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68 〈幻夢(VR)〉の山で鎚を振るう

『残らなくて良かったの?』

 門を潜り、次の試練の場所へと辿り着いたところで、スマラが話しかけてきた。

『残ったら殺してでも止めるんだろ?』

『できるわけないじゃない。貴方が死んだら私も死ぬのよ?』

『確かに後ろ髪を引かれるところはあったけど、これからずっとあの場所で過ごすのは、俺には無理だよ』

 きっと我慢できなくなって飛び出してしまう。やらなければならないことがある以上、一所に落ち着くことはできなかった。

『それよりもスマラ、お前も神様だったのか?』

 俺の問いかけに、スマラは沈黙した。俺は肩を竦めると、

『話せる時になったら教えてくれよ。まずは次の試練を何とかしないとな』

 と言って、周囲を確認する。門を出た瞬間、周囲は白い光に包まれていたのだが、時間が経過すると共に、光が治まり、徐々に周囲の景色が見えてきた。

 そこは雪深い山脈の真っただ中だった。標高数千メートルを超えるであろう山々が連なり、俺が立つ場所から遥か下を、雲が海原の様にゆったりと流れていく。見上げると、山々の頂きは霞みが掛かっていて見ることはできなかった。

 丁度、山の中腹辺りのようだ。足元は純白の雪に覆われ、足を踏み出すと、ギュッギュッと音がする。密度の濃い、しっかりとした雪質だ。

 俺は何か目印のようなのもがないかを探して、周囲を観察する。今は澄み切った青空が広がっているが、山の天気は変わりやすい。できるだけ早く、目的地を見つけ、試練に挑戦したい。

『スマラ、何か分からないか?』

『分かるわけないでしょ。私だって〈稀人の試練〉に来たことはないんだから』

 スマラの答えはにべもない。俺は軽く肩を竦め、まずは山頂を目指すことにした。高い位置からのほうが、何があるにしても見つけやすいだろうと思ったからだ。

 汚れ一つない、無垢な新雪を踏みしめながら、山頂を目指す。鳥や獣の鳴き声もなく、風も穏やかなせいか、俺の雪を踏む音以外、一切の音がない不思議な感覚。あまりの無音に、耳が痛くなりそうだった。

『…別に騙していたわけじゃないのよ』

 スマラが唐突に話しかけてきた。俺は無言のまま、歩を進めていく。

『今の私は〈妖精猫〉だし、それ以上の力を持ってるわけでもない。貴方と〈契約〉したことだって本当よ』

 スマラの言葉は続く。俺は黙ってスマラの話を聞く。

『私はスマラグドゥスという名の他に、もう一つ名前を持っている。もう一つの名前はジェト。私は大地神に連なる〈緑なるもの(女神)〉よ』

 黙っていて御免なさい。スマラはそう謝った。

『…やけに物知りだと思っていたが、最初から全て知っていたのか?』

 俺は漸く口を開く。スマラは影から姿を現すと、俺の肩に乗り、首を振った。

『信じてもらえないかもしれないけど、私は本当に何も知らないの。この世界(オーラムハロム)に来たのだって、神としての力を封印することで、世界に干渉する力を失う代わりに、〈妖精猫〉として気楽に過ごしたかったからだし、〈稀人の試練〉にも関わっていない』

 スマラの説明に、俺は喉元まで出かかった不満を飲み込む。そういう設定だとしたら、文句を言ったところで何も解決しないからだ。

『これだけは教えてくれ。この世界からログアウトできない理由も、〈陽炎の門〉の場所も知らないんだな?』

『〈聖地の主人(アヌビス)〉に誓って。本当に知らないの』

 スマラは申し訳なさそうに言う。PCサポート用のAIであれば、プログラムされたこと以外は知らないだろうし、今の状況は明らかに異常事態だ。安全策としての非常用プログラムが作動するくらいはしているはず。

