.7
ひとつ、またひとつと泡が現れては弾ける。
そのうち、大きな泡が現れるようになり
水面が大きな音を立て始めた。
足元に刺さっていた木の杭が、重さに耐えられずに
持ち上がりと、水面がじわじわと広がっていく。
「おい……。どうなってんだ、舞茸!」
焦るピーマンの足元がぐじゅぐじゅと水気を帯びていく。
地面から飛び出してきた何かが足に絡みつき、バランスを崩した舞茸が尻を打つ。
駆け寄るじゃがいもが舞茸の足に絡みついた泥だらけの何かを踏みつけると、それは一瞬動きを止めた。
だが、すぐに成長し続ける植物のように動き出す。
至る所から、水と枝のようなものが地中から湧いてくる。
土を盛り上げるように這い出てきたそれは、曖昧な輪郭しか分からないが、頭の上の大きな傘とひだがある。溶けかけた表面に纏わりつく粘膜が、ぬらぬらと反射している。何かを訴えるように口を動かしているが、その目は白く濁り何も映っていない。
「ここに埋まってた、きのこたちか……!クソッ!」
今にも崩れ落ちそうな手を振りあげて、きのこだった者が迫ってくる。ピーマンは、近くに置いていたシャベルを掴み、構える。
「待って!彼らを傷つけないで!」
じゃがいもの背後から叫ぶ舞茸の声に、ピーマンが困惑しながら、迫り来る彼らをギリギリの距離で躱す。
何体ものきのこだった者達が、覚束無い足取りで三人に近付いてくる。水辺からは、溜まっていたものが吐き出されるように次々と這い出して来る。
「チッ……傷つけるなって言ったって……!」
「このままじゃ囲まれる!一旦逃げよう!」
三人は、きのこだった者達に背を向け、遺跡の陰へと走り出した。幸い、彼らの動きは早くない。追いつかれずに、遺跡の柱の影に身を潜めることが出来た。
「どうする?あいつらが、居住区まで辿り着くのも時間の問題だぞ。」
ピーマンが柱を背に水辺の様子を伺うと、きのこだったもの達はふらふらと彷徨い歩いている。
「うぅっ……。」
舞茸が苦痛の声を上げ、座り込んだ。
「舞茸さん、足が……!掴まれた時か!?」
べっとりとまとわりついた粘液がぷくぷくと小さな泡を吐き出している。舞茸は痛みに顔を歪めている。
「傷から体内に入ってるんだ!早く、治療しないと!」
じゃがいもが、舞茸を支えながら周りを見渡すが、ここには荒れ果てた遺跡しかない。
ピーマンは着ていた麻のマントを脱ぐと、裾を掴んで躊躇なく引きちぎった。
「とりあえず、これで拭け!」
麻の切れ端を受け取り、じゃがいもが傷口から粘液を拭い取るが、傷口に染み込んだ粘液を全てとるのは難しそうだ。
「うっ……これじゃ意味無い……。」
舞茸も必死に解決策を考えるが、痛みに気を取られて集中できない。
その時、ピーマンがふと顔を上げて指さした。
そこには、日に当たる手押し荷車と、来た時よりもややオレンジに変わった光の柱が立っている。
「足を焼くのか……!?お前、もっと、他にあるだろ!」
突飛な提案にじゃがいもがピーマンを睨みつける。
だが、舞茸は冷静だった。
「早くしないと、私もああなるわ……!お願い、あそこまで連れて行って!」
その言葉を聞いて、ピーマンがじゃがいもの手から麻の切れ端を奪い取る。
「傷口の上、これで縛るぞ!じゃがいも、舞茸のこと抱えられるだろ。」
麻の切れ端を肌に食い込む程の強さで縛ると、舞茸が痛みに身体を捩らせる。
「俺が、囮になる。じゃがいも、走れ!」
「舞茸さん、捕まって!」
じゃがいもが舞茸を抱えて、遺跡の陰から走り出す。
それと同時にピーマンも飛び出し、落ちていたスコップを掴む。
「こっちだ!かかってこい!」
ピーマンはスコップで遺跡を叩きながら、きのこだった者達を誘き寄せる。
音に釣られて、溶けた傘や手足を引きずりながらピーマンの元へと集まっていく。
その隙に、じゃがいもが舞茸を抱き抱え、光の柱の近くで膝を着いていた。
「かなり痛むと思うけど、本気……?」
じゃがいもが問いかけると舞茸は深く息を吸った後、小さく頷いた。
「声を出したら、彼らが集まってくるから我慢してね。俺の事、掴んでいいから。」
じゃがいもが、舞茸の足が光の柱に入るように体を傾ける。
光の中に入った舞茸の足は、透けてしまいそうなほど白かった。
傷口から垂れる粘液を光当てると、グツグツとまるで沸騰しているかのように泡が湧き出てくる。
「ぐっ……ぅぅっ……!」
舞茸は、じゃがいもの肩に顔を寄せ声を押し殺している。強く握られたじゃがいもの服に大きな皺が出来ていく。
光を浴びた粘液は、泡になり、ブクブクと大きな音を立て、次第に蒸発したように跡形もなく消えていった。
それを見たじゃがいもは、すぐに舞茸を抱えて遺跡の近くへと走った。
「舞茸さん、もう終わったよ……!大丈夫!?」
そっと遺跡の上に舞茸を降ろす。
舞茸は、ゆっくりと顔を上げるが、じゃがいもの服を握りしめていた手はまだ震えているようだった。
「ありがとう……。傷だけなら、胞子で治療できる……。」
震える手を傷にかざすと、淡く光り胞子がキラキラと傷を覆っていく。
「そっちに行ったぞ!」
ピーマンの声にじゃがいもが振り返り、咄嗟に腕を構えて防御する。
粘液を撒き散らしながら、じゃがいもの腕に覆いかぶさろうとするきのこだったものたち。
背後の舞茸を庇うように、彼らを振り払う。
遠くで、ピーマンも走り回りながら応戦しているようだ。
振り払われた彼らは、勢いよく地面へと倒れていくが、溶けた体で何度も立ち上がる。
傷付けないようにと、攻撃を交わしていたがこれでは体力が持たない。
到頭ピーマンがシャベルを振り上げる。
だが、今にも崩れ落ちそうな彼らの口からこぼれた言葉が耳に入り、一瞬たじろいでしまった。
「……イタイ……クル……シイ……。」




