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毘の華  作者: 逍遙軒
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ルーツ

「俺、たぶん時を遡ってきちゃったみたいです」

「時を遡るとはどういう事じゃ」

「まだはっきりとは分からないですけど、俺の居た所はこんなに馬は居ないし甲冑着てる人なんてお祭りくらいにしか見た事ない。あと家がね、ここにある家は茅葺屋根なんですよ全部。俺の居た所で茅葺屋根の家があったら、歴史的建造物って事で文化財になっちゃう」

「また面妖なことを」

「柿崎、もう少し広田の言葉を聞いてみようではないか」

 謙信さんだけは俺に好意を持ってくれているのが分かった。

 一番偉そうな人が好意を持ってくれたお陰で少し安心ししてきたよ。ありがとう謙信の人。

 そう思いながらも中学高校時代に好きでも無かった歴史の授業を必死に思い出して、謙信の名前で連想するものを並べてみよう。

「たぶんですけど、今は戦国時代ですよね」

「戦国の世ではあるな。しかし戦国“時代”とは中々面白い事を云う」

「で、俺は今から500年くらい後の世界から来たっぽいです。あなたが本物の謙信さんなら、長野県に武田信玄ていませんか?」

「500年後の世じゃと」

 謙信さんと柿崎のおっさんと本庄さん、それぞれ顔を見合わせちゃったよ。

 まぁしょうがないけどね。

「長野“県”などは知らぬが、広田、その方信玄入道を知っておるのか」

「名前だけは」

「なんじゃ」

 あ、ちょっと期待外れみたいな顔したぞ。

「あとですね、愛知の織田信長…」

 俺って、歴史上の人物はこのくらいしか知らないみたいだ。後が出て来ない。

 信長って何をした人だっけ?

「駿府の義元を討った尾張の若者か。織田の名まで知っておるとは、その方、式部大輔では無い等と謀っておるのではあるまいな」

 謙信さんの目つきが険しくなってきたぞ。

「全くの別人ですよ。確か、桶狭間の戦いとかなんとか」

「戦場まで知っておったか」

 謙信さん唸ってる。

「近在の百姓とは思えぬし、この関東から遠く離れた土地の事柄も心得ておるようじゃ、このような事、小田原の北條か古河公方の側近でもなければ知る筈がない」

「歴史の授業で習いましたからねぇ」

 そんなに覚えてないけどね。

「あ、小田原!」

「小田原がどうした」

「小田原ってでっかい城が有りましたよね。天守閣があるとこ」

「でっかいしろ?でっかいと言う名の陣城でも有るのか?また“てんしゅかく”とは何じゃ」

「こんなやつです」

 俺は竹光の太刀を抜いて、足元の地面にそれっぽい天守閣の絵をかいてやった。

 すると謙信さんと柿崎のおっさんに本庄さんが近寄って来た。

 あ、もう一人直江さんとやらも近寄って来たぞ。

「広田、その太刀は何で出来ておる」

「は?これですか?」

 謙信さんは俺が描いてる絵より竹光の方が気になったみたいだ。

「木ですよ。竹光。木の棒にアルミ箔を貼りつけたやつ」

「木、か。よくその様なものを腰に佩いておいて殺されなかったものじゃ」

 いや、殺されるも何も、こっちに来て初めて会った爺さんに殺されそうになってましたけどね。

「なんじゃこの絵は。その方の言う“てんしゅかく”とは矢倉の事ではないか。御屋形様、このような者の言動を信じてはなりませぬぞ」

 また柿崎のおっさんだ。おれに恨みでもあるのかねぇ。

「柿崎、儂はこの者を信じても良いと思うようになったぞ」

「何故にございますか」

「在地の百姓ならば知るはずの無い事を知っており、不思議な言葉も操りおる。また、その太刀じゃ。拵えは長覆輪の飾太刀だが身は木箆きべらで出来ておると言う。このような頓狂な者がおろうはずがない。また菅原道真公の後裔とも言われる羽生の広田がする身形ではないぞ」

