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59 〈幻夢(VR)〉の帝都で束の間の休息

 何とか3回戦も勝ち残った俺は、勝者の控室に戻ると、〈小さな魔法筒〉を取り出し、マグダレナを呼び出す。マグダレナは痛みに息を荒くするが、

「ヴァイナス、勝ったの?」

 と何よりも先に確認してきた。俺は安心させるように微笑むと、

「ああ。マグのおかげで勝つことができたよ」

「良かった…。おめでとう」

 ありがとう、と俺は頷き、まずは治療を行うため、マグダレナの身体に刺さったままの矢を引き抜く。マグダレナの身体がビクリと反応するが、叫び声を上げずにじっと我慢している。

 俺はまず【解毒】の魔法を掛けた。クロスレィが矢に毒を塗っていると言っていたからだ。その後傷口の様子を確かめ、スマラと共に【回復】の魔法を掛けていく。

「それにしても、クロスレィは強かったわね。前からあんなに強かったのかしら?」

「どうかな? 三連星との闘いの際には結構苦戦していた気がするけど、あれが演技だとしたら、かなりのものだな」

 魔法を使いつつ、スマラとそんな言葉を交わす。マグダレナも落ち着いてきたのか、俺の闘いの様子を知りたがった。俺はクロスレィとの闘いを聞かせてやる。

「結局今回も、私役に立たなかった…」

 そう言って落ち込むマグダレナ。俺は首を振り、

「そんなことはない。マグがいなかったら、クロスレィの矢が尽きる前に斃されていた可能性が高かった。あの時庇ってもらえたから、勝てたんだよ」

 そう言って、鬣を撫でてやる。スマラも、

「そうよ、貴方が頑張ったから勝てたの。お疲れ様」

 と言って労っていた。マグダレナは嬉しそうに目を細めると、

「良かった。次も頑張るね」

 と言って人化すると、俺に抱き着いて来た。未だ治療を終えていない傷口に痛みが走り、思わず呻き声を上げてしまう。

「あ、ごめん! 今治すね」

 マグダレナは慌てて【回復】の魔法を唱え、俺の傷を癒していく。

「それにしても、クロスレィのあの消える魔法、何だったのかしら?」

「スマラも知らないとなると、マジックアイテムかもな」

 魔法で傷を癒した俺たちは、控室で寛ぎつつ、さっきの闘いを思い返していた。確かにクロスレィの消える魔法は厄介だった。

「まぁ、クロスレィも死んではいないだろうから、後で機会があれば聞いてみよう。それにテフヌトなら、何か知っているかもしれない。ブリスだって詳しいはずだし」

 俺はこの場にいない、魔法のエキスパートたちの名を挙げる。スマラも頷いて、

「確かに、あの二人なら知ってるかも。私ももっと学ばないと」

 と言う。スマラは猫として随分博識だとは思うんだが、本人的には納得していないようだ。マグダレナも俺の膝の上に頭を乗せて甘えていたのだが、

「【感知】の魔法を使った時、魔力は感じたから、魔法だとは思う。位置までははっきり分からなかったけど…」

 と言った。俺は頷き、

「なるほどな。もしかしたら、【感知】でなく【発見】だったら看破できたのかもしれないな。クロスレィに会ったら確認しよう」

 と言う。マグダレナも頷いて、

「でも、あの戦法は凄かったよね。私たちもやってみる?」

 と言ってきたが、俺は肩を竦め、

「俺たちの手持ち魔法だと、選択肢の幅が狭くなるから、あまり有効じゃないんだよな」

 と言って、闘いの時に考えた方法を伝える。スマラもマグダレナも頷きつつ、

「なるほどねぇ。確かに【隠蔽】と【瞬移】だけじゃ、行動が制限されすぎるかも」

「それにあの動きは、弓みたいな射撃武器を使うからこそ有用なんだってことも、言われてみて納得した。クロスレィさんも、凄く考えて、訓練もしたんだろうな…」

 と感想を述べる。確かに、あれだけの動きをするには、かなりの修練が必要なはずだ。SPも使いまくるから、早々訓練するわけにもいかないだろうし。俺はクロスレィの努力に頭が下がる思いだった。

