従軍
さて、夜が明けて次の日。
目が覚めたら夢だったって事を期待していたのだが、どうやらそんな都合のよい事は無いらしい。
甲冑を着たまま近くの木に寄りかかって寝ていた俺は、体中の痛みで目が覚めた。
思いっきり伸びをして、体中をボキボキ言わせて周りを見ると、他の人達はもう起きていたみたいだ。
早起きだね。
全員が起きた所で早朝から謙信さんの命令があり、大勢の騎馬隊と歩きの兵隊さんを引き連れ、あ、えーと。これって越後軍になるのかな?
まぁいいや、越後軍て呼ぼう。
その越後軍を引き連れて、昨日見た川と沼沢地の中州にある砦風の建物の所まで進んで行った。
俺は夕べの約束通りに謙信さんに呼ばれ、その馬の近くで一緒に歩いている。
隣には柿崎のおっさんもいやがった。
ぶすっとした顔でこっちをチラチラのぞき見してるのがなんだかな。
暫く進むと目の前には砦風の建物が視界いっぱいに広がった。
遠くから見ると小さかったけど近付くと意外にデカイなこりゃ。
しかも砦風じゃなくて、どうやらここが羽生の城だったみたいだ。
城って、白亜の壁に屋根が瓦葺で鯱鉾が乗ってる天守閣ってのをイメージしてたけど、ぜんぜん違うじゃん。
今まで見てた映画ってインチキだったのかも。
目の前に現れた羽生城は、川と沼に囲まれながらも更に水の堀と板塀に囲まれた水に浮かぶ土地に、板葺屋根に重石を乗せてある掘立小屋ばかりが並ぶ一面茶色な建築物の群れに見えた。
「何これ」
思わず出た俺の第一声がこれだった。
「ここが羽生の城だ」
謙信さんが馬上で俺に答えてくれた。
しかしあれだ、馬に乗れない俺は徒歩でここまで来たわけだが、舗装されていない道を歩くのって目茶苦茶疲れるね。
たぶん5キロくらいしか歩いてないけど、日頃の運動不足が祟ったみたい。
しかし皆タフだね。他の人達は疲れを見せないどころか息一つ切らせてないし汗もかいてないよ。
昔の日本人てタフすぎ。
「これからここを攻めるの?」
「それは城主の式部大輔の出方次第だ」
「て、言うと?」
「降伏すれば攻めなくてすむ」
「なるほどね」
そんな話していると、ホントに丁度良いタイミングで知らせが走って来た。
城主の広田さんが降伏したんだそうな。
なんて都合のよい。
まぁ詳しく聞いてみたら、この羽生城の殿様は元々古河の殿様の家来だったから、初めから謙信さんの味方になる予定だったのだとか。
手違いで城を固めた時に越後から謙信さんが来ちゃって、慌ててたそうな。
この後は面倒な事があるだろうから、俺は席をはずして謙信さんの陣廻りを散歩していた。
危ない時代の面倒な事に首を突っ込む気もないし、下手したら殺されちゃったりするから怖いしね。
しかしホント空が綺麗だ。
「広田殿!!広田殿!!」
散歩してる俺に向かって、何やら遠方からシンプルな兜をかぶった兵隊さんが走り寄って来た。
なんだか名前に「殿」なんて付けられちゃうとこっぱずかしいもんだね。
「はいはい、なんでしょ」
俺を呼びに来た兵隊さんは、なぜか俺の前で片膝付いた。
「御屋形様がお呼びにございます。案内致します故、某に付いてきて下され」
「あ、あの頭なんて下げなくて良いですから。すぐ付いて行きますんでどうぞ立って下さい」
「ならば早速。こちらにございます」
その兵隊さんの後を付いて行くと、羽生城に入って行った。
ありゃ、城に入るのね。
水の中に建てられた様なお城の中を移動して、門を三つも潜った所に大きな建物が出てきた。
たぶんここが殿様の家なんだろうね、一番立派な造りの建物に見える。
そこには物々しい数の槍を持った兵隊さんが並んでいた。
ちょっと怖いかも。
そう言えばこの兵隊さん、足軽って言うんだっけ?
