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19.

 あまりのタイミングの良さに、渡りに船と薄暗い廊下の向こうに目をこらす。

 使用人の誰かが探しに来てくれたんじゃないかなって、淡い期待を抱いちゃったりして。


 すると、闇の奥からスラリと抜き身の刃のような体躯の青年が現れた。


 肩口でスッパリと切り揃えられた、ため息の出そうな見事なブロンドヘアーが、赤みを帯びた月光に輝く。

 服装は使用人のそれとは違う、明らかに高級感漂う上流階級の仕立て。濃い緑系の軍服に似たスレンダーなシルエットのデザインだ。ゆったりとしたマント。


 しかも美形とか………マジスカ。


 ――あまりに、出来すぎている。


 おい、どこの少女漫画だよ!

 これは夢ですか。どストライクな王子様キャラじゃないですか!

 さっきまでの意気消沈ぶりを棚に上げて心の中で突っ込みまくった。なんだこの人。

 すごい、睫毛長い。なにその深窓の姫君も卒倒しそうなルックスは。鼻血出そう……


 「道に迷われたのですか、レディ? 」

 「あ、……えーと、はい。そう……みたいですね」


 落ち着いた柔らかな声にドギマギするが、次の言葉で一気に現実に引き戻された。


 「おや、その黒髪は……もしかして、サカキ・ハルカ様ではありませんか? 」


 うぇええ?? なんで私の名前を知っているんだろう。なんだこの人……もしやイエスタの関係者?

 っていうか、私有名人なの? 


 「このようなところで……さぞかし心細かったことでございましょう。よろしければ、私がお送りいたします……もちろん、屋敷内をもっと冒険されたいのでしたらお止めしませんが」

 「え、ええと……や、部屋に案内していただけると助かりますデス……」


 気持ちの落ち込んでいるときに優しくされれば、人間誰でも信用してしまうものだよ。

 まぁ、名前までバレてちゃ、しらばっくれるわけにも行かないし。

 「かしこまりました」と、優しげな微笑みで。


 迷路のような城内を、下って昇って角を曲がって。どこをどう歩いたのか全く覚えられなかった。

 だって、なんか似たような廊下ばっかりなんだもん!

 逆に、よく私、こんな暗い中を突っ走ったな。


 道々、愚痴った。


 異界渡りで、この国の常識が全く分からないこと。やっと1人でもやっていけると働き始めたこと。この屋敷に来たばかりで侍女さんたちに「お召し替え」させられてしまったこと。

 その衣装のせいで……イェスタに笑われたこと。


 初対面の人なのに、何故だろう、なんだか話しやすかったんだ。


 王子様な彼は、適度な相槌を打ちながら、真面目に話を聞いてくれた。足を痛めてしまった私を気遣いながらゆっくり歩いてくれる。


 「そうですか……だけど、侍女たちをあまり叱らないでやってくださいね? 彼女らも貴女のために一生懸命だったのでしょう。それに、貴女を屋敷に招くために雇われた経緯もあります。もし解雇されれば……家族が路頭に迷うような状況になるかも知れません」

 

 ――あ。そっか。

 私は素直に納得したし、そういう考えもあるのかと目から鱗だった。


 フカフカの絨毯を裸足で踏みながら部屋にたどり着く。

 扉の前にいた使用人に二言三言会話して、青年は一礼して去って行った。ええー行っちゃうんだ……心細いよ。

 あ、しまった。名前を聞くの忘れちゃった。まぁ、お屋敷に関わりのある人だったらまたすぐ会えるか。


 ドアを開けて「どうぞ」と促されれば、気まずさはさておき入室しないわけにもいかない。


 「しつれいしまーっす……」


 てか、一応私の部屋ってことになるんだから、おかしいか。

 皆様方にナンか色々言われるんだろうなと、首をすくめながら広い間口をくぐった。


 「ハルカ! 」

 「ハルカ様! 」


 姿を見ると同時にイザルティさんとテルセラさんが同時に叫んで飛んでくる。


 「どこへいかれていたのかと、心配しました」

 「ハルカ、大丈夫? どこも怪我してない? 」


 上目遣いに部屋を見渡せばイェスタが めっちゃ機嫌悪そうにこっちを睨んでた。

 近くのテーブルの上には、私が途中で脱ぎ捨てた靴があった。

 わぁ。高価そうな靴だったから無くさなくて良かった。

 呑気にそんなことを考えてるのを見通してか、仁王立ちで腕組みして、なにか言いたそうにしている。


 こ、こわくないもん! 人のことを大笑いして、傷ついたんだぞ! そっちが謝るべきだ!