「落ち着いたら、俺たちもあんな風に、お互いの特技を活かした戦法を訓練してみよう」

「うん!」

「そうね」

 クロスレィとの闘いは、非常に良い経験だった。特に空中戦は、攻撃の際の位置取りや回避の方向、次の動作を考えた機動など、学んだことは多い。ヴィオーラはグリフォンを連れているといっていた。空中戦の可能性も考えておかないと。

 俺たちはお茶やお菓子を楽しみつつ、戦闘のお浚いや帝都で見つけた美味しい物、次に挑戦したいダンジョンの話など、雑談を交えつつ話していると、来客を告げる声が掛かる。そして、通されてきたのは、先ほど死闘を演じたクロスレィだった。

「お疲れ様。勝利おめでとう」

「そちらこそお疲れ様。いい闘いだった」

 俺はクロスレィを出迎えると、笑顔で右手を出す。クロスレィも笑顔でその手を握り、握手を交わすと、お互いに肩を叩き、健闘を称え合った。

「騎獣の黒いユニコーンを倒せたまでは良かったんだが、その後はジリ貧だったよ。はやり補充の効かない弓では長期戦は不利だな」

 クロスレィをテーブルへと招き、マグダレナがお茶とお菓子を用意する。スマラとも挨拶を終えたクロスレィは、お茶とお菓子に舌鼓を打ちながら、先ほどの闘いを振り返っていた。

「確かに不利かもしれないが、充分な数は用意していたんだろう?」

「それは当然。だが、それでも使い切ってしまうと極端に不利になる。私も近接型に切り替えるかな…」

「あれだけの腕を持っていて、態々切り替える必要もないだろう? あの戦術を駆使すれば、大抵の相手は倒せるだろうに」

「今回は闘技大会ということで、採算度外視で準備をしたからできた戦術さ。普段からできる闘い方じゃないよ」

 クロスレィの言葉に、俺は説明を求める。クロスレィは肩を竦め、

「敗れたお前には手の内を明かすが、今回の戦術の肝は【透化(シースルー)】の〈奇跡〉を込めたこの腕輪と、魂力を補助する〈魂石(ソウルストーン)〉だよ」

 クロスレィは身に着けた腕輪を見せつつ、そう説明してくれた。

 【透化】は2レベルの奇跡で、術者以外の対象にも同時に影響を及ぼす【隠蔽】とは異なり、対象は個人に限定されるが、視覚的には完全に透明になるものだ。

 匂いや音、体温といったものまで隠蔽されるため、複雑で能動的な行動( 攻撃を行ったり、魔法を唱えたり )といったことをしなければ、移動したり、簡単な会話をしても姿を現すことはないらしい。

