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66 〈幻夢(VR)〉で左手の封印が疼く


 俺は今、何をしているのだろう?


 幽かに残る意志が自問する。これは試練なんだと、自らに言い聞かせるのも疲れて果てた。

映し出される光景の、一部を、片方を、或いは全てを『流し込まれ』、それでも俺の心は辛うじて耐えている。だが、それももう限界だった。

 そして今、目の前に映し出された光景は、俺を天国へと導く、神からの啓示のように感じられた。

 それはあまりにも懐かしい光景。見事な装飾の『門』の先に広がるのは、慣れ親しんだ自室と、その窓から映る現実世界の景色だった。

 AGSの中には、現実世界の俺が目を閉じているのが見えた。ゆっくりと胸が上下するのが分かり、生きていることを伝えてくる。

「今君が見ているのは、紛れもない、〈陽炎の門〉だ。これは『試練』が生み出す幻影ではないよ。私からの贈り物だ」

 不意に語られた言葉に、俺はゆっくりと目を向けると、そこには微笑みを浮かべたネスが立っていた。

「『試練』に耐えた君に、私からの慈愛に満ちたプレゼントさ。ここにある『門』を抜ければ、『望むべき世界』に行くことができる。さあ、開かれた時間は僅かしかない。手を引き抜き、進みたまえ」

 そう告げるネフの微笑みは、俺には天使の様に映った。そして、その言葉は、擦り切れた俺の心に、甘美な誘惑となって染み込んでくる。


 今、この機会を逃したら、いつ帰れるというのか。


 俺は誘惑に身を任せ、左手を半ばまで引き抜き、一歩を踏み出した。このまま現実世界に帰れば、俺は解放される。こんな苦しい思いをすることもなくなるのだ。


『本当に、帰りたいの?』

 もはや抗いようのない目の前の光景。だが、完全に左手を引き抜く直前、俺の耳を通り過ぎたのは、不意に聞こえた問いかけ。

 そして、心を過ぎったのは、あれだけ苦しめられたリィアたちを、救うことのできなかった光景だった。


 なぜ、あれが幻影であると言い切れる?


 ロゼ達も、今〈稀人の試練〉に挑戦している。俺が見た光景は、ロゼ達が今体験している『試練』なのかもしれないのだ。俺だけが諦めて、現実世界へと戻って良いのか?


 落ち着け、良く考えろ、これが『試練』でないと何故言い切れる?


 皮肉にも、俺を苦しめた光景が、感情が、感じた五感が最後の一歩を踏み止まらせた。そうだ、これだって『試練』の一つなのだ。俺だけが、安易に逃げたら、ロゼ達に顔向けができない。


 いや、そうじゃない。

 俺が、俺自身が、俺を許すことができない。


 俺は必ず現実世界に帰る。だが、それは一人じゃない。ロゼ達と共に〈陽炎の門〉を探し、帰るんだ。

 そして、もう一度、この世界(オーラムハロム)に帰って来る。ヴィオーラ、リィア、ジュネ、ブリス。オーラムハロムで想いを交わした人たちとの想い(イベント)を、無に帰すことのないように。

 テフヌト、ガデュス、クライス、エメロード…。ここで過ごした日々が、決して幻ではないことを忘れぬために。

 最後の一歩を踏み出す足を、俺は振り向きざま、真逆へと一気に踏み出した。決意を示し、未練を断ち斬るように。

 引き出しかけた左手を、一気に突き入れた。肘を超え、肩まで飲み込まれた左手が、初めてはっきりと何かを掴む。その瞬間、背後に映し出されていた『門』は砕け散り、キラキラと光の粒子を残して消え去った。

 そして、左手を言葉では表現できない奔流が駆け巡る。俺はただひたすらに手の中に掴んだものを握り締め、耐え続けた。

 不意に訪れた開放感に、俺は膝から崩れ落ちる。『魂賺しの供犠臺』は消え去り、その場には俺とネフだけが残された。



 パチパチと言う音に、俺は顔を上げた。そこでは芝居がかった仕草で拍手をするネフが、満面の笑みを浮かべて立っている。

「いやはや、見事、見事! 私の『試練』を突破する者が現れるとは!」

 ネフの称讃に応える気力もなく、俺は膝を着いたままネフを見上げた。

「君の心の変化は非常に趣き深いものだったよ。只人とは、稀人とは、これ程までに濃密な『魂』を持てるのだと。中々どうして捨てたものじゃない。君を迎えられてことは無類の喜びだよ」

