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二度目はありません  作者: 泉 真子
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後編






チャールズは王弟であり叔父でもあるラウエに財務大臣であり前婚約者の父親でもあるフォン=クラウ公爵と宰相を地下牢から釈放することを伝えようと城に上がっているラウエが居る部屋に向かった。


しかし間が悪いことに、チャールズはラウエとフォン=クラウ公爵の嫡男、バルトとの会話を聞いてしまう。


ロイズは妹リーゼに言ったようにフォン=クラウ公爵家と自身の伝手を総動員させ父親の釈放に奔走していたのだ。そこでバルトが父親の釈放をチャールズに促すことの出来る人物として着目したのが王弟であるラウエだった。


いくら王太子の地位に居るものでも王弟であるラウエの言葉には耳を貸すであろうと考えたのだ。


その目論見はほぼ叶えられていたが、ラウエが呟いたある一言をチャールズが聞いてしまったことでその目論見はついえてしまった………。



「大公閣下………どうか、どうか父上と宰相閣下の釈放をチャールズ王太子殿下に申し出てくださいませ。このままでは王都の政が滞ってしまいます……!! お願い致します! どうぞお力添えを───!!」



必死に頭を下げる私の姿に憐れみを感じたのか。大公閣下は私に済まなそうに声を掛けてくれた。



「いや……貴殿がそこまで頭を下げる必要はどこにもありません……すべては我が甥である王太子殿下が招いたこと……むしろ、王族に名を連ねる者としてこの様なことになる前に手を打たなかった¦我等《王家》にこそその責がある」



どこか惜哀を感じさせる憂い顔で大公閣下は語った。



「チャールズ王太子は、どこかとても繊細な所があります。次期王になる素質は十分にあるにも関わらず王太子自身が自信を持てないでいらっしゃる………そんな部分を埋め、支える伴侶として選ばれたのが貴殿の妹君でした………」



その話は以前、父親から聞いていたバルトは深く頷いた。兄である自分の目から見ても妹リーゼは良く出来た子であった。


妃として必要な教養すべてを誰よりも努力して身に付けていったリーゼ。本人の資質もあってのことだろうが、次期公爵家を継ぐ自分の教育に比べてあまりに過酷な妃教育に妹は一度も逃げ出さなかった。


すべてはいずれ、王であり夫となる王太子殿下に恥を掻かさない為に。死に物狂いで教養を身に付けていた。


にも関わらず、そんな妹を─────あの愚かな王太子はありもしない罪をでっち上げて学園から追放したばかりか、浮気相手の子爵家庶子の娘を新たな婚約者として公の場で発表した。



これ以上の、屈辱と裏切りがあるだろうか? リーゼの心痛はいかばかりだったのか。



「貴殿の妹君の代わりに新たに立った子爵家の姫は………厳し過ぎる妃教育に既に音を上げているようだ………隙さえあれば逃げ出していると耳にしたことがある。無理も無い。貴殿の妹君が幼少より必死で身に着けた妃としての教養をチャールズ王太子との婚姻を結ぶまでの数年で身に付けなければならないのだから…………」



どこか遠くを見るようにしながら、ラウエは呟いた………。



「チャールズ王太子も、何故、リーゼ令嬢を冤罪に貶めてまでマリン令嬢を望んだのか…………マリン令嬢には王太子妃どころか王妃としての器はありません。無理にその役目に着けてもそうそうに潰れてしまうのがオチだ………チャールズ王太子は、自分でもっとも愛しい者を傷付いていることに気付いていらっしゃっらない」



リーゼを王妃に



マリンを側妃に



本当に彼女マリンを手に入れたくばそうするべきだったのだ。そして今回の財務大臣と宰相の不当な地下牢への収容。



「─────もはや、チャールズ殿下・・は王太子としての位を剥奪されるでしょう」



…………そこまでだった。バルトとラウエが話を出来たのは。


突如としてドアを蹴破って現れたのはチャールズ王太子殿下。チャールズ王太子は憤怒の形相でいきなり叔父であるラウエに斬りつけたのだ。


突然のことで身動きの取れなかったラウエはまともに刃を受けてしまい重体の身になり。


共に話していた私はそのままやってきた王太子直属の騎士によって身柄を拘束されてしまった………。国王陛下の居ない今、チャールズ王太子を止められるものは、いないのだ。


チャールズ王太子の暴走は続いた。

なんと私達フォン=クラウ公爵の人間を民衆の目前で公開処刑する準備を始めたのだ!


