新天地
余りにも変わり果てた故郷。
故郷なのかどうかも分からないが、これが事実なら家すら無くなってしまった。
茫然と黄昏ている、そんな俺の甲冑を引っ張る謙信。
タイムスリップした男等には興味が無く、そいつが身につけているモノに興味を惹かれてやがる。
「これは軽い」
妙な感想を述べていた。
「まじか~、冗談じゃねぇぞ。来週のプレゼンどうすんだよ」
まさにトホホな状況を地で表現してしまった俺に、謙信は質問攻めを初めた。
ちょっとは考えさせてくれ。
「これは何で出来ておる?鋼ではないな。やけに軽い。しかし美しい光沢がある。縅糸も不思議と色の艶が良い。おぉ、目庇に鉄砲傷が有るではないか、ここは鉄を使っておるのか、いや、鉄の肌が艶めかしい、これは鉄では無いな」
可愛らしいハスキーボイスおっさんが周りでごちゃごちゃ言ってる。
あ、兜のあそこって鍔って言うんじゃないのか。
俺が着てる甲冑をあっちこっち触りまくる自称謙信、そんなに珍しいかな?自分でも甲冑着てるのに。
「広田、お主の着ている具足はさぞ名のある者が作ったのであろう、どこで求めた」
黄昏る時間を奪われた俺は、とうとう自称謙信の相手をすることになった。
「どこで求めた?ああ、買ったかってことかな。これは知り合が持ってた物を借りただけなんで、どこで買ったかはわからないっす」
「そうか、ではこの軽さ、何で出来ておる」
「プラスチックですよ。本物の鉄を使った奴の方がカッコ良かったんだけど、初めて着る奴に鉄の鎧は重すぎるってんでこの安っぽい鎧を着させられたんです」
「安っぽいと、それは安価で作れると言う事じゃな」
「材料が有ればたぶん」
「材料はなんじゃ」
「原油ですよ」
「げんゆ?」
原油もプラスチックも本気で知らなそうだ。
マジで過去に来ちゃったんだ。
更にがっくりと肩を落とした俺にかまわない自称謙信。
いや、本物謙信なのかもしれない。
「原油ってのはアメリカやロシア、中東の方で取れる黒い油の事です。俺の想像が確かならば日本では取れませんね」
「めりかやろし?それは唐天竺のことか?」
「まぁ近い様な非常に遠い様な。ていうか天竺って三蔵法師が行ったとこでしょ」
「その方玄奘三蔵を知っておるのか」
「絵本で見た事が有るだけですけど」
「しかし、日本とは本朝のことであるな。では本朝ではそのぷらすちっくとやらは取れぬのか。そのような軽い甲冑、お仕着せの足軽具足に丁度良いのだがのう、残念じゃ」
それきり謙信は興味を失ってしまったのか、くるりと背を向けた。
お仕着せってなんだ?悪い意味しか思い浮ばないんだけど。
「戻るぞ。本庄、その者も一緒に本陣へ連れて参れ。客人としてもてなすのだ」
騎馬のもう一人の人は本庄さんて言うのか。これも覚えておこう。
「御屋形!客人として饗など、とんでもない事」
「柿崎、その方我が命を聞けぬと申すか」
自称謙信さん、なんだか強い。柿崎のおっさんが小さくなった。
「本庄、その方が案内役じゃ」
「はっ。広田殿、こちらに参られよ」
最初の扱いとはずいぶん変わってきた気がするが、それは羽生のお殿様じゃない事を分かってくれたせいだろうか。
羽生のお殿様って、どんな悪さをしたのか気になって来たな。
本庄さんに連れられて高台から神社へ戻って来た俺は、謙信の取り巻き達とともに再び垂れ幕みたいなモノの内側に入って行った。
するとそこには、キャンプで食べる食事の準備とは思えないような配膳がされている。
小腹のすいていた俺は、もしかして御馳走してくれるのかな?とぼんやる見ていると、どうやらその通りのようだ。
本日唯一のささやかなラッキー。
しかし、食い物が質素だねぇ。汁物みたいな碗の中に浮んでる黒い紐みたいなのはなんだろう?しかもご飯もちょっと黄色い。
そんな事を考えているうちに謙信と柿崎のおっさん、あと偉そうな人達が沢山中に入って来た。
みんな其々の席が決まっているようで迷うことなく座って行く。
「広田、おのれはこちらに参れ」
柿崎のおっさんは、まっ正面に居る謙信さんから一番離れた反対側に俺を案内してくれた。
まぁそこにある善の上にも同じような黄色いご飯と黒い紐の切れっぱしみたいなのが沈んだ吸い物があったけどね。
ちょっと気になったのは白い陶器のとっくりみたいなのが有ったこと。もしかしたら酒なのかな?