 仕事柄、単独での隠密行動といったものが多いクロスレィとしては、非常に重宝しているそうだ。

「三連星との闘いの際、それを使ってなかったよな?」

「集団戦の時は運用が難しいんだよ。私が姿を消せば、残った二人に攻撃が集中する。相手の数がこちらよりも少なくなれば、使っていたがね。あの状況では使えなかった」

 クロスレィの説明に、俺はなるほどと頷く。

 そして〈魂石〉は、SPを貯蔵しておくことのできる特殊な宝石で、こちらも【聖印(ホーリーシンボル)】という奇跡で生み出されるものだ。

 本来は装飾品などに付与し、一時的なSPの「電池」として使用するものなのだが、術者にしか使用できない。

 だが、マジックアイテムとして品物に付与したり、〈魂石〉という「消耗品」として宝石に付与すると、他者も使用できるようになるらしい。

 魔法を使う者にとって、非常にありがたいものではあるが、当然、アイテムとしては高額で、金貨1万枚以上する。

 一方で、使い捨てである〈魂石〉は、それに比べると比較的安価で手に入るらしい。

「それで、幾らするんだ?」

「大粒のもので金貨2000枚。小粒のものなら500~1000ってところだ」

 …充分高いな。それなら装飾品のほうを買ったほうが使いまわせる分お得な気がするが、〈魂石〉のほうが、一度に使えるSPが多いらしい。

「俺は〈盗賊〉だからな。〈魔術師〉と違って魂力を効率良く使うことはできないから、〈魂石〉で底上げしたのさ」

 聞けば、大粒の〈魂石〉を3つ使い潰したらしい。それだけで6000枚の投資だ。俺は思わず目を見開く。

「それだけ負けたくなかったわけだが、それだけやっても勝てなかったんだ。お前は凄いよ」

 クロスレィはそう言って笑う。俺は称讃を素直に受け取った。

「今度は私が聞きたい。あれだけの矢と短剣を受けて、毒の影響が見えなかったのは何故だ?」

「あー、まあ手の内を見せてくれたんだし、俺も教えるか」

 俺は以前の探索で毒が効かない身体になったことをクロスレィに伝えた。クロスレィは「むぅ」と唸り、

「それは誤算だった。まさか毒が効かないとは…。これからはそういったことも考慮していかなければならないな」

 魔物ならば、毒の効かないものも多いから警戒するが、ヒューマン種に効かないとは考えなかった。そういってクロスレィは悔しがる。気持ちは分かる。俺だって反則だと思うよ。

「それで、これからどうするんだ?」

「敗れてしまったからな。イーマン様に付き添って来た手前、闘技大会が終わるまではこの街にいる。その後はアル=アシの街に戻ることになるな」

「そうか、それなら一度連れていきたいところがあるんだ。今日の試合が終わったら時間はあるかい?」

「特に予定はないな」

「それなら、案内するよ。泊りになるかもしれないから、着替えは持って来いよ」

「…一体、どこに連れていくつもりだ?」

 内緒だ。俺はそう言ってニヤリと笑う。クロスレィは肩を竦めつつ、了解した、と頷いた。

「そういえば、ヴィオーラには会ったか?」

「ああ。大会の前に闘技場で荒稼ぎしていたからな。声を掛けて、イーマン様達と共に食事をしたぞ」

「…なんか言ってたか?」

「お前と離れ離れになったとは聞いたな。闘技場で当座の金が用意できたから、お前を探しに行くと言っていた。闘技大会に出ているのも知っているぞ。本選に残っているのは知っているから、大会中は声を掛けないようにしているが…。どうかしたのか?」

 クロスレィは不思議そうに聞いて来る。俺が顔を顰めると、

「ヴァイナスったらヴィオのことを放っておいて、勝手に闘技大会に出場してるの。ヴィオったらそれを知って怒り心頭ってわけ。ヴァイナスを倒すまで会わない! って息巻いてるそうよ」

