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毘の華  作者: 逍遙軒
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夢の痕

 俺、死んだのかな?

 額の辺りに鉄砲玉が当った気がするけど。

 どれくらい時間が過ぎたんだろう、もやもやと冴えない頭で、ここはどこなのか考えていた。

 薄らぼんやりと意識が戻ってきた。

 目覚めた俺の目の前には、心配そうな顔をした佐藤の顔。

 熱中症の頭はぼぅっとして視界が悪い。

 なんだか頭をシェイクされたような嫌な感覚が残っているのだ。

「気分悪い」

「熱中症で倒れたんだから仕方ないよ」

 急病人に対して優しげな言葉をかけてきた佐藤。

 古くからの友は有難いものだ。

「鉄砲で頭を撃たれたからなぁ。脳みそ振り回されたよ」

「鉄砲?お前何言ってるんだ?」

「いや、何でもない」

 俺は再び目を瞑った。

 そうか、俺、戻って来ちゃったんだ。

「佐藤、今日は何日?」

「は?何言ってるんだ、26日だよ」

「何月?」

「お前なぁホントに大丈夫か?8月26日に決まってるだろ」

「ふ~ん」

「ところで、お前いつの間に花なんか襟元に挿したんだ?お寺の花を勝手に摘んで来ると怒られるぞ」

 佐藤の質問に胸元を見てみると、そこには1輪の雪椿があった。

 俺は何故かふと、目頭が熱くなるのを感じた。

 倒れて目覚めた直後に、今日は何日か聞いたりいきなり泣き出すやつがいたら、俺でもこいつはおかしくなったと思うだろう。

 もちろん佐藤もそれに漏れる事無く俺がおかしくなったと思ったらしい。

 誰が呼んだのか直ぐに救急車が到着して病院に担ぎ込まれたが、元々悪い頭以外はきわめて健康だったようで、点滴を受けたその日に退院する事ができた。

 残念ながらお祭りは途中棄権してしまったが、家に帰ってからは今までは全く興味の無かった歴史を調べる為に図書館や歴史資料館に入り浸るようになり、資料を読み漁る日々がしばらく続いたのは言うまでも無い。

 あの出来事は、俺が気絶している間に見た空想だったのか確かめてみたかったのだ。


 結果は、どうやら本当にそんな事が繰り広げられていたらしい。


「虎ちゃんをこっちに連れて来てやることができなかったな」

 一抹の寂しさを胸に上杉謙信の資料最終頁を開くと、そこには49歳のときに春日山で亡くなった事が書かれていた。

 また亡き骸には鎧を着せて太刀を帯びさせ、甕に納めて漆で密封したとあった。

 女性である事を最後まで隠し通さなきゃならなかったのか。

 そう思ったとき、ふたたび目頭が熱くなり、溢れて来る涙で視界がぼやけて来た。

 ただ、虎ちゃん、少しだけバレてるぞ。

 ゴンザレスとかいう異人さんに上杉景勝の叔母さんて言われてるし。

 瞽女歌ごぜうたとか言う民間の歌物にも『男もおよばぬ怪力無双』と歌われてたとか。

 なんだ。隠さなくても良かったじゃん。

 俺は涙を拭きながらも少し頬が緩んだ気がした。

 そして最後の行には、上杉家が越後から米沢に移った際に、遺骸は共に米沢城に移され、明治維新を経てから上杉家歴代廟所に移された事が書かれていた。

 また俺の住む羽生の歴史を調べてみると、上杉謙信は関東の拠点として羽生城を手放す事無く、俺の落ちて行った永禄3年(1560年)から関東の情勢が激変する天正2年(1574年)まではずっとその手の内に留めておいたらしい。

 俺がまた現れるのを待っていてくれたのかもしれないな。


 ふと虎ちゃんの顔を思い出したとき、名前を呼ばれた気がした。


 ある日、俺は家の近くにある羽生城址の碑がある天神社にお参りをして雪椿を城址碑に置いた。

 それからだったな。8月になる度に米沢へ向かうようになったのは。




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