焦燥
確かさっきまでは新潟の春日山のお祭り会場にいたんだよな。
なんで地元に帰って来てるの?
て、いうか、こんな見渡す限りの田舎風景、見た事ないんだけど。
幾ら羽生が田舎でも、建物やアスファルト道路の一つや二つはどこでも視界に入るはず。
でもここでは獣道みたいな細い通路のようなモノしかないし、ホントに見渡す限り森と葦原だ。たまに田んぼと畑、それに数軒の茅葺の農家が集まる集落みたいなのがあるけど。
あ、今気が付いたけど電線が無い!
どうなってんだこれ?
俺は次第に不安になってきた。
そんな俺にかまう事のないこの人達。
近場にあった古い神社みたいな建物の周囲に、白い垂れ幕の様なものをぐるりと回したところに連れて行かれた。
その時はもう手足も口も自由だったのだが、ある意味茫然となりながら無言で付いて歩いていた。
しかしホントにここって羽生か?
でも違うとしたらセットにお金がかかり過ぎてるよなぁ。
白布の人が神社の本殿入り口階段の所に無造作に座ると、一緒に歩いていた人達、5、6人くらい居るのかな?その人達が白布の人を中央にするように左右に座って行った。
俺はなんだか折りたたみ椅子みたいなものを持って来られて、対面するように座らせられていた。
「さて、広田殿、武運拙く囚われの身となった訳だが、何故我が方の毘の指物をしておる」
白布の人が話しかけて来た。
そう言えば俺、甲冑着てたんだ。
余りの事に忘れてたよ。しかも旗もどっかに置いてきちゃってる。
「あ、そう言えば旗が無い」
ぼそっと言った俺に見えるように、白布の人の隣に座った騎馬武者だったおっさんが旗を立て懸けた。
「その方の指物はこれじゃ。何故我らの旗を持っておった」
このおっさんが持ってたのか。
「あなた達の言ってる事が分からないんだけど、俺、ついさっきまで新潟県の春日山城にいたんだよね。お祭りで」
この一言で、この変な人達の集団がざわつき出した
やばい。また気に障る事言っちゃった?とは思うものの、自分も良く分からない内にここに居た事を話してやれば納得してくれるかと思ってみんな話してやることにした。
「新潟けん?新潟とは越後の土地の事か?」
相変わらず白布の人、声が可愛いな。これでおっさんにしとくのが勿体ない程だね。
「そうそう。そう言えばお祭りの名前が越後春日山城謙信まつりとか何とか言ってたかな」
「この慮外者めが!御屋形様を呼び捨てにするとは如何な了見じゃ!」
騎馬武者だったおっさんが、どういう訳か謙信の名前を口に出した途端に怒り出した。
「え?何々?なんで怒ってるの?お祭りの名前が謙信まつりなんだけど、なにか気に障った?」
「おのれ一度ならず二度までも、御屋形様を呼び捨てにするとは我慢ならん。羽生の城主とはいえこの場で首を討ち落としてくれようか」
「待った待った!暴力反対!」
このおっさん怖いわ!