 この件に関して、これ以上スマラに尋ねても仕方がないと思い、話題を変えることにした。

『シェアトとの関係は?』

『神の『同僚』よ。彼女は風神に連なるから、私とは聖質が異なるけど。彼女が〈稀人の試練〉に関わっていたことは知ってたけど、まさか本人がいるとは思ってなかったわ』

『他には?』

『特に何も。ていうか、何を聞きたいのか、はっきり質問してくれないと、何を答えていいのか分からないわ。こうなった以上、知ってることは何でも話すつもりだけど』

 スマラはそう言って、俺の頬に顔を擦りつけてくる。俺は頷き、

『今はスマラの言葉を信じよう。もう隠し事は無しで頼むぜ』

『肝に命じます』

 よし、これでこの件に関しては終わりだ。スマラと会話をしている間も、俺は歩みを止めることなく進んでいた。

 途中、俺の目をもってしても底が見えないほど深い裂け(クレヴァス)を【飛行】の魔法で超えたり、突然の雪崩に巻き込まれて危うく死にかけたりといったイベントに遭遇しつつ進んで行くと、もう少しで山頂に辿り着くというところで、俺たちは吹雪に見舞われた。

 さっきまで快晴だった空は厚い雲に包まれ、1メートル先も見通せないほどの強烈な吹雪が俺たちを襲った。山の天気は変わりやすいとはいえ、ここまで急なのは予想外だった。

 俺はスマラに影に潜むように言い、マントのフードを被り、返しをボタンで留めて口元を覆う。このマントはマジックアイテムで、〈宿りの(コンシーブド)外套(・クローク)〉と呼ばれるものだ。帝都に滞在する間に手に入れたもので、等級は〈稀少品〉。防水・防塵に優れた外套で、自然環境程度の寒暖であれば、体温を適温に保ってくれる。他にも効果があるのだが、今は吹雪のせいで凍えることがないのが有難い。

 視界の悪い吹雪の中、俺は黙々と歩を進める。ネフとシェアトの試練を経て、俺の〈能力〉が飛躍的に成長していることを実感した。この状況を全く苦に感じていないのだ。まるで整地された歩道を歩くがごとく、サクサク進むことができる。

 この程度の内容なら、今回の試練は楽勝か? などと思っていたら、そんなことがあるわけもなく、俺は突然発せられた殺気に、油断なく周囲を警戒する。

 足元から伝わる震動に、また雪崩が起きたのか? と考えたが、即座に打ち消す。震動は雪崩のように断続的なものではなく、規則的なリズムで伝わってくる。何か、巨大な存在が歩いているのだ。

 震動は、山頂の方から伝わってくる。俺は身を隠す場所はないかと周囲を確認するが、吹雪のために視界が悪く、見つけることはできなかった。

 仕方なく【隠蔽】の魔法を唱え、様子を伺う。震動は徐々にこちらへと近づいて来る。それに合わせて、吹雪の中にぼんやりと何かが光っているのが見えた。

 随分と高い所が光っている。一体何が来るのかと息をひそめて待っていると、遂にその姿を確認できた。


 それは〈巨人(ジャイアント)〉だった。


 10メートルを超える身長に、見事な造りの武具を纏っている。濃い髭に覆われた顔の中央には、右目を隠す眼帯と、唯一つの瞳が蒼く輝いていた。先ほど見えた光はジャイアントの瞳だったのだ。

 ジャイアントは俺の前に辿り着くと、地を震わすような重低音で語り出した。

「ようこそ、稀人よ。用心深きは見事なれど、我が瞳にはまやかしなど通じぬ。我が名はグリームニル。試練の導き手也」

 どうやら巨人(グリームニル)に【隠蔽】は通用しないらしい。俺は【隠蔽】を解除すると、グリームニルの前に立つ。

「初めまして。ヴァイナスと申します。試練の導き手よ、貴方の試練とは如何なるものなのですか?」

 俺の問いに、グリームニルは笑みを浮かべると、

「まずは、ここまで辿り着いたことを讃え、我が家へ招こう。暖かい炎も蜜酒もある」

 と言って背を向けた。どうやらついていけば良いようだ。

『スマラ、あの巨人は知っているか?』

『御免なさい、知らないわ』

 スマラは申し訳なさそうに答えた。〈稀人の試練〉に関わる神は、全て『同僚』なのかと思ったが、そうではないらしい。

『因みにネフのことは知ってたのか?』

『知らないわ。むしろ知り合いの方が少ないんじゃないかしら』

 シェアトは偶々よ。スマラの答えに頷き、俺はグリームニルの後についていく。グリームニルはその巨体に見合った歩幅で、ずんずんと歩いて行く。俺は必死に後を追った。

 暫く歩いて行くと、山肌に埋もれるように築かれた、石造りの建物に辿り着いた。グリームニルが巨大で重厚な扉を開くと、中からオレンジ色の明かりと暖かな空気が流れ出した。

