第一章「才能の不在」
いきなりだけど、僕の家にはご先祖様たちの遺言が七つある。
そして僕には、それを布団の中で読んで一日を潰す才能がある。
一日中お布団に入っていると、たくさんの考えが行ったり来たりする。
まずは、今日一日かけて考えた自己紹介から始めたい。
僕が生まれたのは二十世紀最後の年の、冬のある日の早朝だった。僕が生まれるまでに三日三晩かかった。難産だった。
僕は今も基本的に引きこもっているけれど、これは生まれる前からのことみたいだ。かわいそうな僕、無理やり外に連れ出されてしまった。
そんなこんなで僕は二十五歳になった。
瞬きしていたら二十五歳になっていた。ちょっと言い過ぎだけれど大体そんな感じだった。
人生は山あり谷ありというけれど、僕の人生には山も谷もなかった。ごくごく平坦な道のりで、ちょっとだけ普通の人とは違っていただけだった。おそらく悪い方に。
現在の僕の仕事や経済状況、見た目とかそういった話をするのはやめておく。
そのかわり、二十五歳になった僕が持ち合わせているものについて話をしようと思う。
僕はいろいろな才能を持っている。
一つ例をあげるとするなら、いまだに子供心を失っていないことだ。今でも雨の日には水たまりに入ってバシャバシャして遊ぶ。雨に濡れて柔らかくなった粘土で泥団子を作ったりもする。
その他にもいろいろな才能を持っている。
失われてしまった才能もあるけれど、新たに手に入れた才能もあるし、現在進行形で獲得中の才能もある。
でも僕が本当に欲しい才能はそんなものではない。もし僕にその才能がなかったとしたら……。
そんなことを僕はずっと考えている。
もちろん、お布団の中で。
僕は今、すべてを投げ出してしまおうと思いながら、窓越しに外の景色を眺めている。
死んでしまおうとか、そういうことじゃない。
やるべきことをほったらかしにして、お布団の中でスマホでもいじって過ごそうと思っていたんだ。
窓から穏やかな風が入ってくる。
室内に差し込む日差しは少し強く、僕は日差しに当たらないぎりぎりのところに立っている。
心地よい風と温かい太陽の熱を肌で感じる。
そうして、僕の頭には小説のことが思い浮かぶ。書かなければならないそいつのことが。
だめだ。なにも書きたくないし、書くこともできない。でも向かい合わなければならない。
僕には本を書く才能がないのかもしれない。だが、どうにかして一冊を完成させなければならない。それが目標なのだ。
どこかの誰かが、自分の知っていることを書けと言ったらしい。だけど、僕が知っていることはありふれたものばかりだった。
そして、誰もが知っていることを面白く書ける才能が僕にあるとは思えなかった。
それでも何かないかと、ずっと考えた。
考えることは書くことに比べて僕を満ち足りた気分にした。でも、実際に書き始めたら手が止まってしまう。
物語の登場人物は勝手にしゃべり始めたりしなかったし、風景は浮かんできたと思ったころには消えていた。
物語の設定は向こうのほうからやってきたりしなかった。
彼らは僕の考えていたよりもずっと恥ずかしがり屋だった。いったい、誰に似てしまったのやら。
書いてはやめ、また書いては止めた。それらをつなげることで物語性を与えようとしたけれど、道半ばで挫折してしまった。
それらの多くは、日の目を見ることなく文字の羅列として保存されている。
それらの試みが役に立ったのかはわからないけれど、あるとき、ふと閃いた。もっとうまく説明できればいいのだけれど、本当にふと閃いたんだ。
僕には七つの教えがあった。
これはご先祖様たちが残してくれた遺言で、僕だけが知っていて僕にしか書けないものだ。
早速だけど、初めの一つを紹介したいと思う。これは『才能と天才』について一人の男が残した話だ。
彼は江戸時代に生まれた。彼は土地を持たない百姓の子供だった。細かいことは残っていないけれど、裕福でなかったことだけは確かだ。
彼は大志を持った子供だった。
彼はよく自分の考えを周りに言って聞かせた。それはほかの人からすると荒唐無稽な話だったし、彼自身にもどうやって実行するかよくわかっていなかった。
彼はきっとこんな会話をしながら子供時代を過ごした。
「俺は飢饉をなくしてやろうと思うんだ」
彼は荒れた土地を鍬で耕しながら言った。
「そんなこと、お前にできるもんか。すごい奴らがなくせてないじゃないか」
彼の隣にいる少年が答えた。
「あいつらはよ、馬鹿みたいに年貢を持っていくだろう? まずはそれをやめさせるんだ。それから、村ごとに、もっと言えば家ごとに蓄えさせるんだよ」
「そんなことできたら誰も苦労してないじゃないか」
「だから誰も苦労しないようにするんだよ。それにな、俺たちは毎年毎年、同じもの作ってるけどよ、違うものも作った方がいいと思うんだ。そうじゃないと、稲がダメになったときに困るだろ。」
「どうやってやるんだよ?」