「羽生の城主?城主ってお殿様の事だよね。そもそも羽生に城なんてあるの?しかもなんで俺がお殿様なわけ?」
ここで白布の人が割って入ってくれた。
「柿崎、なにか妙ではないか。春日山におった等と」
気が短いこの騎馬武者だったおっさん、柿崎って名前だったのか。覚えとこう。
「確かに妙ではありますが」
「その方、何故春日山におった」
「さっきも言いましたけど、謙信公まつりってのがありまして、そうそう、あなたの様な白い布を被った人が謙信役をやってるお祭りで、年に1回、毎年春日山城址で開かれるんですよ」
「城址?」
「城の址って事ですね」
俺は当たり前のことを言ってやった。
「その方、既に春日山の城は無い。と申すのだな」
「そりゃ500年くらい前の昔の城ですからねぇ。石垣くらいは残ってますけど」
「500年だと」
ここで白布の人は大笑いを始めてしまった。
何なんだろうほんとに。
「広田、言うに事欠いて春日山の城が無いなどと、戯言も大概に致すが良い」
「まっこと。式部、その方命が惜しくてその様な世迷い事をほざいておるのであろう、己にも侍としての意地があるならば、虜になる辱めを受けるより見事腹を切るものぞ!」
柿崎のおっさん声デカイ、しかも物騒な事言ってるし。
「勘弁して下さいよ、俺侍でも殿様でもないって」
「ならば百姓が広田直繁の名を騙ったか。それはそれで許し難い」
「名前は本物だけど百姓でも侍でも無いって。そもそもあんたらこそどっかのお祭りの人じゃないの?」
「まだそのような」
「待て柿崎。この広田、言う事が面白く妙だ」
「確かに妙ではありますが、気がふれているとも思えませぬ」
「そうではない、こやつ、不思議な言葉を操り春日山の城がもう無いとかぬかして居る。しかも500年も前に無うなった等と申した」
「左様にございます、無礼にも程があると言うもの」
「ただな、おかしくもあるが、祭だ等と、言う事は何故か一貫して揺るぐ事が無いように思えるぞ」
白布を被った偉そうな人が近づいて来た。
「広田、その方が申す謙信が儂の事ならば何とする」
言うに事欠いて謙信ときたか。
ずいぶんと役に嵌り込む人がいるもんだと思いながら、愛想笑いで答えてやった。
「そういえばそのお祭りの主役の謙信さんと同じ甲冑着てますね」
「もう一つ聞こう、広田、その方は羽生城主の広田式部大輔直繁ではないのか?」
「広田直繁には間違いないですけど、そんな長い名前じゃない。そもそも殿様じゃないし」
「成程な」
「やっと分かってもらえましたか?」
「その方、ちと付いて参れ」
自称謙信の人は急に立ち上がるとくるりと背を向けた。
そして顔だけこちらを振り向き、付いて来いと言いたげに顎をくいっと動かした。
面倒臭いぞ謙信の人。
なんだか隣で柿崎のおっさんが睨んでるよ。
ここで断れば間違いなくこのおっさんが、物騒な事を言って来そうな雰囲気。
仕方なく半ば強制的に連れられて、腰くらいの高さまで草の生えた、ちょっとした高台まで登らされた。
しかしそこで俺の目に映ったものは、明らかに現代の風景じゃなかった。
まだ辺りは明るい。
これなら羽生市(だと思う)を一望できる筈なのに、そこに有ったのは見渡す限りの川と沼沢地、少しだけある田畑の耕作地にしがみつくように建てられている茅葺集落だけだった。
もちろん電柱も電線も、遠くにかすんで見えるはずの都心のビル群や、市内に建っていたマンションなどの建物もない。まるで見た事もない風景だった。
いやマンションじゃないけど建物はあるか。
沼沢地の中州の様な所に何か映画で見た事があるような、砦風の建物が俺の目に入ってきやがった。
その周りには、なにか良く見えないが人が大勢動いているようにも見える。
また、さっきまで居た神社のまわりには、なんと甲冑姿の人達が数百人、いや、数千人規模でキャンプしていたのだ。
いくらお祭りでもこれは規模が大きすぎておかしい。
まさか本物か?
いやいや、そんな筈はないぞ。
心の中で自問自答を繰り返している俺に、自称謙信が話しかけてきた。
あれ、そう言えばこの自称謙信、背が小さいな。柿崎のおっさんは俺と同じくらいなのに。
ちなみに俺は168センチ。1.68メートルって言うと大きく聞こえるかも。
「どうだ?何か感じる事はないか?」
自称謙信にそう言われた俺。感じるどころではない。
これってもしかして、過去に飛ばされたとか。
いやまて、つい最近見たテレビでは、未来には行けるけど過去に行ける乗りものは作れないとか言ってたよな。
でもこの目の前に広がる風景って何?モノ好きな誰かが熱中症で倒れてる俺を、北海道の原野に作った映画セットの中に連れ込んで、壮大なドッキリを仕掛けてるとか?
一般人の俺に誰がそんな金を掛けて番組を作るんだ。
て、言う事は、やっぱり現実にタイムスリップしたでござるか!?
「えぇ~!!」
いきなり大声を上げた俺に驚いた、自称謙信の取り巻きたちが慌てて謙信の前に出て来た。
俺が何かすると思って庇おうとしたのだろう。
しかし自称謙信は、そんな俺より、俺が着ている甲冑に興味が移っていたようだ。