これには共に地下牢に捕らわれていた宰相も顔を真っ青にさせてなんとかチャールズ王太子にお目通りを願おうとしたが…………城内の者達は皆王太子を恐れて怖じ気づいてしまっている。王弟であるラウエ大公に刃を向けたことも拍車に掛かっているのだろう。もはや王太子を止められるのは陛下しかいない…………!!


陛下の帰国をどれほど願ってもそれよりも早くチャールズ王太子が私達の処刑の準備を整えてしまった。幾らなんでも早すぎる! こんなに早く決まる訳が無い!? 第一、王侯貴族の処刑には陛下の御璽が必要不可欠のはず! なのに、何故………?


答えを知ることの出来ぬまま………地下牢に捕らわれていた私と父上は猿口輪を噛ませられ、そして………王都の屋敷に居るはずの母上まで処刑台の上に引き摺られていた。



(母上……!? 何故、母上まで!?)



母上はおそらくいきなり連れて来られたのであろう、私と父上と同じく猿口輪を噛ませられていた。状況が判っていない顔をして、蒼白になりながら震えている。父上も母上の姿を見て体を震わせながら必死に側に寄ろうとするが、両の足を戒める鎖が邪魔をしていた……────。



(何故? 何故、こんなことに…………私達フォン=クラウ公爵家が何をしたというのだ………)



国の為、民の為に代々必死で尽くしてきた我が一族。その我等に対する王家の評価はこの程度のものでしか無いというのか!!



処刑執行人が語る我等フォン=クラウ公爵家の罪状は至ってくだらないものだった………。



一、チャールズ王太子の婚約者であるマリン令嬢を不当に貶め罵倒したこと。



二、王弟である大公を惑わしてチャールズ王太子殿下の王太子としての位を剥奪しようとしたこと。



三、フォン=クラウ公爵家は一度、チャールズ王太子の婚約者であるマリン令嬢に対して許されざる不敬を働きながらも今までの存続を功績で許されたにも関わらず、自らの行いを悔い改めなかった。



フォン=クラウ公爵家の罪状、不敬罪及び王太子の位を簒奪しようとした叛逆罪! よってここに王太子チャールズの名の下に此処に公開処刑を宣言する!!


尚、此処にいないリーゼ・フォン=クラウ公爵令嬢に関しては以前犯した罪と合い余って斬首では生ぬるく、彼の令嬢には引き裂きの刑が執行される!!



「「「!!?」」」



な、なんだと!?



(引き裂き!? もう何十年も前に廃止された処刑法じゃないか!!)



父上も母上も驚きのあまりに目を見開いて硬直化してしまっている。公開処刑だけでも不名誉極まることなのに妹は引き裂き刑だと!? ふざけるな!! 何故………司法はそのような王太子の独断を許すのだ!! 有り得ないだろう! これが、これが今まで国に尽くしてきた私達に対する国の答えだとでも言うのか!!?



「うぅ……、ぅう!! うくぁああ!!」



噛まされた猿口輪の所為で喋ることも満足に出来ず、そして─────私達の刑は執行された。




首が落とされる最後の瞬間────私が、いや、私と父上、母上が思ったのは…………妹リーゼの身の安全だった…………。



(((────リーゼ。どうか、お前(貴女)だけでも無事で────)))






●○●○●○●○






国王夫妻が無事に帰国した。

意気揚々と迎えに出たチャールズ王太子とマリン子爵令嬢はその場で取り押さえられた。



「きゃああ!」


「マリン!! 陛下───父上!! これはどういうことですか!?」


「黙れ! この……愚か者が!! 何故……何故、儂の許しなくフォン=クラウ公爵の人間を処刑した!? 王侯貴族の処刑に関する処罰にはすべて国王である儂の許可が必要であると法で定められていることを! よもや忘れたとでもいうのか!!!」



