ留まるよう説得した。
彼女はフリンダースに戻ってくると、アボリジナルの保護管に任じられたロビンソンに伴われ、ウォーラディらと共にメルボルン市の付近へ移住し、そこで集団脱走を企てた。
彼らは二人の羊飼いを威嚇し、捕鯨船員を銃撃するなど大騒動を引き越したので、男性は絞首刑にされて女性はフリンダース島に送還された。
送還の途上でトルガナンナはウォーラディを亡くした。
その後に彼女はタスマニア島に同胞と共に移された。トルガナンナは貝を集め、藪で狩りをし、伝統的な生活を送って幼少期に出入りしていた場所にも再訪問した。
やがて同胞が次々と亡くなっていき、トルガナンナもタスマニアにおける最後のアボリジナルとして死亡した。
そうしてイギリスはタスマニア島からアボリジナルを消滅させるという植民者の望みを叶えた。
トルガナンナは自身の遺体は山陰に埋葬してほしいと言い残していた。
だが、その意思を無視され、刑務所の庭に埋められた。
しかも、科学者たちによって掘り返され、劣った民族の標本として展示された。
タスマニアのアボリジナルは愚かにも絶滅への道を辿ったのだから、あらゆる民族の中で最も劣っているのだとされていた。
トルガナンナの夫も遺体を検体に使用された。
部族の生き残りを模索して苦闘したトルガナンナは、時が経つに連れ、同胞から抵抗の英雄と評価されるようになったが、ヨーロッパ人からはアボリジナルを破滅に導いた一種の裏切り者と中傷された。




