14ミリアン
研究室でさっきまでやっていた実験の結果を報告書にまとめていたら…いつの間にか研究室にいるのは私一人になっていたことに気が付いた。
ルーエ室は研究員が少ないので、実験室にみんな行ってしまって…ということは結構多い。
私はちょうどキリがいいところまで書き上げていたので、お茶を淹れて、一息ついた。
そして、胸元の小瓶を引っ張り出して眺める。
マルセルさんの魔力が込められた魔石は、マルセルさんの魔力の干渉を受けて、オレンジ色がかった色になっている。
瓶を傾けると、ころり、と石が少し回る。
…どうしようかなー、ちょっとだけ出して、マルセルさんの魔力を感じて癒されちゃおうかな…。
いやいや、まだ本物のマルセルさんの近くに居られる今から、そんな頻度で開封してたら、魔力が薄れちゃうからダメだ…。
そうだ、実験室に行けば、室長の実験器具に、マルセルさんの魔力が流し込まれた魔石が入ってるはずだ。
うん、お茶を飲み終わったら、みんなの実験の様子を見に行くふりをして、こっそりと魔石からの魔力を感じに行こう…。
私がお茶を飲みながら、胸元に小瓶をしまったそのとき。
ものすごい勢いでドアがあいた。
「ルーエ、いる?」
入ってきたのは、花形の魔力回復薬研究をしている、ローズ室長だった。
「あ、ルーエ室長なら、実験室に…」
「あ!いた!」
「え?」
「用があるのはミリアンちゃん、あなたなのよ。ちょっと、今、時間とれる?」
「あ、はい。大丈夫ですよ?」
私はローズ室長に引きずられるようにして実験室に行って、ルーエ室長にローズ室長が説明する内容を聞いて、青ざめた。
「私で良ければ!」
今日、ローズ室長の研究室では、先日のマルセルさんの魔力暴走が起きそうになった例の実験の、検証の為の実験をしていたのだとか。
わざと前回同様の事態を意図的に再現することで、予想外の失敗となった実験の、失敗の原因を探る…という手法は、やらないわけではない。
ただ、実験の失敗の結果、起こりそうになったのは魔力暴走だったので…まさかそんな危険な方法をとるとは思わなかった。
でも。
とにかく実験は行われて、案の定、魔力は増え続け、それを測定する研究員たちと、そのために雇った冒険者と共に、マルセルさんはダンジョンに入ったのだとか。
ダンジョンの中なら、魔物を倒すために魔法を放つことができる。
ところが。
中に入ってみると、予想外のことが起こっていたそうなのだ。
そのダンジョンは世界でそこだけの、一度に複数のパーティーが挑むことができるダンジョンとして知られているところで…その特性のせいで、普通はダンジョンの入り口で、今挑んでいるパーティーと、出てきたパーティーを管理しているのだけど、それがなされていなかった。
そして、入ってみたところ、そのダンジョンでレベル上げを行っているパーティーがいた、というのだ。
レベル上げ、というのは言葉通りで、ダンジョンで魔物と戦うことで、戦闘の経験値を上げたり、パーティーとしての戦いの連携をスムーズにするために行われるものだ。
彼らがダンジョン内の一階層目にずっととどまっていて、魔物が現れ次第狩りつくしていたせいで…一階層にほとんど魔物がいなかった。
魔物を倒すことで魔力を減らす予定だったのに、その魔物に滅多に出会わない。
しかも、数時間おきにマップが変わってしまうので、マップが販売されておらず、急いで次の階に進みたくてもそれもできない。
ひたすらうろうろして、階段を探すしかなかったらしい。
念のために大量に用意してあった魔石に、歩き回りながら魔力を流し込みつつ次の階層への階段を探したのだけど、結局魔力が溢れそうになる前に見つけることができなかったそうなのだ。
どうしてこんなに魔物と遭遇しないのだろうか?とローズ室長達が青くなっていたら、そのレベル上げしていたパーティーに出会って、ようやく事情が分かったらしいのだけど。
事情が分かったマルセルさんは、盛大にため息をついたあと、急にみんなの目の前から消え失せたのだとか。
そして、目の前でマルセルさんが消え失せたの見た、冒険者ギルドから雇っていた冒険者がパニックになって、みんなが止める間もなく、ダンジョン脱出アイテムを取り出して、ローズ室長や実験の測定をしていた人達をも道連れに、脱出してしまったのだそう。
今、話を聞いている私や、そのときその場にいたローズ室長達は、マルセルさんがあのときも使った魔力も感じられないほどの隠蔽をかけたのだな、とすぐに分かったのだけど、その冒険者はそんな魔法の存在を知らないので、マルセルさんだけがダンジョンから出たように思ったらしい。
それで、残された全員を連れてダンジョンから出てしまったのだ。
だから…ダンジョンの中に、マルセルさんは一人で取り残されてしまった。
「とりあえず、数人はまたあのアホの冒険者と一緒に、すぐにダンジョンに入ったのだけど…ぜひとも、前回もその『目』でマルセルちゃんのいる場所を見つけ出した貴女に手伝って欲しいのよ」
それはもう、私で良ければ、と即答するというものだろう。
幸いにして、塔の敷地内でありながら、こういうときの為に転移陣を使うことができる場所というのがあり、そこにそのダンジョンにとべる陣が設置してあった。
たくさんの実験道具を運んだり、研究員を大勢向かわせなくてはならなかったので、簡易なものじゃなく、しっかりしたものが刻まれていた。
転移陣でダンジョンのそばに出ると、テントがあって、その中でローズ室長は私にローブとかロッドとか、自分が一生身に着けることはないだろうと思っていたような、冒険者が着るような装備を着せ付けた。
ローズ室長も羽織っていたマントを外せば、マントの中では私と同じような装備を身に着けていた。
「いい?あなたは私が守るから」
妖艶な美女にそう力強く言われて、私はちょっとだけ照れてしまって赤くなった。
そうして、私は人生で入ることなどないと思っていたダンジョンに、足を踏み入れた。