怒り狂う国王に、チャールズ王太子は負けじと言い返した。



「財務大臣であったフォン=クラウ公爵は私の婚約者であるマリンを不当に侮辱したどころかその優しい心根を踏みにじった!! そしてその嫡男であるバルトは叔父上をたぶらかし私の王太子としての地位の簒奪しようとしました!! 叔父上も……王弟であり、国唯一の大公でありながらその企みに賛同したのですよ!? これは、王家に対する不敬行為であり叛逆罪ではありませんか!! 公爵という身分を笠に着てのさばる者を掃除・・しただけで………どうしてそのようなことをおっしゃるのですか!!!」



チャールズ王太子のあまりに身勝手過ぎる主張に国王夫妻は唖然とした。



「ふ、ふ、ふざけた物言いはお前の方だ馬鹿者がぁ!! 財務大臣のマリン令嬢に対する叱責は正当なものだ! 妃教育に必要な経費を城下の孤児院にまわすだと? そのようなこと出来る訳が無いであろうが! もしそのようなことをしたらそれは国費の横領行為になる!! 財務大臣たる者が認める訳なかろうが!? よいか、国費には限りがあるのだ。それを上手く分配してきた財務大臣を不当に拘束、その一族を処刑したのはお前の方だチャールズ!! そもそもお前がフォン=クラウ公爵令嬢の婚約を一方的に破棄などしなかったらマリン令嬢に対して新たな妃教育の予算を出さずに済んだのだぞ!! それを判っているのか!!!!」


「それに───ラウエ大公とフォン=クラウ公爵嫡男のバルトが王太子の地位を簒奪しようとしたと申しましたね? ならば尚更、何故陛下のお戻りを待たなかったのですか? それが真実であるならば厳密なる調査が必要不可欠の案件です。決して………王太子の独断で処罰して良い内容ではございませんわ」



普段は控えめな母王妃からの痛烈な言葉に、今度はチャールズ王太子が唖然とした。てっきり父王との仲立ちをしてくれると思っていただけに頭が真っ白になった。



「皆の者、チャールズを取り押さえろ! 儂の許可があるまでだれであろうとチャールズとの接触を禁ずる! そしてマリン令嬢も沙汰があるまで離宮にて謹慎しておれ! 異論は認めん!」


「父上!?」


「お義父さま!?」



叫ぶ二人を無理やり拘束した近衛騎士達は引き摺るようにして二人を連れていった。


王妃も二人が連れて行かれたのを確認してから自室へと戻っていった………チャールズのやらかした事の重大さに体が限界をむかえてしまったのだ。


国王はすぐさま地下牢に捕らわれている宰相の解放を他の近衛騎士に向かわせた。



「───!! 陛下! 申し訳ありませんでした! 私が、私が居りながらこのような事態を招いてしまい………!!」



地下牢から出てきた宰相は国王の姿を確認するや否やすぐさまその足元に跪いて涙混じりに己が不徳を謝罪した。



「謝罪は後にせよ宰相。して、宰相よ。何故司法の役人達はフォン=クラウ公爵一族の処刑を結構した? あれには儂の御璽の印と署名が必要なはずだ」



地下牢に居ても宰相の耳には様々な情報が部下を通してもてされていた。



「簡単に言いますと司法の者達は皆、城内で働く姉や娘といった者達をチャールズ王太子に人質に捕られ、またチャールズ王太子は陛下より預かった御璽を勝手に使って司法の者達に通達したのです。本来御璽は陛下のみ使うことが許される玉座の主の証。司法もまさか勝手にチャールズ王太子が使ったとは露にも思わず、多少の疑いはあれど御璽の捺され書類も無碍にも出来ず………結果、フォン=クラウ公爵一族の公開処刑は執行されました………」


「なんだと!? チャールズが……儂の御璽を勝手に使ったと申すか!!」



司法も国王自身の不在のもと発行されたフォン=クラウ公爵一族の処刑の勅命に疑惑を抱いていたが、御璽は国王陛下しか扱えない高貴な物という認識だった為、まさかチャールズ王太子が勝手に使ったとは思いもしなかったのだ。



