番外編 初の国外訪問 前編
結婚1年目くらいの二人です。
ギラギラと照りつける直射日光、鼻をくすぐる潮の香り。道行く人たちは大きな帽子をかぶったり日傘を差したりして暑さを凌いでいる。そして、私の手の中のアイスクリームはどんどん溶けていく。
「ねえ、エミィ。その……昆布アイス美味しい?」
「そうね……とっても出汁がきいてると思うわ」
「……僕、残り貰おうか?」
「貴方、甘い物嫌いでしょ。これは、この海の向こうの国の王太子殿下のおすすめだから、私が責任もって全部食べるわ」
結婚して約一年が経ち、だんだん公務の幅が広がってきた私達は、現在海の向こうの国へきていた。その名の通り、私たちの住む大陸から南へ海を越えたところにある島国だ。
今日は、一番の目的である先月生まれた王太子殿下のご子息に祝いの品を届け終えて、明日から始まる政治的な話し合いや友好を深める夜会や茶会の前に、城下の街へ身分を伏せて息抜きにきていた。
私は初めて訪れる国ということで緊張していたのだけれど、赤ちゃんは可愛かったし、この国の人達は明るく友好的で気遣いに長けていてとても話しやすかった。しかも、王太子殿下直々に街でデートするならとおすすめを回り切れないほど教えてくれた。どうやら、王太子ご夫妻はお忍びデートをするのがお好きらしい。
最終的に街をどう回るかは何度もこの国を訪れているリーンが組み立ててくれて、私の好きなものがいっぱいでとても楽しませてもらっているのだけど、彼も楽しんでるかな?
ちらりと隣の様子を窺うと、うええ、出汁がきいてて甘いってどんな味? とつぶやいたリーンが、ひょいと私の手首をつかんでアイスをパクッと食べた。
「あっ!」
味はともかく、珍しいアイスだから大事に食べていたのに!
半分になった手の中のアイスは、もうこれ以上暑さに耐えられないと訴えている。私は急いで残りを食べるとリーンに文句を言った。
「もうっ、勝手に食べないで!」
「甘い物は苦手だけど、君と同じ気持ちを共有したくて。断りなく食べてごめんね、怒った?」
……ううっ、可愛い。
すまなさそうにしょげてこちらを見てくるリーンの頭に垂れ下がった犬の耳が見えて、それ以上文句を言えなくなった。
「そこまで怒ってないわ。貴方は甘い物が苦手だから無理に食べなくていいと思っただけなの。……それで、味の感想は?」
「何とも言えない」
「そうよね。後を引くんだけど、甘味なんだか、おかずなんだか、決められないお味よね。じゃあ、次は二人で食べられそうな甘くないもの、探しましょ!」
リーンを慰めようと思い切って彼の腕に飛びつけば、瞬時に彼に抱えられて建物の影に連れていかれた。
――ああ、やっちゃった。
足元に蹲って顔にタオルを当てているリーンを見て反省する。だいぶ回数は減ってきたけれど、本当に彼の鼻血スイッチはどこにあるのか全く分からない。
「リーン、どこか休めるところに移動したほうが……」
いい場所探してくるわねっ、と今日の空と同じような鮮やかな青色のワンピースの裾を翻せば、ギュムッとすかさず裾を掴まれ止められた。
「エミィ! いつも言ってるけど、僕から離れないで。特にここはエルベの街じゃないし、自国でもない。君にとって初めての国なんだよ? しかも、この海の向こうの国はなんというか開放的なお国柄で、男女ともにものすっごくお誘いを受けやすいから」
……お誘い? リーンが言うならそういう系? なるほど!
