第四十一話 あの日の続きを
ミリシャとキリアンの婚約は、継続となった。
いろんな話をした。
これからのことを。
まずは、ミリシャの進路について。
これは予定通り、実務奉仕科のまま。
キリアンと結婚するのならば、職業婦人になるわけにはいかないだろう。
しかし、キリアンは従属爵位を受け取らない。つまり、当主になるわけではない。
あくまでポートル家の次男としてテルアを支えていく。社交も最低限しか行わないらしい。
それならば、無理に淑女科へ変更しなくても大丈夫だろうという両親からの助言もあり、このまま実務奉仕科で学ぶことにした。
正直に言うと、少しほっとした。
淑女科へ進むと、またオレアと同じクラスになる可能性が高い。
今はまだ、オレアと普通に接することはできそうにない。
それはきっと、オレアも同じだろう。
そして――。
三月末日。
ミリシャは、王宮の一室にいた。
白いデビュタントドレスを着て。
オレアとの婚姻に関する契約のあれこれを、書簡で何度もやり取りするのは面倒だと言って、北方辺境伯はキリアンとともに王都へ出向いてきた。
道すがら、キリアンはミリシャのデビューを台無しにしてしまったことを話したようだった。
とても後悔している、と。
この話を聞いた北方辺境伯が、国王陛下へ、
「あんたらが、わがまま嬢ちゃんをポートルに預けっぱなしで、何のフォローもしてやらんかったのも一因じゃないのか。
さらに、キリアンと婚約者の挨拶の場で、他の女に気を回せと言ったとか。
ありえん。配慮が足りなすぎる」
と一喝してくださり、第一夜会で使われた大広間を一晩、ミリシャとキリアンのために使わせろと迫ってくれたらしい。
王妃陛下も、
「あの時は本当に申し訳なかった。まさか、あの場でキリアンにオレアへ気を回せと言うなど、思ってもいなかった」
と国王への批判を口にされ、北方辺境伯の援護射撃に回ってくださったらしい。
そうやって、今日が実現した。
さすがに大広間は気が引けたので、小さめの部屋を使わせてもらうことにした。
ウェザレル家とポートル家の親族、それからミリシャのクラスメイトを招待した。
さらに、クラスメイトたちには、デビュタントドレスを一緒に着てほしいというお願いも聞いてもらえた。
みんな、デビュタントドレスを一度しか着られないのはもったいないと思っていたらしい。
急なお願いだったけれど、笑顔で受け入れてもらえ、ミリシャは感謝しきりだった。
そして、ミリシャのドレスの胸元には――。
コサージュではなく、ブローチが飾られている。
シルバーで南方の花を模したデザインに、ダイヤモンドとサファイアが品よくちりばめられていた。
デザインや素材を変えても、キリアンの色を使ったコサージュでは、やはりあの日のことを思い出してしまうのではないか。
そう心配するキリアンに、
「それなら、花の形をしたブローチを贈ったら?」
と提案してくれたのは、テルアの奥様だったらしい。
それを聞き、ミリシャも同意した。
これも大急ぎの注文だっただろうが、王家の口利きもあり、なんとか今日に間に合った。
前日から王宮の客間に泊まらせてもらい、王妃専属のメイドたちに肌や髪の手入れを入念にしてもらった。
当日は、パピヨットで巻いた髪を、品よく、それでいて初々しさも感じられるように結い上げてもらった。
仕上げには、ウェザレル家の女性に代々引き継がれているティアラを載せる。
襟元は浅めのスクエアカット。
袖はフリル状になった短めのキャップスリーブ。
胸のすぐ下に切り替えのある、エンパイアスタイルのドレス。
それに、白のロンググローブを身につける。
肌には香りのよい薄付きのパウダーをはたいてもらい、唇には同じ香りの香油で艶を出した。
十二月の第一夜会とまったく同じというわけにはいかない。
それでも、十分すぎるほどの再現だった。
扉がノックされた。
返事をすると、キリアンが立っていた。
ミリシャは、その姿を感慨深く見つめた。
彼の夜会服を見るのは、これで二度目だ。
初めて見た時、男の人にも色気があるのを知った。
そして、心が浮き立った。
だけど、たった数か月の間に、いろんな感情を経験した。
絶対に許せないと思ったこともあった。
だけど今は、彼がミリシャをエスコートするために迎えに来てくれたことを、素直に嬉しいと思えた。
その変化もまた、嬉しかった。
「きれいだ」
少し照れくさそうに言うキリアンを、愛おしいと思う。
「ありがとうございます」
ミリシャの頬が、紅を刷いたようにほんのりと色づいた。
キリアンが腕を差し出し、ミリシャはそこに手を預ける。
始まって、すぐに終わりかけた。
だけど、結局は終わらなかった関係。
これからの日々の積み重ねが、二人の間に信頼という結びつきを作っていくのだろう。
だけど、それは些細なことで揺らぎ、時には消えてしまうものでもある。
人間関係の難しさを学んだ数か月だった。
ミリシャとオレアの道は、分かれてしまった。
もう会話をすることもないのかもしれない。
だけど、ずっとずっと先のどこかで、苦笑いとともに思い出話にできたらいい。
そのためには、彼女にも幸せになっていてほしい。
それをキリアンの隣で願うのは、傲慢だろうか。
ほんの少しの憂いを胸の奥に感じながら、キリアンの横顔を見つめる。
ミリシャの視線に気づき、キリアンがこちらを向いた。
憂いもある。
だけど。
「これから、よろしくお願いします」
ミリシャの言葉を受けて
「こちらこそ、よろしく。……婚約を続けると決めてくれて、ありがとう」
ミリシャは、ほんの少しイジワルをしたくなった。
「まだ、分かりませんよ?」
キリアンの表情がたじろぐ。
「見放されないよう、精一杯努力する」
改めての決意。
その返事が、ミリシャの胸に残っていたほんの少しの憂いを、そっと拭い去った。
遠くから、管弦楽の優しげな調べが聞こえてきた。
ーー完ーー
これをもちまして本編完結です。
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
後日、番外編としてオレア視点を連載する予定です。
よろしければ、そちらもおつきあいいただけるとうれしいです。




