08.距離が縮んだ日
それにしても、軽食とはいえヴィリアス様とこんなところで食事をするのは初めてだ。
いつもはお茶くらいだし、ディナーを共にしたこともあるけれど、もちろんフォークやナイフを使う上品な場だった。
なんとなく、こんなに美しい人が公園でホットサンドを頬張るというのが想像できなくて、つい彼の方をチラリと見てしまった。
「……なんでしょうか」
「あ……っいえ、すみません……つい……」
「……」
何かついていると思われたのか、私の視線にヴィリアス様は口の周りをハンカチで拭っている。
「違うのです……その……ヴィリアス様もこういうところでお食事をされることがあるのだなと……」
「……やはり嫌でしたか?」
「いいえ、私は良いのです! でも、ヴィリアス様はいつもお綺麗で、お上品で……私のような下位貴族とは違いますし……」
おずおずと、考えていたことを白状した。こんなことを言って、ご気分を悪くされないだろうか。
「……いえ。私も騎士です。外で食事することもありますし、嫌いではありません。それに、今日は天気が良いですから」
「そうですね」
また一つ、彼の意外な一面を見られたような気がして、嬉しい。
「……」
「……あの、なにか?」
今度はヴィリアス様から視線を感じて、私が問いかける。
「……天気が、良いですね」
「はい……そうですね」
何かを窺うように言われ、疑問を抱きながら頷いて、ピンときた。
これは、いつも話題に困った私が、それでも何か話したくて言う言葉だ。
つまり、ヴィリアス様も私と話がしたいと思ってくれているのかもしれない。
これはチャンスだ。何か話さなければ……!
「あの、ヴィリアス様は、お好きなものはありますか?」
「……好きなもの……ですか?」
応えてくれた。
いつもならここで無言になりそうなのに、質問を繰り返してくれた!
「はい、お好きな食べ物があれば、お伺いしておこうと思いまして」
「……そうですね」
考えてくれている。
そんなに表情は変わらないけれど、確かにこれはヴィリアス様の新しい表情だ。
「……私はなんでもよく食べます。肉も、魚も、野菜も、果物も……」
「そうなのですね」
「はい」
「……」
「……」
終わってしまった……!!
ああ、やっぱり私は質問しておきながら会話を膨らませることもできないつまらない女なのね……。
「では、甘いものはお好きですか? よろしければ、今度このアクセサリーのお礼にケーキを焼いてきます!」
「そういえば甘いものはあまり食べませんね」
「えっ」
「あ……」
張り切って言ってみたけれど、残念ながらヴィリアス様からはそんなお言葉。
仕方がない。好みは人それぞれだ。私が少しだけお菓子作りが得意だからって、婚約者が甘いもの好きとは限らない。
「いえ、ありがとうございます。楽しみにしていますよ」
「……ご無理なさらないでください……」
やっぱりだ。ヴィリアス様は優しい人なのだと思う。
思わず残念だという顔をしてしまった私を気遣って、そんなことを言ってくださるのだから。
「本当に楽しみです。貴女が作ってくれるケーキなら、是非食べてみたい」
「……本当にお作りしてよろしいのですか?」
「はい、是非お願いします」
ヴィリアス様の口元が微かに持ち上がったのを見て、嘘は言っていないのではないかと感じた。
「わかりました。では、甘さを抑えたものをお作りしてきますね」
「楽しみです」
心地の良い時間が流れた。
主に、ただベンチに座って噴水を眺めながら静かにホットサンドを食べただけだけど。
でも確実にいつもよりはたくさんお話ができた。
手を繋いで街を歩き、アクセサリーをプレゼントされ、肩を並べて座って一緒に食事をして……これはもう、デートではないだろうか。
私たちは婚約している仲だし、事実、私はヴィリアス様の隣にいてドキドキしている。
それでもこのあと、本来の目的であるはずのヴィリアス様のお買い物に付き合う覚悟でいた私に、彼は言った。
「では、そろそろ帰りましょうか」
――と。
え――?
「……ヴィリアス様、何か街にご用事があったのでは……」
「はい、もう済みました。貴女に贈り物ができましたから」
「そんな……」
ヴィリアス様の用事は、これだったの?
私に贈り物をするために?
貴族の男性が女性へ贈り物をする際、大抵の方は自分で選ばず使用人を使いに出すものだと思っていた。
特にヴィリアス様はお忙しい方なのだし、女性への贈り物を選ぶようなイメージがない。
「……今日の格好もとても似合っています。その靴も履いてくれていて、嬉しいです」
「もしかして、この靴もヴィリアス様が……?」
「はい。貴女に似合いそうなものを選んだつもりなのですが……」
当然であるかのように頷いて、「気に入っていただけているといいのですが……」とぼそぼそと話すヴィリアス様に、おそらく今までの贈り物すべて、彼が自分で選んでくれていたのだろうと感じた。
彼のような方が、婚約者へのプレゼントをわざわざ自らで考えて選んでくれているなんて。
そんなものは形式的に贈られているものだと思っていた自分を殴りたい。
「ありがとうございます……本当に、嬉しいです」
「喜んでいただけたなら、良かったです」
「……」
「……」
少し照れくさいようななんとも言えないむず痒い雰囲気の中、「では、行きましょう」と先に声をかけて手を差し出してくれたのはヴィリアス様の方だった。
今日はヴィリアス様の知らなかった面をたくさん知れたような気がする。
それに、街中のような賑やかな場所は苦手だけど、ヴィリアス様も同じだからか、長居せずに帰ろうと言ってくれて、助かった。
彼と一緒なら、無理をしなくて済みそうだ――。
「……あの、ヴィリアス様」
安らかな気持ちで馬車に乗り込んだまでは良かった。
それなのに、私の心臓は今とてもうるさく脈打っている。
「はい」
「……その……もう、手を離していただいても大丈夫だと思うのですが……」
なぜか、帰りの馬車に乗り込んだあとも、握られた手が離されることはなかった。
そのため、ヴィリアス様は私の隣に腰を下ろした。
しかも先程公園で並んだ時よりも距離が近い。
「……」
心臓がうるさすぎて、緊張で疲れてしまいそうだから思い切ってそう言ってみると、ヴィリアス様は少し気まずそうに私から視線を逸らしてほんのりと頬を赤らめた。
……え、なんですか。その表情は……。
「迷惑でしたか?」
「迷惑というわけでは……! ただ、その……なんというか……」
ドキドキするので離れてくださいなんて言えないし、なんと言えばいいのだろうか……。
ヴィリアス様と心の距離が縮まるのは嬉しいけど、身体がこんなに近いと……どうしても緊張してしまう。
「もし嫌でないのなら、もう少し……このままでいたいのですが」
「は、はぁ……。わかりました」
「ありがとう」
「……っ!」
私の方を向いたヴィリアス様の顔が、嬉しそうに緩められた。
そして色っぽい唇から発せられた「ありがとう」という囁きに、私の心臓は持っていかれる。
そんな甘い声でお礼なんて言わないでください……!!
それにそんな顔をするなんて、反則です……!!
ヴィリアス様は穏やかな表情で外を眺めていたけれど、私の心は終始穏やかではなかった。
だけど、実は気づいてた。
ドクドクと高鳴るこの心音が、自分以外にももう一つ聞こえていたことに――。
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