07.恋人らしい贈り物
馬車を降りた途端、色んな声が耳に入ってきた。
さすがに人が多い。
もちろん皆各々に何か会話していて賑わっているから、これは仕方のないことだ。
本当は、街に来るのは苦手。
できれば長居はしたくないけれど、今日はせっかくヴィリアス様がお誘いしてくれたのだから嫌な顔は見せないようにしなければ。
「……」
「あの、ヴィリアス様……!」
馬車を降りても手を離していなかったら、ヴィリアス様はそのまま歩き出した。
人の多さに緊張して、無意識に彼の手に力を込めてしまったせいだろうか。
きっと手を繋いでいてほしいと勘違いさせてしまったのね。
ヴィリアス様はお優しい方なんだわ。
「ヴィリアス様、申し訳ありませ――」
手を離してくれて大丈夫と伝えようと、私より背の高い彼を見上げると、繋がっている手に更に力が込められた。
「……っ」
ぐいっと彼に引き寄せられ、勢いでぶつかっていく身体を優しく抱き止められる。
「……大丈夫ですか?」
「……」
見上げれば、今日も眩しいヴィリアス様の金色の前髪がサラリと揺れた。
至近距離で天使のように美しい男性の顔に見つめられ、胸を貫くような「大丈夫ですか?」の囁き。
私の肩には彼の大きな手が触れていて、こんなに綺麗な顔をしていてもやはり彼が男性であることがわかる、たくましい胸板に頬をぶつけてしまった私の顔は一瞬にして熱くなる。
…………大丈夫じゃないです。
思わずそう言ってしまいそうになったけど、なんとか笑顔を作って「大丈夫です」と言葉を返し、彼と距離を取った。……繋がれた手は離れていないけど。
私たちの横を駆けて行った二人の男の子が、少し離れた先で母親らしき人に「危ないでしょう!」と叱られている声が聞こえる。
そうか、ぶつかりそうになった私の手を引いてくれたのね。さすが騎士様。反射神経がよろしいようで……。
「あの、すみませんでした。気をつけますね」
「いえ……。ただ、危ないので私から離れないようにしてください」
「……はい」
そう言われて、ぎゅっと手を握り直されてしまえば、それ以上私は何も言えなくなってしまう。
だけど、歩いている間ずっとこのまま手を繋いでいるの……?
それはちょっと、恥ずかしいかもしれない……。
それからしばらくはヴィリアス様と手を繋いで歩いているということに慣れるのに必死で、とても話しかける余裕なんてなかった。
街中も賑わっているけれど、自分の心臓の音もうるさくて、ヴィリアス様と話すどころではない。
「……ここに入りましょうか」
「は、はい!」
だから突然立ち止まってそう呟いたヴィリアス様に、何のお店か確認することもできずに頷いた。
「……」
店内はとても落ち着いた雰囲気で、静かだった。
だけどほっとしたのも束の間で、並べられている商品を見て私の心臓はまたドキリと跳ねる。
……ん? ここって……。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しですか?」
「彼女に似合いそうなものを何か」
「かしこまりました。……なるほど、素敵なミルキーベージュの御髪でいらっしゃる。ではこちらの髪飾りはいかがでしょう?」
「え……?」
「どうだろうか?」
「え……?」
「……他のものも見せてくれ」
「かしこまりました。では、こちらのネックレスはいかがでしょう? 揃いのブレスレットもございますよ」
な、なに……?
何が行われているの……?
「……いいな。彼女にとても似合いそうだ」
「ええ、本日のお召し物にもお似合いですよ。特にこの淡いブルーの宝石が」
「そうだな。その色が良い」
「そうでしょうそうでしょう」
「……」
私を置いて、勝手に話が進んでいく。
「ではそちらを」
「ありがとうございます。ブレスレットはどうしますか?」
「いただこう」
「ありがとうございます。早速つけていかれますか?」
「そうしようか」
「えっ」
そこでヴィリアス様が私に問いかけていることに気づき、高い声が出た。
「あの、ヴィリアス様……、これは一体」
「……貴女に何かプレゼントを贈りたいと思って。気に入らなかっただろうか」
「いいえ……っ、とても素敵ですが……、でもっ」
とても高そうだ。いくら婚約者でも、買ってもらうなんて……!
「……貴女がクラウディア王女の御側付きになったお祝いを、まだしていない」
「お祝い……?」
婚約してからの半年、ヴィリアス様は誕生日や卒業などの行事毎に何かをプレゼントしてくれている。
「ですが、」
「気に入ってくれたのなら、受け取ってほしい」
「……ヴィリアス様」
いつになく口数の多いヴィリアス様に、私の首は自然と上下に動いていた。
「では、どうぞ」
そのやり取りを静かに見守ってくれていた店主に支払いを済ませると、ヴィリアス様はネックレスを受け取って私の後ろに回った。
「……失礼します」
「はい……」
彼の手が私を包み込むように顔の前に下ろされ、胸元に淡いブルーの宝石を置いて後ろに回される。
身体に触れられているわけではないのに、その近すぎる距離にドキドキと鼓動が高鳴る。
「……できましたよ」
「……っ!」
最後に優しく髪を払われ、耳のすぐ上でそっと囁かれたせいで肩が跳ね上がった。
「……」
「あ、ありがとうございます」
変な反応をして、おかしな女だと思われてしまっただろうか。
「……お手を」
「はい」
それでも真剣な表情で(いや、無表情で?)手を差し出すよう促されて左腕を前に出すと、器用にブレスレットもつけてくれた。
ヴィリアス様の大きな手の中では小さく見えた、ネックレスとお揃いの色の宝石が私の腕を囲うようにキラキラと輝いていて、とても綺麗だ。
素直に、とても嬉しい。
「――ありがとうございました」
店主に見送られ、私たちはお店をあとにする。
再びヴィリアス様に手を繋がれ、今度こそヴィリアス様の買い物をすべく目的のお店に向かうのだと思っていたら、「お腹は空いていませんか?」と聞かれた。
「少し……」と答えると、ヴィリアス様はコクリと頷いて足を進めていく。
……どこに行くのだろうか……?
時刻もちょうどお昼時だから、きっと先に昼食を済ませるのね。
そう思い、多くは聞かずに大人しくついて行けば、レストランのある繁華街からどんどん離れていくヴィリアス様。
こっちの方に知っているお店があるのだろうかと思っていたけど、彼が足を止めたのは静かな公園だった。
「ここで少し待っていてください」
「はい……」
空いていたベンチに腰を下ろさせると、ヴィリアス様は園内の出店の方へと歩いて行き、ハムや野菜の入ったホットサンドとレモンの果実水を買ってきてくれた。
「ここでもいいでしょうか」
「はい、あの、ありがとうございます……!」
今日は本当に天気が良い。
それにこの公園は人も少なく、とても静かで私の心は落ち着く。
ヴィリアス様には私の耳のことはお伝えしていないけど、彼もきっと静かなところが好きなのだろう。
こういうところは気が合うのでとても助かる。
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