 謙信さん、言う事が一々難しい。ちょうふくりん?今言われた事の殆どが分からなかったよ。

「のう広田、その方が先の世から参った事、信じてみる事にしよう」

「御屋形、どこの馬の骨ともつかぬ者を」

「よいよい。柿崎よ、その広田の描いた“てんしゅかく”とやらを見てみよ」

 やっと俺の力作を見てくれるみたいだな。

「これは矢倉でございましょう」

「矢倉にしては少々大きくはないか。5階層にもなり、土台も妙な形をしている」

 謙信さんは鞭みたいな細い棒を取り出して、俺の描いた天守閣の絵をなぞり出した。

「広田、この矢倉の台は何で出来ておる?」

「石ですよ。大きい石組」

「石か。これはお主がその目で見た物か?」

 俺は小さい頃に、両親に小田原城の動物園に連れて行ってもらったことがある。だからたぶん間違いない。と思う。

ただ、3階建てだったかも。階数には自信が無いけどね。

「自分で見てきましたよ。小さい頃だったから両親に連れられて、動物園でゾウをみてきました」

「象!その方象を見たのか」

 謙信さん目が輝きだしたよ。動物好きなのかな?

「しかし、どうぶつえんとは何じゃ?」

 あ、違ったか。

「お城の中で色んな生き物を檻に入れて飼ってるんですよ」

「なんと、北條め、城に獣を飼い置くのか。いったい何の心算じゃ」

 柿崎のおっさん、一々興奮してると身が持たないよ。

 と、どれだけ言いたかったことか。当然口には出さないけどね。

「ふっ、まあよい。広田、今宵は面白い話を聞かせてもらった。まずは呑め。飲んだら食え」

 謙信さん達はそこでようやく自分たちの席に戻って行った。

 さて、なんだか腹も減ったし、俺もご飯を頂いてみようかな。

 しかし黄色い飯だな。

 一口食ってみると、なんとなく糠臭い玄米っぽい味がした。しかも甘くなくそれほど旨いものではなかった。

 謙信て新潟出身だよな。魚沼産コシヒカリとか持ってきてないのかな?

 腹が減っていた俺はとりあえず飯を腹に納めると、次は妙な物が浮んでいる吸い物に口を付けてみた。

 ちょっとしょっぱいお吸い物みたいだ。何だろうこの茶色いのは。

 後は付け合わせの野菜の塩漬けの様なもので腹を満たし、酒を飲んだ。

 おぉ!飯は左程旨いもんじゃないけど、酒は旨い。

 濁り酒だけど、やはり醸造アルコールが入ってなかったり、水で薄めなかったりするからなのだろうか。

 ちょっと焼酎っぽいけど飲み慣れればほんのり甘くて旨いぞこれ!

 居並ぶ皆も無言で食いまくり、おかずの少ないこの善でもモリモリ米の飯だけは食っていた。

 一人謙信さんだけは梅干しを当てに酒だけを飲んでいるように見えた。

 そんなに太ってないのにダイエットしてるのかな?

 そんなこんなで飯も終わると、謙信さんから思いもかけぬ言葉を掛けられてしまった。

「広田、その方を儂の傍に置く事にする。明朝羽生城に攻め入る故付いて参れ」

「えぇ!?俺も戦争に付いて行くんですか?」

「せんそう……。そうだ。そもそも儂は小田原攻めの為に三国峠を越えて来たのだ。手始めの合戦が羽生攻めよ。これに連れて行く。嫌か?」

 小田原攻め?それって秀吉がやったんじゃなかったけ?過去に来ちゃったから歴史が変わっちゃったとか。まさかねぇ。

 でも戦争に付いて行くなんて嫌なのは嫌だけど、ホントにタイムスリップしちゃったならこっちで頼れるのはもうこの人位しか居ないもんなぁ。またイカレ爺が出て来ないとも限らないし。

「隠れてても良いなら」

 恐る恐る答えてみた。

 その途端に大笑いされてしまった。

「その方は具足を使うのも初めてだったのであろう。隠れておっても苦しゅうはない。我が尻の後ろで震えておれ」

 そんな酷い台詞を吐きながらもまだ笑いが止まらないようだった。この笑い上戸め。


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