御璽は国王陛下のもの。



この認識が、司法に疑問を抱かせながらもフォン=クラウ公爵一族の刑を執行させたのだ。



「ラウエ大公に至っては未だに意識不明の重体です。このままでは目覚めなければお命に関わります」


「おお………ラウエ───!!」



最短で帰国したとはいえ、未だ目覚めぬ王弟ラウエに国王は苦悶の呻き声を上げる。



「また……チャールズ王太子がフォン=クラウ公爵家の領地に向かわせた騎士達によるとフォン=クラウ公爵家令嬢リーゼ様は間一髪で騎士達の手から逃れることが出来ました。しかし……行方は未だに見つかっておりません」


「リーゼ公爵令嬢か………」



かつて誰よりも優秀であった息子の元婚約者。



「リーゼ公爵令嬢の身が気掛かりだ。彼の令嬢の身は我が国が戦争回避・・・・する為には必要不可欠の存在となった。もし、他国に捕らわれるようなことになったら我が国の信用は地に落ちる。そのようなことになれば必ず我が領土を狙う輩が出始めてしまう」



公爵家とは元を正せばすべて王家の血に連なる準王族である。継承権を放棄しているラウエとはまた違った特別な家柄が公爵家という存在なのだ。



「公爵令嬢の身柄は此方が必ず確保せよ! よいか、くれぐれも丁重に扱うのだ!! 決して傷付けてはならぬ!!」



国王の厳命の元、リーゼ公爵令嬢の捜査は開始された。今まで音沙汰もなかったが故、捜査は難航を極めると思っていた矢先、なんとリーゼ自身があっさりと王城に登城した。これには国王と宰相も驚きを禁じ得なかった。


国王はすぐさまリーゼと話をする為に部屋を用意させると宰相を伴って面談に望んだ。


面談に用意された部屋には既にリーゼ公爵令嬢が先に控えていた。


リーゼは国王と宰相が揃って部屋に入って来るのを見るとスッと立ち上がって優雅な一礼をとった。



「…………」



無言で礼を取り続けるリーゼに国王が話し掛ける。



「────久しいな、リーゼ公爵令嬢よ。二年振り、か?」


「はい。フォン=クラウ公爵家が娘、リーゼで御座います。お久しゅう御座います、陛下。陛下に於かれましては同盟国の王太子の御結婚に於いての御公務を果たされ、無事にご帰還めさまれたこと。一臣下としてお喜び申し上げます」



口上を述べる、その痛ましい様の、なんと立派なことか。本当は、両親と兄が無実の罪で処刑される前に帰って来て欲しかったはずだ。



(あくまでも、王家に仕える臣としての態度を貫いてくれるのか………)


(リーゼ令嬢に比べて、マリン令嬢の、なんとも拙い振る舞いだろうか。恐れ多くも、陛下のことを『お義父さま』と臣下の前で呼ぶ厚かましさ。自身は未だに子爵令嬢の身でしか無いのに………)



リーゼが貴族令嬢として振る舞えば振る舞う程に新たにチャールズ王太子の婚約者となったマリンの拙さが浮きぼりになる。


そして─────次期国王であるチャールズの行った振る舞いは建国より仕えてくれたフォン=クラウ公爵家に対する許し難き裏切り。国王はこの場でリーゼに恨み言の一つや二つ、言われても致し方なしと考えていただけに公爵令嬢であり続けるリーゼには胸が詰まる気持ちだ。



「リーゼよ……此度のこと、誠に申し訳なかった………すべては我が不徳と致すところ。もはや弁明の余地は無い。そなたから如何なる罵倒を受けたとて何一つ、言い返すことは出来ない………」


(………陛下)



痛ましげに国王を見詰める宰相。

国王陛下に何の罪があろうか。確かにチャールズ王太子は二年前に国王の勅命を無視した振る舞いをした。しかし他国の王侯貴族がいる学園で、仮にも王太子が公で口にした言葉を簡単になかったことにするわけにはいなかなった………。だからこそ、チャールズ王太子とマリン子爵令嬢との婚約を表向きには認めたのだ。王族の権威を、守るために。


