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エピローグ



 瑠璃は少し前から感じていたお腹の違和感をさすがに変に思う。

 ジェイドに相談しようと思っていたが、タイミング悪くセレスティンが逃げ込んできた上、その後は獣王国や転移者達の対応ですっかり言う機会を失ってしまっていた。


 だが、それも大分落ち着き、ジェイドも仕事に余裕ができるようになってきたので迷惑は掛けないだろう。

 ルチルを護衛にジェイドの執務室を訪れると、ユークレースもいた。

 他にもクラウスやアゲットと、フィンといった側近の姿もある。



「ジェイド様、今いいですか?」


「ああ、どうした?」


「ちょっとご相談なんですけど」


「そう言えば前にもそんなことを言っていたな。ファガールの件ですっかり記憶に飛んでいた。なにか困ったことでもあるのか?」



 ジェイドはペンを置いて聞く体勢を取る一方で、他の側近達は変わらず仕事を続けている。



「なんだか少し前からお腹が変な感じなんです。でも、同調すると人間でも風邪とか病気にならなくなるんですよね?」


「その通りだが、どう変なのだ? 必要なら薬を渡すが」


「えーっと、この辺りに魔力のような熱が集まって塊ができてるような感覚があるんです。でも熱はないし、お腹を壊してるのともちょっと違うし。それになんだかたまにぴくぴく痙攣したみたいに動いているような気がするんですよね」



