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プロローグ

「悪役令嬢?」


 耳慣れない言葉に、僕――水城(みずき)純也(じゆんや)は作業の手を止めて振り返った。


「はい、ルクシリア・ディ・ラヴァリエは、いわゆる悪役令嬢なんですよ」


 アシスタントの佐々木真理(まり)ちゃんが、キラキラした目をして力強く頷く。


 いや、いわゆる悪役令嬢って……。そんな、『みなさまおなじみの』みたいに言われても。


「まず、悪役令嬢ってなに? わからないんだけど」


「言葉どおりですよ。作中に悪役として登場するご令嬢のことですね」


「え? 悪役? でも……」


 僕は傍らに置いてあった乙女ゲームのパッケージに視線を落とした。


「これ、乙女ゲームなんだよね? それなのに、明確な悪役がいるの?」


「そこはライバルと言い換えることもできます。だいたい、家柄や身分、容姿、資産などで有利な位置にいるというか誰もが羨む存在なんですけど、恋愛面では格下であるはずのヒロインに遅れを取ってしまい、権力や取り巻きを使ってヒロインを攻撃したり、そのほかさまざまな悪事を働いて、それを取り戻そうとするんですけど、最終的にはそれがバレて敗北――破滅してしまう存在です」


「あ、なるほど。つまり当て馬ってことか」


 ポンと手を叩いて言ったその瞬間、真理ちゃんは目を剥いて僕を怒鳴りつけた。


「当て馬なんて言わないでください! 悪役令嬢ですっ!」


 その剣幕に、思わず身をすくめて「ご、ごめん……!」と謝る。いや、でもこれ、僕、間違ってなくないか? どう考えてもそうとしか思えない説明だったけど。

 でも、だからって今そこを主張すれば、今度こそ真理ちゃんの逆鱗に触れてしまうというか――地雷をがっつり踏み抜いてしまうのは明々白々だったので、僕は慌てて話題の矛先を変えた。


「悪役かぁ……。悪役キャラのイメージグッズって珍しくない?」


 フィギュアやアクリルスタンド、アクリルキーホルダーにラバーストラップ、ポスターにポートレート、缶バッジにポストカードなど、キャラクターのイラストを使ったグッズは悪役でも出ると思うけど、アクセサリーやバッグ、香水、紅茶など、キャラクターのイメージを形にしたグッズは、乙女ゲームでは基本的に主人公と人気の攻略キャラたちのみのことが多い気がする。


「そうですね。あんまり聞きません。同じ悪役でも、男性キャラならちょこちょこありますけど。人気があるからイメージグッズも惜しみなく作り、ほかにもそのキャラにスポットを当てた漫画や小説などスピンオフ作品も出して、さらには続編では攻略対象にしたなんて話は」


 真理ちゃんが三角につり上がっていた目を優しくして、頷く。僕は内心ホッと安堵の息をついた。


 真理ちゃんってものすごく良い子なんだけど……良い子なだけに怒るとものすごく怖いんだよな。とくに、好きなものを馬鹿にされたり侮辱されたりしたときの怒りようは、鬼神のごとくだ。


「まぁ、乙女ゲームだし、グッズ展開もターゲットである女性人気が反映された結果って考えれば、男性キャラに比重が寄るのは当然だよね」


「そうですね。でも! ルクシリアさまは、そんじょそこらの悪役令嬢とは違うので!」


 さま、とな?


「ルクシリアさまは本当に気高い御方なんです! 品行方正! 清廉潔白! そして謹厳実直! 他人に厳しい要求をしますが、それ以上に自分も常に厳しく律してらっしゃる! 卑劣な真似など一切しない! とにかく真っ直ぐなんです! そこに、両親からの愛情に飢えていらした――愛を知らないゆえの不器用さも加わって……」


 あ、語り出しちゃった。

 僕は内心ため息をついた。こうなると長いんだよな……。


 でも、口を挟むような愚かな真似はしない。なぜなら、逆鱗に触れるのが怖いから。


 僕はパッケージに描かれた悪役令嬢を見つめた。


 名前のルクシリアっておそらく、ラテン語のルクスリアのドイツ語圏読みだと思うんだけどな。意味は『色欲』『贅沢』『放縦』。あ、『放縦』は、ルールや周囲への配慮を無視して、節度を持たず、欲望のままにやりたい放題すること、だ。まさに悪役令嬢らしいというか、キャラクターの役割と性質を表した名前だと思ってたんだけれど、品行方正、清廉潔白、謹厳実直……? とくに名前に意味を持たせたわけではないのか? 


 僕は、真理ちゃんのありがたい萌え語りをきちんと拝聴してから、尋ねた。


「もしかして……いや、もしかしなくても、真理ちゃん、この乙女ゲームのファンだった?」


「大ファンです!」


 間髪入れず、かなり食い気味に答えが返ってくる。――でしょうね。


「そして、一番の推しはルクシリアさまです! ですから、今回のグッズ監修のお話が来たとき、その資料の中にルクシリアさまのお名前を見つけたとき、もうどれだけ嬉しかったか!」


「え? 一番の推しがルクシリアさまなの? イケメンの攻略キャラじゃなくて?」


「はい! ルクシリアさまが一番です! ルクシリアさまは唯一無二です!」


「そ、そうなんだ……」


 こりゃ、今回、真理ちゃんチェック厳しいぞ……。ふんどし締めてかからないと……。


 本来はゲームをちゃんとプレイするべきなんだろうけど、申し訳ないけどそんな時間はないから、もらった設定集を隅々までしっかりと読み込んで、真理ちゃんの推し語りを拝聴して、イメージを固めていこう。そうしよう。


 僕は、乙女ゲーム『黎明のアストリア』の設定資料を手に取った。




「悪役令嬢のルクシリアさま……ね……」





  

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