番外編 初の国外訪問 後編
「ね? ああいうのばっかりだから、エミィは一人で歩いちゃいけないんだよ」
さすがに素直に頷く。
まさか、あんなお誘いを受けるなんて思わなくて驚いたわ……。
「そういえばあの人、私の髪の色については何も言わなかったわね」
「ああ。この国はほとんどの人が黒髪で、それ以外の色は皆他の国の人と思っているんだ。黒と黒以外という大雑把な区別しかしてないから、君の色も僕の色も同じ他国の色扱いになっているんじゃないかな」
僕の想像だけどね、と片目を閉じたリーンの言葉に複雑な気持ちになる。自分の国ではこの髪色について色々言われるのに、初めて訪れた国では何も言われないなんて。
「この国のほうが私は暮らしやすいのかしら?」
ぽつりとこぼせばリーンが少し困った顔になった。
「……うーん、この国は表面的には愛想がいいけど、実際は排他的なんだ。だから、根を下ろそうとするとよそ者扱いされて受け入れられるまで時間がかかるかもしれない。それでも君が望むなら、僕はここで一緒に暮らすよ?」
「そう……完璧な国なんてないわよね。ごめんなさい、言ってみただけなの」
この髪色が嫌いなわけじゃない。好きだからこそ、貶されるのが悲しいのだ。
俯いた私の視界の端で、リーンの指に灰色の髪が巻きとられていく。ぼうっと目で追っていると、それはリーンの唇に当てられて同時に薄青の真剣な瞳が私の灰色の瞳を覗き込んできた。
「エミィ、幸い僕は割と権力を持っているから、君のような思いをする人がいなくなるよう国を変えてみせるよ。少し時間はかかると思うけど、側で見ててくれる?」
「もちろん。ハーフェルト公爵家は私の大好きな場所だし、リーンと離れるつもりもないわ。貴方がそう言ってくれるだけで嬉しい」
「僕は言葉だけの人間にはならないよ。必ず、居心地のいい国にするからね」
約束するよ、と小指を差し出したリーンが続けて、あ、と声を上げた。
「そうだ、君へ最初に贈ったライオンのぬいぐるみのエルとは、この街で出会ったんだった」
「そうなの!? エルを連れてくればよかったわね」
「今から行ってみる?」
「もちろん!」
行ってみたいわ、とワクワクしながら首を巡らせて店を探せば、私の手をとったリーンが走りだした。
「……ああ、ここだ。おもちゃ屋でぬいぐるみの数はそんなに多くないのだけど、エルのお友達がいるかもね」
エルのお友達! 私のためにリーンが選んでくれたエルが一番だけど、他のライオンにも会ってみたい。
街の大通りに面した木と漆喰の壁のお店のガラス越しに見えるぬいぐるみ達に、否応なく期待が膨らんでいく。そわそわする私を見て、幸せそうな笑みを浮かべたリーンがたくさんの人の手ですり減った木製の取っ手を押して扉を開けた。
……そういえば、リーンはおもちゃ屋で喜ぶ公爵夫人でもいいのね?
リーンの寛大さに今更ながら感謝する。
「おもちゃがたくさん!」
店内見渡す限りおもちゃが並べられている。天井からつるされている飛行機、一番目に付く真正面の棚にずらりと並ぶ人形、子どもたちが今すぐ遊びたそうにしている積み木やおままごと道具、パズルに絵本、そして片隅の棚で私を待っているぬいぐるみ!
「リーン、あの隅っこにぬいぐるみ達がいるわよ!」
繋いだ手をぐいぐい引っ張って棚の前に行くと幸福感が押し寄せてきた。
やっぱりぬいぐるみを見ると温かい気持ちになる。ふわふわした彼らを抱きしめると、心が癒されて悲しさや寂しさが和らぐのだ。
棚の端から端まで眺めてパッと一点に目を留める。
「見て! エルと同じライオンがいるわ! ネクタイの柄は違うのね」
「本当だ。一緒に帰る?」
リーンに尋ねられてじっとそのこを見つめる。
……エルもお友達が欲しいかしら?