 そりゃ、心配させたのは悪かったけど……


 どうせ、またバカ呼ばわりして怒られるんだろうと、すっかり思い込んでたが、イェスタかが口にした言葉は、予想外だった。


 「タンシェ。あとでまた来る」


 そう言って、あとはなにも言わずに。振り返りもしないで部屋を出て行ってしまったのだ。

 

 「ちょ、イェスタ! 」


 イザルティもテルセラさんも、イェスタを追って部屋を出て行ってしまう。


 ――えええ、なにそれ、侍女さんには声を掛けて、私には何にもナシですか!


 まだ正式に何かお披露目とかしたわけじゃないけどさ、仮にも婚約者だよね。

 私のこと心配してくれたりとかしなかったわけ?

 ちょっと怒りにも似た不満が渦巻いた。


 ──なによ、笑われてダメージ受けたのは、私の方だっての!

 ガッカリして気が抜けて、へたり込みそうになったけど……まてよ、と思い直す。


 そういや「あとで来る」って……

 なにそれ、あとでごっつり叱られるのか私。やべぇ。 

 それとも……飛び出して行っちゃったことに呆れてしまったんだろうか。構って欲しかったわけじゃ無いけど、追いかけてきて欲しかったのは事実だ。カッとなって子供っぽいと思われただろうか。


 い、いや、でも、悪いの明らかにイェスタだから!

 私は謝らないぞ!

 謝らないったら謝らないんだからなっ!


 下唇をギュッと噛んだ。




 そして、お風呂である。


 「……ひとりで出来ますからぁ-! 」


 恥ずかしくてヒイヒイいいながら逃げ回った。


 「困りますハルカ様」

 「これは、わたくしたちの仕事ですから。ハルカ様のお手を煩わせるわけには参りません」

 「ふぇええー」


 お風呂で体を洗うのに侍女さんがつくのは勘弁して欲しい。

 物心ついてからこのかた、他人とお風呂なんて温泉大浴場しか入ったことはないです!


 しかし敵もる者。とっ捕まって鼻息荒く浴室で2人がかりで磨かれまくりました。

 個人の部屋だというのに、お風呂もやたら広かったです。

 ひとしきり叫んだり、真っ裸で髪や肌に香油を擦り込まれてマッサージされて……精神的にかなりダメージを喰らいました。


 でもね、あんまり私が拒否するとさ、不興を買ったってことで侍女さんが辞めさせられるかもしれないわけで。

 そうなってしまうと、すごく……寝覚めが悪いです。

 そんなわけで。

 ギャーギャー言いながらも、完全に彼女たちの仕事をストップさせることは出来ませんでした。うぅ……なんかもう、おヨメに行けない……って、そういえば輿入れの準備に来てるんだっけ。


 で、でも、湯上がりにセクシーなネグリジェを着せられるのだけは完全阻止しました!

 今思い出しても、ガクブルです。

 あ、あんなスケスケ誰が着るかよ! 断固拒否だ!(涙目


 侍女の皆さんは、すごーく残念そうでしたが、ヒラヒラではあるものの今着てるのは比較的シンプルな夜着です。

 ああ、疲れた……

 フカフカのクッションを抱きしめて、布張りのソファーに崩れ込む。


 一応、お仕事は3日間のお休みを頂いてるんだけど……この城から通えるのかなぁ。

 せっかく商工会議所の皆さんともちょっぴり仲良くなれたし、下請けの王立騎士団の給仕のお仕事も慣れてきたトコだったし……始めたばかりで、正直辞めたくない。


 あーでも、きっとそのうち辞めなきゃダメなのか。

 イェスタ第三王子だもんな。王子の奥さんが給仕とかありえないよな。

 いやまてよ。

 なんだか、せっかくお屋敷に来たのにイェスタと雰囲気悪い感じだし、一般人の私なんかとイェスタは釣り合わないと思うの。

 ……そうだ、このまま婚約しないでバックレっていう案もアリか!