「さあ、入るが良い」

 グリームニルの招きに応じて、俺は扉の中へと進む。

 扉の中は様々な物に溢れていた。暖炉があり、その近くには木製のテーブルと椅子が置かれている。暖炉の前には1匹の竜が眠っていた。保温のためか、内張にした木壁には狩りで仕留めたのか、様々な獣や魔物の剝製が、見事な造りの剣や斧、盾と共に飾られている。

 その全てが巨大なことを除けば、生活感のある部屋に、俺は小さく息をつく。

「しばし待て。灯に当たり暖を取るが良い」

 グリームニルはそう言って奥の扉へと向かう。あの、暖炉の前ではドラゴンが寝てるんですが。襲って来たりはしないのだろうか?

 俺は慎重に暖炉の前へと進む。俺が近づいたことにドラゴンは気づくが、眠そうな瞳を半眼に開いて俺を確認すると、すぐに興味を失ったらしく、再び目を閉じて寝息を立て始めた。

どうやら襲われることはなさそうだ。無意識に剣へと伸びていた手を戻し、暖炉に当たって暖を取る。

 〈宿りの外套〉のおかげで凍えることはなかったとはいえ、吹雪に晒された顔は、吹き付けた雪で冷たくなっていた。大木のような薪のくべられた暖炉は、離れていても充分に雪でこわばった顔をほぐしてくれる。

 スマラも影から飛び出し、ドラゴンに臆することなく、暖炉に当たって暖を取る。影の中はどうなのか分からないが、寒さは感じていたのか、灯に当たると気持ちよさそうに目を細めた。

「待たせたな。簡単なものだが食事も用意した」

 グリームニルが、両手に酒と料理の乗った皿を持って戻って来た。

 俺はどうやって席に座ろうか考えていると、

「ふむ、無理をせずテーブルに直接座ればいい。運んでやろう」

 と言われたのだが、俺は首を振り、

「いえ、それには及びません」

 と答えた。そう言えば、便利な魔法を覚えたじゃないか。俺は【拡大】の魔法を唱えた。俺の身体はみるみる大きくなり、グリームニルと遜色ない大きになった。グリームニルは片目を見開き、

「ほほう、【拡大】の魔術とは。お主は魔術師か」

「いえ、魔盗士です」

 俺の答えにグリームニルは頷き、俺は改めて席に着いた。スマラはテーブルの上に運んでやる。

 テーブルの上には、酒杯と酒壺、何かの肉を炙ったものと切り分けた乾酪が置かれていた。

「それでは頂こう。稀人の来訪に」

 グリームニルが手ずから酒を注ぐと、俺に酒杯を渡し、自らの酒杯にも酒を注ぐ。そして酒杯を掲げた。俺も彼に合わせて酒杯を掲げ、

「この数奇で幸運な出会いに」

 と返して酒杯を口に運ぶ。甘さの中に仄かに酸味を感じる、口当たりの良さに驚いた。グリームニルは微笑み、

「旨いだろう? 世界樹の根元に湧く泉の水で醸造した蜜酒だ。本来は我が楽しむためのものだが、特別だ」

 と言った。俺は感謝を述べると、スマラにも飲ませてやる。以前飲んだ蜂蜜酒とは異なる旨さに、俺は思いついて《全贈匣》から《極光の宴》を取り出すと、用意した酒杯に蜜酒を注いだ。

 理屈は分からないが、装備品も全て大きくなるのは、【拡大】の魔法の不思議である。前世紀から続いている、某国民的アニメの不思議な、未来の道具みたいなものか?

「ふむ、それは〈極光の宴〉か? この地を訪れる稀人だけあって、珍しいものを携えておる」

 何か、美味い酒はあるか? グリームニルに尋ねられ、俺は少し考えると、ネフに「歓迎」として飲まされた〈神の血〉を注ぐことにする。グリームニルの持つ、銀の酒杯に深紅の麦酒が注がれる。グリームニルは目を細めると、まず一口含み味わう。そして次の瞬間、そのまま一気に飲み干した。

「ふむ、爽やかな味わいの麦酒だ…。〈神の血〉か。我が蜜酒とは違った良さがある。〈極光の宴〉を手に入れただけで、良き酒に出会えるわけではない。お主は幸運にも恵まれておるようだ」