 俺はネフの語る言葉を聞き流していく。今は何もする気が起きなかった。

「ふむ、流石の稀人も精魂尽き果てたということか。このまま次の『試練』に向かわせるのは酷と言うものだね。他にも話したいことはある。今は休みたまえ」

 ネフの言葉が終わる前に、俺の意識は闇へと落ちていく。握り締めた左手に、不思議な脈動を感じながら。



「目覚めたかね?」

 掛けられたネフの言葉に、俺は覚醒する。起き上がると、そこはネフと初めて出会った闇の中であり、特に変わったところは見受けられなかった。俺はゆっくりと周囲を見回すが、俺とネフ以外は闇以外に存在せず、ネフの言葉だけが周囲に響く。

「まずは最初の『試練』突破、おめでとう! 初挑戦でいきなり私の『試練』を突破できた者は中々いない。もっとも、最初に私の『試練』に挑戦する者が皆無というのもあるがね」

 ネフの物言いに、俺は漸く言葉を返す。

「まったく、酷い試練があったものですね」

「仕方がない。あれは君の『心象世界』が生み出した、君だけの『試練』だもの。私は一切干渉していないし、全ては君の心が生み出したものだよ」

 試練の内容は君自身が望んだものの繁栄さ。ネフの言葉に、俺は衝撃を受ける。あれが全て俺の心が生み出したものだってことか? あまりの内容に発狂しかけた自分の心が信じられなくなりそうだった。

「どれだけ強烈な光景であったのかは、本人以外にとっては感じ方も違うし、心に与える衝撃も違う。他者の評価に意味はない。ただ一つ、君にとっては過酷な『試練』であった、そのことだけは事実だよ」

 ネフの説明に、俺は頷くしかなかった。危うく人間不信になりそうだったが、俺の心の中にある『闇』の部分を自覚したことで、俺という人格をより深く理解したと考えよう。

「最後の選択には驚かされたよ。まさかより深く左手を突き入れてくるとは。君に選択肢はないと思ったのだけどね」

 ネフの言葉に俺はハッとして、

「あれは、あの〈陽炎の門〉は、俺の心が生み出した幻影だったのですか?」

「そうだね。幻影であるかもしれないし、本物であるかもしれない。だが、それは意味のない問いかけじゃないかい? 君は『こちら』を選んだのだから」

 ネフの笑みを含んだ物言いに、俺は怒りを覚えるが、それよりも重要なことがあった。

「本当に〈陽炎の門〉は存在するのですか?」

「その問いに答える権利は、今の私には存在しない。君自身の行動が、決断が、意志が全てを明らかにする。そうじゃないのかい?」

 煙に巻くようなネフの言葉に、俺は追及を諦めた。代わりに左手を上げ、

「それでは、質問を変えましょう。これはどういうことですか?」

 ネフの前に突き出した左手は、その姿が大きく変化していた。手首から先が周囲の闇に溶け込むような、漆黒の物質に変化しており、掌には、手の甲までを貫いて、親指大の、深紅の捻れ双五角錐が埋め込まれていた。

 大きな石が埋め込まれているというのに、左手には違和感が全くなかった。中手骨がある位置を石が貫いているのに、指は問題なく動かすことができるし、握り込めば触覚も感じた。指の先で五角錐の表面を撫でると、しっかりと掌を撫でた感触が返ってくる。仕組みが全く想像できない。

「それは、私にも予想外の出来事だったよ。まさか、『魂賺しの供犠臺』が、そのように変化するとはね。いやはや、この世界は不思議に満ちている」

 ネフが肩を竦めながら、そんなことを言った。つまり、

「これが何であるかは説明できない、と?」

 俺の問いに、ネフは人差し指を立てて顔の前で振ると、

「いや、説明はできるよ。それは〈捻双角錐の(トラペゾヘドロン)〉。君の『魂』が具現化したものであり、あらゆる可能性を秘めた『世界の卵』さ」

 ネフが何を言っているのか、さっぱり分からなかった。

「つまり?」

「えぇ、言葉通りのものなんだけど。なんて言えばいいのかなぁ…。ふむ、端的に説明すると、便利な(アーティフィシャル)義手(アーム)ってところかな」

 全然違う言葉が出てきたぞ。便利な義手?