 「いや、それはナシだ」 


 あー、そういう感じのこと、あの傍若無人なイェスタならそう言いそうだな。

 私の人生なんだから自由にさせて欲しいよ。

 ウトウトしながら考える。


 ああ……そういえば。これから、来る……んだっけ? イェスタ。


 「いや、もう来てるぞ」


 ──はっ?




 部屋の主だった明かりは植物の油脂を使ったランタンのような器具オンリーなわけだけど、いつの間にかその幾つかは侍女さんズに灯を落とされて薄暗い。

 やたらと凝った装飾の隙間からは、夕暮れの日が沈んだあとのような暖色系のしっとりと重たい光りが零れていて、壁や天井を照らしている。

 寄せ木細工らしい、部屋の壁の幾何学模様も薄暗くて判別できない。

 

 「むぉ! イ、イェスタ!? 」


 いつの間に現れたんだ! びっくりだ! 

 心臓に悪いよ、きっと寿命が縮まったよ。ビックリしてソファーから体が数センチ浮いた気がする。

 無防備に寝っ転がっていたのを、慌てて体を起こして乱れた夜着の裾を直した。


 全然気付かずにグースカ寝てしまってたらしい。

 部屋を見回すと、いつの間にか侍女さんたちも居なくなってしまってて、薄手の滑らかな毛布が一枚掛けられていたことに今更気がついた。


 「……少し静かにしろ」


 バタバタと慌てる私を手で制して……疲れているのか、ちょっと怠そうな声だ。

 ……イェスタってば無駄にイイ声してるんだよなぁ。時々ドキッとする。


 そういえば、 よく見ると目の下にクマができてる?

 明かりのせいでそう見えるのか。

 ああ、でもイザルティさんが「なんだか忙しそう」とか言ってたもんな。

 イェスタが第三王子だってことを知ったのも、つい先日のことだ。

 政治関係の仕事って秘密が多そうだし。あんまり首を突っ込むのも失礼じゃないかと思って、どんなことしているのか、とかって、まだ聞いてないんだよね。


 まぁ、だから想像するしかないんだけどね。よくわかんないけど、なんか大変そうだなぁと思う。


 さっきまで私が横になってたスペースに、イェスタは当然のように腰を下ろした。

 体温が移った座席に……ヨダレ垂れてなかったよね。……よね?!

 自分の口の周りを拭って痕跡が無いことを確認して安堵する。

 うん。大丈夫。あぶないあぶない。


 この屋敷はギスムントの港からみて市街地をずっと越えて奥まった土地に立っている。背後に険しい斜面がそそり立ち、水利を生かした濠を回し、隣国へ続く道は迷路のような路地を通り抜けないといけない。

 要するに隣国や海からの侵略を想定した要塞なのだろう。


 年間を通して常に温暖で、季節を感じさせない国ではあるけれど、徐々に日が短くなる時期な事と山沿いを抜けてくる陸風のせいか、部屋はうっすらと肌寒い。

 そのせいか、別にくっついてないのに隣のイェスタの体温を肌で感じた。


 ――おっと、忘れてた。そういえば、私、怒っていたんだった!


 ようやく先刻の心ないニヤニヤ笑いを思い出して、微妙に体を離した。

 それに気が付いてるのか気が付かないのか、イェスタは椅子に深く腰掛けて、腕組みをしたまま部屋をぐるりと見回している。

 

 沈黙に耐えかねた頃、彼は口を開いた。

 「話がある」


 いや、まぁそうですよね。


 あの笑いは、ないと思うよ。

 せっかく色々してくれている侍女さん達にも悪いよ。

 何より、私が傷ついた。


 「……な、なによ」


 居住まいを正してイェスタに向き直る。


 「ハルカ。……さっきの格好は驚いた。あれはお前の嗜好か」


 ブンブンブン、思いっきり顔を横に振る。

 ──ないないない!……あの、あんな格好は二度と御免だよ。苦しかったし……ってか、かお、顔が近いよ!