 とスマラが勝手に説明した。クロスレィはキョトンとした顔をすると、大声で笑い始めた。

「ククク…。ワハハ、そういうことか! なんとまぁ、仲の良いことで!」

 目に涙を浮かべて笑うクロスレィに、俺は憮然とした表情を浮かべる。クロスレィは暫く笑っていたが、何とか落ち着くと、

「まぁ、何というか、お前たちが仲良くやっているようで安心したよ。ヴィオーラも元気でやっているし、今回の大会には満足しているよ」

 そう言って笑う。勝った身の上として、慰めの言葉をかけ辛かった俺としては、クロスレィの笑顔に安堵する。

「それにしても、クロスレィは未だに〈盗賊〉なのか? 上位職にはならないのか?」

「うん? 何言ってるんだ。俺の格は8だぞ。上位職になれるわけがないだろう」

 …なんだって? 俺はレベルが5も低い相手に苦戦を強いられたのか…。クロスレィの言葉に、スマラとマグダレナも唖然としている。

「…ホントだ、確かにクロスレィはレベル8よ。信じられない。それであれだけの動きをしたっていうの?」

「私が闘った時より強くなったヴァイナスが、私がいて苦戦した相手が、格が8…」

 二人の呆然とした顔を見て、クロスレィはニヤリと笑うと、

「強さとは、単に格の高さだけで分かるものではない、と言うことだな。そのことはヴァイナス自身も言っていたはずだぞ」

 と言う。その通りだ。闘場での訓練の際、俺はヴィオーラとクロスレィに、レベルに頼らない闘い方を説いたのだ。〈能力〉に頼らず、自分ができることを磨け、と。

 クロスレィは俺が考えている以上に努力し、研鑽を積んでいるのだろう。こんな相手に対し、レベルに頼るな、などと説いた自分が恥ずかしかった。

「そのことは忘れてくれ。クロスレィのような相手に、あんなことを語ったのは、今にして思えば羞恥の極みだ」

「馬鹿を言うな。お前の言葉で、私だって気付かされたのだ。私が常々思っていた漠然とした疑問に、お前の言葉で答えが出たのだから。目指すべき道を示された気がしたぞ」

 クロスレィに向かって頭を下げた俺に、クロスレィはそう言って頭を下げた。お互いに頭を下げ、同時に頭を上げ、思わず笑い合う。

「これからもお互い研鑽を積んでいこうじゃないか」

「そうだな。仰ぐべき師は思いのほか身近にいた、ということか」

 言葉を交わした俺たちは、自然と手を差し出し、硬い握手を交わす。クロスレィには是非とも〈妖精郷〉に来てもらい、皆を鍛えてもらいたかった。



 その後は試合が終了するまでクロスレィと語り合い、試合終了を告げる係の声に答えて控室を出る。準備をしてから合流するというクロスレィと別れ、皆と合流する。

「見事な勝利だったぞ! 敗れたとはいえ、クロスレィも見事だった! あ奴にも〈名誉闘士〉の称号を与えねばな!」

 合流するなり称讃の声で迎えてくれたのは、イーマンだ。そういや、クロスレィは〈名誉闘士〉じゃなかったっけ。

「そして、ゼファーも見事な勝利だったぞ! 相手は格上の〈戦盗士〉であったが、奇策を用いた相手を〈入神〉で真正面から打ち破る姿は、見ていて気持ちが良かったぞ」

「本当に、とても素敵でしたわ…!」

 イーマンの称讃に、ナジィルもうっとりとした目をゼファーに送る。おや? これはまさか…。少々気になることがあったが、まずは二人に礼を言う。

「「ありがとうございます」」

 そうか、ゼファーも勝利したか。俺とゼファーはお互いに拳をぶつけ合い、健闘を称え合う。

「それに、ヴィオーラも見事であった! 騎獣の〈鷲獅子〉に跨ることなく控えさせ、手に持つ槍を一閃、それだけで相手は吹き飛ばされた。まぁ相手は組み合わせに恵まれて、運良く勝ち上がってしまった者であったから、いささか力不足ではあったがね」