「その腕は、君のイメージに合わせて、自由に形を変えることができる。手の形をしているけど、厳密には構成しているもの全てで一つの物体だから、形だけでなく、質量や強度もかなりの幅で変化させることができるよ。君が左手に装備していたものも取り込んでいるから、その機能も受け継いでいる」

 つまり、〈聖餐の拳刃〉と〈刻の刻御手〉は吸収されて、この左手に取り込まれていると。俺はネフの言葉を素直に聞くことに集中する。考えた所で、この左手が元に戻るわけではないし。

 俺は左手がこのように変化したことについては、すんなりと受け入れていた。まるで生まれた時からこのままであったかのように、心では左手として認識しているのだ。

 俺は試しに形状を変化させてみる。俺の意志に従って、左手は瞬時に形を変え、一振りの剣へと姿を変えた。

 なるほど、イメージ通りに変化するというのはこういうことか。俺は様々な形に変化させると、イメージを解く。すると自動的に左手へと戻った。

「武器としての威力は、取り込んだ武器のものを踏襲するはず。構成する物質が変わっているから、多少変化しているとは思うけど」

 これって、更に武器を取り込んだりできるんだろうか? その場合、機能は継承される?

「それについては何とも言えないなぁ。試してみれば?」

 ネフのいい加減な口ぶりに、頭を抱えそうになった。兎に角、左手の機能については後で調べることにする。

「触覚や痛覚はどうなっているのです?」

「触覚は普通にあると思うよ。痛覚に関しては君のイメージ次第かな?」

 触覚を残して痛覚を遮断するとかできるってことか? その場合、熱を痛みとして感じる機能も遮断できるってことだろうから、焼けた松明を握ったりできるってことになる。

 俺は痛覚が遮断できるのか試すために、右手で〈西方の焔〉を引き抜くと、指先に当てようとする。すると、

「ああ、気を付けた方が良い。指の一本や二本は失ったところで再生するけど、中央の石が失われると、即座に死ぬから」

 ネフの指摘に、思わず手が滑りそうになる。慌てて剣を構え直した。そういう大事なことは、最初に言って欲しかった。

 俺は慎重に、刃を指に走らせた。かなりの力を込めて引いたのだが、指には傷一つついておらず、痛みも感じなかった。

「これって、かなりの硬度を持ってるんですか?」

「そうだねぇ、硬度だけなら、ダイヤモンドくらいじゃないかな?」

 それって、大抵のことじゃ傷つかないっていうだろ…。俺は親指を変化させて鞭のようにしならせると、狙いを定めて、人差し指を斬り裂いた。

 鞭は人差し指の第一関節を抵抗もなく斬り裂き、滑らかな断面を残して斬り飛ばした。覚悟していた痛みは無く、親指に、何かが触れた感触だけが残っている。

 同じ物質なら、切り裂くこともできるみたいだ。断面を確認するが、血は流れておらず、骨も存在しなかった。しかも、切り飛ばした箇所が徐々に再生していくのも確認できた。切り飛ばされた人差し指の先は、徐々に風化して消滅する。

「なるほど、確かに痛みは感じない。触れれば触覚は確かにあるのに、不思議な感じがする」

「形状を変化させるときは元に戻す必要があるけど、普段はイメージしておけば、普通の左手に見せることもできると思うよ」

 俺は言われた通りにイメージする。すると左手は瞬時に変化し、右手と同じようになった。

「見た目が変わっても、痛覚とかは感じないんだろうな」

 俺はワキワキと左手を動かしてみるが、以前の左手と変わらぬように動く。だが、意識すれば即座に形も変わるし、関節などに囚われない自由な動きが可能なので、非情に便利になった。

「慣れれば、無意識に変化できるようになるさ。不便はないと思うよ。それに、君の創意工夫次第で、新たな使い方も見つかるかもしれない」

 ネフの言葉に頷いた俺は、他にも聞きたいことが山積みであることに気付き、まずは何から聞けばいいのか、暫し考え込む。

「まぁ、急ぐことはないよ。時間はたっぷりとあるんだ。今の私に答えられることなら、何でも答えよう」

 ネフの言葉に、まず湧いた疑問をぶつける。

「時間はたっぷりある、ということは、〈稀人の試練〉は、外の世界とは異なる時間が流れているということですか?」

「そうだね。君たちの概念に合わせると、そういうことになるかな。これは『試練』によって異なるんだけど。私たちがいるこの『世界』は、そうだね、君たちの『時間』で表現すれば、外の世界の1日が、この世界での100日に相当する」