全員が折りたたみ椅子みたいな物に座ると再び自称謙信さんの周りが騒がしくなってきた。と、いうか、本物の上杉謙信だとしたら、なんで羽生にいるの?羽生まで新潟から来た事あるのかな?もっと歴史の勉強しとけば良かったよ。
「御屋形様、このような得体の知れぬ者を本陣内に招き入れるとは、どのような御了見にございましょうや」
謙信さんの隣にいる、またこれも違うおっさんが何か俺に文句が有りそうな雰囲気。
物静かに抗議してるぞ。
勝手に連れて来ておいて何なんだろうねこの人達は。
「案ずるな。暇つぶしに呼んだまでじゃ」
俺暇つぶしになっちゃったよ。
「そのような戯言を。もしも取り返しのつかぬ事態になったら如何されるおつもりじゃ」
「それを防ぐのがその方達の役目であろう、直江」
このおっさんは直江って言うんだな。直江?どっかで聞いたこと有るけどまぁいいか。
「広田」
「は、はい!」
急に謙信さんに呼ばれたからびっくり。
ちょっと立ち上がりかけちゃったから恥ずかしいかも。
「その方に改めて聞く。どこから参った」
謙信さんはデカイ盃に、隣にいる若い兄ちゃんに酒を注いでもらってる。
それをグィと一気に呷ってしまった。酒に強いんだなこの人。
「俺、羽生市に住んでるから、たぶんこの辺の出身だと思うんですけどね。なんだかさっき、高台に登って周りを見てみたら違うんですよ」
「何が違う」
そう言いながらもう二杯目飲んでるよ。大丈夫か?
「俺の住んでた羽生はこんなに沼や川がでかくなかったし、道路も自動車も電線もここには無い。建物の数も種類も違う。畑や田んぼはそれなりにあったけど、こんなに少なくなかった」
「どうろ?どうろとは何じゃ」
「あぁ、道です。街道」
「じどうしゃとは?」
自動車、そう言えばどうやって説明すればいいんだろう。
「エンジンで走るタイヤが4つ付いた乗り物ですかね」
「えんじん?たいや?その方の国にはよくわからぬものがあるのだな」
あ、車って言った方が良かったのかも。
「御屋形、この者の申すこと少しも分かりませぬ。さっきから面妖な言葉を使うところをみると、怪しき呪術師か何かなのでは?」
柿崎のおっさん言いたい放題だな。
でもこの言葉には謙信さんが可愛らしいハスキーボイスで笑っていた。
「柿崎、この者が呪術師ならばとうに我らは呪い殺されておるであろうよ。くだらぬ事は言わぬがよい」
「くだらぬとはあまりな仰せ」
なんか喧嘩が始まりそうな予感。
「あの、俺呪術師じゃないっすから。そんなオカルトな事やらないっすよ」
意外と呪術師って言い辛い事に気付いた。どうでもいいか。
「御屋形聞かれましたか。またあのように“おかると”などと怪しげな言葉を吐きおりますぞ」
柿崎のおっさん、妙に腹が立つな。もちろん口に出して言える訳はないけどね。
「あの、笑わないでくださいね」
「なんじゃ」
柿崎のおっさん、なんで怒ってるの。