国を守るためにはそうするしかなかった。


もし、王太子という立場の者が一方的に国王が命じた勅命を破ったと知れたなら────他国は我が国をどの様な目で見ただろうか? 恐らく、息子の手綱も握れない、無能な王というレッテルが張られていただろう。そして、そのような国ならば簡単に侵略出来ると考える者達も居るはずだ。



(内々のことならば幾らでももみ消せたものを………)



閉ざされた空間とはいえ、他国の人間がいる学園という場所は致命的だった。


今回の宰相わたしの投獄とフォン=クラウ公爵家一族の処刑とて、まさか国王のみが扱える御璽を不正に使用するとは誰も思わなかったのだ。



「陛下………もし、もしわたくし達フォン=クラウ公爵家を哀れんでくださるのならば教えてくださいませ。チャールズ王太子殿下は、この後、どうなるのですか?」



『どうなさる』ではなく、『どうなる』。

おおよその予測が、ついている証拠であった。



「…………チャールズは………あの愚か者は、王都より外れた離宮にて幽閉の後、病によって倒れることになっておる」


「そう、で…………御座いますか…………」



一度は謹慎にて許された。だが、二度目は無い。


今ここでまたチャールズ王太子を許してしまえば国内の貴族達に、王家に対する不信感を植え付けてしまう。いや……もうフォン=クラウ公爵家の公開処刑で植え付けてしまった。


チャールズ王太子を無罪放免とすれば貴族達は思うだろう。どれほど国に尽くしても、どれほど功績を上げても、王族の心一つで簡単に自分達は消されてしまう、と。



「幸い、王家には第二王子であるチャーリーがいる。まだまだ幼くはあるが………致し方ない」


「マリン子爵令嬢に於かれましては王太子がお亡くなりになり次第、実家に戻られるか。もしくは王太子を忍んで修道院に入って頂く予定です」



そこまで聞くと、リーゼ公爵令嬢はふわっとその面に優しげな微笑を浮かべた………。



ゾクッ



国王も私も背中に言いようも無い悪寒が背中から這い上がってきた。


なんという………慈悲深く、優しい微笑みを浮かべるのだ。とても家族を無残に殺され、自身も命を狙われた人間には決して見えなかった………。



「陛下……宰相閣下。わたくし、一つ、お願いが御座いますの。どうか………聞いてくださいませんか?」



優雅に羽扇で口元を覆い隠して、鈴を転がすようにたおやかに陛下と宰相に願い出たのだ。






●○●○●○●○






フォン=クラウ公爵家の公開処刑から数ヶ月後。


王都より離れた離宮で王太子チャールズは愛しいマリンにも会うことが許されず、幽閉されていた。



(クソっ……なんで私がこのような目に遭わなくてはならないんだ!! 私が、私が王太子の地位を剥奪!? 王都の、この離宮で生涯幽閉だと!? ふざけおってからに………!!)



それもこれも全て、あの忌々しい人形女の所為だ!



(父上にあの女が有りもしないデタラメを吹き込んだに決まっている! あの女は口だけは達者であった………。やはり………さっさと始末してしまえば!!)



ゴポゴポとグラスにワインを注ぎ込む。

この離宮に来てからというものチャールズは毎日酒浸りになっていた。


勢い良くワインを飲み干す様は一国の王太子………否、王子にすら見えないほどに荒れていた。


すると………鉄格子の嵌まっていた扉の向こうからノック音。


誰だと問えば、なんと婚約者からの差し入れだと言うではないか。チャールズは愛しいマリンからの差し入れと聞いて上機嫌となりすぐにその差し入れを部屋へと入れた。


差し入れはチャールズが好んで呑んでいた銘柄のワインであった。



「嗚呼………マリン………私の好きな物を覚えていてくれていたのか」



恍惚とした表情でワインを開ける。

チャールズは香りを楽しみながらワインをゆっくりと口に含んで………。



「!!? っつ、うぅがああ!!!」



喉が焼け付く痛みに、チャールズはのたうち回った。助けを呼びたくても、喉は焼けただれて呼吸すら出来なくなってきた………。



(な……ん………で……………マリ………ン)