 …それって、外の世界じゃ殆ど時間が経っていないってことか。なんか、時間間隔がおかしくなりそうだ。

「別に不思議なことはないだろう? 君の持つ〈妖精郷〉だって、ある程度時間を操作できる『世界』じゃないか。ここだって同じだと思えば良い」

 ネフの説明に、なるほどと納得しかけ、なぜネフが俺の〈妖精郷〉を知っているのか、と慌てて確認する。

「何故、俺が〈妖精郷〉を持っていると?」

「これでも〈稀人の試練〉を管理する存在だからね。君のステータスを見ることぐらい朝飯前さ」

 そうネフが答えたので、俺は納得…する前に、新たな疑問が出てきたぞ!

「今、ステータスって言いました?」

「言ったけど?」

「その言い方を知ってるってことは、貴方は管理者、もしくは運営側のスタッフってことですよね!?」

 俺の問いに、ネフは首を振る。

「残念ながら、私は君の考える存在ではないよ。あくまでも、君に分かり易い表現を、君がそう認識しているだけで、言葉としての概念は異なっているからね」

 ネフの言葉に、俺は肩を落とす。よくよく考えてみれば凄いことを言っているのだが、この時の俺にはそれを疑問に思う余裕はなかった。その後に発せられた、ネフの言葉に受けた衝撃のためだ。

「そもそも、君たち〈異邦人〉をこの世界(オーラムハロム)に招いたのは、君たちの『世界』を管理する『神』だろうに」


 何だって?


「今、『神』と言いましたか?」

「だから、私の言葉は、君の理解できる言葉に表現を変えているだけだと。君が『神』と聞こえたのだったら、『神』としか表現できないよ」

 ネフはそう言って肩を竦めた。俺はネフの言葉を反芻する。


 ここはAGSを通してログインしているVRMMOだ。

 ネフの言葉はNPCが設定を元にして発している台詞のはず。

 その意味はどういうことなのだろうか?

 (ゲームマスター)? 神(運営)? 神(開発者)? 神(管理システム)?


 俺が質問を重ねようとすると、ネフは首を振り、

「今そのことについて質問を重ねても、恐らく君が理解できる言葉で説明することは不可能だ。今の私にはその権限はないし、するつもりもないからね。今答えられるのは、〈稀人の試練〉についてだけだよ」

 と答える。俺は聞きたかったことの大半を飲み込み、改めて質問を探す。そして、

「『試練』と聞きましたが、どのように決まるのでしょうか?」

「『試練』の内容に関しては、完全に個人単位で異なることは説明したかな? 『小英雄の試練』であれば、提示される『試練』の中から選ぶことができる。『大英雄の試練』は、選ばれた『試練』を決められた順に試練を突破してもらうけどね」

 ネフの説明に俺は頷きつつ。更に質問をしようとすると、ネフの説明には続きがあった。

「けど君は『神与の試練』に挑戦するんだ。選択肢はないじゃないか。『神与の試練』で課される試練は、その名の通り〈運命の神〉によって、無作為に決められる」


 …『神与の試練』? 初耳だぞ?


 俺が不思議そうにしているのを見て、ネフは首を傾げ、

「? 君はイコンを泉に捧げて『門』を潜ってきたんだよね? それであれば『神与の試練』に挑戦するということだから、てっきり知ってると思ったんだけど」

 と言った。


 何それ! 聞いてないんですけど…


 俺は、思わずツッコミを入れそうになるのを耐えた。トーヤのやつ、何も言ってなかったじゃないか!

「まぁ資格がなければここには来れないし、試練も突破できたんだから、良いじゃないか。それに完全に無作為になるから、本来であれば一度しか課されない試練でも、複数回課されることがある。一度超えた試練なら、簡単に超えられるじゃないか」

いや重畳、重畳。ネフはそういって笑っているが、その時の俺は、トーヤにどう文句を言ってやろうか、ということばかりが頭を廻っていた。そして、湧き出た疑問を尋ねた。

「それって、〈神与の試練〉に関しては、回数が決まっていないってことですか?」

「さて? 私は〈運命の神〉ではないから、どれくらいの『試練』を課すのか、知っているわけではないからね」

 訪れた稀人に試練を課すだけだもの。ネフはそう言って笑った。これって、下手したら、達成不可能の無理ゲーなんじゃないか…?