「それは今考えてるんだよ。それによ、稲の中にも強い奴と弱い奴がいるだろ? たまたま虫に食われたかもしれないし、土壌がよくなかったのかもしれねえけどよ。人間にもいろんなやつがいるだろ?稲にもいろんなやつがいるはずだよ。だから、強い稲を集めて、虫に強くして、寒さに強くしたら、たくさん採れて、みんなお腹いっぱい食えるんじゃねえか。お前もそっちの方がいいだろ?」
「そりゃ、そっちの方がいいけど、それは夢の見すぎだろう。作ったもんは持ってかれちまうし、虫は食うし、寒いと枯れちまうだろ」
「でもよー。そっちの方がいいと思うんだよなー」
たわいもない会話をしながら少年時代を過ごし、大人になって死んでいった。
そのどこかで、彼は僕たちに遺言を残してくれた。
才能と天才についての遺言を。
遺言は大昔に残されたものだから、皆さんにお伝えするにあたって、誠に恐縮ながら僕が翻訳のようなものをさせてもらった。
原文のニュアンスを残しつつ、現代の言葉に書き換えた。
彼の遺言はこうである。
「ふざけるな! バカどもが、アホが、死んでしまえ。どいつもこいつも俺のすごさを理解できない、ろくでもない人間たちだ。あいつらは俺の才能を理解できない。
そりゃそうだよな、凡人なんだから。
だが、あいつらは俺のことを才能がない凡夫だと思っていやがるんだ。ふざけるな!俺はお前たちには理解できないとてつもない才能を持っている! お前たちがそれを理解できないだけだ。
天才とはその時代の凡夫たちが理解できるものを生み出して評価されるやつらのことだ。
その能力が凡夫たちよりかけ離れていればいるほど天才と呼ばれる。だが、時代に即していない才能はその真価を発揮できない。俺は紛れもなくずば抜けた才能を持っている。
俺の才能を受け継ぐ子孫たちよ、お前らが適切な時代に生まれてこられることを祈っている。お前らは死ぬまでに一つ、子孫たちに遺言を書くように」
――『才能と天才~~世の中の凡夫たちへ~~』
いきなり過激な内容が出てきてびっくりさせてしまったかもしれない。
彼が僕たちに残してくれた言葉はだいたいこんな感じのニュアンスだった。
大抵は恨みつらみが書いてあったけれど、最後に申し訳程度に僕たち子孫の幸せを願ってくれている。
彼が子供のころに抱いていた大志はどこに行ってしまったのだろうか。
彼の大志に現実が追い付かなかったのだろうか。
彼が抱いていたものは現実に飲まれてしまったのか。
僕たちの家に伝わる資料には彼がどんな才能を持っていたのか書いていなかった。
僕が知っている彼の才能が発揮された唯一の事例は、僕たちの家系に遺言を残す風習を作り出したことだ。
そんなものは僕たちの家系にはなかったのに、彼はゼロから一を作り出した。
途切れ途切れではあるけれど、彼が残した風習は今も続いている。
彼の言葉を借りるなら、僕は天才ではない。
天才テストがあったら僕は箸にも棒にもかからない点数で落第すると思う。
僕の才能をあなたに見せることができないのがとても悔しい。
僕の才能を形にしてくれる機械を誰かが発明してくれて、それが目に見えるものになったらあなたはきっと度肝を抜かれるだろう。
そして僕も自分の才能の形を見て驚愕すると思う。
それはきっと、その時代には適さない形をしているはずだから。
評価されない才能は才能と言えるのだろうか。
それはただの、なんて言うか興味や特技ではないかと思うけれど、このへんでやめておこうと思う。
言葉にしない方がいいこともあると、どこかの天才が言っていた。
最後に彼の教えを受けて、僕が布団の中で考えたことを書き残しておく。
「才能は天才になりうる可能性を秘めている。だが、才能だけでは足りない。日々の鍛錬か特別な経験か、何かわからないが、『何か』が足りない。
あなたの才能はそのことをわかっている。
才能をより多く使い、経験を積み、知識を得ていく。そうやって才能は確実に磨かれていく。Dランクの才能はC、B、Aと順に研ぎ澄まされていく。
しかし、天才になるにはまだ『何か』が足りない。
あなたは日々の鍛錬が足りないと考え、これまでにも増して鍛錬をこなす。経験が足りないと考え、以前にも増して様々な経験に身を投じる。
それでも天才には至らない。才能はいまだ才能のままだ。
だが、転機は突然やってくる。いつの日か何気ない生活の中で、才能を天才に昇華させる最後のピースに気づく。
『最後のピースがようやくわかった、必要だったのは別の才能だったんだ。鍛錬されたいくつかの才能を組み合わせれば、才能は天才に昇華されるんだ』と。
その事実はあなたを興奮させる。それから、別の才能を研ぎ澄まそうと、嬉々として毎日を送る。
一週間が経ち、またたく間に数か月が過ぎ去っていく。季節が変わり、また一つ年を重ねる。
それでも、『何か』が足りない。
いつの日か、再び転機が訪れる。その日は必ずやってくる。あの日、最後のピースに気づいたときのように唐突に。
小春日和に、風に揺れる木々をただ眺めているような、そんな何気ない瞬間に、ふいにわかるのだ。
――ああ、そんなものは、はなから持ち合わせていなかったのだと」
――『最後のピース』
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