 真剣な眼差しで覗き込まれて、思わず顔が赤らむのを自覚する。


 「だろうな。……無理に着飾るより普段のままの方がいいぞ。どうせ、侍女達にいいようにされたんだろうが……彼女たちの意向にあわせる必要なんてないからな。あとで、俺からも言い含めておく。俺の伴侶候補としてこの館に来てるんだから、お前は、お前の思うままに行動すればいい。……ただし、お前があの先刻のような格好を好むなら別だが? 」

 「まさか! 」


 思わず叫ぶのに、イェスタはニヤリと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。


 この世界の美醜はあまり私のいた日本と差異は無いんじゃないかと思う。

 イェスタは精悍な目鼻立ちと整ったフェイスラインでかなりの美形の部類に入ると思う。黙っていれば年上らしい堂々とした落ち着きぶりが頼もしいぐらいなのだが、こうして笑うと途端に幼い雰囲気になる。


 「服の方は侍女たちに適当に用意させたものだ。ヤツらがあそこまでやらかすとは思わなかったな」


 そう言って、一旦言葉を切った。

 一瞬だけ、鋭く目線が右手の壁に走る。


 「ハルカ……明日仕立屋を呼ばせている。無能な侍女達が選んだ服は処分すればいい。グァルデに命じて好きに注文しろ」


 ……な、なんなんだ?

 いつものイェスタじゃない。

 イェスタは、はっきりとした言葉で先を続ける。まるで他の誰かに聞かせるためみたいに……?


 「かねの方は気にするな。なにしろ、お前は俺に請われてここに来ているんだ。存分に我が儘を許す。もちろん靴も身を飾る宝石も何もかも、欲しければなんでも買ってやろう。全てお前の望むままだ……ハルカ……」


 そう、一息で言い切ると、私の手を取った。


 「……! 」

 

 片手を引き寄せられて態勢がよろけたところに、あごを指先でヒョイと上向……。

 おおっと……アゴクイ、キタコレ!

 うっわ。ちょっとおかしいよイェスタ。なんだかいつもと違う。……ちょっと気持ち悪い。ひくわー。

 なぁ、……ちょっとここで、なだれ込むように私のファーストキスが奪われようとしています?

 ……いやいやいや!


 普通ならときめくところで、スッと頭が冷えた。


 確かに、一緒に住むって時点で色々とあれこれと覚悟は一応してますけども……これはないわー。

 侍女さん達のことも小馬鹿にしくさって、いつものイェスタらしからぬ言動だよこれ。


 今までの彼はどんなに貧しそうな人にも態度を変えないし、基本的に職業の貴賎に関しての揶揄はしなかったはずだ。確かに私に対しての口は酷いけど、こんなに誰かをバカにしたり、イヤらしく資産をひけらかすような真似はおかしい。


 しかも、馬鹿笑いの件を謝って……もらってない。全然。

 なんだか無性に腹が立つぞ!

 

 「ちょっとまって」と言いかけた。

 正確には「……っちょ! 」ぐらいが口から出かかったその時だ。


 (見張られている)

 

 殆ど口を動かさずに掠れた小声で囁かれた。


 「……っ、ど……」


 ──どういうこと? 

 尋ねようとした唇は、人差し指で止められた。


 (喋るな……いくぞ)


 肩を抱かれるようにベッドルームへ誘われる。


 どうやら冗談ではなさそうだ。真剣な表情に心臓が跳ねる。

 「見張られている」とはどういうことだろう。広い部屋の中には私とイェスタ以外の人影は無い。確かに部屋は薄暗いが、侍女さんたちも居ないし誰の気配も無いように思えるのだが……


 ──え? っ、ちょっと

 わけもわからず戸惑う私の耳元で


 (自然に振る舞え)


 と指示が下る。


 ちょ……まて?

 どうしてベッドルーム?

 もしかして、ファーストキスどころか……貞操の危機なんじゃないか私!?

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