「ああ、因みに〈神与の試練〉も〈大英雄の試練〉と同じく、一度挑戦すると、成功・失敗に関わらず、二度挑戦できないから注意したほうが良い。〈陽炎の門〉についても、手掛かりが途切れてしまうかもね」

 失敗しても、諦めずに挑戦すれば良いか、と考えていた俺の希望を、ネフはあっさりとへし折ってくれた。

 製作者は一体何を考えてクエストを設定しているんだ! 頭おかしいんじゃないのか!

 ここまで来ると、本気で制作者の正気を疑いたくなる。〈刻の刻御手〉を失った場合のログアウト方法が高難度過ぎて、まるで俺達をこの世界に閉じ込めたいのではないか、などと馬鹿な想像をしてしまう。そんなことをしても、メリットなど何一つないのだから…。

『どちらにせよ、試練を突破しなければ、何も始まらないわよ』

 再び唐突に脳裏を過ぎる声に、俺は目を丸くする。そして、

『スマラ! 来ていたのか!』

 と影の中へと心話で語りかけた。スマラは影から姿を現すと、闇に包まれた周囲を見回してから、俺の肩へと飛び乗った。

『闇の中だというのに、影は存在するんだな』

『闇と影は違うもの。影を作るものがあれば、例え見えなくても影は存在するわ』

 スマラはそう言うと、

『左手、凄いことになってるわね。良く見せて』

 と言って左手を近づけるように催促する。俺は左手をスマラの傍に近づけた。スマラはフンフンと鼻を鳴らし、

『なるほどね。明らかに魔力とは異なる力を感じるわ。あの男が言っていることも、あながち間違ってはいないようね』

 と言ってネフへと視線を向ける。あの男、ネフはしげしげと興味深そうにスマラを見つめている。

「これは珍しい、〈妖精猫〉ですか。この場に現れたということは、ヴァイナス、君の〈使役魔〉なのかい?」

「〈使役魔〉ではない、と思います。〈契約者〉ではありますが」

 俺の言葉にネフはふむふむと頷き、

「なるほど、〈契約〉ですか…。これは盲点でしたね。そのような方法があったとは。非常に興味深い」

 などと言いながら、一人納得している。俺には彼が何に納得しているのか分からなかったが、分からないことは放っておいて、スマラに話しかけた。

『何で試練の最中に話しかけてこなかったんだ? 最後の試練の時の心話、スマラだろう?』

『貴方の心の中なんて見えないんだから、話しかけようがないでしょ。何を見、何を聞き、何を感じて叫んでいるのか、私には全く分からないのよ? 最後の試練だけは私にも見えたから、話しかけただけ』

 あのまま放っておいたら、『門』に飛び込んでいきそうだったから。そう言ってスマラは毛繕いを始める。いるならいると言って欲しかった。そうすれば、もう少し心に余裕もできたはずだ。

 …いや、それは駄目か。スマラに頼り、甘えてしまえば、俺自身が『試練』に打ち勝つことはできないな。

 スマラがここにいることは嬉しく思っても、頼ってしまったら、一人で頑張っているゼファー達に申し訳ない。

『それにしても、付いて来るなら付いて来ると一言言って欲しかったぞ』

『貴方と私は〈契約〉しているんだから、離れられないのよ。いい加減理解しなさい』

 俺の指摘は、スマラにあっさり反撃されて撃墜される。そんな俺達を見てネフはクスクスと笑うと、

「それじゃあ、次の『試練』へと向かってもらおうかな」

 ネフはそう言って指を鳴らす。すると目の前に『門』が現れた。ネフは門を指さし、一転して厳かな顔をすると、

「さあ、門を抜け、次の試練に向かうが良い。『また』会えることを楽しみにしているよ」

 と言った。トーヤへの憤りは、スマラの登場ですっかり消えてしまった。俺は大きく深呼吸をして心を落ち着かせると、次の試練へと向かうべく、門を潜るのだった。


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