 そう言って、お腹の下の方を撫でると、執務室にいた全員の動きがぴたりと止まり、一拍の後、瑠璃を凝視した。



「えっ? なんです?」



 しんと静まり返った異様な空気が漂い、瑠璃は顔を強張らせる。



「もしかして変な病気とかなんかですか?」



 治る病気なのかと警戒する瑠璃に、ユークレースが問う。



「ルリ、その症状っていつから?」


「だいたい一カ月前でしょうか? セレスティンさん達が来る前です」



 あまり詳しくは覚えていないので、本当にだいたいの日にちだ。

 それを聞いたユークレースは驚愕している。



「一カ月!? ルチル! あなた気がつかなかったの!?」

「え、ええ。すみません」



 ユークレースに怒鳴りつけられたルチルは目に見えて動揺している。



「ルリ、どうして教えてくださらなかったんですか?」


「他には異常はなかったですし、元気も食欲もあったし……」



 瑠璃は何故責められているのか分からない。

 けれど、この場にいる全員が動揺しているのは伝わってきていた。



「陛下! 呆けている場合ではありませんよ! 一カ月ならもういつ生まれてもおかしくありません! すぐに準備しないと」


「そそそそうだな、準備……。準備……」



 頭が回っていなさそうなジェイドに早々に見切りをつけたユークレースが、周囲に指示を出していく。



「アゲットは医師の手配。クラウスは陛下が抜ける間の執務の補佐官を。フィンは警備の強化。ルチルは女官達を集めてちょうだい!」



 ユークレースの言葉を合図に、それぞれが慌てて動き始めた。

 瑠璃だけが置いてけぼりを食らっている。



「ユークレースさん。どういうことですか? 医師の手配って、やっぱり私病気なんですか?」



 それも竜の薬を持っている人達を慌てさせるような。

 そう思うと一気に不安になってきた。



「違うわよ。あなた妊娠してるの!」


「…………え?」



 理解が追い付かなかった瑠璃は、たっぷりの沈黙の後、首をかしげた。

 そして、絶叫する。



「ええぇぇぇぇ!! ちょっと待ってください。妊娠? でも、お腹ぺったんこですよ?」



 そう、瑠璃のお腹は妊婦であるパパラチアと違い、膨らみなどまるでない。



「竜族はそれが普通よ」


「え? え? でも、異変があったのは一カ月前で……」


「竜族の子の妊娠期間はだいたい一カ月なの! 普通は症状が出たらすぐに準備を始めるものなのよ。それなのに、今言うなんてなに考えてんのよ。もっと早く言いなさい!」


「そんなの初めて聞きましたよ!」



 瑠璃にとったら理不尽な説教でしかない。

 何故誰も教えてくれなかったのか。

 いや、瑠璃が言うのを忘れていただけなのだが、自分が怒られるのは納得がいかなかった。



「一カ月って、それってつまりもう臨月ってことですか!?」


「そうよ。いつ生まれてもおかしくないわ。竜族の妊娠出産は他の種族より早いんだから」


「そんな! どうしたらいいですか!?」



 妊娠を喜ぶ時間もなく突然出産などと言われては、瑠璃が焦るのは当然だった。



「ジェイド様……」



 助けを求めようとジェイドを見れば、心配になるほど顔色が青ざめている。



「大丈夫ですか、ジェイド様!」


「獣王国に行った時、ルリは妊娠していたということではないか。そんなルリを危険な場所に行かせてしまうなんて……」



 と、ジェイドは瑠璃の呼びかけに反応出来ないほど動じている。



「たとえルリが気がつかなくても同調しているなら陛下が気づけたはずでしょうに」



 ユークレースは責める相手をジェイドに変更する。



「妻の変化に気がつかないなんて夫失格ですよ!」


「失格……」



 その言葉がクリティカルヒットし、ジェイドは頭を抱えてうなだれる。

 だが、そんな時間も惜しいとばかりに、ユークレースはジェイドにも指示を出す。



「陛下、超特急で今ある仕事を終わらせちゃってください。陛下でないと裁決出来ないものを優先に、最速で。寝ている暇なんかありませんよ」


「わ、分かった」



 言われるままにペンを手に取るジェイドだが、その手はブルブルと震えている。

 そして、思い出したかのように顔を勢いよく上げた。



「はっ! 子の名前を考えなければ!」


「その前に仕事です!」



 ユークレースに急かされながら仕事を始めるジェイドだが、ちゃんと内容が頭に入ってきているのか疑問に思うほどうろたえている。



「ルリ! あんたは部屋で絶対安静よ!」



 ユークレースに言われるまま部屋に戻ると、すぐに手配された医師がやって来た。

 半信半疑で診てもらう瑠璃だったが、診察の結果は間違いなく妊娠しているという。


 二、三日で生まれるだろうと言われた時には、ようやく事態の深刻さに気がついた。

 ユークレース達が慌てるはずである。

 二日で出産準備をしなければならないのだから。

 しかし、お腹は膨らんでいないせいか、どうも実感が湧かない。


 それでも、周囲はいつ生まれてもいいように厳戒態勢が取られることになった。

 王の妃だからというのはもちろんのこと、愛し子になにかあっては大変だと、医師が常駐して見張っている。


 本当に生まれるのか? と疑問に思いながら部屋で大人しくしていると、両親やセレスティンにパパラチアなど、たくさんの人がお祝いにやって来た。

 ジェイドは急ぎ仕事を終わらせなければならないからと、瑠璃の様子を見に行くことさえユークレースに禁止されているとか。



 そんな風に過ごしながら過ぎ去った二日後。

 瑠璃は突然の腹痛にお腹を押さえる。

 すぐに異変に気がついた女官が医師を呼びに向かった。

 隣の部屋に待機していた医師がすぐにやって来る。

 痛いというよりは熱さを強く感じた。


 瑠璃の周囲にいる人が慌ただしく動く中、痛みよりも強い熱と戦った瑠璃は、小さな小さな竜を生んだ。

 あまりの小ささに心配になるほどだったが、竜族の子供としては普通サイズらしい。

 確かにこの大きさならお腹が膨らんだりはしないなと納得する瑠璃は、壊れ物を扱うようにそっと手の平に乗せる。


 竜体で生まれてくるのは予想外であったが、ファンタジーな世界ならなんでもありな気がする。

 卵生でなかっただけマシかもと思ってしまった。

 それに、姿など気にならないぐらいなんともかわいらしい。

 もっと見ていたかったが、瑠璃は魔力をごっそり奪われたようにぐったりとしていて起き上がるのも難しいほどだった。

 落としてはいけないと、急いで我が子を手渡したのは、急いで駆けつけたジェイドだ。



「小さいな」


「本当ですね」


「まさか急に父親になるとは思わなかった」


「同感ですよ。なんで誰も教えてくれなかったんですか」



 竜族の生態を知っていたらこれほど慌ただしくなりはしなかっただろうに。



「私が気づくか、ルチルから説明がされていると思っていたらしい。妊娠すると魔力が不安定になったりするからな。だが、ルリは愛し子の上、コタロウ殿とリン殿と契約しているため、大きな魔力の変化が起きずに気づかなかったのだろうとコタロウ殿とリン殿が言っていた」


「そうなんですか」



 それならジェイドが気がつかなくても仕方ないのだろう。



「そうは言っても、気がつかなかった私の責任だ」



 しょんぼりするジェイド。相当ユークレースから気がつかなかったことを叱られたようだ。



「こうしてちゃんと生まれてきてくれたからいいじゃないですか。すごくかわいいですよ」


「そうだな」



 ジェイドはとても優しい表情で手のひらに乗るほどしかない我が子を見つめており、瑠璃にも自然と笑みが浮かぶ。



「アゲットさん達が大喜びしていそうですね」


「ああ。大騒ぎだ。今日は急遽誕生を祝うパーティーを行うらしい」


 

 主役がいないのにパーティーとはいったい……。



「ところで、この子の性別はどっちなんでしょう?」


「男だそうだ」


「男の子ですか~。きっとイケメンに育ちますね」



 竜体では分からないが、父親がジェイドなのだから容姿端麗に育つに違いない。

 将来が楽しみである。



「ルリ、この子の名前を考えてみたのだ。もしルリが問題なければだが」


「聞かせてください」 


「シトリンだ」


「シトリン……」



 瑠璃は噛みしめるようにその名を口にした。

 それは最初からそう決まっていたように馴染み、違和感がない。



「素敵だと思います」


「そうか!」



 ジェイドはぱっと表情を明るくした。

 その嬉しそうな顔を見て、瑠璃はクスクス笑う。

 すると、ジェイドが「ルリ」と呼んで顔を近付けてきた。



「慌ただしくていい忘れていたが、私の家族になってくれてありがとう。愛している」



 そう言って瑠璃の額にキスをする。

 瑠璃はようやくこの世界の住人になれた気がした。





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― 新着の感想 ―
とても楽しく読ませて頂きました。ありがとうございます。目指すは大家族と言ってましたから、子供たちの話も読みたいですねぇ。
更新ありがとうございます! シトリンちゃん絶対に可愛いですよね!! おじいちゃんやひいおじいちゃん、そして忘れてはいけないおばあちゃん?、若々しく活躍している方々との対面シーンや子育てなどなど拝見した…
久しぶりに読んで一気読みしちゃいました! 育児編も是非読んでみたいです〜!
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