すると、案内してくれた兵隊さんが走って行き、大声で俺の到着を告げていた。
「広田殿をお連れ致しました」
すると昨日は見てない、偉そうな服を着た人がこっちを睨んでいる。
昨日に続いてまた睨まれたよ。
俺って損な役回りだよね。
すると柿崎のおっさんが手招きしやがった。
こんな所にまで居るなんて、意外とこのおっさん偉いのかな?
「広田、はようこっちへ参れ」
「はいはい、行きますよ。そんなに急かさなくても」
そいえばこの建物、床が有る。こりゃ履き物を脱がなきゃ。
しかし草鞋って履きなれないものを履いてるから、一度脱いだらまた履けるかな。
俺は草鞋を脱ごうともぞもぞしていたら、また柿崎のおっさんに怒られた。
なんだかな。
「広田、その方何をしておる」
「いや、家に上がるんだから土足はまずいでしょ」
「この戯け。城攻めが無かったとは言え、戦時危急と変わりの無い今、草鞋を脱ぐ者があるか。そのまま上がって参れ」
「土足でいいの?」
俺はなんとなく後ろめたい気分で、土足のまま上がって行った。
すると謙信さんの前に、床に座って居並ぶ人達がいた。なんだか土下座してるみたいだ。
「広田、こちらへ来よ」
謙信さんに呼ばれて奥に進むと、土下座してるっぽい一番前の人を紹介された。
「ここにおるのがその方と同じ名の広田式部大輔じゃ」
「と、言うと羽生の殿様の?」
俺はまじまじと見つめてしまった。
羽生の殿様、意外と若い。俺と同じくらいかも。
しかもどこかで見た事あるような、ないような。
「政虎殿、この者はなんでござるか」
お、羽生の殿様が喋った。
「儂も分からん。しかし式部大輔、その方と同じ名を持つものじゃ」
「ほう、して、その者を何用あって呼ばれたのか」
「式部、お主の目な、儂が連れて来た広田に似ておる。と、思うてな。広田、式部の脇に並んでみよ」
俺はなんだか分からないまま、羽生の殿様の脇に座ってみた。
同姓同名の男二人、隣に並んで顔を見合わせてみた。
「似てませんね」
「うむ、似ておらぬ」
「謙信さん、俺達似てませんけど」
そう言うと、先ほど俺を案内してくれた兵隊さんが何かお面みたいなものを二つ持ってきた。
それを謙信さんに見せたあとに俺達二人に渡してきた。
「何ですかこれ?」
「面頬じゃ」
あぁ、これが佐藤の言ってたやつか。お面の下半分じゃん。
「双方とも付けてみよ」
どれどれと、そのお面を顔に付けてみる。
ただ押えただけだったが、それで充分だったようだ。
「やはりな」
なんだか自信ありげに頷いてる。
「直江、柿崎、見てみよ」
呼ばれた二人が近づいてくると、ああなるほどと頷き合った。
なんだろう。
もう一度となりの殿様と顔を見合わせてみた。
あ、俺がいた。
うん、似てるっちゃ似てる。
この殿様、どこかで見た事あると思ったら、謙信さんが言ったように目だけが俺にそっくりだった。
お面のお陰で笑えるほど似ていた。
「俺だね。うん、俺がいるよ」
「よし、決まりだ」
何が決まったんだ?
「式部、我が軍に降った事に対して褒美を遣わそう。この城、その方の預かりのままとする」
「有難き幸せにございまする」
「ただし、羽生の兵はこのままわが軍に指し出せ」
「ははっ。是よりこの広田式部、政虎様の軍に従い露払いを致しましょう」
「それは良い。その方はこのまま城に残れ」
「は?それはどう言う事でござろうか」
「式部の代わりにこの広田を羽生勢の大将に据える」
「何と申される!」
えぇ!俺もびっくり。なんと申されるだよホント。
馬にも乗れない俺を大将とか言っちゃってるよ。