「お口に合ったようで何よりです」

 グリームニルの感想に微笑み、俺たちは暫くの間、酒を酌み交わす。暖炉の焔と酒によって、すっかり温まった俺たちは、改めてグリームニルに礼を言う。

「本当に助かりました」

「礼など不要。お主等は『試練』を受けに来たのだろう? 我の元を訪れる稀人は、漏れなく迎え入れることにしておる。尤も、道理を弁えぬ者には、相応の対価を払わせることになるが」

 グリームニルの言葉に、俺は苦笑する。神の試練を受けに来るような剛の者だ。中には問答無用で襲い掛かるような輩もいるのだろう。グリームニルから感じる気配は、かなりの力を持つことを伝えてくる。闘えば、相当な強さを持つのは間違いない。

「さて、早速『試練』を伝えるとするか」

 グリームニルはそう言って立ち上がると、俺を誘って外へと向かう。俺はグリームニルの後に続いて外へ出た。



「まずは我が『試練』を受けるに値するか、試させてもらおう」

 外に出ると、グリームニルはそう言って、徐に腰から剣を引き抜き、正眼に構えた。


 結局闘うのか…。


 俺は内心ため息をつくと、腰から〈西方の焔〉を抜き、構えを取る。

「それでは、いざ!」

 グリームニルはそう言いや否や、俺に向かって剣を振り下ろしてきた。唸りを上げて襲い来る剣の風圧だけでも、吹き飛ばされそうになる。

 俺は敢えてギリギリまで引き付けると、触れるように刀身を合わせながら、力の方向を変えて受け流す。グリームニルの顔に驚きの表情が浮かんだ。

 グリームニルの膂力が、その体格に見合ったものであることは良く分かった。【拡大】の魔法で大きくなったと言っても、グリームニルとは頭二つ分以上の差がある。上方から繰り出される攻撃は、決して楽に捌けるものではなかった。

 ともすれば、当てた剣ごと切り倒されてもおかしくない一撃。それを受け流すことができたのは、ひとえにネフとシェアトの試練によって強化された〈能力〉のおかげだった。

 高められた〈能力〉は、闘技大会の倍以上の力を俺に与えてくれていた。僅か二つの試練で、ここまでの力を得たのだ。この先の試練によって、俺はどこまで強くなるだろうか。

 振り下ろされた時以上の速さで引き戻された剣が、次々と俺を襲う。俺はそのことごとくを、躱し、受け流し、弾いていく。

 グリームニルの顔が、歓喜の笑顔に包まれる。剣速は更に増し、もはや試しの域を超えていた。殺気こそ籠っていないが、一太刀でも浴びれば、たちまち命を刈り取られるであろう、容赦のない攻撃。

「ここまでとは思っておらなんだぞ! これ程の力で剣を振るうのは、幾星霜ぶりであろうか!」

 グリームニルは雄叫びを上げ、更に果敢に打ち掛かってきた。こいつ、もしかして『試練』のこと、忘れてないか!?

 俺は必死に攻撃を捌きつつ、この状況を打開すべく、思考を巡らせる。〈護身剣(イェツトゲーデン)〉( トーヤから譲られた剣だ。使用者の攻撃力を防御力にも加える力を持つ )を使えば負けることはなさそうだが、俺の力を示すことにはならないし、まだ実戦で使ったことがないので、加減が解からない。グリームニルに何かがあって、『試練』に支障が出ても困る。

 グリームニルの言葉から、恐らくマジックアイテムを使って勝っても文句は言わなそうだが、この闘いは、成長した〈能力〉を知るにはもってこいというのもあり、〈護身剣〉を出すのは最後の手段に取って置こう。


 さて、それであればこういった手はどうだろうか?


 俺は〈捻双角錐の拳〉にイメージを送る。〈西方の焔〉と同じ形を取らせると、右手に〈西方の焔〉、左手には〈捻双角錐の拳〉で創造した黒い〈西方の焔〉を使い、グリームニルへと立ち向かう。

「むぅ、二刀流か! しかもその剣、〈捻双角錐〉か!」

 グリームニルは隻眼を見開くと、手数が倍となった俺の斬撃を捌いていく。だが、手数の差は如何ともしがたく、防戦一方となった。ここは一気に畳み掛けるか!

 俺は【神速】の魔法を唱える。今までの速度が加速し、倍の速さになる。さぁ、これならどうだ!