「お苦しそうですわね。チャールズ様?」


「?!」



鉄格子の扉の向こうから現れたのは、かつての婚約者でありフォン=クラウ公爵家の唯一の生き残りであるリーゼだった。



「お久しぶりですわ。チャールズ様? どうですか? わたくしの用意したワインのお味は? とても美味しゅう御座いましたでしょう? そちらのワインに入っている毒薬は、まず喉が焼けただれて………後に呼吸も困難になり一晩もがき苦しみながらゆっくりと死んでいくんですの………」



優しく微笑みながら語る様は、あまりに美しく、凍えるほどに冷たかった………。



「うふふ。わたくし、陛下にお頼みしましたの。チャールズ様にお飲みされる毒薬の準備を、わたくしにさせてくださるように………本当は、もっと苦しんで欲しかったのですけど陛下とて人の親。この程度の毒しか許されませんでしたの…………まぁ、隣国に嫁ぐことと引き換えに我が儘を聞いて頂いたんですもの………これ以上は望むべきではありませんね」



何を言って………??



「判りませんか? すべては貴方様の起こした事が原因なのですよ? わたくしのお母様は隣国王妃の従姉妹に当たる方ですのよ? つまり………お母様は隣国王家に連なる方。そのような方が………公開処刑された! 云われもない罪で! そんなことを………隣国が見逃すと思って? 隣国はわたくしの身を求めましたわ。フォン=クラウ公爵家の唯一の生き残りであり自国の王家に連なるわたくしを。わたくしは………隣国の王太子の側妃として上がり、我が国が侵略行為を受けぬように橋渡しをしなくてはならないんですの。責任重大ですのよ? わたくし………」



だからこそ………陛下と宰相閣下には我が儘を聞いて頂いたんですの。


嗚呼……安心なさって? 貴方の愛しのマリン様もすぐに後を追ってくださいますから…………。



「お父様とお母様とお兄様の仇は、どうしてもわたくしの手で果たしたかったのですの。どうしても………ね」






うふふふふふ………あははははははははははははははははは!!






チャールズがリーゼに必死に伸ばした手は、届くことなく、床に落ちるのであった─────。











王太子の地位に就いていたチャールズ王子が突然の病に倒れ急死した。彼の最愛の婚約者であったマリン子爵令嬢もチャールズ王子の突然の訃報に嘆き悲しんで自ら毒を煽りその後を追ったとされている。


フォン=クラウ公爵家唯一の生き残りであるリーゼ・フォン=クラウ公爵令嬢は後に隣国の王太子の側妃として上がり厚い寵愛を受けて嫁いだ翌年には王太子の第一子である姫を産んだ。その姫は祖国の第二王子の婚約者となることが決まっている。元リーゼ・フォン=クラウ公爵令嬢はその後も王太子妃と寵愛を競いながらも王太子妃より先んじて第一王子、第二王女を立て続けに産み落とした。王太子妃が産んだ第二王子を最後にリーゼは側妃を退き、第一王女の婚姻を見届けた後修道院に入った。祖国の第二王子とリーゼの産んだ王女との間に第一、第二王子が産まれて第二王子がリーゼの生家であるフォン=クラウ公爵を継ぐことが決まった。そして修道院に入っていたリーゼは孫である第二王子が生家の家を継いだのを見届けてからこの世を去った………。


後世の人間はリーゼ・フォン=クラウ公爵令嬢の事を「フォン=クラウ公爵家の烈火の徒花」と呼ぶようになかったという…………。







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― 新着の感想 ―
[一言] バルト良い人なのに報われなさすぎる…!
[一言] チャールズとチャーリー(チャールズの愛称) 同じ名前の王子は不自然
[気になる点] さっさと母方の国に亡命して速攻滅ぼさなかった点が不自然 主人公にとって国を残しておく理由が皆無 [一言] よく毒殺なんて温情のある死なせ方で我慢できたな、って感じましたね 少なくとも王…
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