顎に手を当ててしばらく考える。
「ありがとう、リーン。私にはエルがいるし、エルにはリーンが集めてくれたぬいぐるみ達がたくさんいるからやめておくわ。このこ達には他に可愛がってくれる人がいると思うの」
それに、今回お世話になっている宮殿にぬいぐるみを連れて帰ると何か言われるかもしれないしね。リーンは気にしなくても他の人は公爵夫人がぬいぐるみを持っていたらあれこれ噂するもの。
……それにしても、エルベの店では扱っていない種類のぬいぐるみもいくつかあるわね。暑い国だからかしら、ぬいぐるみの生地がつるつるだったり、麻だったり。手触りよさそう……いいなあ。
「エミィ、本当に気になるこはいないの? 君がぬいぐるみを持って歩いても誰も何も思わないから遠慮なく宮殿へ連れて帰っていいんだよ?」
「そう思うのはリーンだけでしょ? 私はハーフェルト公爵夫人なのよ」
ちょっと頬を膨らませて抗議すれば、リーンが後ろめたそうに人差し指で頬を掻いた。
「いやー、その。実は、この国へ来る度に君への贈り物としてぬいぐるみを買っていたら、『リーンハルト王子の婚約者は大のぬいぐるみ好き』って宮殿の人達に評判になっちゃって」
「!!??」
ええっ!? それって私がぬいぐるみをこよなく愛しているとばれているってこと?? ……ということは、逆にぬいぐるみを持って戻らなかったら、この国のものは気に入らなかったということになっちゃうんじゃない?
「それなら、遠慮なく連れて帰らせてもらうわ!」
リーンだけに聞こえる声で叫んで、真剣に棚を端から見直していく。
周りを海に囲まれているから、海の生き物が多いわね。イルカ、クジラ、サメ、カニ……これは?
ふと端っこの隙間にひょろりと押し込まれていた手触りサラサラの濃い緑で四角く平たいぬいぐるみを見つけた。
「これは……昆布?」
「昆布、だね?」
リーンの前に突き出して確認すれば、何とも言えない表情で同意してくれた。
私より少し小さいくらいのサイズで、とっても抱き心地が良さそうな昆布を思わずぎゅっとしてしまう。
「それはダメ!」
途端、リーンが小さく叫んで私からその昆布を取り上げた。
「ごめんなさい。汚れちゃうわよね」
「いや、その、…………ぎゅっとするのは僕だけにして欲しいんだけど」
「え!? 他のこ達を抱っこしてても何も言わないのに、どうして?」
本当に不思議で尋ね返せば、リーンの顔が赤くなってどんどん声が小さくなっていく。
「だって、その昆布は他のぬいぐるみ達と違って僕の大きさに近いでしょ……」
「そう言われてみれば、そうね?」
「抱きぐるみサイズは嫉妬しちゃうから、できれば違うのがいいです。僕だけが永遠に君の抱きぐるみでありたいんだ……」
そうなの、抱きぐるみ……と繰り返したところでぼぼっと顔が熱くなる。
リーンが、私の抱きぐるみ!? 私が、リーンを抱きしめて……!!
二人で発熱していたら後ろから冷え切った声が降ってきた。
「結婚なさってもう一年ですよ? 今更そんな照れ合ってないで、さっさと決めてください。宮殿に戻る時間が迫っていますので」
ヘンリックの冷や水に二人で飛び上がり、ササッとぬいぐるみを選んで店を出た。
「あ、うっかり昆布も連れてきちゃったわ」
「あ、本当だ。ちょうどいいや、兄上へのお土産にしよう」
うちの国の王太子殿下に昆布のぬいぐるみを?
「大丈夫、兄上は昆布嫌いじゃないよ、多分」
好き嫌いはない人だから、とニヤリと笑って続けるリーンに押し切られて、昆布は我が国の王室へ送られた。
~おまけ~
「……アルベルタ、リーン達から海の向こうの国の土産に昆布のぬいぐるみを貰ったんだが」
「あらまあ、さらさらして抱き心地いいわね」
「よし、クラウスにあげよう」
「あの子には飛行機のおもちゃを貰ったわよ?」
「昼寝のお供に丁度いいだろう」
「そうねえ。でも、私もちょっと欲しいかも……」
「俺じゃ不満か?」
「……昆布にまでヤキモチを焼かないでください」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
昆布に始まり昆布に終わる番外編とは。ワカメの出番を作れなかったのが悔やまれます。
というところで、コミカライズ電子単行本4巻について続きです。
この番外編で言及されたリーンとくまのエルの出会い編SSがおまけについています。そして、今回は私が先にSSを書かせていただきまして、それを読んだMakiya先生がイラストを描いてくださいました!(3巻のおまけは逆で、Makiya先生のあの髪結いイラストを見てSSを書いたのです。)おもちゃ屋にいるちびリーンの超可愛いイラストですので、よかったら見てくださいませ!
という内容的に前編で詳しく書けなかったのです…。5巻の際には気をつけたいです。