「わかったわ! 今は離れて警護してくれてる護衛の人を呼んで、リーンの側に立っておいてもらうわね。そうしたらきっと声かけられないわよ」
「何言ってるの? 僕は君の心配をしているの!」
「……私?」
タオルを当てたままゆらりと起き上がって怖い顔をしたリーンへ、目を瞬き返した。
「私がそういうお誘いを受けるわけ、」
ないでしょ、と言いかけて口を閉じた。
……タオル越しのリーンの笑顔、とっても綺麗だわ。これ、この一年の間に何回見たかしら。そして、その後いつもいつも大変な目に遭うのよ、私が。今直ぐ回避、回避しなくちゃ! どう言えば収まるかしら?
「あ、そうね。私も気をつけるわ。ほら、護衛の人と手を繋いでいけば声を掛けられないと思うのだけど」
「奥様っ!?」
私達を心配して近くまできていた私の護衛が叫び声を上げた。
「ちょうどいいところに。ほらこうやって」
護衛の彼と手を繋いでみせようとした途端、目にもとまらぬ速さでリーンが動き、私と手を繋いでいた。
「エミィ? 君の夫は僕だよね?」
繋いだ手に唇を寄せて上目遣いに見てくる彼の顔からはタオルが離されている。
「……ねえ、リーン。鼻血止まったの?」
「君がとんでもないことを言うから驚いて止まったみたい」
含みがある言い方をするリーンの後ろで、護衛がホッとしたような顔をしたのが視界の端に映った。
「もしかして護衛と手を繋ぐのはダメだったの? でも街で手を繋ぐのは迷子防止でしょ? 初めてエルベの街に行った時にリーンが言ったじゃない。この街は来たことがない場所だから必要よね?」
あー、と苦渋に満ちた声を出したリーンが再度タオルに顔を埋めた。
「確かに言ったけど! 迷子防止でも、夫以外の男と手を繋ぐのはダメ!」
「理不尽! じゃあ、私はどうやってこの街を歩けばいいのよ!?」
「そんなの決まってるでしょ? 僕と手を繋いで歩く、一択!」
それじゃ、休む場所を探しにいけないじゃない、とむくれれば、もう止まったから大丈夫、とタオルを片付けたリーンが私の手を引いて大通りへ出た。
相変わらず日差しは強く、行き交う人も多い。その人の波の間を縫って歩いていると、向こうからきた人に肩が当たってしまった。
この国に多い黒髪の、私と同じくらいの背丈の男の人だった。
「あ、ごめんなさい」
「おや、綺麗なお嬢さん、彼氏連れなんて残念だな。そうだ、たまには彼氏替えてみない? ほら、試しに俺とデートしてみようよ」
目が合って詫びただけでデートに誘われた。しかも、一人じゃないってわかってるのに! そんなことってあるの!?
あまりの衝撃に固まっていたら、くいっと手を引っ張られて即座にリーンに抱きこまれていた。
「残念、彼女は僕の妻だよ。勿体ないから君には髪の毛一本だって見せない。それから君、わざと彼女に当たったよね?」
「ええっ、妻!? それは残念。でも、わざと当たったなんて心外だよ。キミだって美しい人には自然と引き寄せられてしまうだろ? それが人間の性ってもんだからね」
そうなの? とリーンの腕の中からちらりと視線を向ける。パチッと目が合った途端、リーンの表情が揺らいで私の背に回されている腕に力がこもった。
「エミィ、僕は君にしか引き寄せられないからね! そこの君さ、僕の妻が美しいのは確かだけど、だからといって夫の僕が寄ってくる虫をそのままにすると思わないでね?」
そう言ってニコッと返したリーンの笑顔は、先ほど私に向けたものの数倍は綺麗で寒々しかった。相手も何かを察したらしく、用事を思いだした、とあっという間に人混みに紛れて消えていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
昆布アイス、食べたことはないけれど、どっかで実際に売ってる気がします。
実は、コミカライズ電子単行本4巻が発売中でして、そのお祝いに書いたお話なのですが、うっかり前後編になってしまい。
単行本には、ほぼ恒例のちびリーンと少年ヘンリックのおまけSSとMakiya先生の超かわいい書下ろしイラストがついておりますが、話の内容的に詳しくは後編のあとがきにて! となりました、すみません…。