 イーマンの言葉に、ナジィルも頷いている。ヴィオーラも勝ち進んでいるのか。俺はヴィオーラとの対戦が近づいていることに、複雑な気持ちを感じた。

「いずれにせよ、次は4回戦。大会も折り返しに差し掛かる。ここまで残った者に『運だけ』の者はおらぬ。油断せず、勝利に向かって邁進して欲しい」

 イーマンからの激励の言葉を受け、俺たちは改めてイーマンに対し礼をすると、二人と別れ、船への帰路につく。

 闘技場を出たところで、クロスレィと合流し、皆を紹介した。種族も性別も様々な俺の仲間たちに驚きつつも、にこやかに挨拶をするクロスレィ。

 俺との闘いを見ていたロゼ達に、負けたからとクロスレィを侮る者は一人もいなかった。口々に賞賛の言葉を告げる。クロスレィの珍しく照れた顔が印象的だった。

 唯一ゼファーがクロスレィとの闘いを見ていなかったため、皆がクロスレィを称讃することに首を傾げ、

「なぁ、なんで皆そいつを絶賛するんだ? ヴァイナスに負けたんだろう?」

「貴方、マグダレナに騎乗したヴァイナスと正面切って闘える? その上でマグダレナを倒し、ヴァイナスと一騎打ちできる?」

 というロゼの言葉に、頬を引き攣らせつつ、改めてクロスレィを見た。

「あんた、どれだけ強いんだ…?」

「別に大したことはないぞ。結局勝つことはできなかった」

 いや、個人でこいつに現時点で勝てる奴なんて、よっぽどだぞ…。ゼファーはそう言って言葉を無くす。

「クロスレィ、これから案内する場所で、是非訓練に参加して欲しい。お前のやり方で、皆を鍛えて欲しいんだ」

「訓練? 別に構わないが、お前がいるなら俺なんて必要ないだろう?」

「いや、今回は色々と学ばせてもらった。絶対に、お前の闘い方を通して皆が学べることがある。勿論、礼はするつもりだ」

 俺はそう言って頭を下げる。皆も一緒に頭を下げた。クロスレィは慌てて、

「いや別に礼などいらないが、そんなに熱心に頼まれたら、嫌とは言えないな。微力ながら力を貸そう」

 と言う。俺は顔を上げると、改めてクロスレィと握手を交わした。ガデュス達も戻って来ているようなら、鍛えてもらおう。

 その時、俺の鼻先にフワリと姿を現したのは、ブリスだった。今日は【拡大】を使っていないようで、本来の姿( 身長30cm足らず )でのご登場だ。こうしてみると、物語に出てくる、所謂「妖精」という感じがして凄く可愛い。

「お待たせ! 荷物もまとめてきたし、私も一緒に行くわ! ヴァイの〈妖精郷〉がどんなところなのか、すごく楽しみよ!」

「ブリス、荷物は?」

「この中よ」

 ブリスはそう言って手首に着けた腕輪を掲げた。

「これは〈巨人の胃袋(リーゼマーゲン)〉という魔法の指輪よ。〈魔法の鞄〉の指輪版ね。違いがあるのは、容量が使用者の〈魔力〉に比例するってことかしら」

 指輪? …なるほど、ブリスのサイズでは、指輪が腕輪になるのか。俺はふと疑問に思い、

「他の装備品とかも、フェアリーは特注になるのかい?」

「この大きさでも使えるものは、そのまま使っていることが多いわね。服とかはフェアリー専門の店で手に入れることが多いわね」

 聞けば、フェアリーが経営する、フェアリー用の品物を扱う専門店があるらしい。

 俺がキルシュやクロスレィにも話した、〈妖精郷〉に着いてからの予定をブリスにも話すと、

「結構よ。まぁ私の大きさじゃ、正直部屋なんて必要ないかもだけど。別にヴァイと一緒で良いわよ」

「「『駄目( です )!』」」

 ブリスの言葉は、リィア、ロゼ、ジュネから速攻でダメ出しがきた。その剣幕に呆気にとられたブリスは、思わず吹き出すと、

「あらあら、別に独り占めするわけじゃないのに、皆必死で可愛いわね。そんな態度を取られたら、独占したくなっちゃう」

 と言い、俺の肩に舞い降りると、俺の頬にキスをする。そのまま肩に座ってニコニコしている。

 その態度に、ロゼから殺気交じりの気配が膨れ上がるが、すぐに収まった。怒ったら負けだと思ったのだろう。代わりに俺の腕を抱き込む様に腕を絡めてくる。

 リィアは表情を変えないまま、残った俺の腕にしがみついてきた。ジュネは同室に関しては譲れなくても、スキンシップに関しては特に気にしていないらしく、微笑んでいるだけだった。

