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ベジタラディア  作者:
埋もれた物語
14/15

.6

水だと思っていたものが、偽物だと分かると

洞窟内に一気に不気味さが漂い始めた。

全ての音が吸い込まれるような、水面に

二人の意識も引き込まれてしまいそうだった。


「これ、触って平気なのか?」

ピーマンが木の杭を抜いて、埋まっていた先で

水をつつく。

本来なら波打つはずの水面からは、細く糸を引いて

杭の先まで繋がっている。

掬い上げると、元に戻るようにゆっくりと下に垂れていく。

「樹液みたいだけど違うなあ。素手はやめといた方が良さそうだな。」

じゃがいもが上から覗き込んで、眉間に皺を寄せる。

「地面から湧き出てるのか……。」

舞茸の父親が杖で掘ってしまった場所に目をやると、透明で小さな水溜まりが出来ていた。

「ピーマン、見てみろ。」

顔を上げて、慰霊碑の更に奥を見ると、洞窟の中なのに空に掛かった虹を反射しているかのように水面が彩られている。恐る恐る近付くピーマン。

「これ、全部カビてるのか。」

昨夜、子供たちの遊び場で見た青や緑のカビ。

鼻の奥を刺す据えた匂いに顔を顰める。

カビのせいできのこたちが弱ってしまうと言っていた舞茸の事を思い出した。

慰霊碑より奥の水は、既に表面にカビが生えているようだ。これが一面に広がったらきのこたちは二度とここへ近寄ることはできないだろう。そうなる前に手を打たなければ。


辺りを見渡していたじゃがいもが遺跡の方に歩き出し、瓦礫を掻き分けて何かを引っ張り出している。

「できる限り、外に運び出そう!」

手押し荷車を押しながら駆け寄って来て、中に入っている大きなシャベルをピーマンに手渡す。

「洞窟の最奥だから、全部外に運ぶのは現実的じゃないだろ。」

「それでもやるしかないだろ。他に方法なんか……、そうだ、アレを使うのはどうだ?」

じゃがいもの視線の先には、天井から差す、光の柱が白っぽく輝いている。

「日光でカビを焼くのか。それなら、外まで運ぶ必要は無くなるな。とりあえず、光の下に移動させて時間を稼ごう。水がどこから来たか原因も探さないと。」


二人は袖を捲り上げ、シャベルを握った。

勢いをつけてシャベルを水の中に潜らせる。

粘度が高いので、飛沫をあげることはないが一度潜らせたシャベルを持ち上げるのはかなりの重労働だ。

まるで水中から手が伸びてきて、そうはさせまいと掴まれているような重さを感じる。

全身に力を入れて掬い上げて、手押し荷車に乗せる。

この時もまた、傾けたスコップの先からゆっくりと垂れていく様子は、二人の体力と時間を奪おうと焦らしているようだった。

「クソ、なんでこんなに重いんだっ……!」

「やっぱり水じゃないな。この作業だけでも何日か掛かるぞ。」

文句をいいながらも、手をとめない二人。

じわじわと汗が吹き出してくる。

この作業を何十回か続けて、やっと手押し荷車がいっぱいになったが、その頃には、二人で持ち上げないと動かせないほどの重量になっていた。

二人で声を合わせて、荷車を持ち上げ、倒れないように声を掛け合いながら、光の柱へと運ぶ。

「よし。ここで。」じゃがいもの声に合わせて、荷車を光の中に置き、手を離した。

柱の中に入ると、そこだけ包まれたように暖かく感じる。思っていたよりも柱は太く、まだ荷車を置けそうだ。

「向こうにまだ荷車があったから持ってくる。日が沈む前にできるだけ多く移動させないと。」

額の汗を拭いながら、じゃがいもがまた荷車を取りに走っていく。


ピーマンは、もう一度慰霊碑の足元を見下ろす。

水でもない。樹液でもない。

なら、このドロドロしたものはなんなのだろうか。

カビが生えるということは、何かしらの栄養分が含まれているのだろう。

しゃがみこんで近くで観察するが、吸い込んだカビ臭さに咳き込んでしまう。

「すごい臭いね。」

いつの間にか戻ってきた舞茸が、声をかける。

「父を落ち着かせて、戻ってきたら……。驚いたわ、水がカビているの……?」

細かい胞子を纏った舞茸が、ピーマンが見ている水面に映り込んだ。

「舞茸さん、おかえり。ピーマンから聞いた?これ、水じゃなかったんだ。」

「どういう事?水じゃないの……?」

手押し荷車と共に戻ってきたじゃがいもの説明に驚いた様子の舞茸が、ピーマンの隣にしゃがみこむ。

そっと手を伸ばす舞茸。指先が水面に触れる。

「おい……!」「触らない方が……!」

焦る二人に対して、舞茸は指先に付いた液体の臭いを嗅ぎ、確かめるように指先で擦り合わせる。

「そんな……。」

なにかに気が付いた舞茸は、立ち上がり慰霊碑を見つめる。その様子をみて、ピーマンは慌てて水から距離を取った。

「大丈夫?なにか分かったの?」

「これはなんなんだ…?」

不安そうに舞茸を見つめるじゃがいもとピーマン。

しばらく黙った後、ようやく重い口を開く舞茸。


「これは、死んだ胞子よ。……ここに埋められたきのこ達の……。」


この瞬間も、地中に埋められた亡くなったきのこたちから胞子が滲み出ているのを想像して、じゃがいもは無意識に後退りしまう。

手押し荷車にぶつかり鈍い音を立てる。

背筋に冷たいものが走り、三人は緊張感に包まれる。静かで神秘的に感じていた慰霊碑が、影を落とし、途端に禁足地のような怖々しい場所に姿を変えていく。

誰かに見られているような視線を感じて、慰霊碑から目が逸らせなくなる。



視界の隅で、小さな泡が、ゆっくりと水面に現れた。水面を膨らませると、微かな音を立てて弾ける。

それは、呼吸をしているようだった。




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