 4倍となった手数に、グリームニルの防御が限界を超え、無数の切り傷が鎧の無い個所に刻まれていく。

「ここまでか。我の負けだ!」

 グリームニルの宣言に、俺は振り下ろした剣を止める。グリームニルは笑顔を浮かべると、剣を鞘へと戻し、

「我が一騎打ちでここまで押し込まれたのは、彼の巨人との闘い以来かもしれぬ。お主は本当に只人か?」

 と尋ねてきた。俺も剣を収め、

「魔法を使ってはいけない、とは言われませんでしたから。魔法の補助無しでは、どうなっていたことか」

 と答えると、グリームニルは豪快に笑い、

「如何にも! 力を示すことに、制約を課したところで何の意味があろうか! 〈神与の試練〉へと挑む〈稀人〉として、相応しい武を持つことは良く分かった」

 と言うと、俺の肩を叩きつつ、再び扉の中へと招き入れる。俺も笑顔を浮かべ、グリームニルの後に続いた。



 グリームニルは中に入ると、暖炉の前で微睡むドラゴンに声を掛ける。ドラゴンはそれに応えて一声啼くと、ゆっくりと起き上がり、奥の扉へと向かう。

 今度はドラゴンと戦うのかな? これで3度目のドラゴンとの闘いかと覚悟を決めると、グリームニルの言葉を待つ。

 すると、グリームニルから告げられたのは、

「それでは、『試練』を伝えよう。これから、お主には我に従い、鍛冶を行ってもらう」

 という、予想外の言葉だった。俺は驚き、

「鍛冶、ですか? 生憎と俺は鍛冶なんてやったことがありませんが…」

「案ずることはない。我が瞳に見抜けぬものなどない。お主にはその素質がある。我を正面から撃ち伏せる力があるのだから」

 いや、それ鍛冶関係ないでしょう!? 思わず出掛かったツッコミを何とか呑み込みつつ、

「そう言われても、俺には鍛冶の知識なんて全く無いんですが…」

「それも案ずるな。これから学べば良い。何、ここでは緩やかに時が流れる。外界では気にするほどの時は流れまい」

 やっぱり闘いは関係ない!? 時間に関しては心配していなかったが、俺、ド素人よ? 鍛冶の技術なんて、習得するのに何年掛かるの?

 俺の心配をよそに、グリームニルは奥の扉を開けると、ドラゴンと共に奥へと進んで行く。俺は慌てて後に続いた。

 奥の部屋へ入ると、そこは鍛冶場独特の灼けた香りと、金臭さが押し寄せてきた。鞴や炉、金床が置かれ、大小様々な鎚や道具が置かれている。

そこは確かに鍛冶場だった。敢えて付け加えるとすれば、設備は巨人サイズであることと、それを抜きにしても広大なスペースがあることか。グリームニルは本気で俺に鍛冶をさせるつもりらしい。

「お主は鍛冶というものはどういったものなのか識っておるか?」

「いえ全く」

 日本人の、一般家庭の元企業勤め(サラリーマン)に多くを求めないで欲しい。俺の答えにグリームニルは頷くと、

「それでは、鍛冶とは何かから傳えていこうか」

 と言って、俺に対し、設備の使い方、道具の使い方、作業の手順といった基礎的なものを丁寧に教えてくれた。実際に作業を行いつつ教えるその説明は、適切かつ効率的で、俺は真綿が水を吸うように、グリームニルの教えを吸収していった。

「お主、本当に鍛冶は初めてか? 一つ教えれば、それを二つ、三つと重ねて覚えていく。探索者など止めて、我の下で共に鍛冶の道を歩まぬか?」

 グリームニルの称讃に、俺は照れ笑いをしつつも、

「俺には帰らなければならない場所がありますから」

 と答える。グリームニルは心底残念そうに、

「ううむ、仕方がない。〈稀人〉の意志を変えてまで留めるのは、この地では禁忌である。せめて、我の持つ業を傳えるとしよう。今この時から、我はお主の師となる。以後『師匠』と呼ぶが良い」

 と言うと、今までとは違う光を眼に宿しながら、俺をじっと見つめた。ヤバい、この目は本気だ。

 その日から俺は、【拡大】の魔法を使って、巨人の体格を維持するのを日課に、グリームニルの下で鍛冶の技術を学ぶ日々を送ることになった。


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