 ブリスもそれ以上からかう気はないのか、肩に座った後は大人しくしていた。

「おいおいヴァイナス、随分と女性に人気じゃないか。ヴィオーラが見たら驚くぞ。彼女は知っているのか?」

「いや、まだ皆とは面識がないんだよな。この中で直接ヴィオを知っているのは、スマラとリィアだけかな」

「本当か? …こりゃ只じゃ済まなそうだ。早めに退散するかな…」

 クロスレィの言葉は小さくて後半が聞き取れなかったが、確かに紹介する前に、偶然とはいえ、過去知り合った女性が次々と再会したのは予想外だった。

 ヴィオーラにもアプローチはしているし、このままだとただのナンパ男になってしまう。いや、勿論、ヴィオーラを含め、皆をぞんざいに扱うつもりはないのだが。

「うーむ、やはりヴァイナスがモテるのは解せない。何故なんだ」

「ヴァイナスは特に美形ってわけじゃないし、わたしの好みからはずれてるけど、何となく魅力はある気がするわよ。どこが、って言うのははっきりと言えないけど」

 羨ましそうに俺を見ていたゼファーが呟いていると、ゼファーの腕にしがみついているキルシュが、そんなことを言う。

「そんな羨ましそうに見ないの! ゼファーにはわたしがいるでしょ? わたしじゃそんなに嫌?」

「別に嫌と言うわけじゃない。ただ単にモテているのが解せないってだけだ」

「気にしないの! 人の好悪なんてそれぞれなんだから、考えても答えなんて出ないわよ! ヴァイナスには縁があった、それだけよ」

 わたしはゼファーと縁があったけどね! キルシュはそう言ってゼファーの腕に強くしがみつく。ゼファーは首を振ると、しがみつくキルシュを邪険にすることなく、歩調を合わせてゆっくりと歩いている。

 なんだかんだ言って、女性には優しいのだから、その辺りを自然にやっていれば、普通にモテそうなのだが…。

 まぁ事実として今俺にモテ期が来ているのは間違いない。人生に3度しかないといわれるモテ期なので、大事にしたい。

 その後、船へと戻った俺たちは、クロスレィとブリスを〈妖精郷〉へと招待し、戻って来ていたガデュス達を紹介( 闘技場で闘わせる魔物の捕獲という仕事だったらしい。無事終了したとのこと )し、精霊達やオフィーリア達を紹介し、歓迎の宴を行って、温泉に浸かり、闘いの疲れを癒した。

 次の試合までは〈妖精郷〉で過ごすことにする。外の世界が朝を迎えるまでの三日間、俺とゼファーは訓練に明け暮れた。次の試合までに、短くてもできるだけ力を付けようと感じたからだ。

 訓練には皆も参加し、ブリスもシルバーパンサーと共に参加している。クロスレィも参加していたが、クロスレィにはどちらかと言うと、皆との訓練を中心に参加してもらう。

 クロスレィの闘い方は俺との闘いで知ってはいたが、あくまでも2対1での闘いだ。集団戦、特にガデュス達の集団に一人で相対した際のクロスレィの訓練は、皆にも強い衝撃を与えたようだ。

 同じく弓を得手とするジュネにとっては、適切な距離を取り、その距離を維持する動きに感心することしきりだった。

「私も弓には自信があったけど、クロスレィの動きは本当に参考になる。魔法もちゃんと使えないと駄目ね。それに、1体1での闘いも、多対1の闘いも、相対する距離が大事なのが良く分かる」

 ジュネはそう言って何度も頷いていた。クロスレィも俺たちの訓練には驚愕していた。特に精霊達やユニコーン、ドラゴンも交えての多彩な攻撃には、ここでしか経験できないであろうことを嬉しがっていた。

「いや、ここまで幅広い経験を訓練で行えることは、他では考えられないよ。良い経験をさせてもらった。できるなら、また参加させて欲しいところだ」

 任務もあるし、次の機会がいつになるかは分からんがね。そう言って笑うクロスレィには、こちらこそ感謝してもし足りない。

 せめて、こちらに滞在する間は、大いに持て成して楽しんでもらおう。俺たちは密度の濃い訓練を行いつつ、料理担当である俺、ロゼ、ジュネが腕を振るった料理を楽しみ、ヴァーンニク謹製の温泉に浸かりながら、充実した時間を過ごしたのだった。



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